ピーター・ターチン「ウクライナ戦争についての予測 その5:ポール・クルーグマンの代替仮説を検討する」(2023年12月9日)

ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ポール・クルーグマンは、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムでこの20倍の経済力の差が、ウクライナに決定的な優位性をもたらしていると主張した。

7月にウクライナ戦争についての一連の投稿(最終回はこちら)を投稿してから気付いたことが一つある。それは、一つの仮説(ロシアの勝利を予測しているもの)しか明示的に取り上げていないことだ。しかし、私の目的は、科学的な予測だ(科学的予測≠預言)。つまり、優れた科学においては、複数の仮説を相互検証する必要がある。幸いなことに、今回の紛争について、対立している様々な見解を見つけるのは難しくない。なので、反対の予測を立てることができる。そこで、私以外の人によって作られ、非常に明晰に定式化された2つのライバル仮説を取り上げよう。どちらの予測も、紛争が消耗戦になったことが明らかになった2023年1月になされたものだ。以下のグラフにあるように、戦争開始から10ヶ月前(2022年11月)以降、曲線は横ばいとなっている〔消耗戦を示している〕。

ロシアが支配するウクライナ領土の割合。X軸:開戦からの月数(1=2022年2月)。データソース

仮説は2つ共に明示的に強い数学的根拠からなっているが、結論は正反対となっている。これは、科学において「強い推論」を行うのに望ましい状況だ。

まず前回までのシリーズ記事で主な根拠となった仮説を、「死傷率仮説」と呼ぼう。これは、ダグラス・マクレガー、アンドレイ・マチャーノフ、レイ・マクガバン、ラリー・ジョンソン(そして最近ではIR理論家のジョン・ミアシャイマー)といった、アメリカが現在行っている政策に批判的な傾向の退役諜報員・軍人のグループが抱いている見解だ。彼らの多くは、ポッドキャスト「ジャッジング・フリーダム」で自説を語っている。2023年1月11日のスコット・リッターの「ウクライナの2023年についての展望」が代表的な論説だ。以下はその抜粋である。

戦線が安定している現在、戦争の以後についての問題は、基本的な軍事数学に帰着する。簡略化するなら、殺傷率(損耗がどれだけの速度で推移するか)と、補充率(その損耗がその速度で補充されるか)の2つの基礎要素からなる方程式の因果関係だ。この計算は、ウクライナにとって悪い兆候を示している。

NATOもアメリカも、ウクライナに提供する兵器の量を維持できていないようだ。これによって、ロシアへの反撃成功率は低下している。

ウクライナ側の既存の装備の多くが破壊されており、ウクライナは戦車、装甲戦闘車両、大砲、防空兵器を必要としている。新しい軍事援助が予定されているようだが、戦場への投入が遅れており、戦局で勝利をもたらすには不十分な量だ。

同様に、ウクライナ側の死傷率の推移は、1日あたり1,000人以上に達することもあり、これは代替兵力の動員・訓練のキャパシティをはるかに超える数だ。

2つ目の予測は、双方の経済的ファンダメンタルズに着目した比較に基づいたもので、ロシア(GDP2兆ドル)と、西側諸国(アメリカとEUのGDPを合計した40兆ドル)を比較している。ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ポール・クルーグマンは、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムでこの20倍の経済力の差が、ウクライナに決定的な優位性をもたらしていると主張した。

ウクライナがロシアによる最初の攻撃を撃退したことで、侵略は消耗戦となったんだ。なので戦争はロシアとウクライナとの間だけで行われる単純なものではなくなった。ウクライナ側で戦っているのは全員ウクライナ人で、死んでいっているのはウクライナ人であることは事実だよ。でも、ウクライナ側は、自国の軍事産業基盤に頼る必要はなかったんだ。

これが意味しているのは、生産能力、そして究極的には経済力こそが、消耗戦において決定的なものになる傾向があるってことだ。そして、ロシアはその尺度だと圧倒的に劣っているんだ。

この残酷な消耗戦は長く続くことになるかもしれないよ。

でも、前に言ったみたいに、ほとんどが数学の問題なんだ。そして、その計算によるなら、信じられないかもしれないけど、ウクライナが有利みたいなんだ。
ポール・クルーグマン「力についてウクライナが教えてくれるもの

このように、正反対の結果を予測する2つの仮説がある。1つ目は死傷率を重視し、2つ目は経済力を重視している。

次回の記事では、この2つの仮説が1つの数学的な枠組みで捕らえられることを示そう。

〔訳注:シリーズ記事の「その1」、「その2」、「その3」、「その4」、「その6」〕

〔Peter Turchin, “War in Ukraine V: Alternative Hypotheses” Cliodynamica, DECEMBER 9, 2023〕

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