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Coibion et al.「インフレ予想は家計の支出意志決定にどう影響するか」(2021年3月19日)

[Olivier Coibion, Yuriy Gorodnichenko, Michael Weber, “How inflation expectations affect households’ spending decisions,” VoxEU, March 19, 2021]

【要旨】 先進国の家計は,インフレについてかなり知識にとぼしい.それはつまり,家計は自分たちの経済的な意志決定にあたってインフレを無視しているということだろうか? 本コラムでは,無作為化対照実験・大規模調査・支出データをもちいて,その答えが「ノー」であることを示す.家計が自分たちのインフレ予想を変えると,それによって彼らの支出意志決定が因果的に変わる.このことから,家計の予想に影響を及ぼす〔中央銀行の〕コミュニケーション戦略は,家計の意志決定にも影響を及ぼすと予想できる.


合衆国をはじめ先進諸国の大半の世帯は,インフレ率や金融政策の情報を細かく追いかけていない.この点は,これまで広く観察がなされている (D’Acunto et al. 2019).だとすると,家計はインフレ率を気にかけていない,あるいは,将来のインフレ率についての信念の変化に応じて行動を変えない,ということになるだろうか? 「おおよそ物価が急速に上がると予想されるとき,家計は自分たちが支出を行う時点の予定を変えるはずだ〔「値上がりしそうだから早めに買っておこう」とかそういう行動をとるはずだ〕」という考えは,大半のマクロ経済モデルで中心的な仕組みに含まれている.また,連銀がとっている平均インフレ率目標の新戦略が過去の政策からの改善になると予想されている理由のひとつも,そこにある (Coibion et al. 2020a).だが,家計のインフレ予想が彼らの支出意思決定に影響するかどうかは,議論の対象として残されている.新たな研究で (Coibion et al. 2020b),家計のインフレ予想がたしかに彼らの支出意志決定に影響していることを我々は示した.

一般家庭がインフレに注意を払っていないことと,金融政策

合衆国の一般家庭は,インフレ率や金融政策について非常に知識がとぼしい.たとえば,我々が実施した合衆国の世帯調査から得られた結果をまとめた図1 では,連銀の 2% インフレ目標を知っている世帯がほとんどないことを示している.同様に,一般家庭は近年のインフレ率の推移についてもよく知らない.たとえば,同じ世帯調査では,30% 近くの世帯が「過去12ヶ月のインフレ率が 5% 以上だった」と思っていたと報告している.5% という数字は,1980年代前半いらい,合衆国ではめったに見られない.

こうした結果を自然に解釈すれば,インフレ率が低く安定している時代に一般家庭が一般物価のインフレ率に注意を払ったり,それを自分たちの意志決定に組み込んだりする意義がほとんどない〔ので一般家庭の人たちはインフレ率を注視したりしない〕のだと考えられそうだ.だが,この見解をとると,マクロ経済理論や政策立案にとって大きな課題が生じる:この異時点間再配分チャンネル〔この場合,なにかをする時点を先に延ばしたり前倒しにしたりすること〕は,多くの現代的モデルにおいてマクロ経済の経時変化の核心を占めていて,平均インフレ率目標のような政策を理論的に首尾よいものにしている主要な仕組みとなっているからだ.

【図1】 一般家庭が連銀のインフレ目標について信じていること

註記: この図では,連銀が長期的に達成しようとしているインフレ率が何パーセントだと思っているかという問いへの個々人の回答の分布をプロットしている.

出典: Coibion et al. (2020b).

一般家庭のインフレ予想は,彼らの経済的な意志決定に影響するか?

家計のインフレ予想が彼らみずからの意志決定を左右しているかどうかを計るために,我々は3つの素材を組み合わせた.これにより,前例のない因果的な証拠を当該の問いに与えられる.第一に,ニールセン・ホームスキャン・パネルに参加している世帯を対象とした一連の大規模世帯調査を我々は実施した.こうした調査により,非耐久財やより大きな耐久財への支出に関する世帯の自己報告と合わせて,彼らのインフレ予想を計測できるようになった.第二に,無作為化対照実験 (RCT) を実施した.無作為に選出した世帯の部分集合に,インフレ率または金融政策に関する情報を提供した.こうすることで,そうした情報をまったく得ていない対照群に比べて一部の参加者たちのインフレ予想に大きな外生的ばらつきをもたらした.第三に,〔インフレ率についての〕信念と,スキャンされた家計の購買行動にもとづいてニールセンが収集した実際の支出データとを我々は組み合わせた.このように,我々のアプローチでは,RCT と大規模調査と支出に関する外的情報とをあわせて,家計のインフレ予想が彼らみずからの支出におよぼした因果的な効果を評価している.

我々がえた主要な発見は次のとおりだ.情報を与える処置から生じたインフレ予想が高いほど,その後6ヶ月間にわたる世帯の月間支出が増加した.これは,異時点間再配分の動機と整合している.当該の支出が,自己報告による調査データで計ったものであっても,ニールセンによるスキャナーデータによるものであっても,この点は変わらない.この効果がもっとも強くなったのは,より教育がある人たちと金銭的な制約がより少ない人たちだった.だが,個々人のインフレ予想が高くなると,自動車や住宅などの大きな買い物はその後の6ヶ月間に減少させる傾向があることが見出された.より高いインフレ率は高価な品目の購入を家計が減らすことにつながりうるより悪い経済的結果としばしば結びついているという他の証拠と,この結果は整合している.ようするに,合衆国の一般家庭は概してインフレ率や金融政策に疎いにも関わらず,彼らのインフレ予想はみずからの支出・貯蓄の意志決定において統計的・経済学的に有意な役割を果たしているのだ.

結び

一般家庭はインフレ率や金融政策に疎いことは広く観察されているところではあるが,それにも関わらず,世帯のインフレ予想は彼らみずからの経済的な意志決定を左右している.こうした結果は,政策担当者にとって直ちに意味をもつ.中央銀行の運営は,金利がゼロ下限にある時代において経済的な各種の結果に影響を及ぼすべくより広い公衆を対象にしたコミュニケーション戦略に依拠する度合いをますます高めている.人々の予想が変わると,それによって彼らの意志決定が左右されるかどうかは,重要な問いとなっている (Takeda and Keida 2020).RCT と大規模調査と調査参加者を対象とした外的な支出データという新規な組み合わせにもとづく我々の新しい証拠は,家計のインフレ予想と彼らの支出意思決定とのあいだに統計的・経済学的に有意な因果関係があることを明らかにしている.したがって,人々の予想を効果的に変えるコミュニケーション戦略は,非伝統的政策戦略の武器庫に加わりうる新たなツールの候補を提供してくれる.


参照文献

  • Coibion, O, D Georgarakos, Y Gorodnichenko and M van Rooij (2019), “How Does Consumption Respond to News about Inflation? Field Evidence from a Randomized Control Trial”, NBER Working Paper w26106.
  • Coibion, O, Y Gorodnichenko, E S Knotek II, and R Schoenle (2020a), “Average Inflation Targeting and Household Expectations”, VoxEU.org, 30 September.
  • Coibion, O, Y Gorodnichenko and M Weber (2020b), “Monetary Policy Communications and their Effects on Household Expectations”, manuscript.
  • D’Acunto, F, U Malmendier, and M Weber (2020), “Exposure to Frequent Price Changes Shapes Inflation Expectations”, VoxEU.org, 15 November.
  • Kamdar, R (2018), “The Inattentive Consumer: Sentiment and Expectations”, manuscript.
  • Takeda, Y and M Keida (2020), “The art of central bank communication: Old and new”, VoxEU.org, 17 April.

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