ノア・スミス「現代中国と大日本帝国」(2021年5月4日)

[Noah Smith, “Contemporary China vs. Imperial Japan,” Noahpinion, May 2021]

おおよそ,両者はてんで別物だ

東アジアで米中の対立が強まって軍事的な緊張が高まってきている件があちこちで議論されている.そのなかで,かなりよく見かける話に,こんなのがある.「2020年代の中国と1930年代の大日本帝国には,いろいろと類似してる点がある.」 似ていると考える理由は,わかりやすい――どちらも東アジアの国だし,アメリカとの各種関係が悪かった.でも,ほんのいくつかならちょっと似てるところもちらほらあるとはいえ,おおよそこの2つは大違い,別物だ.

相違点は多すぎて,とてもじゃないけど列挙していられない.ただ,そのなかでも大きなちがいが3つある.米中が紛争をおこす可能性を考えるときに,この3つはとりわけ重要だ.で,その3つとは:

  • 統治構造のあり方と,権力が各種機関にどう分布しているか
  • 規模
  • 軍事面の文化と経験

一党体制 vs. 混沌とした半独裁・半民主国家

実を言うと,今回の記事は,最近読んだ本に着想をもらってる:リチャード・マクレガーの『中国共産党:支配者たちの秘密の世界』っていう本が,それだ.出版されてから現時点で10年近くも経ってるんだけど,中国社会の各種機関と中国共産党との関係についてここで述べられてる知見は,おそらくいまでもその多くが当てはまっている.

この本全体をひとつにまとめてる要になってるのは,こういう考えだ――中国政府はきわめて中央集権化されている.それも,地方と北京を対比しての中央集権じゃなくって,国内のいろんな機関に権力がどう分布してるかって切り口で見て,中央に集中してるって話だ.企業・裁判所・軍・地方政府やその他の各種社会制度を見ていくと,よその社会だったらいろんなアイディアや権威の源泉になっている場合もあるのに,中国ではこれらが共産党に支配されている.その支配は,正規の統治構造を通してなされている場合もあるけれど,たいていは非公式の裏ルートでの接触で支配されている――これにちょっと似てる例を挙げれば,マフィア組織がその地域の企業を牛耳ってる場合があるのと近い.本質的に,中国共産党は,あの国のあらゆる要素に触手をウネウネ伸ばしてる巨大マフィアだ.これにより,いろんな長所と短所が生じている.その一部は,マクレガーが述べている.

でも,こういう統治構造は,第二次世界大戦前の日本に広まっていた統治構造とはまるっきり異なる.(当時の日本がどんな感じだったか知るのになにか読もうかと思ってる人に向けて,いい情報源を2つ挙げておこう:マリウス・ジャンセン『近代日本の成立』(翻訳なし; The Making of Modern Japan) と,ジョン・トーランド『大日本帝国の興亡』,この2冊だ.) なるほど,当時のアメリカ人たちはこんな風に思ってたかもしれない.「日本はミツバチの巣みたいなもので,頂点にいる天皇によって下々がマインドコントロールされてるんだ.」 でも,実態はぜんぜんちがう.天皇はときに権力をふるったし,敬われていたのはまちがいない.でも,オリンポスの神々みたいにはるか天上から君臨していた場合も多かった――どれくらい遠く隔たっていたかというと,多くの場合に,はたして天皇の権力に実態があるのか観念的なものなのか,さだかでなかったくらいだ.

天皇の他にも,日本には半ば自律的な機関・制度がたくさんあって,影響力がおよぶ範囲がダブってるところのナワバリをめぐってお互いに競合していた.例を挙げると,日本軍,「財閥」という巨大企業コングロマリット,日本の公式な議会政治が,そういう機関・制度だ(議会はしばらくのあいだ民主的に選挙で議員が選ばれていたけれど,その後,軍の支配下にくだった).他にも,各種の有力集団がいた――「元老」という長老政治家たちは天皇を補弼して政治に干渉していたし,いろんな右翼イデオロギー派閥もいた.この右翼の派閥は,やがて数回にわたってクーデター未遂を起こしたり満州征服を扇動するのに助力したりするようになる.

こんな具合に,当時の日本は半独裁・半民主国家(アノクラシー)で,すごくとっちらかった混沌状態にあった.対立組織と利害関係者どうしがせめぎあうこの無秩序に近い混乱ぶりにあった国が,いったいどうやってアジアの広い範囲を奪取して世界の列強と軍事的に対立できたのか――その話はすごく面白くて,まともに扱うには別にもっと長い文章を書かなくちゃいけない.

でも,ここでの要点は,これだ――大日本帝国では,誰一人として権力を本当に掌握してはいなかった.そのおかげで,当時の日本と交渉するのはとてつもなく難しかった.どうにか日本政府と和平を結べたかと思っても,政府と独立に組織運営されてる日本軍が,極右思想を動機にして,おかまいなしに攻め込んでくるかもしれないわけだよ.政府のこっちの連中と交渉していたら,その裏で政府の他の連中はこっちを攻撃する算段を終えてたりする.降伏勧告の条件を並べて突きつけるにしても,誰に? 第二次世界大戦がようやく終結した顛末を見ても,天皇が腰を上げて名目以上の権威をふるい,麾下の将軍たちを抑え込んで,自分に対する軍事クーデタを生き延び,降伏の最終決定を下してはじめて終結してる.

これと対照的に,現代の中国では,ひとりの人物が権力を掌握してる.その人物の名前は習近平だ.共産党が中国を支配してるだけでなく,習が共産党を支配している.観測筋の大方の一致した見解では,習近平による個人的な権力の地固めぶりは,毛沢東いらいはじめて見られるくらいだそうだ.ライバルたちをツブし腐敗を根絶し,国家のみならず企業と経済にまで,習は支配力を広げている

そのため,大日本帝国にくらべて,中国の方が相手にしやすいこともありうる.なぜなら,中国には本物の交渉相手がいるからだ――先方が,交渉をする気になればの話だけれど.大日本帝国を相手にする場合,国内の混沌とした権力構造の一角を占める急進分子が国を追い込んでバカな真似をさせるのを待ってから,しっちゃかめっちゃかになった状況を片付ける以外に手の打ちようがなかった.

ただ,中国ではもっと中央集権化された一党支配がなされている分だけ,大日本帝国よりも敵対者として手強くもなりうる.大日本帝国は戦争に力をふりしぼったけれど,省庁どうしの対立やら,ゴロツキみたいな軍隊やら,最上層部の協調のおそまつぶりによって,足を引っ張られた.これと対照的に,現代中国は,しっかり油がさされた機械みたいに運営されている.中国共産党と習近平の独裁的な権力とが広範囲にわたって協調できているおかげだ.

中国は大きく,日本は小さい

人口構成を見ても,地理関係を見ても,経済を見ても,現代中国よりも大日本帝国からかけ離れた存在はありえない.なぜなら,現代中国は巨大で,大日本帝国は小さかったからだ.かるいお楽しみのために,両者の人口規模を比べたものをごらんいただこう(人口を面積で表した場合):

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中国の人口は日本の11倍で,領土の面積は25倍もある.両者の規模のちがいときたら,ちょっと比べものにならないほどだ.ドイツとエルサルバドルくらいちがう.

規模がこれだけちがうおかげで,すごく重要なことがいくつか成り立っている.なにより,かりに戦争が起きた場合には,かつての大日本帝国よりも中国の方がずっと,ずっと手強い敵になるだろう.

アメリカが戦おうと決めた瞬間に,日本は対米戦に負けた.開戦前夜に,日本の一人当たり GDP はアメリカの約 35% で,人口は約 55%,総生産力はだいたい 1/5 だった.お察しのとおり,戦時中にアメリカは生産する物量で日本を圧倒していたし,兵員でも日本を大きく上回っていた.日本は死力を尽くして戦ったけれど,開戦から半年かそこらで,最終的な勝敗は明らかだった.

現代中国とアメリカを比べると,一人当たり GDP は第二次世界大戦中の日米比と異次元の違いってほどではない――名目値で約 22%,購買力平価で見て 36% だ(軍事支出を考える場合にどっちの数字がより重要なのかは,よくわからない).でも,規模で見ると,中国の人口はアメリカの 4.35倍で,大きく上回っている.かつて日本を生産物量で圧倒したみたいには,中国を生産物量で圧倒するのは無理だろう――それどころか,逆に中国が圧倒するかもしれない.

でも,同時に,中国は巨大なだけに,領土征服にはそれほど関心をもたないだろう.小さかった日本は,列強と張り合うために他国を占領して天然資源を手に入れる必要があった.中国には,国家の威厳にかかわる理由で,台湾を征服したがったり,ベトナム・日本・フィリピンからいくつかの島々を奪いとりたがったりこそしても,資源のために征服する必要は,そんなにない.

だからといって,もちろん,中国がいまの手持ちの資源で自足しているわけではない.それはちがう.インド洋から南シナ海にいたる海洋供給ラインを守る必要があるし,それに代わる陸上ルートも開発する必要もあるだろう(「一帯一路」構想の目的には,これもある).そうなると,紛争にいたるかもしれない.ただ,自分から出向いてどこかを征服して大国になる必要は,中国にはない.すでに巨大だ.

中国の規模が巨大なこととグローバル化とが組み合わさって,大日本帝国に比べて世界経済にとって現代中国はずっと枢要な存在になっている.かつての日本は,国際サプライチェーンにおいて,ちんまりとした周縁的なプレーヤーだった.他方で,現代中国は世界最大の輸出国であり,最大の製造国だ.さらに,5G みたいな情報関係の重要設備をたくさん世界に供給している国でもある.〔国際貿易で〕経済的に統合されているからと言って,必ずしも戦争が阻止されるとはかぎらない――思い出そう,第一次世界大戦の前夜まで,ドイツとイギリスはお互いにとって最大の貿易相手国だったんだよ.でも,経済的な統合は,けんかっ早く殴り合いをはじめようとするのにブレーキをかける役割は果たしうる.

抑圧 vs. 征服

大日本帝国は資源を必要としていたうえに国内の組織・制度やイデオロギー面での混乱があったために,対外征服を求めるところにまで自分を追い込んでいった――台湾・韓国・満州から,次いで中国・東南アジアへと日本は征服の範囲を広げていった.その結果として,日本の軍隊は戦争を遂行する経験が豊富だった.たとえば,1930年代にはおおよそ途切れることなく戦争を続けていた.そのおかげで,日本軍,とくに海軍はとても有能だった.そして,有能だったことも一因となって,軍隊内部に「自分たちには特別な資格・権利がある」「自分たちは独立した組織だ」という危険な感覚が広まっていた.これがやがて日本を戦争に引きずり込むことにもなり,数多くの虐殺も起こし,世界のあちこちを厄介ごとに巻き込む結果になった.

他方で,現代中国は1979年にベトナム侵略に失敗してからおおむね平和をつづけている.小規模な「サラミスライス法」戦術で侵攻したり,南シナ海で領土を侵害したり,インドとときに血なまぐさい国境紛争を起こしたりこそしているけれど,中国の軍は戦争の経験にとぼしい.そのため,台湾その他を相手に係争中の領土を獲得しようと大規模な戦争に打って出るのにはもっと慎重になっているかもしれない.また,ありがたいことに,かつて大日本帝国陸軍で発展したタガの外れた破壊的文化は,戦争の経験にとぼしい中国にはない.

外国を攻撃するかわりに,中国は自国民を抑圧してきた――誰も彼もを監視する,香港を押しつぶす,ウイグル人を強制収容キャンプに送る,などなど.かつてソ連がたびたびそうなっていたように,中国も国内の抑圧にいそがしくて,対外征服を模索する余裕がないのかもしれない.

それで,どうなるの?

ここまでに述べてきた3つの大きな相違点をまとめると,基本的な結論が2つ出てくる.第一に,大日本帝国にくらべて,現代中国が世界戦争を始める見込みは小さそうに思える.中国が対外征服に向かう必要はかつての日本ほど大きくないし,中国の軍隊はよそを征服する経験に長けていないし,中国の支配は中央集権化されて堅固だから国内のゴロツキどもによって戦争に追い込まれることはなさそうだ.西洋によって圧迫され恥をかかされてきたという一般的な感覚こそあっても,大日本帝国みたいに戦争をはじめる動機は,現代中国にはない.

とはいえ,しかし.もしも中国が西洋を相手に戦争に向かうハメになったとしたら――あるいは,冷戦みたいに対立を長々と続けることになったとしたら――大日本帝国とは段違いに危険な敵になるだろう.中国の方がはるかに大きく,人員の供給には際限がなく,果てしなく製造を続けられる生産能力もあるうえに,天然資源の埋蔵量も莫大だ.それに,中国は意志決定装置が恐ろしいほど効果的で中央集権化されている.かつてアメリカは二正面戦争を戦いながら大日本帝国を打ち倒せたけれど,対中戦争の場合,かなりの数にのぼる強力な同盟国たちといっしょに優勢になるのが,せいぜいの望みだろう

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  1. 突っ込み処満載だが、分かり易い処なら

    >>資源のために征服する必要は,そんなにない

    中国が尖閣の領有権を言い出した1971年は、1969年と1970年の国連報告書が海底資源の可能性を言い出した直後から

    1. まぁそれもあるかも知れないけど単純に影響力を持ちたいだけでしょ
      核心的利益の近くだし、一帯一路上だし

  2. 大変に面白かった。特に、日本の状況についての理解が素晴らしかった。東京裁判で、日本政府の共同謀議が訴えられたけれど、実態はばらばらの不共同謀議だった。日本語の文献も、国外で咀嚼されている様子が窺える。ならば、慰安婦や徴用工についても、朝鮮の主張に拘わらず、次第に正確な理解が進むのかもしれない。

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