アダム・トゥーズ「ロシア・ウクライナ戦争の半年目:数字上の象徴的な記念日に過ぎないのだろうか? それとも経済的・軍事的な転換点が生じているのだろうか?」(2022年8月25日)

半年という象徴的な時を、ウクライナの建国記念として祝ってしまえば、戦争に関する冷静な報道と、長期的な見通しを不確実としてしまう。

Chartbook #146 The Russia-Ukraine War At Six Months: symbolic anniversary or economic and military turning point?
Posted by Adam Tooze Aug 25

ロシアがウクライナへの攻撃を開始して6ヶ月が経過した。

ワシントン・ポスト紙によるこの半年間を総括した二つの長文記事は特筆すべき内容だ。1つ目は、シェーン・ハリス、カレン・デヨング、イサベル・クルシュドヴァン、アシュレイ・パーカー、リズ・スライコーバースによるもので、戦争勃発までのいきさつを包括的に扱っている。2つ目は、ポール・ソンヌ、イザベル・クルシュドヴァン、セヒイ・モルグノフ、コスティアンティン・フドフによるもので、キーウでの戦闘を再構築した記事だ。どちらも強くお勧めする。

半年という象徴的な時を、ウクライナの建国記念として祝ってしまえば、戦争に関する冷静な報道と、長期的な見通しを不確実としてしまう。

夏になってから、ウクライナの反撃が間近に迫っており、南部へルソン周辺で開始されるだろう、との予測がよく話題となっていた。このウクライナの反撃によって、硬直状態が解消され、ウクライナ政府に有利な条件で停戦交渉が可能となるだろうと期待されていたのだ。8月上旬になって、ウクライナ軍による大規模な反撃には相当の困難が伴うことが明らかになった。エコノミスト誌で安全保障を担当する編集者シャシャンク・ジョシのような鋭い観察者は、ウクライナ政府と欧米側の支援者の声明に巨大な隔たりがあることを指摘している。

実際、〔欧米による〕ウクライナ側は早期に反撃を行うべきだとする期待の喧伝が、ウクライナへの不当な圧力となっているとの懸念を一部の識者は抱いている。この件については、C.M.ドガーティがツイッターで以下のような優れた分析を行っている。

C.M.ドガーティ「こうした〔欧米側の〕圧力は、効果的な軍事手段を欠いているにもかかわらず、ウクライナを攻撃に向かわせる圧力になっている可能性がある」

ウクライナ現地では、戦力が〔ロシアとウクライナで〕均衡しているとの幻想はほぼありえないものとされている。ファイナンシャル・タイムズ紙は、ウクライナの元国防相であるアンドリー・ザゴロドニュクの発言を紹介している。

「アメリカは、我々がロシアの侵攻を阻止し、何箇所かの失地を回復し、作戦の方向性を定めるのに十分なだけの支援を与えてくれています。しかし、大規模な反撃を行うには、どう考えても明らかに不十分なのです」

https://www.ft.com/content/5c01e5f9-d9bf-4ada-9f79-4126fea92f74

これは、ロシアを国境まで追い詰めるという、今年前半の景気の良い話とは程遠いものだ。ピーター・ベーカーとデイヴィッド・サンガーによるニューヨークタイムズ紙の記事では、バイデン政権内でアメリカによるウクライナ支援の戦略的根拠について不安感が高まっていると指摘されている(h/t Ted Fertik)。アメリカ政府からのメッセージが、混乱とまではいかないが複雑怪奇となっているとの、驚くべき洞察を提示されている。

バイデン大統領を含む一部の政府高官は、ロイド・J・オースティン国防長官が4月に「ロシアがウクライナに侵攻できない程度にまで弱体化するのを見てみたいものだ」と述べたことに、慌てふためいている。大統領は、オースティンに電話して、この発言を強く諌めるとともに、諌めた事実のリークをスタッフに指示している。バイデンは公然とプーチンを挑発して事態がエスカレートすることを避けたがっている一方で、オースティンの発言内容が長期的なアメリカの戦略であることを、関係者は認めた。

https://www.nytimes.com/2022/07/09/us/politics/ukraine-strategy-biden.html

こうした〔欧米側の〕混乱したコミュニケーションを額面通りに受け取れば、ウクライナ政府やロシア政府は混乱するだろう。「ワシントンはロシアの力を消耗させるつもりなのか?」「それともそうではないのか?」と。

明白な事実は、地上での戦力比だ。準備された防御陣地への攻撃を成功させるには、攻撃側は3倍の戦力優位に立っていなければならない。へルソンでウクライナがこうした優位性を構築できる可能性は、8月時中旬になって機会喪失してしまっている。シャシャンク・ジョシは以下のように報告している。

戦争を監視しているロチャン・コンサルティング社のコンラッド・ムジカは、7月下旬だと、へルソンには13個のロシアの大隊戦術群(battalion tactical groups:btgs)が展開されていたと想定している。現在では、数は25から30に増えている可能性がある。ムジカは「〔ウクライナ軍による〕反転攻勢の機会は閉ざされた。ウクライナ軍は、ロシアに匹敵するほどの兵力は保持していない」と話す。

シャシャンク・ジョシのこうした見解は、新しい見解であり、一般的にはなっていない。以下のような彼のツイッターでの一連の発言は示唆に富んでいる。

シャシャンク・ジョシ「リンク先は私の「〔ウクライナの〕反転攻勢」についての記事だ。ウクライナ軍は、へルソン市への圧迫を強めているが、大規模な攻勢に出る余裕がない可能性がある。(欧米の支援者に進展を示す必要性から)ウクライナ政府による政治的指示は、軍事的見解と対立関係にあるかもしれない」
記事タイトル:『ウクライナによるへルソンへの反転攻勢は困難な状況にある:ウクライナ政府は戦場での進捗を示そうとしているが、ウクライナ軍はその準備ができていない可能性がある』

実際、イギリスのガーディアン紙などの他の媒体でも報じられているように、ジョシの悲観的な見解は、広範に指示されている。

ウクライナ軍の指揮官らは、へルソンでの大攻勢はまだ先になるだろうと認めている。「我々は十分な武器を持っていますが、今攻勢をかけて敵を打ち負かすには不十分なのです。自国領土を守るには足りていますが…」と、ウクライナ議会で防衛・安全保障委員を務める親欧州派のロマン・コステンコ副委員長は述べている

https://www.theguardian.com/world/2022/aug/16/question-of-time-ukrainians-determined-win-back-south?CMP=share_btn_tw

欧米によるウクライナ支援についての議論でよく取り沙汰されるのは、兵器システムについてだ。最初はジャベリンが話題に上がった。続いて、高機動ロケット砲システム(Himars)、最近話題になっているのは、ATMCMSだ。

ウクライナが保有する高機動ロケット砲システム(Himars)の射程は約50マイル(80km)だ。(…)これまでのところ、バイデン政権は、ウクライナの高機動ロケット砲システムで使用可能で、185マイルの射程を持つロッキード・マーティン社製の地対地ミサイル(ATMCMS)のウクライナ政府への供与を拒否している。その理由としては、ウクライナがこれを使ってロシア領土を攻撃する可能性があり、そのことで第三次世界大戦につながるのではないかとアメリカが懸念しているからだ。ゼレンスキーは、こうした懸念を否定し、ロシア領土を攻撃しないことを約束した。アメリカ国防総省は状況を確認しつつ、〔アメリカとウクライナの間での〕交渉は続けられている。

こうした武器についての記事が大々的に報道されることで、もっと広範な作戦・戦略の全体像や、どのようにして戦争の継続させるか、何を目的にするのかといった、長期的な問題から目がそらされることになっている。

フォーリン・アフェアーズ誌のダラ・マシコは、〔ウクライナ&欧米側の〕目標をもっと具体的な言葉で定義している。彼によると、目標とはなんらかの決定的な打開策ではない。ウクライナ領土を併合しようとするロシアの企図を阻止し、軍事力を消耗させ、最終的にプーチンに諦めさせることである。この具体的な目標を達成するには、〔ロシア側を〕消耗させるだけで十分な可能性はある。

ウクライナが、キーウやハルキウ近郊で行ったような、ロシア側の指揮統制点への攻撃、高い機器損耗率、多数の死傷者などを、激しい前線での戦いで再現できれば、ロシアは再度撤退を余儀なくされるかもしれない。しかし、こうした戦略をウクライナが成功させるには、ロシアが侵略地を併合してしまう前に攻撃を行う必要がある。そうすることで、ウクライナの攻撃は初めて、ロシアによるへルソン等の地域への進出をくじくことができるのだ。これに成功すれば、たとえロシアがウクライナ領土の併合してから、休戦を申し出ても、ウクライナ政府と欧米の支援国は応じる必要はなくなる。

「激戦下の前線」とロシア軍戦力の消耗という問題で、欧米での戦争分析で一貫して着目されているエビデンスが、「ロシアは、ウクライナよりもはるかに高い死傷者を出している」というものだ。しかし、こうした死傷者の数はどこまで正確で、どうやって見積もられているのだろう?

この難問について、エコノミスト誌は優れた分析を行っている。ロシア側の死傷者数の推定は、「負傷者:死亡者」比と呼ばれる、物騒なパラメーターを根拠としている。この比率は、戦闘の激しさ、使用された武器の種類(手榴弾か? 機関銃か?)、戦場での迅速な医療の利用可能性等に基づいている。20世紀では、3~4:1の比率が普通だった。しかし、最近の紛争では、救急搬送の迅速化によって、アメリカは比率を10:1にまで高めることができている。つまり、敵の銃撃を受けた兵士が11人いるとすれば、1人は死亡し、10人は負傷の後に生還するのだ。皮肉なことに、ロシア・ウクライナ紛争では、ロシア側の死者数は比較的正確に把握されている。「負傷者:死亡者」比で死亡者比が高くなれば、死亡者の総数が多くなり、ロシア政府にとって悪い知らせとなる。現在この比率は、おそらく3.5:1で推移しており、ロシア側の総死傷者数は推定で7万人と見るのがコンセンサスのようだ。

欧米諸国は、消耗戦への期待を強めているが、そうした期待の変容は願望的であることを、ロシアに見透かされているようだ。〔ロシアの新聞〕コメルサント紙に掲載された、ロシアのシンクタンクの所長であるアンドレイ・コルトゥノフの記事は、興味深い反対側からの見解となっている。彼は以下のように述べている。

(…)欧米の歴史家らは、今日の事態をポーランドがソ連赤軍のワルシャワの侵攻を阻止し、東側へと押しやった1920年の夏の「ドニエプル川の奇跡」になぞらえている。100年後の今日、アメリカやヨーロッパはこれが再度可能だとしている。もうひと踏ん張り、もう少しだけ頑張る、もう一週間、あと一月間耐えれば、ロシアの軍事勢力を、ドネツィク(ドネツク)やルハーンシク(ルガンスク)、さらにはロストフやベルゴロドまで押し戻しを図れるだろう、と。しかし、一週間、ひと月が経過し、来たるべき「ドニエプル川の奇跡」の再来は、届かぬ地平線のように先送りが繰り返されている。欧米諸国による武器供与の増強によって、ウクライナ軍は強化されているが、それでも我らの企図を阻むことはできないであろう。我が軍の行動は慎重なものとなり、眼を見張るような躍進は果たしていないが、西方への頑健な前進は目下継続中だ。状況はゆっくりとではあるが、ロシア政府に有利な方向へと変化している。結果、将来の政治的合意において、ロシア側から示される条件が厳しくなるだろう。はたして欧米諸国はこうした流れを覆せるのだろうか? 彼らは、全面的挽回を企図して、ウクライナ政府への軍事支援の規模を急激に拡大させるだろう。しかし、そうなってしまえば、NATOによるウクライナ紛争への直接関与の可能性を高め、それに続く20年間はアフガニスタンでの悲劇が些事のような事態となるであろう。停戦、さらには平和的解決についての決定権がウクライナ政府にあるのは自明だ。しかし、この決定は、欧米諸国の立場によって大きく左右される。ウクライナの勝利を想定した「プランA」が非現実になってくれば、欧米は今すぐにでも、ロシア政府とウクライナ政府だけの妥協に依存せずに、欧米自身も介入した一時的な妥協等の「プランB」を考えるべきであろう。

https://www.kommersant.ru/doc/5514506

ロシア・欧米の双方の議論において懸念材料となっているのが、事態のエスカレーションへの危険性だ。戦争が勃発した2月と3月には、欧米がウクライナへの支援を拡大し、ロシアへの制裁を強化したことに、プーチンが核攻撃のちらつかせたため、エスカレーションについての懸念がいたるところで話題に上がった。その後、この懸念はやや落ち着いている。2022年7月の時点で、エスカレーションの危険性を冷静に評価しているランド研究所の報告書は一読する価値がある。以下のような結論が示されている。

ウクライナ戦争によって生じた現在の紛争の必然的な帰結がロシアとNATOとの戦争になるとの、エスカレーションの危険性は現実的かつ重大であるが、先に示した我々の分析によると、その懸念は杞憂である可能性が高い。アメリカとその同盟国の政策立案者は、事態の特殊移行や潜在的なトリガーに関心を払うべきだが、あらゆる事態が深刻なエスカレーションの危険性を伴うという前提で行動する必要はない

https://www.rand.org/pubs/perspectives/PEA1971-1.html
ランド研究所によるエスカレーションの可能性シナリオ

欧米政府が大きな期待を賭けていたのが、欧米による経済制裁がロシアの戦争を継続する体力と意志に重大な影響を与えることだった。戦場での消耗と経済的消耗が組み合わさり、ロシア政府は和平を求めざるをえなくなるだろうと期待していたのだ。むろん、こうしたシナリオが実現するかは、実際にロシア経済が深刻が打撃を受けるかにかかっている。紛争から半年経過し、これがどこまで達成されたかは、激しい論争の種となっている。

ニコラス・モルダーが『経済兵器(The Economic Weapon)』という非常にタイムリーな著作で指摘しているように、第一次世界大戦時の連合国による同盟国 [1] … Continue reading への封鎖を行った際の経済制裁は、経済的為政論を孵卵させることなった。そして、2022年のロシアに関しても同様の現象が起こっている。多数の人が、ロシア経済について多くを、非常な速度で学んだ。しかし、過去の戦争の経済的側面についての考察がそうだったように、こうした集団学習的プロセスはコンセンサスを得るまでには至っていない。

この一ヶ月の間でも、ロシア経済の現状と今後の展望について、まったく対照的な分析がなされている。

イェール大学経営大学院のジェフリー・ソネンフェルドが率いる研究チームは、ロシアには経済的破局が迫っているとする広範な分析を発表した。研究チームの結論では、ロシアはコモディティ(一次産品)輸出国としての地位を長期的に悪化させるだけに留まらず、差し迫った破滅に直面する可能性が高いとされている。この研究の結論は以下となっている。

今後、ウクライナ支援国が、一致団結して対ロシア政策圧力を維持・強化している限り、ロシア経済は忘れ去られた存在となる一途を辿ることは必然であろう。

https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4167193

ソネンフェルドの研究報告に対して、多くの反論が寄せられた。そのうちの一つが、ベン・アリスによる詳細な返答だ。さらにもう一つは、国際的な金融業界のシンクタンク・ロビー団体であるIIFに所属するエリナ・リバコヴァによるもので、彼女はロシア経済の弱体化と欧米企業の撤退の規模について、〔ダメージが大きいという通説に対して〕非常に懐疑的で詳細な分析を発表している。

https://twitter.com/elinaribakova/status/1560062478465236998
エリナ・リバコヴァのツイッター:
1/ ロシアへの制裁が穴だらけなのは、エネルギー分野だけに留まらない。制裁は、民間企業による自主的な制裁に大きく依存しているが、企業の多くはまだそれを見送っている。

マクロ経済レベルでも、同じように意見が分かれている。ニュースレターOvershootのマット・クラインによる貿易データの科学的分析では、ロシアは輸入を締め付けられ甚大なダメージを受けて苦しんでいることが示唆されている。しかし、エリナ・リバコヴァやエコノミスト誌によるロシア情勢の広範な評価によるなら、実際のロシア経済は、多くの人が想像するよりも頑健な状態にあると示唆されているのだ。特に、ロシアの主要貿易相手国の輸出データを見れば、輸入は、戦前のピークとの比較では減少しているかもしれないが、現在はコロナショック以前の水準にまで回復している。

ロシアの輸入

むろん、戦争と制裁が長期的にはロシア経済に甚句な影響を与えることに異論を唱える人はいない。投資や人的資本や評判の喪失は、取り戻すことができない。しかし、ロシア政府に政策の変更を余儀なくさせるほどの差し迫っての深刻な圧力を与えている、との見通しは、ほぼありえないようである。

同じことはウクライナについては言えない。ロシアの経済的立場について深刻な意見の相違があるのとは対照的に、ウクライナ経済が持続不可能な状態にあるのは間違いない。端的に言えば、ウクライナは戦争を続ける余裕がないのだ。相当額の支援金を得ているが、ロシアの化石燃料収入よりも桁違いに少なく、戦費を賄うには不十分な金額である。結果、ウクライナ政府は、紙幣を印刷することで戦費を調達している。「戦争を続ける」か、「国内での通常の経済生活を維持するのか」かの選択肢にウクライナ政府が数カ月後には直面する可能性が高いのだ。

ウクライナ経済戦略センター副所長のマリア・レプコは、フォーリン・ポリシー誌で、現状を以下のように説明している。

ウクライナの財政赤字は、5月には40億ドル、6月には60億ドルと膨大な額に達した。これら赤字は、海外からの資金調達だけでは賄えないため、ウクライナ国立銀行は国債を買い支えせざるをえなくなっている(これは事実上のクリミア通貨フリヴニャの印刷だ)。2022年3月から5月にかけて国家を運営するのに必要な歳出のうち、歳入の占める割合は40%にすぎない。残りの40%は国立銀行が拠出している。さらに残りは、無償の資金供与(全面的な戦争の3ヶ月間はこれが支出の7%となっている)、対外借款、地方債の発行によって賄われている。(…)7月20日、ウクライナは、ユーロ債の保有者に対して、通商債務の返済を予算上、そして国際収支の観点からも負担が大きくなりすぎているため、返済の停止を求めた。

https://foreignpolicy.com/2022/08/04/ukraine-economy-collapse-aid/

この停止措置は、債権保有者によって承認された。この措置は、以後2年間、ウクライナ政府に59億ドルの支払いを猶予するものだ。しかし、これは、ウクライナ政府が陥っている財政不足のほんの一部をカバーするものに過ぎない。この間には、

ウクライナ国立銀行(NBU)は、外貨需要の増加ペースに対応し、固定相場制の為替レートを維持するために、週に最大10億ドルの〔外貨準備〕を売却している。7月20日になって、1ドル=29.25フリヴニャから、36.60フリヴニャへと切り下げする修正措置が決定された。ウクライナの外貨準備は、6月末時点で230億ドルとなっている。現在の外貨準備の消失が現状のペースで続き、〔国外からの〕支援金の流入が加速しなければ、ウクライナはまもなく財政破綻に陥ることが予見されている。

ウクライナの状況は、戦争による経済の混乱、黒海封鎖による外国貿易の停滞、国民がヨーロッパ各地に離散した難民となっての経済活動等で、悪化を続けている。500万人のウクライナ難民のうち多くが遠方地で働いており、皆、ウクライナの銀行口座から貯蓄を引き出して使っている。結果、毎月15億ドルほどが国外に流出し、ウクライナ外貨準備高を低下させている。

ウクライナ国立銀行の前副総裁オレグ・チェリが、ファイナンシャル・タイムズ紙で述べているように、ウクライナが現在直面している長い戦争に、軍事面だけでなく経済政策でも折り合いを付けないといけない。

紛争が長期化すれば、軍事戦略だけなく、マウロ経済の計算にも影響を与えます。戦争初期には、ウクライナのマクロ経済政策は、期待をコントロールしパニックの回避を目的としていました。この政策は、物価のコントロール(たとえば、グリブナとドルの為替レートを戦前の水準に固定)や、輸入関税の停止といった企業や家計を支援する応急的措置として行われたのです。こうした対応は、当初の衝撃への対処としては適切でした。しかし、戦争の長期に伴って、これらは調整されなければ、ウクライナは経済的な破局に至るでしょう。

https://www.ft.com/content/8c6941b6-eae8-4886-8e54-73872a41236e

チェリは、ウクライナの国家財政を健全化する以外に破局を避ける方法はない、としている。つまり、増税と、「不必要な」支出の削減だ。しかし、戦時中にそれを行うのは困難であり、チェリが代弁する中央銀行と、政府を運営する政治家との間に対立が生じている。ウォールストリート・ジャーナル紙が、ウクライナの財務大臣セルジ・マルチェンコについて特集した記事で指摘しているように、中央銀行家と政府の間には、安定化をめぐっての論争が燻っているようだ。むろん、マルチェンコは、戦争が消耗戦となっていることを認識しているが、彼の優先順位は明確だ。

マルチェンコ財務大臣は、「我々は、場合によっては国立銀行と異なる見解を持つことがあります」と語る。「我々は戦争に勝つことを考慮しなればならないのです。兵士への給与が滞るくらいなら、高インフレのリスクを冒す方がましです」。

戦時中の国家で、「中央銀行は国防以外に優先すべきことがある」というのは、実に印象的な見解だ。中央銀行の独立性は、全面戦争において不必要な要素だ…。

この〔中央銀行と政府との〕対立を緩和する唯一の方法は、国外からの支援をさらに求めることだ。これまでウクライナは毎月25~30億ドルほどの外部支援を受けてきている。2022年下半期には、180億ドルを見込んでいる。しかし、より多くの支援を必要としている。今すぐにでも、月額40~50億ドルの支援が必要だ。

〔支援は〕多く約束されている。しかし、腹立たしいことに、これまでのところほとんどが実施されていない。中でも目立っているのがEUによる支援だ。EUは90億ドルを約束したが、資金調達の方法について内部で論争となり、10億ドルしか提供されていない。ウォールストリート・ジャーナル紙は以下のように報じている。

ドイツは、6月にウクライナに10億ユーロの二国間無償資金供与を行ったが、EU加盟国の保証を裏付けとした欧州委員会の低金利融資の方針には意義を唱えてた(ドイツは低金利融資より資金供与を支持している)。資金供与か、融資か、またどのように負担を分担をするかについての議論が、〔EU内で〕この夏の間にずっと続けられた。

https://www.wsj.com/articles/with-western-funds-slow-to-arrive-ukraine-scrapes-to-pay-its-soldiers-11660296604?st=fdz2l3228uo6wrr

8月上旬になって、新しい提案が上程された。この提案について〔アメリカメディア〕ポリティコは「“欧州委員会は、期限は確定できていないが、9月中に欧州議会とEU諸国の承認を得て、10月の〔ウクライナへの〕支払いを開始できることを目指している”と、あるEU当局者は述べた」と報じている。

ゼレンスキーは痛烈な返事を返している。
「私は、毎日、様々な方法でEUの指導者らに、その優柔不断ぶりや官僚主義によって、ウクライナの年金生活者、避難民、教師、その他政府支出で生活している様々な人々を、人身御供にできないことを突きつけている。我が国への、マクロの財政支援を人為的に遅らせるのは、犯罪、もしくは過ちである。全面戦争下において、どちらが悪いかを指摘するのは困難だ」。

ゼレンスキーも分かっているように、危険度合いがこれ以上高まることはない。戦争が半年経過し、長期戦に突入するなら、安定性が極めて重要となっている。これは、前線だけに必要とされているのではない。「諍いの絶えない」銃後の国内でも確保しなければならない。確保に失敗すれば、来年の1年記念、1年半記念を迎えたとき、物語は今ほど盛り上がっていないかもしれない。

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1 訳注:第一次世界大戦中に連合国(イギリス、フランス、アメリカ)と敵対した同盟勢力。ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、オスマン帝国らから構成されていた
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