中国のキャッチアップ型成長が世界史でも指折りにめざましい経済発展の偉業だった点はまちがいない.これに匹敵するのは産業革命そのものくらいだろうね.中国では,たった40年で,極貧状態から平均的な所得の地位にまで,数億もの人々が引き上げられた.
▼極貧状態にある人々の数(2030年までの予測を含む)
これがどれほど巨大な達成か,いくら強調してもそうそう言い過ぎにはならない.この達成には,市場基盤の各種改革,効果的な統治,(大半は局所的な)産業政策がからんでいる.中国が成し遂げたキャッチアップ型成長は世界の産業の地勢をつくりかえ,世界史を永遠に変えてしまった.
でも,なにごとにも終わりはくる.中国以外を見てみると,これまでに急速な発展を遂げた国はどこももれなく減速して成熟した経済のゆったりとしたペースに落ち着いている.そうなるのには,基本的に2つの理由がある.第一に,物理的な資本をつくればつくるほど――もっと多くの建物を,道路を,鉄道を,工作機械を,車両を,つくればつくるほど――新しくつくられた資本が加える産出は小さくなっていく.その一方で,たんに状態良く維持するだけのコストは上がり続ける.これが有名なソローの成長モデルの基本だ.急速に発展した国々で起こるのはなんども繰り返し目の当たりにされてきた.そして,急速な成長がだんだん勢いをなくしていく第二の理由は,既存のテクノロジーを模倣する方が自力で新しいのを発明するのよりもかんたんだって点にある.
ほんとの問題は,この減速がいつ起こるのかってことだ.日本の歴史は,興味深い実例を提供してくれる.(購買力平価で)アメリカの一人当たり所得との比で見た日本の一人当たり所得のグラフは,こんな感じだ:
日本のキャッチアップが(少なくとも第二次世界大戦後のそれが)ほんとに2段階で起きているのが見てとれる.1970年代前半まで急速なキャッチアップがあって,そのあと,キャッチアップがとまった時期がほんの数年あり,それから,もっと遅いペースのキャッチアップが再開されてだいたい15年ほど続いてる.日本の有名な土地バブルがはじけたあと,日本経済はアメリカに水をあけられていってる(急速な高齢化もこれに大きな部分を占めている).そのあとは,だいたいアメリカの水準の 75% で安定している(中規模の先進国ではかなり標準的な数字だ).
このパターンがすごく典型的なのが,経済学者たちによって発見されている.Barry Eichengreen, Donghyun Park & Kwanho Shin による 2012年と2013年の有名な論文2本では,急速に成長している国々は,一定の所得水準に達すると減速する傾向があるのを見出している.2013年の論文で,彼らはこう書いている:
新しいデータは,[キャッチアップ型成長が減速する]2つの地点を示している.ひとつは,[2005年の国際的ドルでの一人当たり GDP (PPP) が] 1万ドル~1万1,000ドルの範囲,もうひとつは1万5,000ドル~16万ドルの範囲だ.多くの国々が2回の減速を経験しているように言える.これは,複数の様態が存在することと整合する.中所得の国々の高成長は一度に減速するのではなく複数のステップで減速するのかもしれないというのが,本稿の結論だ.
もちろん,おそらくこうした数字は固定してはいなくて,時とともに変化する.先進国がゆっくりとより豊かになっていくにつれて,新しく発展中の国々が達する天井も上がっていく.Eichengreen, Park, & Shin の研究でも,経済成長が減速するのはアメリカの所得水準の 75% に達した国である傾向を見出している.
中国も,1回目の成長減速をすでに経験している.そのタイミングも,まさしく Eichengreen et al. が予測した第一の水準だった.中国の経済成長は約 10% から約 7% へと減速している:
経済学者たちのモデルから減速のタイミングと規模がどれほどうまく予測されるか,実に目を見張るものがある.経済成長が減速する各種の理由は,しっかり実証されている――ルイスの転換点(余剰の農村部労働力が枯渇する時点),人口ボーナス,金融危機後の先進国における途上国からの輸出市場の停滞,などなど.
とはいえ,7% 成長はまだまだかなり急速だ.2020年までに,中国は Eichengreen et al. で 2度目の減速が起こると予測されている所得水準に到達している.これから数年先まで,中国が2度目の減速を起こしているのかどうかわからない.コロナウイルスによって各種の数値が歪んでいるからでもあるし,また,過去にもやらかしていたように中国政府が悪い年のデータを2~3年分ほどごまかすかもしれないからでもある.ただ,永続的な減速につながりうる最悪の状況がやってきているきざしは見える.その減速の規模によっては,中国の経済的奇跡が基本的にしかるべきコースをたどってきたことが示されているのかもしれない.
最悪の状況(パーフェクトストーム)中国はいま4つの経済問題に同時に見舞われている.その4つとは:
順番に見ていこう.第一に,中国で不動産が大変なことになってるのは,すでに知れ渡っているし,この件についてはぼくもずいぶん書いてきた.ただ,中国恒大集団(英: Evergrande)にみんなが関心を注いでから2ヶ月たった今も,問題は進行中だ(ちなみにブルームバーグはこの件を追いかける上で最良の情報源になってる).中国経済でどうかしてるほどの割合を占めている資産部門は,減速しつつある:
ここで大事な点は,中国の不動産クラッシュは,日本やアメリカで数十年前におきたものとはあまり似通ったものにならないだろうってことだ.日本やアメリカの不動産バブル崩壊は主に土地価格下落の問題だった.他方,中国では価格が低下してきているとはいえ,穏やかな低下でしかない.それに,日本やアメリカとちがって,とんでもない高値にまでつり上がったことは一度もない.ここには,日本やアメリカは基本的に市場を原動力とした金融システムだった(いまもそう)という事実が反映されている.日本やアメリカでは,土地価格は不動産とそれ以外の経済とのリンクだった.これと対照的に,中国では,資産関係の各種産業に国家が定めた貸付や,不動産販売から上がる地方政府への税収とのリンクという性格がもっと強い.
こういう国家の関与が強い不透明なシステムで,経済成長の減速がどう波及していくか予測するのは,いっそう難しい.ただ,問題が対称的なのはハッキリしてる.根深い苦境を露呈する大手の不動産企業は次々に現れてきてるし,デフォルトは増加中だ.1ヶ月ほど前の時点で,中国のデベロッパーが抱える苦しい債務は世界全体の半分を占めていた.不動産部門を膨張させようと,政府はぐずぐずの対応をとったけれど,中国経済に占める不動産部門の重みを減らしたいという当の政府の目論見のせいで,その政策が思うようにいっていないのは明らかだ.それに,企業はみんなそのことを承知してる.不動産部門を膨れ上がらせることであらゆる経済問題を中国が解消する時代は,どうやら終わりを告げたようだ.
お次は,電力逼迫だ.規制,パンデミックに起因する供給の混乱,石炭火力発電から移行しようとする政府の試みといった要因が組み合わさって,この9月~10月の中国の電力は逼迫した.状況は緩和しつつある様子だけど,それもひとえに,中国がもっと石炭を燃やし始めたからにほかならない(その多くは輸入したものだ).でも,このやり方は維持できない.すでに中国は世界一の石炭消費国で,途上国ぜんぶを足し合わせた分よりも多くの温暖化ガスを排出してる.いずれ,地球のために中国に自国の石炭を輸出しないようにとの圧力が強まってくるだろう.気候変動問題がますます中国問題となってくるにつれて,石炭消費を抑制する各種の取り組みを再開するべしとの中国への圧力が強まるだろう.
中国に吹いてる3つ目の向かい風は,自分の気に入らない産業への習近平の弾圧だ.これには,消費者向けインターネット企業,民間教育産業,各種の娯楽産業がふくまれる.ようするになにを考えているのかと言うと,いまでは誰でもおおよそ受け入れてる見方だけど,中国が堕落したポスト産業社会になるのをふせいで,質実剛健な製造業指向の国にむりやり引き戻そうというんだ.
ここで問題なのは,その弾圧をやっているのは一人の年老いた保守的ベビーブーマー世代で,その人物の頭にある「タフで強い社会はかくあるべし」という考えが原動力になっている点だ.そこにあるのは,一貫した経済理論でもなければ,前例でもなく,透明な意思決定プロセスでもない.それはつまり,次にハンマーがふりおろされる先がそこになるのか誰にもよくわからないってことだ.そのため,当初の弾圧が行われた業界からはるかに離れた部門での起業活動にまで冷や水がかけられることになる――習近平が手出しせずにいようと意図している部門にさえ,それはおよぶ.企業や起業家たちには,ブーマー世代中国共産党保守派の老人が国の弱体化の源と判定する活動がどれになるのかまるきりわからない――そんななかで,誰がわざわざ危険を冒す?
最後に,コロナウイルスという要因だ.初期のウイルスの r_0 が 3 という数字になっていたとき,中国・オーストラリア・韓国・台湾・ニュージーランドといった国々はとにかくウイルスを封じ込めることで経済的にすごくうまくやった.でも,いまデルタ株の r_0 が 6 にまで達しているなかで,そういうゼロ・コロナウイルス戦略はもはや不可能だ.首尾よく封じ込め戦略をとっていた国々の大半は,いまや,大規模ワクチン接種と「コロナウイルスと共に暮らす」戦略に切り替えつつある.でも,中国政府はゼロ・コロナ戦略をこのまま維持して面子をたもとうとしてるらしい.その結果として,もはや封じ込めのできる時点をすぎたように見えるウイルスを封じ込めようと,ますます絶望的な対策に中国は訴えている.
さて,「最後に」とは言ったものの,さらなるショックが到来しつつあるのかもしれない.次にくるのは,戦争の恐怖かもしれない.Shuli Ren はこう書いてる:
地方当局に対してこの冬を越すのに十分な食料を確保せよと促す正式な発表が出て,ソーシャルメディアは蜂の巣をつついたようになってる.これは台湾との戦争がありうるのではないかと,みんなが推測しての騒ぎだ.先月,台湾をめぐって中国とアメリカの緊張が強まった(…).このところ,中国の投資家たちが取り憑かれたかのように語ってることといえば,スタグフレーションと,経済制裁,そして――戦時のサバイバルスキルだ.
台湾との紛争がいまにも差し迫っているのではないかという噂を黙らせようと,国営メディアはやっきになっている.だが,市場の弱気相場を変えるような力が,国営メディアにあるはずもない.
こういうショックに加えて,中国の人口動態の悪化という要因もある.中国の人口は,昨年から減少に転じたか,来年から減少に転じる見込みだ.どちらが正解なのかは,どの報告書を信じるかしだいだ.合計特殊出生率は,いまや 1.3 になってる.この数字は日本を下回ってる.一人っ子政策が終わったにもかかわらずだ.労働年齢人口はもう10年近くもずっと減少をつづけている.中国の高齢化はあまりに急速で,年齢の中央値がアメリカのそれを超えてしまった.中国人に強制してもっと子供をつくらせる厳格な政策を政府がとったとしても(そんなことをしたら,家計が破綻して騒乱を招いてしまうけど),労働力がこれから数十年にわたって減少していくのは,すでに確定している.規模が縮小し高齢化した人口では,ダイナミズムは低下する一方で労働年齢の人たちが背負う経済的負担は大きくなり,投資は抑制される.
もちろん,急速な高齢化といえば技術的キャッチアップと資本飽和の自然な要因の筆頭だ.中国はいろんな技術をたくさん模倣したり買い取ったり盗んだりしてきた.でも,いまや中国はおおよそ製造業の最前線にいる.こうなった製造業は,もはや経済成長の大きな源泉にはならない.そして,中国は建物や道路や車両や機械をたくさんつくってしまったために,さらにもっと安価な資本を創出するように強いたところで,昔ほどの経済成長につながるにはほど遠い.
つまり,中国は経済成長大減速の第二局面に完璧に達してるってことだ.Eichengree, Park & Shin が予測したとおりの地点に,いまの中国はある.いまは成長率が 5% だとしても,典型的な規模の減速がまた起これば,今後は 3% 前後に落ちるかもしれない――だいたい先進国と同じ水準に収まるかもしれない.ほんの数年は 5% にまでハネ戻ることがあるかもしれない――たとえば80年代後半の日本の「バブル時代」のように.でも,歴史上の前例をみると,それが継続することはありそうにない.
というわけで,いままさに中国の経済的奇跡の終わりをみんなが目の当たりにしてるって見込みは大きい.終わりを世界がそろって認めるまでにはさらに10年かかるかもしれないとしても.
中国のシステムってほんとはどれくらいいいものなの?こうした混乱をへて,先進国とほぼ同水準の経済成長にまで中国がほんとに減速するとして,そのときまでに中国はどれくらい先進国に追いついてるだろう? 日本のキャッチアップが止まったときには,アメリカの所得水準のだいたい 75% だった.でも,かりにいま中国のキャッチアップが止まったとしたら,その所得水準はアメリカのだいたい 30% ていどでしかない.そのあと 40% にまでゆっくりと上がっていったとしても,まだまだ中所得層諸国の上の方でしかない.そのとき,《中国がおそろしい「中所得トラップ」にハマってしまった》って,みんなは言うだろう.その言い分にはまっとうな理由がある.
総じて,経済学者たちはこう考えてる――発展中の企業でキャッチアップが止まる水準は,その組織または技術の質を反映する.すると,こんな風に考えられる.「建物をもっと建てたり機械をもっとつくったり道路をもっと敷いたりしていけばアメリカの GDP の 40% まではいけるのだとしたら,その国の足を引っ張ってる系統的な弱みがなにかあるにちがいない.」 個人的には,この説明は少しばかり同語反復ぎみなんじゃないかっていつも思ってる――どこかの国の所得のなかでかんたんに説明できない部分を引っ張ってきて,それに「技術」だの「制度」だののラベルを貼ってるだけなんじゃないかって思う.これは,なによりもぼくらの無知の反映だ.
でも,中国の場合には,その経済的奇跡がいまここで終わったとして,みんながそのことを説明するために語り出す物語がどんなものになるのかは,かなりハッキリわかる.きっと,「単純に,中国は市場改革の道筋から踏み外れてしまったんだよ」って,みんなは書くだろう.習近平の考えでは(そして,度合いは大きく落ちるけれど胡錦濤の考えでも),鄧小平と江沢民の自由化路線から元に戻しても――なんと!――自由市場と私有財産権の保証は変わらずうまく機能するだろうという見込みだった.「国家資本主義がうまく機能する方法を習近平は発見したのかもしれない」なんて主張していた各種の文章は,いまや息も絶え絶えだけど,そのうちなかったことにされるだろう.〔国の介入は万事ダメで市場になんでもまかせればうまくいくという〕リバタリアンのガマの油がまた登場してきて,ここ数年耳にした「中国が間違ったことをするわけがない」説に代わって「中国が正しいことをするわけがない」説が出てくるだろう.そして,束の間でも 5% 成長が復活すると,勝ち誇る言説が2~3年は入れ替わって,そのうちまた経済成長が冴えなくなると,そういう言説はまたしても引っ込められるって寸法だ.
ざんねんながら,評論や集団の記憶はそういう仕組みになってる.でも,おそらくこの場合には,成長減速後の物語の中核部分は真実をとらえてる.中国の国家主導による金融システムは非生産的な国有企業や(とくに)不動産部門への貸付をほんとに優先していた.中央集権的な当局と国のすみずみに行き渡った中国共産党の支配によって,習近平のような指導者が産業にくちばしを挟んで邪魔をすることが可能になってる.金融システムが弱くて,国有企業が有力なせいで,人々は手持ちの富を家というかたちにするしかなくなった.これが一因となって,それほど生産的でない資産部門が GDP の3割近くを占めるようになった.おそらくは外国のテクノロジーを盗むのを当てにしたのが助けになって,中国のキャッチアップは10年か20年ほどジェットエンジンを吹かすことができた.でも,知的財産を保護する体制に切り替えようとしてうまくいっていないのを見ると,もしかすると,テクノロジーに関して他人に乗っかる無責任なアプローチは,いまや負担になっているのかもしれない.
――とまあ,こんな具合.これまで何度も何度も,急速な発展や戦後再建に多いに役立った国の制度であっても,ひとたびその国が豊かになると逆に負担になってしまう例が現れてきた.たいてい,大きくなりすぎた開発国家が,徐々にあれやこれやを民間部門に委ねて自分を縮小させていく方法を知らないうえに,国家が手を引いたあとに自分でなにをどうするか決めるすべを民間部門が知らないというかたちをとって,これは現れる.主要なキャッチアップ国のどこを見ても――ドイツ,日本,韓国のどれをとってみても――これに対処せざるをえない経験を経ている.中国は,たんにその経験をずっとたくさん経なくてはいけなくなっているだけだ.
それにもちろん,時代をえらばす権威主義体制が抱える欠陥を身をもって示している教訓でもある――いつかは,ろくでもないダメな王様を戴くハメになって,そいつを玉座から追いやるすべがなくなってしまうって権威主義体制の欠陥を,中国は見せてくれている.この問題は中国の歴代王朝を苛んだし,フランスでもトルコでもイギリスでもイランでも,世界のいたるところで起きてきた.ほんのしばらくは,ついに中国がこの欠陥を克服したかに見えた時期もあった――迅速果断な政策立案と中央集権的な投資という権威主義体制の伝統的な長所を活用しつつも,権力の円滑な移譲を確実にし,抑制と均衡を維持し,安定を危うくする個人本位の支配者の台頭を防ぐ,官僚的な一党独裁寡頭政治を発明したかに見えた.
――そう見えていただけなのかもね.
合計特殊出生率は1.3「%」(=0.013)ではなくて1.3ですね。
修正しました.たすかります.