●Frances Woolley, “Why does Toronto have better outdoor ice than Ottawa?”(Worthwhile Canadian Initiative, December 26, 2014)
トロントは、オタワに比べると、気温が高い(暖かい)傾向にある。それにもかかわらず、トロントの方がオタワよりも屋外のスケートリンクに恵まれているのは、どうしてなのだろうか?
「そんなことはない」という反論もあることだろう。(オタワ市の中央を流れる)リドー運河を見ろ。冬になると、リドー運河は(凍結して)世界最長のスケートリンクに様変わりするではないか。それだけではない。市内の公園に足を運べば、あちこちにスケートリンクがあるではないか。そんな反論の声が聞こえてきそうだ。しかしながら、オタワ市内の屋外にあるスケートリンクは、ほぼすべてが天然のリンクだ。気温が上がると、リンクは溶けて水たまりに一変してしまう(上の写真をご覧あれ)。
どうやら、今シーズン(2014年から2015年にかけての冬場)に関しては、オタワで屋外の(天然の)スケートリンクが姿を現すのは、年明けの1月までずれ込みそうだ。その一方で、トロントでは、屋外のスケートリンク場の営業は、もう既に11月の終わり頃から始まっている。
トロントはオタワよりも3~4℃ほど気温が高いにもかかわらず、屋外でスケートができる期間が1~2ヶ月も長いわけだ。一見すると、奇妙に思える。しかしながら、トロントの方がオタワよりも屋外のスケートリンクに恵まれているのは、トロントの方がオタワよりも暖かいからこそなのかもしれないのだ。
屋外にスケートリンクを作るための方法(テクノロジー)は、基本的には二通りある。「自然凍結」と「人工冷却」だ。いずれかの方法でリンクを作る場合の限界費用を跡付けたのが、以下の図だ [1] … Continue reading。外の気温が低いようなら、「自然凍結」でスケートリンクを作る費用も安くつく。そこら一面に降り積もった雪に、(水を撒くために使う)丈夫なホース、そして、大量の水さえあればいい(あるいは、池さえあればいい)。しかしながら、夜間の気温が0℃を上回るようだと、自然凍結頼りのスケートリンク作りは最早不可能となってしまう(言い換えると、自然凍結に頼ってスケートリンクを作る限界費用は、無限大に跳ね上がる)。
「人工冷却」によるスケートリンク作りは、「自然凍結」に頼る場合よりも、費用が嵩(かさ)む。「自然凍結」の場合とは違って、人工冷却を行うための専門の装置(人工冷却装置)を購入する必要があるし、装置を稼動させて人工のリンクを終日維持するための費用(限界費用)も「自然凍結」に頼ってリンクを作る費用(限界費用)を上回る可能性があるからだ。しかしながら、人工冷却装置があれば、気温が5℃を上回らない限りは、屋外にリンクを拵(こしら)えられる。人工冷却装置があれば、屋外でスケートを滑れる期間も長引いて、例えば11月から3月まで屋外でスケートを楽しめる・・・なんてことにもなるわけだ。
人工冷却装置を購入すべきか否か(人工冷却装置に投資すべきか否か)は、至ってシンプルなコスト・ベネフィット(費用便益)分析によって決まってくる問題だ。人工冷却装置を設置すれば、「自然凍結」に頼る場合よりも、屋外でスケートを滑れる期間が長引くという便益が一方であるが、「自然凍結」の代わりに「人工冷却」でスケートリンクを作ろうとすれば、それに伴って、人工冷却装置の購入費(固定費用)を支払う必要があるのに加えて、リンク作りの限界費用も高まることになる。前者(「自然凍結」から「人工冷却」へのシフトに伴って得られる便益の増分)が後者(「自然凍結」から「人工冷却」へのシフトに伴って膨らむ費用の増分)を上回るようなら、人工冷却装置を買い入れるべし、というわけだ。
人工冷却装置の設置に伴ってかなり大きな便益が生まれるケースを図示したのが、一番目の図だ。トロントが置かれている状況を図示したものとも言えるが、人工冷却装置を設置すれば、屋外でスケートを滑れる期間が(「自然凍結」に頼る場合に比べて)大幅に長引く様子が描かれている。人工冷却装置を設置するために負担せねばならない費用がそこそこにとどまるようなら、人工冷却装置の購入は割に合う投資となるわけだ。
人工冷却装置の購入は常に割に合う投資かというと、そうとは限らない。人工冷却装置の購入が割に合わないケースを図示したのが、二番目の図だ。長くて寒い(氷点下の)冬が続く中、突如として春が到来して気温が急激に上昇。そのために、人工冷却装置を使って(高い費用を払ってまでして)人工のリンクを拵えても、屋外でスケートを滑れる期間は大して引き延ばせない。二番目の図には、そのような状況が描かれている。
以上の話は、「寒い地域ほど、室内が暖かい(室内の気温が高め)」現象 [2]訳注;この話題については、デイビッド・フリードマンの次の論文(あるいは、こちら)も参照のこと。 ●David Friedman, “Cold Houses in Warm Climates and … Continue readingの変奏例の一つだと言える。冬場にイギリスを訪れた経験があるカナダ人なら誰もが知っているように、冬場のイギリスは、室外も寒ければ、室内も寒い。その一方で、冬場のカナダでは、寒いのは室外だけだ [3] 訳注;室外の気温はイギリスよりも低いものの、室内に関してはイギリスよりも暖かい。。寒い地域では、断熱性の高い家づくりに励むに足るだけの理由が十分にあるが、住宅の断熱性が高いほど、熱が外に逃げにくいため、室内の気温を1℃上げるための費用(限界費用)も低く抑えられることになる。室内の気温を1℃上げるための費用(限界費用)が低いのに伴って、室内の気温も高めになりがちになるわけだ。
近年になってオタワ市でも、「人工冷却」によるスケートリンク作りが徐々に増えている(つい最近も、ランズダウン公園に人工のスケートリンク場がオープンしたばかりだ)。その理由は? 安上がりで効果的な人工冷却装置の開発が進んだためなのだろうか? それとも、オタワ市民の好みが変わって(スケート熱が高まって)、政治的な均衡がシフトした(有権者たる市民の意向に沿うような方向に、政治家や行政の行動が変化した)ためなのだろうか? 気候面で何らかの変化でもあったのだろうか? 真相は一体何だろうね。
References
↑1 | 訳注;緑色の実線は「自然凍結」でスケートリンクを作る限界費用を、青色の実線は「人工冷却」でスケートリンクを作る限界費用を、それぞれ表している。赤色の実線は限界便益曲線であり、市民のスケート熱(屋外でスケートを滑るために、お金をいくら出してもいいと考えるか)を表したものと大まかに考えておけばいいだろう。 |
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↑2 | 訳注;この話題については、デイビッド・フリードマンの次の論文(あるいは、こちら)も参照のこと。 ●David Friedman, “Cold Houses in Warm Climates and Vice Versa:A Paradox of Rational Heating”(Journal of Political Economy, vol. 95, no. 5 (October, 1987): pp. 1089-1097) |
↑3 | 訳注;室外の気温はイギリスよりも低いものの、室内に関してはイギリスよりも暖かい。 |
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