拙著『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』では、テーマの一つとしてウクライナを取り上げた。2022年末に最終稿を出版社に提出してからも、私はウクライナ紛争の経過についてのニュースを追いかけている。なぜなら私の評価――ウクライナ国家(金権政治国家)と、そこで起こっている戦争(NATOとロシアの代理戦争)が、歴史の推移によってどこまで妥当なのか確かめたかったからだ。なので、2023年初頭の時点で、この紛争について見解や将来予測が、執筆者やそのイデオロギー的背景によって正反対になっていたのは興味深かった。(アメリカの公式な立場を反映している)主流派メディアは、極めて〔ウクライナ勝利で〕楽観的だった。もっとも、アメリカ人のアナリストの多くや、元軍人・諜報機関関係者らは、全く異なる見解を持っていた。
当時、こうした予測の違いを、実証的にテストできることに私は気付いた。私のブログ(今はSubstackだが、過去には自サイトにアーカイブされている)の長年の読者ならご存知の通り、私は対立する理論からの予測を実証的にテストできることが、(まさに)科学を行う上での核心であると考えている。ブログのアーカイブで「予測」と検索すれば、このテーマについての複数の投稿を読むことができるだろう。ということで、今回も正式なテストを実施することにした。
テストを具体的に実施するにあたって、二つの予測を選ばせてもらった。どちらも明確に定量的な議論を根拠としているが、イデオロギーの分布において両極端にあるものだ。1つは、ポール・クルーグマンによる予測で、これはアメリカの公的な立場の代弁となっていた。もう一つは、「ならず者」で「プーチンの手先」と見なされているスコット・リッターによるものだ。私がこの両者の予測からどのようにモデルを見積もったのかについては、SocArxivに「事前提出した」論文の序文で読むことができる。
詳細をここでは繰り返さない。2年前に公開した一連のブログ記事で読むことが可能だ。これらはSocArxivで論文として体系的にまとめ、他の人でも結果を再現できるようにRスクリプトとして提供している。この記事から読む人がいるなら、以下を参照してほしい。
「ウクライナ戦争についての予測 その1:オシポフとランチェスターが教えてくれること」(2023年7月11日)
「ウクライナ戦争についての予測 その2:モデル化について」(2023年7月15日)
「ウクライナ戦争についての予測 その3:中間評価」(2023年7月19日)
「ウクライナ戦争についての予測 その4:予測」(2023年7月22日)
「ウクライナ戦争についての予測 その5:ポール・クルーグマンの代替仮説を検討する」(2023年12月9日)
「ウクライナ戦争についての予測 その6:人的損耗モデルに経済力を追加する」(2023年12月10日)
今日になって、さらなる中間評価を行おうと思った。最初の理由は、大々的に宣伝されているが、明日アラスカでのトランプとプーチンの会談が行われるからだ。第二の理由は、この数週間で戦争の経過についての報道の論調に顕著な変化があったからだ。何が起こったかというと、ロシア軍がポクロウシクでウクライナ軍の前線を突破したのである。このロシア軍の進軍が続けば、紛争は新たな局面――エンドシュピール(最終局面)――に入ったことが明白となる。
この評価は、あらゆるイデオロギー的分布(親ロシア派から、「アメリカ版プラウダ」ニューヨーク・タイムズ紙)の書き手の間で共有されている。この事態の推移についての優れた分析は、イデオロギー的に偏向しておらず事実に基づいた分析を行う傾向にあるビッグ・セルジュのブログに詳しい。(ビッグ・セルジュは軍事的な側面に焦点を当てているが、非軍事的な要素についてはニコライ・ペトロの解説を参照されたし。)
ビッグ・セルジュは「ウクライナの深刻化する人的資源危機と歩兵の深刻な不足は、もはや持続的に前線を満足に防衛できないポイントに達している」と主張している。
ここで、私が2023年に行った定量的予測を振り返ってみよう(下のグラフを参照)。

出典:「ウクライナ戦争についての人的消耗戦モデルの実証的検証による予測」に「現時点」という赤い縦の破線を追加。
グラフで右上がりの茶色の10本の波線は、(論文で説明している消耗戦)メインモデルが予測する10の「実現値」(可変的な確率的影響から生じる10の可能性)を表している。この茶色の波線は、ウクライナ側の推定累積死傷者数を示している。青い横の破線は、累積死傷者数によってウクライナが崩壊点に達する領域を示している。
(赤い縦の破線「現時点」を)見ればわかるように、もうウクライナ軍はいつ崩壊してもおかしくない領域に入っている。ただし、このモデルによるなら、崩壊の「瞬間」は、現在から2027年2月までの間(紛争開始から60ヶ月後)のいずれからの時点で起こり得る。過去の投稿や論文で説明してるように、最終的な結果はほぼ確実だが、崩壊のタイミングを予測するのは極めて難しい。この状況は地震学に似ている。例えば、最近発生した非常に強かったカムチャツカ地震は、30年前に予測されているが、具体的にいつ発生するかは誰にもわからなかった。消耗戦モデルは、カムチャツカ地震よりは正確だ。消耗戦モデルの観点からだと、ウクライナが2027年2月以降も戦い続けることは非現実的だろう。
「[モデルの]観点からだと」と述べたことに注意してほしい。ここで強調したいのは、未来は厳密な意味ではわからないということだ。いずれにせよ、この記事の目的は未来を予測することにあるのではなく、科学的予測の手法によって、2つ、ないしそれ以上の理論を実証的にテストすることにある。
私の消耗戦モデル(The Attrition Warfare Model:AWM)は、「(1)ウクライナの勝利を予測する経済力仮説(ポール・クルーグマン)」と、「(2)ロシアの勝利を予測する死傷率仮説(スコット・リッター)」という二つの相反する理論をエンコードしたものだ。戦争がいつ終わろうととも、ポール・クルーグマンの第一の理論は棄却されることは明らかになった。
もっとも、消耗戦モデル(AWM)が「真」であるとは、いかなる意味においても言っていない。どのようなモデルでも「真」はありえない。しかし「有用」なものはある。戦争の経過によって、AWMがいくつか誤った仮定を置いたことが示されている。例えば、モデルでは死傷率の予測において、その大部分が砲撃によって引き起こされると計算している。しかし、もう周知になっているように、ドローンという新技術がこの紛争の間に重要性を増し、特にウクライナ側では主要な殺傷要因となっている。
これは消耗戦モデル(AWM)が間違えている多くの点の一つに過ぎない。それでも有用なのだろうか? おそらく「イエス」だが、戦争が完全に集結するまで判断は保留する必要があるだろう。
[Peter Turchin, “War in Ukraine VII” Cliodynamica, Aug 15, 2025]