ノア・スミス「弱い円は日本にとって好機,なんだけど」(2022年11月24日)

じゃあ,なんで日本はその好機を利用してないのさ?
[Noah Smith, “The weak yen is an opportunity,” Noahpinion, November 24, 2022]

じゃあ,なんで日本はその好機を利用してないのさ?

ぼくが日本にはじめて暮らしたのは,2000年代中盤のことだった.当時,円の値打ちはすごく覚えやすかった――だいたい,1ドル=100円だったからだ.どんなものでも,日本で値札を見かけたら,頭の中で100で割ってやればだいたいどれくらいの値段なのかつかめた.

「1ドルだいたい100円」為替レートの時代は,約30年続いた.そして,2022年3月に,なにかがブツンといった.円が下がりはじめて,10月には少しのあいだとはいえ1ドル150円にまで下がって,それから1ドル140円にまで少しもどした:

Source: Xe.com

ドルにかぎらず,日本の実質為替レートはあちこちの貿易相手国に対しても下がっている

こうして為替レートが下がったことで,日本の人たちはすごく驚愕した.というか,円が少しもどしたのも,日本銀行が介入したからだった.円の価値を維持するために日銀が購入した資産は,370億ドル相当にのぼると見られている(正確な数字は公表されていない).

こうしたことは日本では大ニュースだったし,多くの人がビビった.この件には,もっと重大な話があると思う――安い通貨は,その国にとって大きな好機になりうる.日本がその好機を活用していないってことから,日本のいまの経済モデルに重大な問題があれこれあるとわかる.ただ,そう考えるワケを解説する前に,まずは,円がここまで安くなった理由や日銀が介入した理由,その介入の仕組みについて,基本事項を見ていこう.

これは(基本的に)どういう仕組みなのか

一般に,需要が減るとモノは安くなる.だから,円が急に1ドル100円くらいの価値から1ドル150円くらいの価値にまで下がった理由は,円を欲しがる人たちが急に減ったことにある.そうなった理由は,理解に困らない――金利が理由だ.

アメリカをはじめとして,世界のたいていの地域で,インフレが高くなってる.そこで,FRB など各国の中央銀行は金利を引き上げている.日本は,その大きな例外だ.この数十年というもの,日本はデフレに陥ったりそこから這い出たりを繰り返してきた.デフレは,経済にかなり有害だ(その理由は,ここでは解説しない).だから,ちょっとばかりインフレになるのは日本にとってうれしかったりする.それよりも日銀が恐れているのは,失業を引き起こしてしまうことだ.そこで,日本は緩和的な金融政策を固守して,他のみんなが利上げしているなかでも金利をゼロ近傍に維持している.

さて,キミが債券投資家だったとしよう.アメリカ国債を買ってもいいし,日本国債を買ってもいい.どっちにしようか.いまアメリカ国債は超低リスクで利回りは 3.83%,一方で日本国債も超低リスクだけど利回りは 0.10% だ.「じゃあ,答えはわかりきってるじゃん.」 で,キミはアメリカ国債を買う.そのためには,アメリカドルが必要だ.こうして,日米の金利差によって,(アメリカ国債を買うために)ドルの需要が増えて円の需要は減る(だって誰も日本国債を買いたがらないんだもの).こうして,ドルは高くなって円は安くなる.

国債を買う以外だと,日本のモノを買うために円が必要な場合もありうる.でも,それも最近は昔ほどじゃない.かつて,日本はずっと貿易黒字を続けていた.でも,この10年ほどは貿易赤字になったり貿易黒字になったりだ.最近だと,だいぶ赤字側に偏ってる:

こうして,低金利と低い純輸出とによって,円の需要は減った.だから,円が安くなったわけだよ.

さて,日銀としては円にあまりに安くなってもらいたくない.その理由はいろいろある.たとえば,円が安いと,自分たちの競争力を維持するのに必要な部品や素材を日本の製造業が買いにくくなる.さらに重要な点を挙げると,日本は食料と燃料を大量に輸入してる国だ.これ抜きに,日本はにっちもさっちもいかない.だから,安い円はすごく危険になりうる――スリランカみたいになりたくはないよね.そこで,円があまりに安くなりすぎないように日銀は介入した.

「日銀はどうやって介入したの?」 日銀は,ドルを円にスワップすることで,円の需要を増やしたんだ.「じゃあ日銀はそのドルをどこで手に入れたの?」 とてつもなく莫大なドル建て資産から手に入れたよ.このドル建て資産を,別名「為替準備」ともいう.これまでえんえんと貿易黒字を続けてきたあいだに,日本は為替準備を積み上げてきた.それがいまでは1兆ドルを超えてる.そこで,日本はそのなかからアメリカ国債をいくらか売却して,そのドルを使って円を買った.そうやって,円の価値をもどしたわけだ.

さて,この手の介入を一国がえんえんと続けてやり逃げられるわけがない.そのうち,ドル建て資産の準備は底を突く.そうなったら,その国の通貨は崩壊し,大きな経済危機が起こってしまう.でも,370億ドルなんて,1.2兆ドルからすればほんの小さな割合でしかない.だから,のぞむなら日銀はこれをかなり長い間やり続けられる.現時点では,トレーダーたちは基本的に1ドル140円台を維持してる.なぜなら,円を売っても日銀がさらに介入してきて自分が大損してしまうのを恐れているからだ.おかげで,日銀は円を値上げするために絶え間なくドルを売りに売り続ける必要がない――ドル売りの介入をするぞと信用できる脅しさえできていればいい.

というわけで,これがいまの状況だ.この状況は安定しているけれど,トレーダーたちがさらに円を売りに出る決断を下すかもしれない恐れはある.日本の政策担当者たちは,それをかなり心配してる.ただ,同時に,安い円がもたらす好機を無視しているように思える.

安い通貨は輸出を後押しするはず,なんだけど

1998年のアジア通貨危機いらい,日本が円にテコ入れをはかったのは今回がはじめてだ.他方で,過去20年間に日本は何回も円安にする介入をしてきた.「なんで?」 実質為替レートが安い方が,輸出には有利だからだ.日本は,輸出しないと生きていけない(食料と燃料を輸入してるからね).それに,円安の方が,国際市場で市場シェアを日本企業が維持する助けにもなる.日本が輸入をまかなえないほど円安になるのを日銀はのぞんでいないけれど,同時に,外国が日本製品を買わなくなってしまうほど円高になりすぎるのものぞんでいない.日本製品が買われなくなったら,やがて,輸入の代金を払えなくなってしまうからだ.長年にわたって,日本は貿易黒字の継続をのぞんできた――そこがアメリカとはちがう.アメリカは,大幅な貿易赤字をしても大して困らなかった.

というわけで,最近の円安は,日本にとって実は恩恵になりうる.もっと多くのトヨタ車を運転してもらったり,もっと多くのキオクシア製メモリをコンピュータに搭載してもらったり,もっと多くのソニー製テレビをリビングルームにおいてもらったりできる(それにひょっとすると,そのソニー製テレビでもっとアニメを見てもらったり).

でも,いまのところ,そんなことは起こっていない.日本からの輸出は円で見ると増えてきているけれど,その理由はたんに円が安くなったからだ.ドルで見ると――この数字は,日本の輸出でどれくらいたくさんの輸入ができるかを映しだしている――日本の海外売り上げはとくに変っていない:

見てのとおり,この傾向は2008年からずっと続いている.日本からの輸出は,90年代後半にしばし上げ止まっただけで,何十年もずっと上がりつづけていたのが,世界金融危機のあとはだいたい横ばいか低下してきている.

実のところ,政府も円安がもたらす好機に気づいてはいる.先日,日本企業が輸出を増やすために政府からの助成金を使うことを岸田文雄首相は約束した:

これが功を奏するかは,いずれわかるだろう.ただ,ここにあるもっと長期の傾向を見ると――また,輸出を伸ばすのに円安以外に助成金が必要だっていう事実そのものを見ても――ちょっと前途が心配になる.かつてとちがって円安に反応して日本からの輸出が急増していないってことから,どうやら2008年からの輸出横ばいが日本経済の構造的な変化に起因しているんじゃないかってうかがえる.

日本の輸出の構造的な弱さ

伝統的に,日本といえば輸出集中型の経済だというステレオタイプを多くの人が抱いている.でも,実は実態はちがう.というか,このステレオタイプどおりだったためしなんて一度もない.日本では,輸出は GDP の 16%-17% しか占めていない.この数字は,国際的な文脈で見るとそんなに高くない:

なぜこうなっているかと言うと,ひとつには,日本に巨大な国内市場があるからだ.そのおかげで,輸出の相対的な重要度は下がりがちなんだ.ただ,日本と経済規模がほぼ同じドイツを見ると,あちらはなんと 47.5% となっている.中国ですら,輸出は GDP の 20% を占めている.だから,日本は輸出をそんなにうまくやっていなくて,まだ伸び代がある.

「問題はなんなの?」 えっとね,比較優位の初歩的な経済学で考えると,世界の貿易システムに新たにやってきた他国が,自分と強み・弱みが似ているとき,その国は大負けしやすい――ようするに,自分のいるニッチに競合が増えてしまう.日本で最重要の輸出は自動車製品・電子機器・機械だ.韓国,台湾,そして(とくに)中国が台頭してきたために,日本の唯一無二さが切り崩されてきた.たとえば,サムスンや LG は,パナソニックやソニーと直に競合している――ハイセンスみたいな中国ブランドも同様だ.台湾と中国のノートPC製造企業によって,彼らのライバルである日本企業のしのぎは厳しくなっている.ヒュンダイは自動車分野で日本企業と競合している――などなど.2000年代に,中国の急速な経済成長で日本の輸出企業は大いに利益を得た.急速に拡大していく中国企業に価値ある部品や工作機械を売れたからだ.ただ,中国経済が成熟し,指導者たちがバリューチェーンを移そうと試み始めると,そのブームも終わりを迎えた.

ただ,そのうえで言うと,韓国と台湾は――いまや日本と同じくらい豊かな国になってる――この難しい競争環境のなかでも輸出強国でありつづけている.

「基本的なインプットコストはどうなの?」 現時点,日本の賃金はとても競争力がある〔=安い〕.また,電力コストはほどほどの高さでしかない(ドイツよりはずっと低い).

正直に言うと,かんたんな説明は思い浮かばない.この10年間に日本の輸出の弱さについて書いている人たちは,総じて,マクロ要因について語っている.ただ,そうしたマクロ要因の多くは,その後に逆転している.だから,マクロでは,日本の輸出の基本的な水準が小さいことを説明できない.ようするに,これは謎だ.

経営や企業文化や産業構造といった,もっとあやふやな説明に目を転じたくはなる.こういう要因は計測しにくいし,変えるのも難しい.ただ,〔輸出の割合が低いことの〕一要因になってはいるかもしれない.「総合商社」という一群の貿易企業が日本経済で伝統的に重要であることが,そうした要因の一つかもしれない.1983年に,キミが日本ブランドをやっていて海外に自社製品を売りたいと思ったら,この総合商社のどれかに話をもちかけて,海外に売り込んでくれないかと頼んだだろう.ただ,総合商社みたいな中間業者はすごく高くついたし,時が経つにつれて総合商社の海外売り込みの力量は落ちていった.現時点で,総合商社は基本的にプライベート・エクイティ企業だ.ただ,長らく商社が大勢を占めていた時代が続いたために,その影響がいまも続いて,多くの日本企業は海外事業を自分で模索する文化をいまひとつ発展させていない.

また,国外でなされていることを見ずに技術標準を国内で開発・発展させがちな日本の傾向も,問題だ――これを,Devin Stewart は「ガラパゴス症候群」と呼んだ.古い例は,ミニディスク (MD) プレイヤーだ.「CD にとってかわって MD が広まる」と日本企業は考えたけれど,デジタル音楽の時代に MD は忘れ去られるオチになった.でも,MD なんかよりはるかに大きくて影響も甚大だったのは,水素自動車での失敗した実験だ.

応用分野しだいでは,水素はすごく有望だ.でも,自動車に関しては,水素は経済的じゃなかった.それなのに,日本の自動車企業は何年も水素自動車の実現を試み続けて,国際的なライバルたちみたいにバッテリー革命に乗っからなかった.その結果,トヨタやホンダや日産みたいな日本の大手自動車企業が2029年までに送り出す自動車のうち無公害車 (ZEV) は4分の1に届かないと予測されている.他方で,メルセデスベンツや VW や BMW みたいなドイツ企業は,およそ半数を無公害車にすると見込まれている.いまや,トヨタは格式あるプリウスを「エンジン付きEV」として売り込もうとする惨めな立場に取り残されている.かんべんしてほしいね.

「どうして日本企業はやらかしに次ぐやらかしをやってるの,70年代や80年代は乗りに乗ってたように見えたのに?」 日本の伝説的な通産省が弱体化したために国によるしっかりした指導が欠如しているのがいけないという意見も,一部にはある.でも,実は80年代に入る前から,すでに日本は電子機器での競争力を失い始めていた――その傾向は,悲しいことに今日までつづいている.輸出競争力の低さは,日本の壊れた企業文化の表れである部分もあるかもしれない――極度の高齢化にくわえて年功序列の慣行があることで,日本企業は古くさい老人ばかりが上層部にひしめいて,海外の新規市場に乗り出すかわりに,少しずつ衰退していく企業帝国を安逸に運営したがっている.

問題の所在がどこであれ,日本の政策担当者・学者・企業経営者は輸出の弱さを差し迫った一大事と考え始める必要がある.90年代なら,輸出はやるかやらないかの選択肢だった.いまや,そんな選択肢じゃあない.日本の人口は高齢化が進み縮小しつつある.これにより,国内市場に転がっている機会は狭まっている.日本は輸入食料と輸入燃料に依存しているにも関わらずだ.長期的な低迷や,最近起こったような通貨安での打撃の受けやすさを今後避けようとするなら,日本はいっそう輸出強国になるしかない.願わくば,円安によって,この件について日本が本腰を入れる勢いと鼓舞がもたらされんことを.

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