
再び日本を高成長に導くには
日本の歴代総理大臣といえば,だいたい,地味で冴えないつなぎ役で,在任期間も長く続かない.ただ,たまに重要な指導者が現れて大きな仕事を成し遂げ,長く政権を続けることがある――2000年代の小泉純一郎と2010年代の安倍晋三が,近年の代表例だ.新しい首相がそういう例外的な総理になるかどうか,就任当初に見極めるのは必ずしもかんたんじゃない――安倍にしても,2000年代にはじめて政権を担ったときにはパッとしないまま短期で退場している.彼が日本を大きく変えたのは,2012年に再登場してからのことだ〔日本語記事〕.
就任したばかりの高市早苗がそういう変革の担い手になるという期待は高まっている.高市は,現代日本ではじめての女性指導者だ.とくに若者を中心に彼女の人気がとても高い理由の一端は,そこにあるのかもしれない.また,高市はタフな精神をもつ保守派で,防衛面でも対中論でもタカ派の見解をとっていることで有名だ [n.1].それに,地味で冴えない指導者が居並ぶので知られる政党のなかで,高市は華やかな個性で人目につく.しかも,バイク乗りでありヘヴィメタバンドのドラマーでもあったという経歴まである(というか,いまでもドラムは叩いて楽しんでいるそうだ).


これまで,高市の報道では,大半が彼女の人となりや,既存の枠を打ち破る姿勢や,ドナルド・トランプとの交流にもっぱら関心が注がれている.実際,高市ははじめて訪日したトランプを魅了しているようだ:
ドナルド・トランプ大統領は,日本での会談の場で,長年にわたる同盟国である日本との関係をあらためて強調し,就任間もない高市早苗首相と東京で対面すると,彼女が防衛費増額を計画していることを称賛した.
「どんな質問や不明点でも,どんな要望でも,必要などんな助けも,私が日本を助けるためにできるどんなことでも,いつでも日本の助けになる」とトランプ派語った.「我々は,このうえなく強固な同盟国だ.」
ただ,アメリカと良好な関係を維持するのもまちがいなくとても大事なタスクではあるものの,他にも高市新政権にとって差し迫った経済問題はたくさんある.日本の生活水準は停滞していて,しばらく前から韓国の後塵を拝するようになっている:

実は,これはいまの日本にとって二重に重要だったりする.というのも,域内でアメリカの力がゆっくりと退いていくなかで,自国よりもずっと巨大な隣国の脅威にさらされているからだ.潜在的な中国の脅威に抗して日本が再軍備を続けるとしても,その再軍備を支えるだけの経済が必要になる.
さいわいに,目下の日本のマクロ経済はまあまあ悪くない状況にある.日本にとっていちばん厄介な問題の政府債務は,実は GDP 比で減ってきている.ひとつにはインフレが進んだおかげであり,ひとつには企業収益と税収が増えたおかげだ:

何十年も日本を苛んできたデフレ問題は,ようやく克服された.それと同時に,日本の失業率はとても低いままに留まっている:

このおかげで,高市と彼女の内閣は,かつて安倍がやったようにマクロ経済にたくさんのエネルギーと注意を集中して注ぐ必要がない.金融政策であれ財政政策であれ,さらに景気刺激をする必要はない.高市は,生産性と経済成長を促進するために,日本の根底をなす経済モデルの改良に思うままに集中できる.
そこで,高市内閣が政権についている間に取り組むべきとぼくが考えることをいくつか述べていこう.
1. 日本株式会社に再び投資を
豊かな国々のなかだと,実は日本経済はかなり堅調な投資水準にある.ただ,東アジアのライバルたちと比べると,GDP のうち資本形成に日本が投じている割合ははるかに少ない:

おそらく中国は投資をやりすぎているけれど,韓国がやりすぎていると考えるべき理由はない.たびたび,サムスンなどの韓国企業は次世代の工場テクノロジーにより多くの資金を投じて日本のライバルたちを首尾よく追い越してきた.日本は,まだまだ製造業を軸にした経済だ.そういう経済では,競争するために高水準の投資を維持していかないといけない.
「国が投資を増やすには,どういうやり方があるの?」 基本的には,資本需要と資本供給を増やす取り組みをすればいい.資本需要とは,企業がどれだけ投資したがっているかであり,資本供給とは銀行がどれだけ貸し付けたがっているかだ.
日本が資本需要で抱えている大きな問題は,人口減少だ.もしも消費者市場が年を追うごとにどんどん小さくなっているとしたら,企業はその国に投資しない誘引がはたらく.なぜって,市場が小さくなっていくなら将来の顧客はどんどん少なくなっていくからだ.移民の流入があるといっても,量の問題として,それはほんのわずかな助けにしかなれない.だから,資本需要を増やすために日本がやる必要がある現実の手立てといったら,もっと輸出志向の強い経済になることだ.もしも日本が生産拠点になって,外国人たちが買ういろんなモノを生産するなら,企業が日本に投資する理由がうまれる.
他の中規模の先進国とくらべて,日本の輸出はすごく少ない.円安の関連で近年になって急増していると言っても,まだまだ少ない:

近年の進歩を礎にして,日本政府は国内企業にもっと輸出をするよう奨励する必要がある――輸入をいやがっているアメリカに輸出するだけでなく,ヨーロッパ,インド,東南アジア,南米,中東への輸出も増やしていくべきだ.日本の輸出促進についてはまたあとで述べるけれど,経済産業省や財務省の人たちは,きっとなにか良策を考えられるはずだ.
一方,資本供給はどうかというと,これはつまるところ金融システムの話になる.現時点で,日本の大企業は巨額の現金の山を抱えていて,これを投資資金に使う傾向が強い.なので,銀行をせっついてこういう大企業に融資させようとしても,大して効果は上がらないだろう.そのかわりに,もっと小規模で成長中の企業で事業規模拡大を目指しているところに融資を増やす必要がある.
日本では,初期段階のスタートアップをとりまくエコシステムは,ベンチャーキャピタルによる資金提供も含めて,かなりしっかりしている.ところが,その初期段階を抜け出たとたんに,日本の企業は困難に見舞われる.というのも,中規模企業から大規模企業に成長するための現金を手に入れるのがすごくむずかしいからだ.日本のように製造業を軸にした経済では決定的に重要な存在のハードウェア・スタートアップにとって,これは「死の谷」になっている.
事業規模を拡大するためには,ハードウェア企業は(それに AI 企業も)銀行融資を必要とする.株式による資金調達はコストが高くつきすぎるし,債券市場は気まぐれだ.銀行融資は,辛抱強い長期の資金提供をしてくれる.また,政府もここに力添えできる.それには,日本政策投資銀行・日本政策金融公庫・国際協力銀行などの「政策金融機関」を活用すればいい.
1980年代の「いけいけゴーゴー」時代が派手に崩壊して,それから10年にわたってゾンビ融資で弱い企業をどうにか沈ませずに維持し続けたあとに,日本の銀行が用心深く保守的になった事情は理解できる.それに,ゾンビ企業をもっと倒産させるのは,金融リソースと人的リソースをそこからヨソのもっと生産的な用途に振り向ける上でまちがいなく重要だ.ただ,中小企業の事業拡大を迅速に進ませるのを助けるのは,弱い旧時代の企業をヨタヨタ生きながらえさせる古くからの悪しき慣行とは大きく異なる.日本が経済成長を加速させるとすれば,その多くは銀行から資金を調達せざるをえない.そのためには,銀行はもっとリスクをとる志向を強めるしかない.
2. グリーンフィールド対日直接投資を促進する
日本の投資を増やす方法として,最後に,グリーンフィールド対日直接投資の促進を挙げよう.これが,『ウィーブが日本を救う』でぼくが提唱した柱だ.日本の人たちは,「対日直接投資」と聞くと,「ああ,日本市場にモノを売るために外国人が日本企業を買収するやつね」と考えがちだ.その手の取引も,ときに役立つ場合があるとはいえ,全体として,その値打ちはあやしい.だから,日本は長らくこれに抵抗してきた.〔※”Foreign Direct Investment”,略して FDI は一般的に「外国直接投資」と言うけれど,ここで語っているのは外国から日本への直接投資なので,「対日直接投資」と訳します.〕
でも,対日直接投資はそれだけじゃない.他にも,外国人が日本を生産拠点として使うために日本国内に工場や研究所やオフィスを建設する対日直接投資もある.こっちは,まちがいなくプラスに作用する.これを「グリーンフィールド対日直接投資」という.というのも,基本的には野原(グリーンフィールド)になにか新しいものを建設するような投資だからだ.
グリーンフィールド対日直接投資は,すごく魔法めいている.なにより,これは現地労働者の需要を高め,賃金を引き上げる.投資の結果として,輸出増加につながることも多い(「プラットフォーム対日直接投資」).なぜなら,多国籍企業は多くの国々で販売する傾向があるからだ.また,グリーンフィールド投資は,これまで日本が引き寄せるのに苦労し続けている高技能移民の誘引にも役立つ.というのも,外国企業は,海外からエンジニアや管理職を雇って現地従業員の支援と教育に当たらせるからだ.それに,もしかしてこれが最重要かもしれないんだけど,グリーンフィールド対日直接投資は海外からの技術移転を促進して,国内の技術面を強化する.
伝統的に,日本にはほんのわずかしかグリーンフィールド対日直接投資がなされてこなかった.日本経済が先進諸国に追いついたのは,サプライチェーンのグローバル化がいまよりはるかに進んでいなくて資本の国際移動がはるかに少なかった時代だった.そのため,グリーンフィールド対日直接投資を呼び込む制度的な感覚が育ってこなかった.ただ,この数十年ほどは,ポーランドやマレーシアといった国々がほぼ純粋に外国直接投資の誘致によって先進国の地位にまでたどり着いている.その対比ときたら,鮮烈だ:

べつに,「ポーランドやマレーシアみたいに日本も対日直接投資を最優先にした経済に変るべきだ」と言ってるわけじゃない.日本には,すでに強くて優良な国内ブランドがたくさんある.ただ,グリーンフィールド対日直接投資を誘致することで,日本経済に「欠けていたパズルのピース」が加わるはずだ――国内ブランドがつくりあげている既存の層に,投資・労働需要・テクノロジー・輸出の新たな源泉が加わることになるだろう.
いまこそ,日本がさらに多くのグリーンフィールド対日直接投資を促進するために大きな一手を打つのにうってつけのタイミングだ.日本の土地利用許認可は比較的に効率的だし,すぐれたインフラもあり,安価な半導体エンジニアの基盤もある.これらが合わさって,投資を誘引するとても強力な要因ができあがっている.円安はいつまでも続かないだろうけど,いまは追い風になってくれている.日本の魅力的な文化と都市に惹かれて,世界各地の外国人たちが――とくに台湾・韓国・アメリカの人たちが――いい仕事さえあれば日本で働きたいと思うようになっている.それに,中国をとりまく地政学的な緊張とリスクから,多くの企業が中国から業務を引き揚げて他の地域に分散させようと模索している.すると,日本は自然とその候補地になりうる.
実際,この点では心強い兆しが現れている.世界の半導体製造で圧倒的な存在となっている TSMC は,日本の熊本県に工場を建てて,いまも新しい工場を建設中だ.サムスンも,これに続いている.高市内閣は,この好機を活用するためにグリーンフィールド外国直接投資の目的地として日本を強く押し立てる必要がある.
3. 日本の企業文化の変革を継続する
日本の企業文化といえば,1990年代から生産性成長が緩慢だった理由の一つだと広く認識されている.伝統的な日本企業は終身雇用制度をとっていて,テクノロジーやグローバル化やビジネスモデルが変化するペースについていけない高齢管理職を昇進させる一方で,テクノロジーは自社内に封じ込めて外部に出回るのを防いできた.日本のホワイトカラー管理は,迅速にタスクを完遂したり個人の主体性を発揮したりするのよりも就業時間を長くすることを促すことに傾注して非生産的な時間利用をさせたり,女性の管理職進出を妨げたりしていた.それに,企業の取締役会が株主ではなく経営陣ばかりで固められていたために,利益追求の動機が弱められていた.
安倍と彼の後継者たちのもとで,日本政府はこの精度を変革しようと取り組んできた.その成果は多い.日本企業の収益性は大幅に改善して,それにともなって法人税収も増えている:

一方,日本の労働市場はさらに柔軟になっている.中途採用ブームのおかげだ:
リクルートワークス研究所が実施した調査によれば,2023年10月から2024年3月にかけて,従業員を中途採用したか,いま中途採用を進めている企業の割合は 79.5% にのぼった.10年前の同期間の数字は 59.9% であり,そこから 20パーセントポイント近く増えている.ここから,中途採用はこの10年間で著しく一般的になってきたことがうかがえる.
これは,政府の意図的な政策による部分もあるし,新卒者の不足による部分もある.
その一方で,フレックスタイム勤務を取り入れる日本企業も増えてきている.これによって,かつてより成果志向の強いオフィス文化が促進されるだろう.というのも,フレックスタイムで仕事をすると言うことは,ただただデスクに長時間かじりつく姿を職場で見せることよりも,具体的に確認できる結果を産み出す方にインセンティブが働くはずだからだ.
こういう変化は――政府の政策とともに――日本企業で管理職に女性を増やす助けにもなっている.管理職についている女性〔の割合〕は,世界基準では低水準にあるけれど,近年,その数字は堅調に伸びてきている:

進歩はある.ただ,やるべきことはまだまだ多い.政府は,中途採用をもっと増やし,女性の昇進を増やし,従業員が自宅に仕事を持ち帰るのを許容するように,企業にはたらきかけ続ける必要がある.
それに加えて,政府は年功序列型の昇進を減らすよう企業にはたらきかけるべきだ.日本のように高齢化した国では,自然と,上級管理職の席が高齢者で詰まってしまいやすい.理由は単純に,昇進をめぐって競う人たちの多くを高齢者が占めている――そして若者は少ない――からだ.でも,企業が新しいテクノロジーやビジネスモデルや市場を活用するためには,若い管理職や経営幹部が必要になる場合が多い.政府は,高齢化の潮流にあらがって,年の功よりも主体性・実績・可能性にもとづいて管理職や経営幹部を昇進させるよう企業を奨励すべきだ.
最後に,たしかに収益性は大事だけれど,収益性を追うあまりに盲目な短期志向に日本企業が陥らないように,政府は注意すべきだ.関心を注ぐべきなのは複数年での収益性であって,四半期ごとの利益であってはいけない.
4. よりよい防衛産業を構築する
高市といえば,防衛問題に関してタカ派だとよく知られている.彼女の人気がきわめて高いのを見ると,中国の圧倒的な脅威の前に再軍備を進める必要があるのを日本の人たちは理解していて,長年にわたって抱いてきた軍事への不信を脇に置く用意ができているようだ.
日本の再軍備には,経済の大きな転換が必要になる.いま,防衛生産の多くは三菱重工業など少数の大企業が担っている.その割合はあまりに大きすぎる.この点はアメリカに似ている.アメリカでも,防衛調達は少数の「主要」請負企業に集中していて,これが懸念を呼んでいる.アメリカでは多くの人たちが,防衛調達の改善をどうしたらいいか思案している.日本の指導者たちも,そのアイディアから学ぶべきだ.
ただ,再軍備を進めると,日本の研究開発能力やテクノロジーの全体的な水準の向上を促進する絶好の機会も生まれる.伝統的に,アメリカは研究支出のとても大きな割合を国防総省からの支出が占めてきた:

Moretti, Steinwender, & Van Reenen (2019) の研究によれば,この防衛研究は民間部門の研究を押しのけて減らしていない.逆に,それを誘引して増やしている.
本研究では,「押し出し効果」(クラウディングアウト効果)ではなく「誘引効果」(クラウディングイン効果)の証拠を明らかにする.政府資金による産業全体または個別企業の研究開発増加は,その産業または企業での民間部門の研究開発を顕著に増加させる結果となるために,この押し出し効果が生じる.平均で見ると,政府資金による R&D が 10% 増えると,民間の資金による R&D が 5%~6% 増加する.(…)最後に,本研究では,防衛 R&D に誘引された民間 R&D の増加は,生産性の向上をもたらすことを見出している.
広く知られているように,インターネットや GPS など,多くの重要な発明や技術革新は,アメリカの防衛研究からもたらされた.これによって,アメリカはそういうテクノロジーの商用化を他に先駆けることになった.
中国の全体的な生産能力には並び立ちようもない小国として,日本は最先端のテクノロジーに依拠して,ずっと大きな隣国に対する実効的な抑止を維持する必要がある.もっとすぐれたドローン,すぐれた AI,すぐれた超音速ミサイルなどが日本には必要だ.そのすべてに,防衛研究が欠かせない.ただ,同時に,防衛研究は民間経済にも波及してこれを促進する.
電気の価格を下げる
日本の産業用電気料金は,ヨーロッパよりは低いものの,世界の大半の国々よりも高い.とくに,韓国や中国よりも高くついている:

日本には化石燃料の国内供給はほんのわずかしかない.輸入に関しては,気まぐれな世界市場に常に翻弄される.液化天然ガス・石炭・石油の輸入は,いざ戦争が起きたときには,中国海軍によって遮断される恐れがつねにつきまとう.そこで,国内生産できるエネルギー源にできるだけ多く,日本は注力すべきだ――それはつまり,太陽光発電と原子力発電に力を注ぐ,ということになる.現在,日本はどちらもあまり利用していないので,伸び代はたっぷりある:

福島原発事故のあと,日本はゆっくりと原子炉の再稼働を進めてきた.33基ある既存の原子炉のうち,すでに再稼働したものや近く再稼働されるものは,だいたい半数ほどでしかない.煩雑な認可プロセスが,その理由だ:

そうした原子炉すべての再稼働を加速することを優先事項に据えるべきだ.日本では,原子力はときに反発を買う文化問題になる.ただ,33基のうち17基を再稼働させた与党自民党を国民が罰していないのを見ると,どうやら,福島事故への反発はじょじょに弱まっているのがうかがえる.残りを再稼働させても,政治的に安全だ.
日本では太陽光発電設備を建設するのはむずかしい.国土が狭いからだ――日本全体は,カリフォルニアぐらいの大きさで,そこに3倍以上の人々が暮らしている.政府は,太陽光発電の導入を加速させようと取り組んでいる.たとえば,農地の上や建物の屋上にパネルを設置したりといった次善の策をとったりしている.こういうのはよい取り組みで,今後も続けるべきだ.
太陽光発電は,〔夜間などの〕送電途絶を起こさないためにバッテリーを必要とする.日本は,かつてリチウムイオン電池生産の世界の先頭を走っていたけれど,いまや中国がその市場を奪っている.バッテリーの使用と製造を促進する産業政策と合わせて,中国のレアアース・サプライチェーンから日本を解放する取り組みは優先事項に据えるべきだ.
よりよいソフトウェア・エンジニアを育成する
日本のソフトウェア産業はものすごく弱い.そのために,日本は高額なソフトウェア輸入に頼らざるを得なくなっていて,巨額の「デジタル赤字」が生じている:
日本はデジタルサービス貿易赤字に陥っている.2025年上半期には,その赤字額は,3兆4800億円(236億ドル)にのぼっている.ここには,海外の巨大テック系企業に日本が依存している事情が映し出されている.(…)デジタル収支は,サービス収支内の3つのカテゴリで構成されている: [1] 電気通信,コンピュータ・情報サービス(クラウドサービスなど),[2] 専門・経営コンサルティングサービス(オンライン広告を含む),[3] 動画・音楽ストリーミングなどのコンテンツに払われる使用料・ライセンス料.(…)1月から6月にかけてのデジタル赤字は(…)過去2番目に高い水準だった.これは,2015年の 2.6倍の規模となっている.
日本のソフトウェアが弱いことで,製造業も痛手を受けている.生産プロセスはますますデジタル化が進んでいるし,AI によって工場の現場の革新が進む見込みが大きいからだ.
どうして日本はこんなにソフトウェアがダメなんだろう? いちばん正しそうな理由はこれだ――「単純に,すぐれたソフトウェアをつくりだすための重要なインプットがひとつ欠けているから.」 そのインプットとは,訓練されたソフトウェアエンジニアたちだ.日本では,伝統的にソフトウェアはあまり誉れ高くない進路だった.利発な若者は,ハードウェアエンジニアリングの道に進む傾向があって,ソフトウェア分野は才能が不足している.いろんな規制も問題があって,改善の必要がある.ただ,才能不足に比べれば,おそらくそちらは二次的な問題だろう.
さいわい,AI のおかげでこの問題は乗り越えやすくなっているかもしれない.AI は,経験の浅いエンジニアの能力を増強して,ごく平凡な技能しかない人材でも実用的なコードを書けるようにしてくれる.これによって,人材育成のギャップを埋めやすくなるかもしれない.また,AI は翻訳でも手助けしてくれる.これで,外国製コードの多くで英語でドキュメントが書かれている問題が解決される.日本の教育機関は,ソフトウェアエンジニアの育成に当たって,最初から AI を利用してコードを書く方法を教える先鞭を付けるべきだ.
とはいえ,AI があってもなお,コーディングをもっと誉れ高い職業にするべく日本は取り組まないといけない.ひとつの解決策は,ソフトウェアの訓練を受けた人たちを政府省庁がもっと雇うことかもしれない.他にも,防衛力増強を利用して,日本の自衛隊にエリート AI ユニットと暗号ユニットを設立するってアイディアもある.そういう魅力的な職をつくりだすことで,「この仕事に就きたい」と才能ある日本の若者にソフトウェアの道に引き寄せられる.惜しくもそこに採用されなかった人たちや,いったんその仕事に就いてから転職した人たちが,いずれ,もっとすぐれたソフトウェア産業を台頭させる原動力になってくれるだろう.
ともあれ,高市内閣が日本に経済成長とテクノロジーの底力を復活させるためのアイディアを6つ,こうして素描してみた.こういうアイディアで日本の問題がすべて解決されるわけじゃないだろう――低出生率,貿易での緊張関係,リソース不足は,今後も大問題のままだろう.それでも,ここから着手することはできる.
原註
[n.1] これまでずっと,日本社会における軍隊の役割は,最重要の政治的な溝だった――アメリカのいろんな文化戦争がひとつにまとまったものと思えばいい.これは1930年代の遺恨だ.当時,軍部が日本社会を乗っ取って,民主制と多元主義を打ち壊し,悪夢みたいな抑圧国家をもたらした.彼らは日本を愚かな戦争に引きずり込み,荒廃させてしまった.とはいえ,もちろん軍事は実利と実用の問題でもある.
[Noah Smith, “Economic ideas for Takaichi Sanae,” Noahpinion, October 29, 2025]