マティアス・クライン他「財政緊縮は政治的分断を引き起こす」(2022年12月15日)

ここ数十年、ポピュリスト政党が大きな支持を得てきている。その一方で、多くの国がデフォルトのリスクを回避するために大規模な財政再建政策をとってきた。本稿では、ヨーロッパの複数の国における200以上の選挙をカバーした地域レベルの新たなデータベースを用いることで、財政緊縮がもたらす政治的帰結について新たな証拠を提示する。結果からは、財政緊縮が極右・極左政党の得票率の大幅な増加、投票参加率の低下、政治的分断の増大を招くことが示された。緊縮による不景気は政治不信を悪化させるため、景気悪化の政治コストを顕著に増大させる。


2000年代後半の大不況(Great Recession)以来、世界中の多くの先進国で反エリート主義やポピュリスト的な政党が大きく支持を伸ばしている(Guiso et al. 2017, Rodrik 2017)。こうした政党の得票が高まることによって、党派対立が増え、議会内の分断も進んだ。その結果として生じる分極的な政治環境は、たいていの場合において政治的不確実性が高まり、経済成長率が低下する(Schiantarelli et al. 2020, Schularick et al. 2021)。

極右・極左政党への支持の高まりは大規模な財政政策介入が行われた時期に起こっている。ヨーロッパの複数の国が高水準の公的債務を減らすために大規模な財政再建策を実施してきた。それによる大がかりな支出の抑制は大きな反対に遭い、反緊縮運動を引き起こした。最近の論文において、私たちは財政再建と分極の拡大との間の関係について調査することで、財政緊縮策の政治コストに関する新たな証拠を提示している。

そのために私たちは、地域、国家、EUレベルでの詳細な投票結果を含めた、選挙結果についての地域レベルの新たなデータセットを構築した。最終的にデータセットはヨーロッパ8か国の124の地域をカバーし、その期間は1980年から2015年に渡るものになった。私たちは200以上の選挙からデータを収集し、これは平均すると1地域あたりで20の選挙、2年に1回の頻度となる。

財政緊縮は政治的分極を拡大する

図1は地域レベルの選挙データによる第一印象として得られる結果を図示している。この図では、サンプル中の地域における2007年と2015年における極右・極左政党の地域レベルでの得票率を示しており、この期間は大不況の開始直前から欧州におけるソブリン債危機のピーク後に渡る時期にあたる。この図からは、最近の極右・極左政党の得票率の増加は国家や地域をまたいだ共通の現象であることが分かる。極右・極左政党の得票率の増加が特に大きい地域はフランス、スペイン、イタリアで見られる。しかし、同じ国の中でも地域によって顕著な差も見られる。例えば、ドイツ西部及び南部は極右・極左政党の得票率が比較的低いのに対し、東部の有権者は極右・極左政党をより強く支持している。

図1:2007年と2015年における地域ごとの極右・極左政党の得票率

注:図1aと1bはそれぞれ、2007年と2015年におけるヨーロッパのNUTS2 [1]訳注;EUで統計上の地域区分として用いられるもののひとつ。人口にして80万~300万規模の行政区分で、規模感としては都道府県に近い。レベル地域区分での極左と極右の得票率の合計をパーセントで表している。両年において選挙が行われてない地域の数字は、それぞれの年の直近の選挙結果となっている。

財政緊縮と選挙結果との間の因果関係を検証するため、過去の決定に従って財政赤字を減少させるという動機に基づく中央政府支出の外生的変化を私たちは特定した。そののち、公共支出に強く依存している地域は中央政府の緊縮政策により大きく左右されるという事実を考慮して、前述の外生的変化と財政支出に対する地域ごとの敏感さを組み合わせた。

図2は財政再建政策に対する極右・極左政党の得票率の反応を表している。ある地域における公共支出が1%が減少すると、極右・極左政党の得票率は約3%ポイント上昇する。私たちの結果からは極右・極左政党の得票率の変化のうち約10%は実のところ財政再建政策によることが示唆されており、これは投票者の政治選好が左右の極点方向に変化した原因を理解する上で、緊縮政策が重要であることを際立たせるものだ。

図2:財政緊縮に対する極右・極左政党の得票率の反応

注:図は、財政緊縮によって政府支出が1%減少した場合の極右・極左政党の得票率のインパルス応答を%ポイントで示したもの。濃い灰色部分は68%信頼区間、薄い灰色部分は90%信頼区間

また、私たちは極右・極左政党の獲得票率の上昇はそうした政党に対する投票が増えた一方で全体の投票率が落ちたことによっても説明できることも示した。すなわち、財政再建によって投票に行く人が減る中で投票に行く人には極右・極左政党に投票する傾向が高いのだ。さらに、財政緊縮は政治的分断を増大させる。このことは、緊縮政策はより分極化した政治環境を作り出すことによっても経済に影響を及ぼすということを示唆している。

財政緊縮は経済的コストが高く、政府不信を増大させる

私たちは、財政緊縮による政治的影響に関する主要な発見について理論付けを行うため、財政再建による地域レベルでの経済的影響についても推定を行った。財政緊縮は地域の産出、雇用、投資、耐久消費財の購入、賃金を大きく下落させる。さらに、公共支出の減少は労働分配率を引き下げ、それによって労働者世帯からそれ以外の世帯への所得再分配を招いてしまう。これらの発見は、財政再建政策をとった後の経済状況の悪化と極右・極左政党への支持の高まりには密接な関係があることを浮き彫りにしている。

最後に、私たちは財政緊縮による不況と一般的な景気の悪化では政治的な影響が異なるかどうかを検討した。私たちは財政再建政策とともに発生した不況(緊縮不況)と緊縮とは無関係な不況(非緊縮不況)とを区別し、これら双方の不景気について極右・極左政党の得票率の反応を推定した。私たちの推定からは、緊縮不況はそれ以外の不況と比較して極右・極左政党の得票率を有意に大きく増やすことを含意する結果が得られた。

私たちは、緊縮不況のさなかでは非緊縮不況のときと比較して政府に対する人々の信頼がずっと大きく悪化することを示し、上述の結果を財政再建政策の潜在的な信頼経路と関連づけた。このことは、政治システムに対する不信と財政再建政策をとった後の極右・極左の得票の増加の間には負の連鎖があることを示している可能性がある。総じて言えば、財政緊縮による不況は、政治に対する不信を高め、それによって景気悪化による政治コストを大きく増大させるという意味で格別の存在なのだ。

参考文献

Algan, Y, S Guriev, E Papaioannou and E Passari (2017), “The european trust crisis and the rise of populism”, Brookings Papers on Economic Activity 2017(2): 309–400.
Funke, M, M Schularick and C Trebesch (2016), “Going to extremes: Politics after financial crises, 1870–2014”, European Economic Review 88: 227–260.
Gabriel, R D, M Klein and A S Pessoa (2022), “The Political Costs of Austerity”, Sveriges Riksbank Working Paper No. 418.
Guiso, L, H Herrera, M Morelli and T Sonno (2017), “The spread of populism in Western countries”, VoxEU.org, 14 Oct.
Rodrick, D (2017), “Economics of the populist backlash”, VoxEU.org, 3 July.
Schularick, M, C Trebesch and M Funke (2021), “The cost of populism: Evidence from history”, VoxEU.org, 16 February.
Schiantarelli  E, M Brancati,  M Briant and  P Balduzzi (2020), “Populism, political risk and the economy: What we can learn from the Italian experience”, VoxEU.org, 20 February.

[原文:Mathias Klein, Ana Sofia Pessoa and Ricardo Duque Gabriel “The political disruptions of fiscal austerity” VOXEU, 15 Dec 2022]

References

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1 訳注;EUで統計上の地域区分として用いられるもののひとつ。人口にして80万~300万規模の行政区分で、規模感としては都道府県に近い。
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