ポール・クルーグマン「人々はほんとに分相応なものを受け取っているのか?」

Paul Krugman, “Do People Really Get What They Deserve?,” Krugman & Co., February 21, 2014. [“Vox Anti-Populi“; このブログ版の訳文はすでに掲載済みです)]


人々はほんとに分相応なものを受け取っているのか?

by ポール・クルーグマン

PETT/The New York Times Syndicate
PETT/The New York Times Syndicate

ぼくの学生だったリチャード・ボールドウィンが編集してる VoxEU は,いま現在の政策をとりあげる経済オンライン・ジャーナルだ.そこに,格差に関するすぐれた記事が2つ掲載されている.

1つ目は,英ウォーウィック大学の経済学教授アンドリュー・オズワルドとメルボルン応用経済学・社会研究所のフェローであるナッターヴート・ポータヴィーによるもので,相続や自らの努力によってではなくて,宝くじに当選してお金持ちになった人たちを調査して,富が政治的態度におよぼす影響を検証している.案の定と言うべきか,宝くじ当選者はもっと右よりになっている.もしかすると,これは意外でもなんでもないのかもしれない.ただ,シニカルになっていいものかどうか迷いがあった人は,これで迷いが晴れるんじゃないかな.

さらに面白いのはこれだ:宝くじ当選者は,現状の不平等な所得分配をよしとする傾向が強まってもいる.これをちょっと考えてみよう.自力で身を立てた人間なら,じぶんの経験から推論して「人々はみずからにふさわしいものを受け取っている」という結論にいたるかもしれない,とみんなは想像するかもしれない.でも,宝くじというものの性質からして純粋に偶然によって,才能や努力とはなんの関係もなく(より)お金持ちになった人たちであっても,やっぱり「社会は公平だ」と信じるようになっているんだよ.

2つ目の記事は国際通貨基金の経済学者デイヴィッド・ファーセリとパラカシュ・ラウンガーニによるもので,事象研究の枠組みを使って――政策に明確な変化が生じた後に平均にどんなことが起きているか調べることで――「ネオリベラル」な政策変更が格差に及ぼした効果を評価している(といっても彼らは「ネオリベラル」という言い方はしてないけど).案の定,財政緊縮と国際的な資本移動の自由化の両方とも,その後に所得格差の顕著な拡大が起きている.

そうなると,ガミガミ屋の左翼なら,政治的な態度は階級によって形成されているとか,大きな格差のイデオロギー的な正当化はたんに階級利害を隠すものでしかない,なんて言うところかもしれない.それに,「正常な」経済政策なんて,ほんとは所得を上位に再分配する政策でしかないんだ,なんて言うかもしれない.

で,実際はどうかっていうと,計量経済学の証拠はまさにそのガミガミをおおむね支持してたりするのよね.

© The New York Times News Service


2000年相当のアパートメント

先日,「ブルームバーグ」で,マンハッタンの豪勢なアパートメントの価格が急騰している報道があった.いまのところいちばんの高値をつけたのはシティグループ元会長サンディ・ワイルのアパートメントで,ロシアの大富豪の娘に8800万ドルで売られている.でも,1億ドルの値をつけてるものもあれこれとリストにある.

この件を,ちょっとこんな風に見てみるとどうだろう:アメリカのフルタイム労働者が稼ぐお金の中央値はだいたい4万ドルだ.ということは,典型的な労働者がワイル氏のアパートメントを買おうと思ったら,2000年かかることになる.

とは言うものの,ワイル氏みたいな人たちは,いま機能している自由市場のお手本だよね.彼らがはたらく産業は,経済に明瞭な価値をもたらしているし,政府の救済を受けたことなんて一度もないし.――ないし?

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

深まる溝

by ショーン・トレイナー

1月20日に,反貧困の慈善団体オックスファムが世界の富の格差に関するレポートを公表した.それによれば,世界でいちばん豊かな85人がもつ富は,底辺にいる35億人の富と同等だという.

同レポートが公表されたのは,世界経済フォーラム開始のほんの数日前だった――このフォーラムは,会社幹部や投資家,政治的な指導者たちがスイスのダヴォスが年に1度集まって開かれている.レポートの著者たちは,「裕福なエリートたち」が「勝者全取り」社会をつくりだしつつあると主張している.

世界経済フォーラムの当事者たちは,所得格差によって社会の安定性と経済発展が世界中で脅かされていると信じている.また,ダヴォスで開かれたいくつかの討論は,この話題をとくにとりあげていた.だが,『デイリー・ビースト』でこの集まりを報道しているクリストファー・ディッキー記者によれば,この問題はすぐさま忘れ去られてしまったという.「格差について語った人は少なかったし,憂慮している人となるとなおさら少ない.」

ディッキーはこう続ける:「私が話した金持ちたちはそろってこう言っていました.今年のダヴォスはあるべき姿になっていた,というのです.つまり,他のどんな場所よりも多くの人たちと対面での取引ができる場所になっていた,と.」

その一方,1月23日に,ワシントン大学の経済学者2人,バリー・Z・シナモンとスティーブン・M・ファザリがある研究を公表した.それによれば,格差はアメリカの経済成長を全体的に遅らせている.

その研究によれば,2008年の景気後退から回復するのにともなう経済的な利益の大半は,非常に裕福な人々に集中している一方,彼ら頂点から下の95パーセントが稼ぐ賃金が停滞していることで,彼らの消費習慣は劇的に減少している.

「政策問題に関わらず」――と著者たちは記す――「この問題の解決に向かう最初の一歩は,格差拡大は社会的公正の問題につきるものではないことを明確に理解することである.本稿で示したデータと解釈からは,(…)格差が大きくなると需要の成長と雇用の伸びが脅かされるということが主張できる.」

© The New York Times News Service

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