メンジー・チン 「ロシアがウクライナに武力侵攻したとしたら、マクロ経済にどんな影響が及ぶ? ~AD-ASモデルを使って予測してみる~」(2022年2月20日)

●Menzie Chinn, “Interpreting Macroeconomically a War Scenario, Graphically”(Econbrowser, February 20, 2022)


ロシアがウクライナに武力侵攻したとしたら、マクロ経済にどんな影響が及ぶだろうか? そのことについてああでもないこうでもないと盛んに議論が交わされているが、その多くでは、ロシアがウクライナに武力侵攻するのに伴って原油価格が高騰することは避けられないと見なされているようだ(例えば、こちらを参照されたい)。私も “短期的には” そうなるだろうと思う。しかしながら、原油価格の上昇が続いて相当高い水準にまで達したら(ブレント原油先物価格は既に1バレル=90ドルにまで達していることに留意せよ)、景気に冷や水が浴びせかけられることになるだろう。景気が冷え込めば、原油に対する需要も減る。そうなれば、原油価格に下落圧力がかかることになるだろう。・・・というのがAD-ASモデル(総需要・総供給モデル)の助けを借りて私なりに達した結論だ。ロシアがウクライナに武力侵攻した場合に、短期的に(あるいは、中期的に)マクロ経済にどんな影響が及びそうかを以下でAD-ASモデルを使って説明してみるとしよう。

ロシアがウクライナに武力侵攻したとしたら、それに伴ってリスクや不確実性が高まることになり [1]訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●メンジー・チン 「リスクと不確実性の高まり … Continue reading、国内(例えば、米国)だけではなく海外の総需要も落ち込むことになる。リスクや不確実性が高まることで(リスクプレミアムが高まり、資金調達コストが高まることで)国内投資が減り、海外の総需要が落ち込むことで(国内から海外への)輸出が減る。言い換えれば、AD曲線(総需要曲線)が左方にシフトすることになるわけだ(濃いグレーの矢印)。その一方で、原油価格が高騰すれば、コストプッシュ型のインフレが起きることになる(薄いグレーの矢印)。

図1:「原油価格の高騰、リスクの高まり、海外経済の減速」の影響

 

ロシアがウクライナに武力侵攻するのに伴って、原油価格が高騰するだけでなく、リスクや不確実性が高まることになれば、図1において赤色の矢印で跡付けられているように、国内の総生産量(実質GDP)は Y2 へと縮小する一方で、国内の物価は P2 へと上昇することになる。一時的にスタグフレーションが起きるわけだ。

しかしながら、どの国でも国内の総生産量が縮小することになれば(国内の景気が冷え込むことになれば)、それに伴って原油に対する世界全体の需要も減ることになるだろう。原油というのは価格弾力性が低い(需要の減少に対して価格が敏感に反応する)商品なので、原油価格が元の水準にまで戻るためには、原油に対する需要はそこまで大幅に落ち込む必要はないだろう。

図2:「原油価格の下落、リスクの高まり、海外経済の減速」の影響

 

図2にあるように、各国の景気が冷え込むせいで原油価格が下落すると、国内の総生産量は Y3 まで回復することになり、国内の物価は P3 へと下落することになる(ただし、財政政策や金融政策に何の変更もないとすれば)。

ところで、国内の総生産量が縮小すれば(国内の景気が冷え込んだら)原油価格は下落するっていうのは本当だろうか? 仮に本当だとして、(国内の総生産量が縮小するのに伴って、原油価格は)どのくらい下落するんだろうか? 2001年の米国が一つのケーススタディを提供している。米国経済は2001年に景気後退に陥ったが、景気の落ち込みはいつになく軽微なもので済んだ。にもかかわらず、原油価格は、景気の山から谷までの間に(米国の実質GDPの水準がピークに達してから底を打つまでの間に)、28%も下落したのだ(図3を参照されたい)。

図3:黒色の実線は、季節調整済みの米国の実質GDP(2012年を基準年とする連鎖方式で算出)の対数値の推移を表している(左側の軸)。茶色の実線は、WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)原油先物価格(1バレル当たりの価格)の対数値の推移を表している(右側の軸)。薄いグレーがかかっている領域は、NBER(全米経済研究所)による景気循環の日付判定で、景気後退局面(景気の山から谷までの局面)と認定された期間;データの出所は、IHSマークイット、米国エネルギー情報局、NBER。

 

原油価格の上昇幅が大きいほど、Fed(中央銀行)が腰を上げる(金融引き締めに乗り出す)可能性が高まることも忘れてはいけない [2] … Continue reading。現に、(イールドカーブから読み取れるところでは)金利はこの先上昇するのではないかと予想されている(図4を参照されたい)。とは言え、Fedが何ゆえに金利の引き上げに乗り出す可能性がありそうかとなると、判断が難しいところではある。コロナ禍による供給制約を原因とするインフレの昂進(こうしん)に対応するためなのだろうか、それとも、ウクライナ情勢の緊迫化に伴う原油価格の高騰を原因とするインフレの昂進に対応するためなのだろうか。

図4:青色の実線は、1カ月物の短期国債の利回りの推移を表している(左側の軸;単位は%)。赤色の実線は、1カ月物の短期国債の利回りの2~3カ月先の予想値(の平均)の推移を表している(左側の軸;単位は%)。緑色の実線は、(株価の変動リスクを測る)VIX指数(ボラティリティ指数)の推移を表している(右側の軸)。赤色の点線は、日米豪印外相会談に参加したブリンケン国務長官が記者会見の席上でウクライナ情勢への危機感を表明した日時(2022年2月11日)を表している。 グレーの点線は、米国のCPI(消費者物価指数)の数値が発表された日時(2022年1月12日および2月12日)を表している;データの出所は、米財務省、シカゴ・オプション取引所、私自身による計算。

 

各国の景気が冷え込むのに伴って原油価格が下落に転じたとしたら、ロシアの実質GDPにどんな影響が及ぶだろうか? ロシアの政策当局者は、そのことを真剣に考慮すべきだ。

図5:赤色の実線は、季節調整済みのロシアの実質GDP(2000年を基準年とする連鎖方式で算出)の対数値の推移を表している(左側の軸)。赤色の三角マークは、ロシアの2021年第4四半期の実質GDPの予測値(IMFによる予測値)の対数値を表している。黄緑色の実線は、ブレント原油先物価格(1バレルあたりの価格)の対数値の推移を表している(右側の軸);データの出所は、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)、米国エネルギー情報局、 私自身による計算。

References

References
1 訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●メンジー・チン 「リスクと不確実性の高まり ~第一次湾岸戦争と今~」(2022年2月14日)
2 訳注;原油価格の高騰によって物価が上昇することになれば、中央銀行がインフレの抑制に向けて金融引き締めに乗り出す可能性がある。金融引き締めが断行されたら、AD曲線は図1および図2に描かれているよりもさらに左方にシフトすることになる。
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