ジェームズ・ハミルトン 「もしもアメリカが金本位制に復帰していたら(その2)」(2012年9月1日)

●James Hamilton, “Return to the gold standard”(Econbrowser, September 1, 2012)


2012年度の共和党の政策綱領には、金本位制への復帰の可能性を検討する委員会の設置が盛り込まれるのではないか。そのような憶測がメディアの一部で報じられていたが、出来上がった綱領(pdf)を読む限りでは、金については一言も言及されておらず、これといって害をもたらしそうにない提案に落ち着いたようだ。

かつてレーガン大統領は、大統領就任直後に、米国の通貨を貴金属で裏付けるべきかどうかを検討する委員会を設置した。その委員会の最終的な結論は、「ノー」というものだった。あれから30年が経過しようとしているが、我々の目の前には、現政権がこれまでに行ってきた政策の残滓をきれいさっぱり洗い流すという重要な課題が立ちはだかっている。レーガン大統領に倣って、どうやったらドルの価値を安定させられるかを検討する委員会を設置すべき時が来たのだ。

まともな意見が大勢を占めたようで、ありがたく思うべきところだが、そう考える理由についていくらか言葉を費やしておいたほうがいいだろう。

これだけは外せないというポイントをば。2000年1月時点では、アメリカ国内で働く労働者に支払われていた時給の平均額は13.75ドルであり、金の価格は1オンスあたり283ドルだった。あなたの時給が平均時給と同額で、仮に100時間働いたとすると、あなたの手元には合計で1375ドルの収入が舞い込んだ計算になる。2000年1月時点で、あなたが100時間働いて得た収入(1375ドル)でどれだけの量の金が購入できたかというと、金1オンスの価格は283ドルだったので、大体5オンスの金を購入できた計算になる。

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先月(2012年8月)の時点では、アメリカ国内で働く労働者には、平均すると19.77ドルの時給が支払われており、時給の平均額は2000年1月時点よりも増えていることがわかる。しかしながら、金の価格はそれとは比較にならないほど急速な勢いで上昇している。金の価格は、先月の時点で、1オンスあたり1623ドルに達しているのだ。あなたの時給が平均時給と同額で、100時間働いたとしよう。先月の時点で、あなたが100時間働いて得た収入でどれだけの量の金が購入できたかというと、わずか1.2オンス。アメリカ国内の平均的な労働者(平均時給と同額の時給で働いている労働者)が100時間働いて得た収入をドル建てで測る代わりに金の数量(100時間働いて得た収入で購入できる金の数量)で測ると、以下の図のようになる。

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生産活動に従事する非管理職の労働者が100時間働いて得た収入で購入できる金の数量(2000年1月~2012年7月までの期間が対象);平均時給金の価格(金1オンスのドル建て価格)で割った値を100倍して得られた数値

金本位制の本質とは何か? それは、上の図でも用いられている単位(どのくらいの量の金と等価か)こそが、財(生産物)の価格を決定したり、労使間で賃金交渉したりする時の基準(尺度)となる点にある。金本位制下では、1ドルの価値(購買力)というのは、1ドルで購入できる金の数量と同義なのだ。仮にアメリカが2000年1月に(当時の取引価格と同じ)「金1オンス=283ドル」の平価で金本位制に復帰していたとしたら、さらには、金の相対価格が現実に辿ったのと同じようなかたちで上昇していたとしたら [1] … Continue reading、アメリカ国内の労働者に支払われる時給(名目賃金)の平均額は、2000年1月から先月(2012年8月)までの間に、13.75ドルから3.45ドルへと大幅に下落することが求められたことだろう [2] … Continue reading

問題は、名目賃金(平均時給)を13.75ドルから3.45ドルにまで引き下げようとしても、様々な理由(最低賃金法、事前に取り決められた契約内容、労働市場を取り巻く制度、労働者の心理的な抵抗、などなど)もあって、労働者(従業員)から同意を取り付けるのは相当に難しいことだ。かなり長い期間にわたって驚くほど高い失業率が続かない限りは、名目賃金が時給3.45ドルまで下がることはおそらく無いと言ってよかろう。そのような結果を要請する政策提案は、ほぼ誰の目にも、あまりに馬鹿げたものに映ることだろう。

「アメリカが2000年の時点で金本位制に復帰していたら、金の相対価格は、そもそもこんなにも(過去10年の間に見られたように)大幅に上昇してはいなかったはずだ」。金本位制への復帰を唱える論者はそう反論するかもしれない。

しかしながら、その反論はいくつか難点を抱えている。まず一つ目の難点は、アメリカ国内で起こる出来事(あるいは、アメリカ国内で実施される政策)こそが、金の相対価格を左右する最も重要な要因であるかのように決めてかかっているところだ。しかし、だ。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が伝えるところによると、北米大陸における金需要が(金に対する)世界全体の需要に占める割合は、わずか8%でしかないのだ。

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出典:U.S. Global Investors

金の相対価格が上昇傾向にある理由は、アメリカの金融政策に求められるのではなく、新興諸国の所得水準が上昇している(それに伴って、新興諸国の間で金に対する需要が増えている)ため。そう考えるのが一番しっくりくるんじゃなかろうか?

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出典:AdvisorAnalyst.com

二つ目の難点は、過去の歴史に目を向けることで明らかとなる。アメリカをはじめ世界中の多くの国々は、1929年から1933年までの間に金本位制を採用していた。しかしながら、金の相対価格はその間に大幅に上昇したのである。金本位制が採用されていたにもかかわらず、だ(むしろ、アメリカによる金本位制の採用は、金の相対価格を高めた重要な原因の一つだった、・・・と拙論文の中で指摘したことがある)。その当時、金のドル建て価格は(平価である)「金1オンス=20ドル」の水準に釘付けされていた。そのため、金の相対価格が上昇するのに伴って、名目賃金の大幅な引き下げが求められることになった。つい先ほどあり得るシナリオとして語ったことが、現実に起こったのである。名目賃金の下落に歯止めがかかったのは1933年のこと。1933年にドルと金の(「金1オンス=20ドル」の平価での)兌換が停止されるや否や、名目賃金は一転して上昇することになったのである。

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フルタイムで働く従業員一人あたりのドル建て給与(時間給+未払いの固定給);1929年~1939年
データの出所: Historical Statistics of the United States, Table Ba4419-4421.

金本位制への復帰を探る動きがここにきてちらほらと出てきているわけだが、何とも奇妙に思えることは、「なぜ今?」ということだ。アメリカ国内のインフレは、この10年の間、かなり低い水準で安定している。それなのに(インフレが加速している様子なんて一切ないのに)、なぜ今? 例えば、(物価水準を測る指標の一つである)個人消費支出(PCE)デフレーターの推移を跡付けた以下の図をご覧いただきたい(金のドル建て価格の推移も並べて掲げてある)。

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金のドル建て価格インプリシットPCEデフレーターの推移(2000年1月~2012年7月);いずれも2000年1月時点を100とおいている

「PCEデフレーターだろうが、CPI(消費者物価指数)だろうが、政府が公表するインフレのデータはどれもこれも信用ならん」。金本位制の熱烈な支持者たちは、そういうご意見なのかもしれない。マサチューセッツ工科大学(MIT)の「Billion Prices Project」作成の(インターネット小売業者の価格データをもとにした)物価指数にしても、同じく「信用ならん」というご意見なのかもしれない。

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アメリカ国内のインフレ率(年率);CPI(青線)、インターネット小売業者の価格データをもとに作成された物価指数(赤線)
出典:Billion Prices Project

「アメリカ国内のインフレの実態について、頼りになるデータとなるのはShadowstats(の購読料)だけ」。頑迷にも、まだそう信じ込んでいる人がいるかもしれない。そういう人は、ポール・クルーグマンが暴露している驚くべき事実 [3]訳注;同じ話題を取り上げているものとして、本サイトで訳出されている次の記事(optical_frog氏による翻訳)も参照されたい。 … Continue readingを知っておくといいだろう。クルーグマンに代わって、こっそり教えておくとすると、Shadowstatsの年間購読料は現在(2012年現在)いくらかというと、175ドル。6年前はいくらだったかというと・・・、175ドルだそうだ。

References

References
1 訳注;平均時給で100時間働いて得た収入で購入できる金の数量が、2000年1月から2012年8月までの間に、およそ5オンスから1.2オンスへと減ることになっていたら、という意味。100時間働いて得た収入で購入できる金の数量が減るということは、同じ量の金を手に入れるためにはより長い時間働かねばならないということであり(金で測った実質賃金が低下しているとも言える)、金の相対価格が高まっているということでもある。
2 訳注;アメリカが2000年1月に金本位制に復帰していたとすると、金のドル建て価格は、2000年1月以降ずっと、「金1オンス=283ドル」のままで変わらないが、この間に金の相対価格は上昇し、平均時給で100時間働いて得た収入で購入できる金の数量は、2000年1月から2012年8月までの間に、およそ5オンスから1.2オンスへと減っている。2012年8月時点の平均時給をWとすると、2012年8月時点では、平均時給で100時間働いて得た収入で購入できる金の数量は1.2オンスなので、{(W×100)/283}=1.2、ということになる。この式を解くと、Wはおよそ3.45ドル、ということになる。
3 訳注;同じ話題を取り上げているものとして、本サイトで訳出されている次の記事(optical_frog氏による翻訳)も参照されたい。 ●ポール・クルーグマン「高インフレ到来っていう神話」(2014年7月25日)
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