近代史の大半において、テクノロジーの進歩は労働負担を軽減すると期待されてきた。ケインズ(1930)は、生産性の向上によって2030年までに週15時間働くだけでよくなるだろうと予測した。人口知能(AI)が職場に統合されていく渦中、初期の証拠からは逆説(パラドックス)が示されている。AIを備えるようになった労働者の多くは、仕事量を減らしておらず、かつてないほど忙しくなっている。AIによる自動化と業務委託によって、労働者は以前と同じタスクを効率的にこなせるようになった一方で、労働時間は長くなり、社交や余暇に費やす時間を減らす可能性が高くなっている。
2022年のChatGPTの登場に象徴されるAIの急速な普及は、雇用への影響についての懸念を再燃させた。AIはどのように一部の職務を代行するようになるのか、あるいは別の職務を増やしているのか――つまりは雇用の外延的マージン(雇用規模の変化)について多くの研究が行われている(例えば、Acemoglu et al. 2022, Albanesi et al. 2023, Bonfiglioli et al. 2024, Felten et al. 2019, Gazzani and Natoli 2024)。しかし、AIが時間配分〔有限な時間資源の配分〕にどのような影響を与えるか――つまり、雇用の集約的マージン(既存雇用における労働時間・生産性の変化)に着目した研究はほとんど存在していない。〔AIの導入後〕労働者が既存の仕事を維持する場合、AIは労働時間を増加させるのか? それとも減少させるのか? 我々の研究(Jiang et al. 2025)では、AIに触れる度合い、時間配分、労働者の満足度の関係を調査した。
アメリカ生活時間調査(ATUS)の約20年分のデータを用い、AI関連特許と職業記述〔特定職業における業務内容・必要なスキル・責任範囲などの説明記載〕を関連付け、職種横断的なAIに接触度合いの尺度を構築した。さらに、人間の労働を補完するAI(生産性を向上させるAI)と、人間の労働を置き換えるAI(潜在的に労働者を置換するAI)を区別する。
図1に示すように、補完/置換するAIへの接触度合いは、職業によって大きく異なっている。AIによる補完性の高い(生産性向上が高い)職業は、コンピュータ・情報システム管理者、バイオインフォマティクス技術者、経営アナリストである。対照的に、データ入力係、〔銀行等の〕窓口係、事務機オペレーターなどは労働置換型AIへの接触度合いが高く、補完型AIへの接触度合いは低い――つまり増強ではなく置換の危機に直面している。一方、ダンサーや理容師のような職業は、AIの進歩にほとんど影響されておらず、AI影響圏の最下層に位置している。

AI接触度合いにおける3つ目のカテゴリーは、「AIによる監視」接触度合いである。これは、監視技術が従業員の業務をどのように追跡するかを補足したものだ。この分析枠組みによって、AIが労働時間を延長するか、短縮するか。また、その効果が労働市場によってどう異なっているのかを検証することができる。
図2は調査結果をまとめたものだ。AIへの接触度合いが高いほど、労働時間は長くなり、余暇は減少している。2004-2023年にかけて、AIを多用する職種の労働者は、そうでない労働者と比較して週あたりの労働時間は増加している。AI接触度合いが25%から75%に増加すると、週あたりの労働時間は2.2時間増加している。この関係は近年になるほど強まっており、AIが職場に組み込まれるにつれて、労働時間への影響が強まることを示唆している。これは、〔AIによる労働の〕自動化によって労働者はタスクを迅速に完了できるようになり、余暇時間を開拓できるようになるという期待に反する調査結果となっている。

ChatGPTの登場は、生成AIの普及に予想外の影響を与えたことで、自然実験の機会を提供した(Hui et al. 2023)。生成AIへの接触度合いが高い職種では、ChatGPT登場後、労働時間の増加が観察されている。生成AIへの接触度合いが少ない労働者(タイヤ組立工、油井ポンプ操作員、外科助手など)に比べて、接触度合いが多い労働者(コンピュータ・システム・アナリスト、融資相談員、物流担当者など)の週あたり労働時間は、ChatGPT登場後に約3.15時間増加している。この変化は、余暇時間の減少を伴っており、AIは労働供給を減らさず、増加する形で人間の労働を補完するという考えを裏付けている。余暇時間の減少は、非スクリーン活動での特に娯楽や社会に大きな影響を与えている。スクリーンを基礎とする余暇活動――例えばテレビ視聴やビデオゲームは、比較的安定している。これは〔AI接触によって〕、労働者は受動的な消費よりも能動的な参加を必要とする活動を犠牲にする傾向が強いことを示唆している。
この結果は、2つの主要なメカニズムによって説明することができる。第一のメカニズムは、AIが労働者の生産性を向上させ、長時間労働のインセンティブを生み出すというものだ。AIが労働置換型ではなく、補完型の場合、補完プロセスによって1時間あたりの労働価値は向上する。この効果は、金融・研究・テクノロジー分野など、AIが従業員のタスクを効率化させる職種で最も強く現れる。雇用主はより多くのアウトプットを期待する。これにより、労働者は生産性に連動した賃金というインセンティブが与えられ、労働時間は延長するかもしれない。AIの接触度合いが高い職種では、実際に賃金が上昇していることが観察されており、企業と生産性向上をある程度共有していることが示唆されている。しかし、賃金の上昇は、余暇時間の増加に繋がっておらず、代わりに労働者は労働時間を増やし、追加の収入を得ているようだ。このパターンは、人は労働からの報酬が増大すると、さらなる報酬を求めてより多くの労働を選択するだろう、という経済原理と一致している。
第二のメカニズムは、AIによるタスク監視である。デジタル監視ツールは、特にリモートワークやハイブリッドワーク環境において拡大している。AIによって、従業員の作業をリアルタイムで追跡することが可能となり、労働時間の延長につながっている。本研究では、リモートワークが増え、AIによる監視が急増した新型コロナウイルス危機時の期間を自然実験として検証した。新型コロナウイルス発生時に「リモートワーク可能」だった職種では、その後2年間で監視技術は劇的に向上した。AIによる監視技術への接触度合いが高い職種(顧客サービス担当者、在庫担当者、注文処理担当者、配送業従事者、トラック運転手など)は、コロナ危機が明けて職場に復帰した後でも労働時間は長期化したままとなっている。この効果は、自営業者には見られなかったことから、単にAIへの接触度合いに左右されるのではなく、雇用のプリンシパル・エージェントのダイナミクス(動態)によって労働時間を長期化させていることが明らかになった。監視技術によって、雇用主は監視を強め、パフォーマンスへの期待が厳格になり、場合によってワークライフバランスに負荷をかける。AIを多用する一部の職種では、自動化されたパフォーマンス・スコアが導入されており、従業員はアルゴリズム評価によって同僚に遅れを取らないように懸命に働くことを強いられるようになった。
より広範な問いは、AIによる生産性向上の利益を享受するのは誰になるのか? というものだ。AIへの接触度合いが高い労働者の賃金は上昇するかもしれないが、それがウェルビーイング(幸福健康度)の向上につながるとは限らない。〔従業員や元従業員が匿名で会社を評価するサイト〕Glassdoorの従業員満足度データによると、AIへの接触度合いが高いほど、仕事への満足度やワークライフバランスの評価が低くなることが示されている。AIは生産性と報酬を向上させるかもしれないが、労働者の生活の質を向上させるとは限らない。AIによる生産性向上の利益の多くは、労働者ではなく企業や消費者にもたらされる。
こうしたダイナミクス(動態)は、労働市場と製品市場での競争によって形成されたものだ。まずは労働市場である。労働市場での激しい競争によって、AIによる労働時間に与える影響は増幅される。労働市場では、雇用を支配する雇用主は少数しか存在しておらず、労働者側の交渉力は弱くなる。こうした環境では、労働者は生産性が向上しても、労働時間の短縮や、生産性向上からの報酬を要求しにくくなる。次に、製品市場である。製品市場での激しい競争(業界内での製品の類似)によって、企業は生産性向上の利益を労働者と共有するのではなく、低価格化やサービスの向上という形で消費者に還元するインセンティブを持つことになる。結果、AIによって労働者の生産性が向上しても、それに応じてワークライフバランスが必ずしも改善されると限らない。むしろ、労働者は雇用を維持するために、労働時間を増やすことになる。
未来の労働におけるAIの役割は、確定しているわけではない。労働時間の増減の程度は、企業がどのようにテクノロジーを導入し、政策立案者がどのように対応するかによって決まる。本研究では、AIとは本質的に人を開放させるわけもなければ、抑圧するわけでもないことを示している。AIが労働時間に与える影響は、労働市場、製品市場、資本市場でのインセンティブと制約によって形成される。AIが人々の生活を改善するためには、AIによる恩恵を公平に分配するための、より熟考・熟慮したアプローチを必要としている。
参考文献
Acemoglu, D, D Autor, J Hazell and P Restrepo (2022), “Artificial intelligence and jobs: Evidence from online vacancies”, Journal of Labor Economics 40(S1): S293–S340.
Albanesi, S, A Dias da Silva, J F Jimeno, A Lamo and A Wabitsch (2023), “Artificial intelligence and jobs: Evidence from Europe”, VoxEU.org, 29 July.
Bonfiglioli, A, R Crinò, G Gancia and I Papadakis (2024), “Artificial Intelligence and Jobs: Evidence from US Commuting Zones”, VoxEU.org, 12 August.
Felten, E W, M Raj and R Seamans (2019), “The effect of artificial intelligence on human labor: An ability-based approach”, Academy of Management Proceedings.
Hui, X, O Reshef and L Zhou (2023), “Artificial intelligence and its short-term effects on employment,” VoxEU.org, 1 December.
Jiang, W, J Park, R J Xiao and S Zhang (2025), “AI and the Extended Workday: Productivity, Contracting Efficiency, and Distribution of Rents”, SSRN working paper.
Keynes, J M (1930), “Economic Possibilities for our Grandchildren”, Essays in Persuasion, New York: Harcourt Brace, 358–73.
Webb, M (2020), “The impact of artificial intelligence on the labor market”, SSRN working paper.
著者
ウェイ・ジャン:エモリー大学ファイナンス学部、学部担当副学部長
、エイサ・グリッグス・キャンドラー教授
ジュニョン:パク:ビジネスアナリティクス助教授
レイチェル・シャオ:フォーダム大学 ファイナンス・ビジネス経済学部 助教授
シェン・チャン
[“As AI’s power grows, so does our workday”Wei Jiang Junyoung Park Rachel Xiao Shen Zhang / 28 Mar 2025]