おそらく現在生じている地政学的に最も重要な出来事は、ウクライナでの戦争だろう。新著『エンド・タイムズ』でウクライナについて言及しているが、その時点では、紛争はまだ始まったばかりだった(完成原稿を出版社に提出したのは2022年8月)。それから1年、多くの人からこの戦争についての見解を尋ねられた。
読者もご存知のように、私は「民主党vs共和党」や、「ロシアvsウクライナ(ロシア vs NATO)」等で、党派的な立場、イデオロギー的な立場には立たない。この戦争の是非について語るつもりもない。その代わりに取り上げたいのが、この紛争を突き動かすものとは? そして、どのような終わりを迎えるのだろうか? といった問題についてだ。戦争とはかくも不快な現象であり、科学的探求の精神に従って公正かつ冷静にアプローチするのは難しい。戦争の根絶は、人類全体における最も重要な目標の一つであるということに、大多数の人は同意してくれるだろう。しかし、それを効果的に行うには、戦争を研究しなければならない。詳しくは『社会科学者が戦争を研究しなければならない理由』〔訳注:本サイトでも翻訳はここ〕を参照してほしい。
もう一つ。私は予言をするつもりはない。私がやっているのは、科学的な予測である。その違いは、過去の記事「科学的予測≠預言」や「コネチカットの狂った預言者」〔訳注:本サイトでも翻訳はここ〕を参照してほしい。以下で引用した面白い歴史的逸話にあるように、人は預言を信じてしまえば、自身を危険に追いやることになる。
紀元前560年、リディアの王クロイソスは、ペルシアとの戦争の結果について、デルフォイの神託を仰いだ。信託は、「汝、ペルシアと戦えば、強大な帝国を滅ぼすであろう」と下された。クロイソスにとって不幸だったのは、滅ぼされたのは、彼の帝国だったことだ。
戦争の結果を予見するのは、難しいことで有名だ。クロイソスだけの特殊事例ではない。勝利を期待して戦争を始め、結果的に敗北に終わった歴史上の事例は、枚挙にいとまがない。
戦争の結果を予測する上で絶対に確実な手段がないとしても、様々な結果を確率的に評価できるかもしれない。新著『エンド・タイムズ』でも書いたように、クリオダイナミクス(歴史動力学)のモデルでこの疑問に答えることができるかもしれない。
アプローチの一つとして『エンド・タイムズ』のA1章では、アメリカ南北戦争を考察している。そこでは、第一次世界大戦中にロシアの軍人であるミハイル・オシポフが1915年に、イギリスのエンジニアであるフレデリック・ランチェスターが1916年にそれぞれ独自に提案した数学モデルを説明している。このモデルは非常に単純だが、〔戦争において〕どちらが勝つかの確率についての望外の洞察をもたらした。むろん、こうした新しい洞察をもたらすことが、我々が数学を重んじる理由の一つである。
一般的に、戦争の勝利確率は、今の3つの要素に大きく左右される。
(1)互いの軍が、どこまで兵士を補充できるか
(2)供給可能な軍需物資(武器、弾薬等)の量
(3)勝利への士気・意志力
『エンド・タイムズ』で主張したのが、北部が勝利を欲し(そしてために最後まで戦う)決意を固めた時点で、南部の勝利の可能性がゼロになった事実だ。
理由は単純で、軍事力に大きな差があったからだ。まず、人口では、北部が南部の4倍多かった(奴隷は差し引いている)。次に、武器・軍需物資の生産能力ではさらに大きな隔たりがあり、ライフルの生産格差は、南部1丁:北部32丁だった。もっとも、南軍の使用した兵器の大部分は、南部で生産されておらず英国から輸入されていたため、二つ目の数値は計算上あまり重要ではない(この重要点については後述する)。
南北戦争は最も研究されている紛争の一つであり、歴史家のコンセンサスは、南部には勝ち目がなかった、というものだ。オシポフ=ランチェスター・モデルがこのコンセンサスを補強できるとすれば、人口比における4対1の優位性(および人口を単純比例した軍隊規模の優位性)が、16対1の戦力優位に変換されることである。
この数学的結果は、「ランチェスターの二乗法則」(4を二乗すると16になる)として知られている。もっとも、あらゆる紛争に適用されるわけではない。例えば、手持ち武器で戦う場合だと〔二乗にならず〕4対1の戦力差となる(これが、「ランチェスターの一乗法則」である)。しかし、弓矢、ライフル、大砲のような、主に投射武器が使用される紛争では、二乗の法則が適用される。(これについては、自著『超社会性』(Ultrasociety)の157ページで数値例を挙げて説明している。)
最初の疑問「ウクライナがロシアに勝てる確率はどのくらいか?」に戻ろう。ウクライナ戦争のパワーバランスは、アメリカ南北戦争と似ている。2022年時点で、ロシアとウクライナの人口比は、約4:1、GDP比で10:1と、ロシアが優位に立っている。これら数値に基づくなら、ウクライナが紛争に勝利する可能性は、南北戦争時の南部連合とほぼ同じである。
しかしむろん、事態はもっと複雑である。最も重要なのが、ウクライナが単独で戦っていないことだ。現時点で、ウクライナ戦争は、NATOとロシアの紛争であるというのが一般的な認識だ。これは、ロシア側、アメリカ/EU側、双方から発せられているレトリックに表れている。NATOとロシアの人口と生産能力を比較してみると(例えばここ)、著しい不均衡性が示され、今度はロシアが不利となる。
ここでも、アメリカ南北戦争は歴史上の有用な比較を提供してくれる。前述したように、南軍は北軍に対抗する軍事作戦を維持するのに十分な武器・軍需物資を生産できなかった。軍事物資は、ヨーロッパ(主にイギリス)で生産され、封鎖擦り抜け船で南部に密輸された。少なくとも、60万丁の小銃がこの方法で運ばれている(この密輸の規模は、南部連合による88万人の兵士を動員を想定したものだった)。封鎖擦り抜け船はまた、砲弾、火薬、銃用雷管、などの軍事物資も運び込んだ。封鎖擦り抜け船として使用された、高速船でさえも、イギリスで建造された。歴史家は、ヨーロッパ諸国から南部連合に提供された軍事援助が戦争を2年長引かせ、追加の死者を40万人もたらしたと推定している。しかし、こうした莫大な援助にもかかわらず、南軍は敗北した。結局のところ、ライフル銃は兵士によって使用される必要があったので単純に新兵が足りなくなったのだ。ウィキペディアによると、南部連合は以下の死亡者数を出している。
・戦死者:90,4000人
・病死:164,000人
・捕虜:462,634人(捕虜中に死亡した31,000人を含む)
・総計:914,634人
この死傷者数は、公式に動員された兵士数(88万人)より多いが、これら数値は全て推定値であり、かなりの誤差があることに留意してほしい。
この歴史的事例から、〔同盟・援助の関係国を総合した〕GDPを元にした大雑把な比較は適切でないことを示唆している。1860年のイギリスのGDPは、北部連合(Union)と南部連合の合計を大幅に上回っていた(例えば、ここを参照)。しかし、この巨大なGDP差は紛争を拡大させ、犠牲者を増やしただけだった。
経済学者が経済全体に関心を寄せるのに対して、プロの軍事アナリストは武器や軍需物資の生産に専念するセクターに焦点を当てている。ウクライナ戦争では、死傷者の80%以上が大砲によるものであるため、この紛争の経緯と潜在的な結果を理解したいのなら、武器の生産と損失、兵士の徴兵と死傷者の動態を追跡しなければならない。それには、オシポフ=ランチェスター・モデルが非常に有用だ。次の記事で詳述する。
〔訳注:シリーズ記事の、「その2」、「その3」、「その4」、「その5」、「その6」〕
〔Peter Turchin, “What Osipov and Lanchester Tell Us about the War in Ukraine” Cliodynamica, JULY 11, 2023〕