ジェームズ・ハミルトン 「原油価格とインフレーション」(2022年3月13日)

●James Hamilton, “Oil prices and inflation”(Econbrowser, March 13, 2022)


原油価格がこの1年で倍になっている。世界中の製油所に送り届けられるロシア産の原油の量が著しく減るようなら、原油価格はさらに跳ね上がる可能性がある。

ロシアによるウクライナ侵攻に伴って原油価格が高騰しているわけだが、そのことが米国経済にとってどんな意味を持ち得るかについて、二回に分けて論じていきたいと思う。今回は、原油価格の高騰が米国内のインフレに及ぼす影響に焦点を当てる。次回は、原油価格の高騰が米国の実質GDPに及ぼす影響について論じる予定だ。

原油価格は、ロシアがウクライナに侵攻する素振りを見せる前から既に、かなりの勢いで上昇を続けていた。それはどうしてか? 「モノの値段が上がるのはなぜ?」という問いに対する答えがその理由だ。需要の伸び(回復)が生産の伸び(回復)を大きく上回ったのだ。

米国内の1カ月あたりのガソリン消費量の推計値を図示したのが以下のグラフだ。ガソリンの消費量は季節ごとに一定のパターンで変動するが、コロナ禍の影響でそのパターンが崩れた。しかし、ガソリンの消費量は、昨年(2021年)の12月の段階で2019年の12月と同じ水準にまで回復している。ガソリン価格が高騰していなかったとすれば、従来のパターンに従って、今年の春と夏にはガソリンの消費量が大きく伸びると予想していたことだろう。


米国内における自動車用ガソリンの1カ月あたりの消費量(単位は1,000バレル)。期間は、2000年1月から2021年12月まで。青色の横線は、2019年12月時点の消費量/データの出所:EIA (米国エネルギー情報局)

 

米国内における自動車の総走行距離も似たようなパターンを辿っている。自動車の総走行距離は、2年前と比べて、2.5%ほど増えている。


米国内における自動車の1カ月あたりの総走行距離(単位は100万マイル)。期間は、2000年1月から2021年12月まで。青色の横線は、2019年12月時点の総走行距離/データの出所:FRED(セントルイス連銀が管理する経済統計データサイト)

 

需要はコロナ禍前の水準にまで戻ったが、生産の方はそうならなかった。ロシアがウクライナに侵攻するよりも前の昨年11月段階における世界全体の1カ月あたりの原油生産量は、2020年の初頭時点と比べて、330万バレルも少ないのだ。


世界全体の1カ月あたりの原油生産量(単位は1,000バレル)。期間は、1973年1月から2021年11月まで。青色の横線は、2020年1月時点の生産量/データの出所:EIA

 

コロナ禍前は世界全体の原油の6分の1が米国で生産されていたが、コロナ禍の影響による生産の落ち込みの3分の1は米国で生じている。米国内での1カ月あたりの原油生産量は、2020年初頭時点と比べて、100万バレルも少ないのだ。


米国内での1カ月あたりの原油生産量(単位は1,000バレル)。期間は、1973年1月から2021年11月まで。青色の横線は、2020年1月時点の生産量/データの出所:EIA

 

「組み立て直すよりも、解体する方がずっと簡単」とでもまとめられようか。2020年4月に原油の先物価格がマイナスを記録すると、シェールオイルに対する熱狂に冷や水が浴びせられ、「解体」がそれに続いた。シェールオイルの採掘を担う企業に対する貸出が瞬く間に減り、シェールオイルの堀削から一気に手が引かれたのだ。しかし、原油価格が上昇するのに伴って、ゆっくりとではあるが着実に「組み立て直し」がはじまっている。シェールオイルの堀削を再開するために、人やらお金やらの資源が再結集しているのだ。「組み立て直し」のプロセスは、原油価格が1バレルあたり100ドルを上回るところまでいかなくても続くだろうが、いくらか時間が必要だ。米国内での原油生産量が2020年初頭時点の水準にまで戻るのは、おそらく今年の夏の終わり頃になるだろう。


米国内における石油掘削装置の週次の稼働数(ベーカー・ヒューズ社によるカウント)/データの出所:Trading Economics

 

需要の伸びが生産の伸びを上回った。それゆえに、原油価格が上昇した。・・・という話になるわけだが、原油価格が上昇したからと言って、インフレ率が高まるとは限らない。原油価格が上がる一方で、その他の財やサービスの価格が下がれば、一国の物価は上昇しないかもしれない。インフレ率は高まらないかもしれない。とは言え、原油以外のあらゆる財やサービスの価格が下がるなんてことは、そうそう起きない。原油価格が上がる一方で、その他の財やサービスの価格が下がらなければ、インフレ率は高まることになる。そこで、過去の事例を使って、ちょっとした思考実験をしてみるとしよう。原油価格が上がった時に、もしもその他のあらゆる財やサービスの価格が一切変わらずにいたとしたら、インフレ率がどうなっていたかを考えてみるのだ。原油価格がインフレ率に及ぼす直接的な影響を大雑把に把握するには、それなりに得るところのある思考実験になるだろう。

2019年における米国内での原油の生産総額に原油の輸入総額を足し合わせると、(2019年の)GDPの2%くらいになる。この数値は、「原油価格が上がった時に、その他のあらゆる財やサービスの価格が一切変わらずにいたとしたら、インフレ率はどうなっていたか」という問い(反実仮想的な問い)に対する大まかな答えを弾き出す即席の電卓の役割を果たしてくれる。原油価格の変化率に「0.02」を掛け合わせると、原油価格”だけ”が上がった場合のインフレ率について大まかに知れるのだ。この簡易電卓は、FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長が使っているという経験則――原油価格が10ドル上がれば(原油価格が1バレル=100ドルだとすると、10ドル上がるということは、10%の上昇を意味する)、国内のインフレ率は0.2%上昇する――とも矛盾しない答え(10×0.02=0.2)を弾き出してくれる。

原油価格の変化率に「0.02」を掛け合わせて、原油価格がインフレ率に及ぼした直接的な影響を大まかに計算したのが以下の図だ。原油価格”だけ”が上がったと想定した場合の1960年以降の月次のインフレ率の軌跡が青色の実線で描かれている。例えば、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)による石油禁輸措置後の1974年と、イラン革命後の1980年には、原油価格の上昇でインフレ率が2%押し上げられたとの結果になっている。なお、2021年4月までの1年間だと、原油価格の上昇でインフレ率が2.6%押し上げられたという結果になっている。


米国のCPI(消費者物価指数)の対数値の差(前年比)に100を掛け合わせたのが黒色の実線。WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)原油先物価格の対数値の差(前年比)に2を掛け合わせたのが青色の実線。いずれも月次の値。期間は、1960年1月から2022年2月まで。

 

1970年代に青色の実線がどんな動きをしているかというと、プラスとゼロの間を行き来している。原油価格が上昇すると、プラスの値をとり、原油価格の上昇がやむと、ゼロに戻っている。その一方で、実際のインフレ率の軌跡を跡付けた黒色の実線はどうなっているかというと、青色の実線のようにはなっていない。原油価格が高騰するたびに、高さが一段と増しているように見える。その理由はというと、FRBが金融政策の舵取りを誤ってしまい、一時的であったはずのインフレ率の高まりが一時的でなくなってしまったのだ。金融政策の過ちを図示したのが以下の二つのグラフだ。一枚目のグラフでは、実質金利の推移が跡付けられている。実質金利は、FF金利(FRBが操作する名目短期金利)から、CPI(消費者物価指数)で測った前年比のインフレ率を差し引いて求めている。ジョン・テイラー(John Taylor)が提唱した(名目金利をインフレ率の上昇分以上に引き上げよと求める)「テイラー原則」(Taylor Principle)によると、インフレの加速を抑えるためには、インフレ率が上昇するのにあわせて実質金利が上昇せねばならない。しかしながら、1970年代の多くの期間を通じて、実質金利は大幅なマイナスになっている。金融緩和の行き過ぎを示す証拠だ。金融政策の過ちを図示した二枚目のグラフでは、マネーサプライ(M2)の伸び率の推移が跡付けられている。1970年代に原油価格は2度にわたって高騰したわけだが、それと時を同じくしてマネーサプライ(M2)の伸び率も高まっている。そのおかげで、一時的であったはずのインフレ率の高まりが一時的でなくなってしまったのだ。


FF金利から、CPI(消費者物価指数)の対数値の差(前年比)に100を掛け合わせた値を差し引いて得られた「実質金利」の推移を跡付けたのが一枚目のグラフ。M2の対数値の差(前年比)に100を掛け合わせて得られた「M2の伸び率」の推移を跡付けたのが二枚目のグラフ。

 

上の二枚のグラフをご覧いただければわかるように、「実質金利」に照らしても、「M2の伸び率」に照らしても、昨年(2021年)は金融緩和が行き過ぎだったことがくっきりと浮かび上がってくる。

FRBの見立てによると、2021年に国内でインフレが加速したのは、一時的な供給制約が生じたせいだという(原油価格が高騰したのも、原油市場で一時的な供給制約が生じたせいだという)。FRBとしては、供給制約もそのうち解消されるだろうと見込んで、アクセルからあくまでゆっくりと足を離そう(緩やかなペースでの利上げに乗り出そう)と画策しているようだ。

しかしながら、ヨーロッパでの悲劇的な出来事を踏まえると、供給制約は、解消に向かうどころか、なお一層悪化しそうな気配だ。もしそうなったら、FRBに任された仕事の難易度は劇的に高まることだろう。

Total
1
Shares

コメントを残す

Related Posts