ジョセフ・ギャニオン「量的緩和懐疑論者たちは言い過ぎている」

●Joseph E. Gagnon, “QE Skeptics Overstate Their Case”(RealTime Economic Issues Watch, The Peterson Institute for International Economics, July 5, 2018


著名な経済学者4人(デビッド・グリーンロー、ジェームズ・ハミルトン、イーサン・ハリス、ケネス・ウェスト。頭文字をとってGHHW)は、今年初めに、従来の研究でのコンセンサスでは量的緩和(quantitative easing:QE)が長期金利に与える影響を過大に言い過ぎていると主張して、大いに注目を集めた。だが、GHHW論文や関連データを注意深く読むと、彼らの結論自体も言い過ぎであることがわかる。確かに量的緩和の第1ラウンド(QE1)の研究の中には、債券利回りに対して、危機的でない状況で予測される以上の効果があった可能性を指摘していた研究もあったのは事実だ。しかし、証拠の示唆するところによれば、FRB(連邦準備銀行)のスタッフが近年採用しているようなより低い穏健な推定値は、平常時における量的緩和の効果の信頼できる尺度になっている。

GHHW論文では、(1)QE1の持続的な効果は一部の有名な推定値の半分ぐらいだったかもしれない、(2)量的緩和の残りのラウンドの効果は、一時的もしくは無視できるものだ、と結論している。GHHW論文では、量的緩和の効果を測定する際に、「イベント・スタディ」という方法に頼っている。イベント・スタディでは、政策が経済変数に与える効果を、その政策に関連するニュース前後の短い期間(イベント・ウィンドウ)の変数の変化を集計することにより測定する。イベント・スタディの基本的な前提は、(1)対象となる政策はニュースとなった出来事(イベント)以前には予測されていない、(2)その政策に関する市場の期待が変化するのは、ニュースとなった出来事があった時だけ、(3)そのような期待の変化は、すべてその出来事のイベント・ウィンドウの中で起こる、(4)イベント・ウィンドウ内で該当する経済変数に影響を与えるのはその出来事だけ、ということだ。

このような前提は多分、QE1関連の主要ニュースに関しては不合理ではないが、それ以後の量的緩和のラウンドに対しては明らかに当てはまらない。QE1が最初に発表される以前は、FRBが今後長期債を購入するだろうという市場の期待は、おそらく相当低かった(原注1)。QE1の間、特に最初の数カ月は、おそらく、FRBの今後の債券購入の主な情報源はFRB自身の発表だった。このような状況では、QE1の発表前後の金利の変化を集計することは、QE1が金利に与える全体的な効果を測定するための合理的な方法だ。

筆者とマシュー・ラスキン、ジュリー・レマチ、ブライアン・サック共著の2011年の論文(頭文字をとってGRRS論文)では、QE1に関するニュースを含むFRBの発表後8日間の10年債の利回りの変化を集計して、合計91ベーシス・ポイント(0.91%)低下していることを発見した(原注2)。筆者たちはさらに、出来事の集合(イベント・セット)を拡大してQE1プログラムの全期間(2008年11月25日~2010年3月31日)の連邦公開市場委員会(FOMC)の声明や議事録の公開まで取り入れてみたところ、低下の合計は55ベーシス・ポイント(0.55%)になった。イベント・セットを大きくすると変化の合計が小さくなることは、追加された期間では利回りが上昇する傾向があったという事実を反映している。

似たような計算はGHHW論文でも行っており、FOMCの全声明や議事録公開だけでなくさらにFRB議長の金融政策に関連する全発言を加えて、QE1プログラム全期間の利回り低下の合計が17ベーシス・ポイント(0.17%)であることを発見している。だが筆者は、GHHW論文の著者たちとのやりとりの中で、この推定値では、ニュースとなった重要な出来事2つを無視していることを発見した。それは、2008年11月25日のQE1の最初の購入の発表と、2008年12月4日のFRB議長ベン・バーナンキの住宅ローン市場に関する発言だ(原注3)。この2日間の利回りの変化を加えると、GHHW論文の合計は累積で49ベーシス・ポイント(0.49%)の低下となる。GHHW論文では、FRBの政策が債券利回りの変化の背後にある重要な要因である、とロイター通信社が報じた日に基づく別の合計も計算している。QE1の全期間内のロイター報道のあった日の10年債利回り低下の合計は48ベーシス・ポイント(0.48%)だった。

量的緩和の効果は、特に金融ストレスのある期間で大きくなる見込みが高い。このことは特に、GRRS論文その他の一部の研究で基本イベント・セットの中心となっていた、QE1の最初の発表時の10年債利回りに対する影響の大きさを説明できる可能性がある。このような効果の一部は、金融ストレスが和らぐとともに消え去った見込みが高い。このような初期の大きな効果の消失が、FRBのニュースのあった日だけに起こるという説得力のある根拠はないが、上で言及したようなQE1の最初の数か月より後に起こった出来事の日まで含めた累積効果(50ベーシス・ポイント程度)が、後で説明するまったく異なる方法で求めたQE1の推定効果にかなり近いことは、注目に値する。いずれにせよ、債券利回りの大幅な低下が数か月後に反転したことは、QE1の景気刺激効果を打ち消すものではまったくない。QE1は、企業や投資家の自信の支えとなり、先に日本で起こったようなデフレへの突入を防ぎ、債券利回りの若干の回復を可能にした、というのがより正しい解釈だ。

QE1以降の量的緩和プログラムに関しては、イベント・スタディの方法ではあまり有益な情報は得られない。QE2が終わってから「満期延長プログラム(Maturity Extension Program:MEP)」が始まるまでの期間に、債券利回りは大幅に低下したが、これは経済の回復が驚くほど弱いことを反映しており、このことがさらなる量的緩和による債券購入の期待を高めた。このような債券利回り低下のほとんどは、FRBでニュースになるような出来事がない日に起こっていたので、イベント・スタディではこれを量的緩和の効果としては勘定していない。FRBでニュースになるような出来事のあった日の債券利回りの変化には、QE3が始まってからしばらくするまで、ほとんど累積効果がなかったが、このことはFRBの政策が市場の期待に近かったという事実を反映している。言い換えれば、イベント・スタディが教えてくれるのは、FRBの量的緩和による債券購入が如何にして債券利回りに影響したのかではなく、QE1によって量的緩和の前例が確立された後の、量的緩和による債券購入が市場の期待とどの程度違っていたのかということだ。

2013年のテーパー・タントラム(訳注:量的緩和の縮小を発表したことによる市場の混乱)は、量的緩和による債券購入への期待が突然変化することが、平常時の市場の債券利回りに著しい影響を及ぼすということを示している。GHHW論文の計算によると、2013年3~9月のFRBで出来事があった日の10年債利回りは40ベーシス・ポイント(0.4%)近く上昇しており、これはおそらくQE3による債券購入全体に対する期待の低下を反映している(原注4)。

GRRS論文では、量的緩和が債券利回りに与える効果を推定する別の方法も追及している。それは、10年債の利回りや期間プレミアム(訳注:長期債を短期債と比べたときの金利の上乗せ分)と政府による長期債の純供給を含むさまざまな因子との間の時系列回帰分析を利用する方法だ。この回帰分析の対象期間は1985~2008年なので、量的緩和プログラムはまったく含まれていないし、著しい金融ストレスの時期もあまり含まれていない。だが、量的緩和による債券の購入は長期債の供給を減らし、その利回りに対する影響は、回帰分析から推定された供給係数を使って計算することができる。GRRS論文では、QE1と同等の規模の債券購入は、10年債の利回りを40~80ベーシス・ポイント(0.4~0.8%)低下させると期待されていたことを発見した。中心傾向は約50~60ベーシス・ポイント(0.5~0.6%)だった(原注5)。GHHW論文の著者の一人(ハミルトン)も、別の共著者との別の論文で、多少異なる回帰分析法を使って同様の推定値を求めている。FRBのスタッフも、量的緩和のマクロ経済への影響をモデル化したときに、回帰分析に基づいてこの範囲の推定値を利用している。FRBのスタッフの推定によると、FRBのあらゆる量的緩和プログラムの債券利回りに対する効果のピークは2013年後半で、10年債利回りを約120ベーシス・ポイント(1.2%)低下させている。

回帰分析に基づくQE1の推定値は、イベント・スタディによる当初の推定値よりは小さいものの、量的緩和が債券利回りに対して実質的に効果があることを支持しており、それは金融ストレスの時期に限られない。

著者注:発言に関するデータや情報を集めてくれたクリス・コリンズに感謝する。


(原注1)GHHW論文では、2008年11月10日に発表された「 ブルー・チップ経済指数 」(訳注:Blue Chip Economic Indicators。Aspen Publishersが月刊で発行しているアメリカのマクロ経済の予測集)によると、調査対象となったエコノミストの54パーセントが、FRBがただちに何らかの量的緩和を行うことを期待していた、と指摘している。だが、この調査の質問では明示的に日本の事例に言及しており、日本で行われたのは、マクロ経済への影響がほとんどない比較的短期の債券購入だったので、この調査の回答では、FRBが最終的に採用したような種類の量的緩和に対する市場の期待を過大評価していた可能性がある。

(原注2)1ベーシス・ポイントは1パーセント・ポイントの100分の1。

(原注3)この発言では、住宅ローンの利率や利用しやすさについて論じ、FRBの量的緩和による債券購入は、住宅ローン市場の現状を改善することを目指している、と言及した。GRRS論文の対象になった出来事のあった日の中で、FRB議長の発言があったのは12月1日だけだった。これはFRBの官僚が長期債購入の可能性を初めて提起した日だった。

(原注4)この幅の債券利回りの上昇に、FRBのスタッフのベンチマーク推定値(後述)を適用すると、FRBからの(訳注:量的緩和縮小の)情報は、QE3プログラムの長さに関する市場の期待を、月850億ドルとして12カ月分減らしたことを示唆している。

(原注5)筆者の2016年のサーベイ論文によれば、アメリカ以外の諸国でも幅広く同等の効果が見られた。

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