Stephanie Kelton, “House Members’ Letter to Pelosi Mostly Barking Up the Wrong Tree”, The Lens, Aug 9, 2021
CNNの主任議会特派員マヌ・ラジューは昨日、下院議員が共同で作成している書簡の草稿を紹介した。草稿の作成には、ジョシュ・ゴットハイマー(ニュージャージー州選出)、ジャレド・ゴールデン(メーン州)、カート・シュレーダー(メーン州)、ヴィンセンテ・ゴンザレス(テキサス州)、エド・ケース(ハワイ州)、フィーレマン・ヴェラ(テキサス州)などの民主党下院議員が携わっている。彼らはこの書簡を通じて、上院が最終合意に達し次第、〔ペロシの提示する金額よりもずっと少ない〕5500億ドルの超党派インフラ法案を下院で単独採決するようペロシ議長に要求している。ペロシ議長は、上院民主党が調整法案を成立させて、3.5兆ドルとも言われる大規模な個別の政策パッケージへの道を開いた後に、超党派の法案を提出するという公約を掲げており、今回の書簡はこの公約を覆そうとするものである。
参考までに、ペロシはこの件に関して自分の立場を明確にしている。
ペロシは、「〔予算〕調整法が可決しない限り超党派の法案は審議にかけられない」と述べている。「私が言ったように、調整法がない限り、インフラ法案はありえない。単純明快だ。実際、私は 〔否定の意味を強調する〕”ain’t”という言葉を使っている。上院で調整法が可決されない限り、インフラ法案はありえないのだ」と繰り返した。
私は下院議員らによるこの書簡を、他の文章を読むときと同様に、MMTの「レンズ」を通して読んだ。私の目を引いたのは以下の点である。
まず、議員たちは、パンデミックを乗り切るためにすでに支出された約5兆ドルの経済支援に加えて、さらに数兆ドル規模のパッケージを約束することに不安を感じているようだ。
また、我々にはパンデミックの新たな波に対応するための財源も必要である。〔書簡より〕
議員たちはお金がなくなることを心配しているのだろうか?この一文は、ジャック・ルー元財務長官とラリー・サマーズ元財務長官が、2017年にトランプ減税が成立する前に言っていたことと酷似している。両氏は当時、共和党が「減税・雇用法」(TCJA)の成立に成功した場合、議会は緊急時に支出を増やす能力を失ってしまうと警告していた。
ルーは次のように述べている。
今、金融危機や景気後退などの危機が発生した場合、それに対応する財政政策や金融政策を我々は持ち合わせていない。これは非常に恐ろしいことだ。…減税と支出拡大の合意に財政資金を使ってしまったため、資金はもう残っていない。財源を使い果たしてしまったも同然である。
そして、サマーズはこう述べている。
我が国は、結果として生じる財政赤字の増加により、何十年にもわたって僅かなお金で生活していくことになるだろう。これは国防予算の資金調達能力に影響を与えるため、国家安全保障にとって深刻な脅威となる。
明らかに、この二人は間違っていた。トランプ減税法案(TCJA)は可決され、今後10年間で推定1.9兆ドルの財政赤字が追加されることになった。その2年後、パンデミックが発生した時には、議会は数兆ドルにも及ぶ多数の支出法案をいとも容易く可決した。危機に対応するための十分な火力を持っていただけでなく、そのための「財源」として増税することなく対応したのである。そういえば先月も、議員たちは国防予算に250億ドルを追加し、年間予算を7780億ドルに引き上げることを決議したではないか。
どうやって?
簡単な話だ。議会は「財布のチカラ」を持っている。財源が不足することはないのだ。票があればお金は出せる。MMTの中心的な考え方は、通貨を発行する政府は、自身が発行した通貨で手に入るもの、販売されているものなら何でも買うことができるというものだ。幸いなことに、過去の財政赤字が将来の議員の手を縛ることはない。もしそうなら、私たちは景気回復どころか、いまだに不況の真っ只中にいることだろう。
次に、書簡の著者らは超党派のパッケージを、国の物理的なインフラに対して「100年に一度の投資」をするチャンスだと述べている。このような考え方は、アメリカのインフラがなぜこれほど劣悪な状態にあるのかを説明するのに役立つ。
“アメリカのインフラ評価はC-ランク“
このような考え方によって、「インフラ週間」は何年にもわたって繰り返し発せられるジョークになってしまい、水道管の破損は2分に一度発生し、公共の道路の43%は貧弱または中途半端な状態にあり、46,000以上の公共の橋に「構造上の欠陥」があるとされているのである。物理的なインフラでも人間的なインフラでも、インフラは「100年に一度」だけ連邦政府から強力な資金援助を受けるべきものだと考えるのはやめなければならない。一度にできるだけ多くの資金を集めようとすると、議会に過大なプレッシャーを与え、将来の無策を正当化するための、ある種の「一回限りのメンタリティ」を助長してしまう。
バイデン大統領の功績は、彼が3月に行った「アメリカン・ジョブズ・プラン(米国雇用計画)」に関する最初の詳細なスピーチで、大胆な表現を用いたことだ。
今日、私は国民のための計画を提案します。それは、労働に報いるものであり、富だけに報いるものとは違います。 誰もが成功するチャンスを得られる公平な経済を構築し、世界で最も強く、回復力のある、革新的な経済を実現するものです。これは、表面的な部分だけを変えるような計画ではありません。 これは、数十年前に行った州間高速道路システムの建設や宇宙開発競争以降私たちが目の当たりにし、あるいは実行してきたものとは異なり、アメリカにとって一世代に一度の投資となります。
つまり、彼は「100年に一度」ではなく、「一世代に一度」の投資と言っているのだ。歴史的な背景として、ここ〔リンク先〕には20世紀のアメリカの繁栄を支えた大規模な投資の例がいくつか挙げられている。要するに、私たちは〔〜に一度と言わず〕「常に」自分たちの幸福のために投資する方法を模索すべきなのだ。
最後に、ペロシ氏に訴えている下院議員たちは、インフレや「国の借金」への懸念を挙げて、調整法案の最終的な額面、提案された支出の範囲、その支出を相殺するための新たな収入源を明確にしないまま、2段階のプロセスに拘束されたくないと言っている。これをMMTのレンズを通して読むと、インフレリスクへの懸念にはある程度は共感できるが、いわゆる「国の借金」への懸念は全くない。
後者の「国の借金」は、これまでに政府が支出した(バランスシートに追加した)ドルのうち、課税によって回収されなかったすべてのドルの歴史的な記録に過ぎない。「国の借金」は、米国債という〔物理的な〕形式の中で、〔抽象的には〕利子が付いたドルとして存在している。この利子が付いたドルは、米国の広義のマネーサプライの一部と考えることができる。議員たちが、私たちの全体の富と貯蓄を構成するこの要素の大きさ〔=「国の借金」〕を懸念するなら、その理由を説明すべきだ。もっとも、彼らが懸念を抱く説得力のある理由を明確に説明できるとは思えないが。
一方、インフレ・リスクは、少なくとも調整法案の規模と範囲を知りたいと思う正当な理由にはなる。上院は、3.5兆ドルの新規支出をどのくらいのペースで実施したいと考えているのか。具体的には、何に使うのか。また、その支出〔による影響〕をどのように相殺するのか。特に、経済が近いうちに完全雇用に達すると考えているのであれば、これらはすべて妥当な疑問である。
はっきり言っておくが、私はそのような懸念を持っていない。私たちは、未だ非常に深い穴から抜け出そうとしているところだ。システムにはまだかなりの余剰生産能力があるし、逆風も吹いている(デルタ変異株、失業保険の失効など)。また、私たちが経験してきたヘッドライン・インフレ〔食品価格やエネルギー価格も含めた総合インフレ率の変動〕の多くは、サプライチェーンの混乱、業界特有のボトルネック、その他経済活動の再開に関連する特異な圧力に起因している。
これらの圧力は今後もしばらく続く可能性があるが、専門家は、議会がインフレを悪化させることなく、超党派のインフラ法案と3.5兆ドル規模の調整法案の両方を成立させることができると結論づけている。実際、ムーディーズ・アナリティクスが大々的に宣伝した分析では、下院議員たちのインフレ懸念に疑問を投げかけ、「計画が望ましくないほどの高インフレと経済の過熱を引き起こすという懸念は、過大評価されている」と指摘している。また、バイデン法案がすべて通過すれば、「経済を完全雇用に戻す」のに十分な財政支援が得られるとしている。それだけではなく、ムーディーズは、財政支出を増やすことで、長期的にはインフレ圧力が緩和される可能性もあるとしている。
さらに、今回検討されている追加の財政支援の多くは、経済の長期的な潜在成長率を引き上げ、インフレ圧力を緩和するように設計されている。例えば、家賃の上昇と住宅コストを抑制するために不可欠な、低所得世帯向け賃貸住宅の新規供給に対する追加支出や、処方薬のコスト削減に向けた取り組みなどを考えてみよ。
ペロシ議長への書簡は、ほとんどが「間違った木に向かって吠える〔=方向性や考え方が完全に間違っている〕」ような内容になっている。下院議員が掲げる正当な懸念に「なりうる」要素ーーつまりインフレリスクについては、おそらく現実的な懸念材料ではないだろう。もし懸念材料だと考えるなら、議員たち自身にそれを裏付ける信頼できる証拠を提示する責任があるはずだ。(了)