Paul Krugman, “In Argentina, the Rules Still Apply,” Krugman & Co., February 13, 2014. [“Macroeconomic Populism Returns” / “Macroeconomic Winners and Losers“]
アルゼンチンでもルールに変わりなし
by ポール・クルーグマン
今月はじめに『スレート』に載せた記事,「アルゼンチンは2002年に正しいことをやり,去年は間違ったことをやった」で,コメンテーターのマシュー・イグレシアスは,アルゼンチンの経済的な問題について言うべきことを語っている:アルゼンチンがかつて2002年に異端の政策を実施したのは正しかったと述べる一方で,いま赤字を切り詰めてインフレを制御するべきという助言を却下するのは間違いだと論じることにはなんの矛盾もありはしない.
これがなかなかわからない人たちがいるのは知ってる.でも,経済政策の効果も,とるべき適切な政策も,環境によってちがってくるんだよ.あと付け加えておくと,そういう環境がどんなものなのかは,ちゃんとわかってたりする.赤字予算を組んだり,いっぱいお金を刷ったりするのはインフレを促進することになるから,制限された供給に制約を受けている経済ではよろしくない.そうした政策は需要が足りてないことがえんえんと問題になってるときには有用でいいことになる.同様に,失業手当はおそらく供給に制約された経済では雇用を低下させることにつながる一方で,需要に制約されている経済では雇用を増加させることになる.
これまで何度も言ってきた論点をここでも繰り返しておくと,IS-LMモデル(詳しい解説はこちら)を理解してる人たちは,前々から,ベン・バーナンキの連銀による行動はインフレを昂進させることはないと予測してきた.その一方で,ぼくらと対立する立場の人たちは,「通貨の毀損だ」なんて叫んでいた.
アルゼンチンと,おそらくはトルコについても,言っておくべきことは他にもある――それは,経済学者の Rubi Dornbusch と Sebastian Edwards がかつて「マクロ経済学ポピュリズム」と呼んだことの小規模な再演がいま起きつつあるってことだ.
これには,赤字予算をやったりお金を刷ったりすると必ずジンバブエになっちゃうと考える人たちがやったのと対になる間違いが関わっている.その間違いとは,「正統的なルールは決して当てはまらない」という信念だ.これはこれで同じくらい深刻な間違いになる.いまではそんなにありがちな間違いではなくなってる.ほんの数年前なら,ベネズエラしかそんな間違いはおかしていないと言われたところだろう.いまですら,そんな国は片手で数えられるほどしかない.
それでも間違いにはちがいない.そして,間違いは間違いと言う必要がある.
© The New York Times News Service
勝者と敗者
最近のブログポストで,経済学者のジョン・クイギンがある新著について書いている.マクロ経済学の壮大な考えについて解説しようという趣旨の本なんだけど,なんというか,そこにはマクロ経済学がまったく含まれてないんだよね.
彼がめぐらしている考えには,2008年危機までの数十年間にこの業界に起きたことについて有用な見解が含まれているし,現状についてとても面白い分析もなされている.(DSGE ってのは「動学的確率的一般均衡」のことだ――基本的には,いまどきの学術誌に載せられるほぼ唯一のモデル化となっている.)
「話を拡げて学術的なマクロ経済学に関するかぎり,DSGE が勝利を収めている」とクイギン氏は記している.「だが,それは論証の威力によってというよりは,この分野の学術論文に掲載される規準を掌握することによって,勝ち取られた勝利だ.完全雇用を仮定するのはかまわないし,インフレを無視してもいい.だが,厳密なミクロ経済学を自分のモデルから省いてはいけない.他方で,緊縮を支持する知的な論拠が崩壊したのにともなって(政治的な支配は崩壊していないが),公の論争の観点を設定しているのはほぼ全面的に,クルーグマンやデロングといったニュー・オールドケインジアンたちとなっている(これは事実だ.ただ,ぼくと同じように信じていないとしても,この論争の結果は,ケインジアン陣営のノックアウト勝利となっている).」
なかなか奇妙な状況だ.ここからの含意として,歴史のくずかごに放り捨てられることになりそうな人がいることになるとぼくは思うんだけど,さて,それは誰だろうね?
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
通貨危機
by ショーン・トレイナー
この数ヶ月に新興経済国をおそった通貨危機は,南米で2番目に大きな経済であるアルゼンチンにまで広まっている.先月,アルゼンチンの通貨ペソの価値は19パーセント急落した.
同国が直面している難題は他の発展途上経済と似ている一方で,アルゼンチンの状況はかつて経験した経済危機ゆえに独特なものとなっている.
1991年に,当局はペソをアメリカドルにペッグして為替レートを固定した.これは,物価を安定させるための試みだった.この対応は,インフレの制御に成功したものの,1998年にアルゼンチン経済は深い景気後退に突入した.通貨ペッグによって,アルゼンチンはこの景気低迷に対応する能力が制限されてしまった.ペソを切り下げて競争力を取り戻すことができなくなった当局は,国際通貨基金からの救済措置と引き替えに厳しい緊縮策の実施を余儀なくされてしまった.
緊縮策により,事態はいっそう悪化した.2002年に,不況にはまりこむなかで政府は通貨ペッグを解消し債務不履行を宣言した.ペソはその価値の多くを失ったが,新たに競争力をえた輸出により,アルゼンチンはすぐに回復していった.その後10年の多くにわたって,同国は急速な経済成長を経験した.
その非正統的なアプローチの結果として,アルゼンチンは国際資本市場からおおむね切り離されている.そのため,同国経済は一次産品の輸出に大きく依存している.
中国のような国々からの需要は近年弱まっている.それにともなって,価格は低迷してアルゼンチンの貿易黒字は減少している.
アルゼンチンは外国からお金を借り入れることができないため,同国政府はお金を刷って社会支出の支払いと国内需要の助成にあてている.これにより,急速なインフレが進んだ.公式の報告書によれば,物価は2013年に10.0パーセント上昇している.だが,独立系エコノミストには,正確な数字はだいたい28パーセント前後だと考えている人たちが多くいる.
アルゼンチンがこのところ問題を抱えていることから,『スレート』のコメンテーターのマシュー・イグレシアスに,アルゼンチンが債務不履行を宣言したことをかつて称賛したことを後悔しているかと質問が寄せられた.彼はこう答えている:「全然そんなことはない.歴史をみて言うなら,アルゼンチンはよく統治されている国だ.(…)『アルゼンチンの2002年債務不履行は通貨切り下げは正しいことだった,そのことから学ぶべき大事な教訓がある』と述べたからと言って,すべての国がいつでもあらゆる点でアルゼンチンを模倣すべきだ,という話にはならない.その逆に,アルゼンチンはその後の10年間に政策の失敗をたくさん犯している.」
© The New York Times News Service