Configurações誌「パンデミックとその波及的影響:ヴィンセント・ゲローソ教授へのインタビュー」(2020年)

Pandemics and spill-over effects: an interview with Vincent Geloso
Pandemias e efeitos colaterais: uma entrevista com Vincent Geloso
Coordenação Editorial|Editorial Coordination
p. 163-170

〔訳者まえがき:本サイトで、ジョージ・メイソン大のマーク・コヤマ教授の論考を翻訳したことをきっかけに、その論考で取り上げられていたピッツバーグ大のヴェルナー・トレスケン教授の著作『自由の国と感染症――法制度が映すアメリカのイデオロギー(みすず書房)』が翻訳出版されることになりました。サイトの参加訳者の2人が翻訳を担当しています。邦訳版の出版に際して、関連した論考を複数投稿します。本記事は、ポルトガルの経済専門誌、Configurações誌に掲載されたジョージ・メイソン大のヴィンセント・ゲローソ教授へのインタビュー記事の翻訳となっている。ゲローソ教授は、トレスケン教授の研究テーマを引き継いだ研究を多く行っている。〕

2020年、グローバル化された世界は、様々な課題と不確実性に直面したが、私たちの多く(あるいはほとんど)は、対処する準備ができていると想定していた。COIVD-19の急速な拡大によるパンデミック化は、社会、特に経済に大きな影響を与えているが、一方で世界規模での感染症の発生と蔓延に関しては、これは人類史における始めての出来事ではない。現行の状況下において、この大規模な事態がグローバル化した経済のどのような影響を与えるかについて、多くの疑問が寄せられている。公的組織はパンデミックのどのような反応を見せたのだろう? そうした公的機関が過去の経験から何か学べることはあるのだろうか? 今回の出来事を、過去のパンデミックと比較することはできるのだろうか?

これら問題について、カナダのキングス・ユニバーシティ・カレッジ経済学部のヴィンセント・ゲローソ教授にインタビューを行った。彼の研究は、世界的なパンデミックが経済に与える影響について、歴史上の様々な時代と比較することでその答えを模索するものとなっている。一方で、彼が強調しているのは、状況に応じて考慮事項が異なることである。さらに、中長期的には民主主義国家はこうした健康危機の到来に対してより持続的で効果的な対応を行える理由を説得力をもって明確に示している。

質問の前の事前解説

ヴィンセント・ゲローソは、キングス・ユニーバシティ・カレッジの経済学部准教授である。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済史の博士号を取得。Public Choice、Canadian Journal of Economics、Explorations in Economic History、Health Policy&Planning、British Medical Journal:Global Healthなどの雑誌に50以上の論文を発表している。研究の一覧は、彼のサイト www.vincentgeloso.com で見ることが可能。

1.パンデミックがグローバル経済にどのようなダメージを与えるのかについて、経済史は何か教えてくれるのでしょうか?

過去のパンデミックは、(人口比率で)大きな死亡率ショックと長期に渡る経済収縮を引き起こしています。しかし、1918~19年の〔スペイン風邪〕パンデミックの例外を除けば、1857~58年のインフルエンザのパンデミック以降、被害に関しては決めて良好です。 [1]For a summary, see Candela, Rosolino, Geloso, Vincent (2020), “Robust Political Economy and Pandemics(政治経済の堅牢性とパンデミック)”, Working Paper. 死亡率は低下を続けており、パンデミックによる経済的被害(国内総生産に与える比率)も減少を続けています。最も興味深いのが、インフルエンザ・パンデミックの長期の年代記録です。1700年から1858年にかけて7回のパンデミックが発生していますが、1858年から2010年ににかけては5回しか発生していません。そして、最も最近のパンデミックは非常に軽微なものでした。世界経済が大幅に拡大し、国際貿易の拡大と国境を跨いだ旅行が急増し、人口密度が著しく上昇している(つまり、感染症のリスクが高まっている)事実を考えると、この発生率の低下は、多くの人に顧みられていませんが、壮大な改善です。非常に驚くべき奇妙なことがあります。今回のパンデミックの影響において、人々が過去の参照点を持っていないことです。 [2]Beveridge, W. I. (1991), “The chronicle of influenza epidemics(インフルエンザパンデミックの年代記)”, History and philosophy of the life scien­ces, 13(2), 223. つまり、20世紀初頭や、19世紀の人々と違い、今日の私たちは、パンデミックという出来事についての基準点をほとんど保持していないのです。このように様々な歴史的要素を総合すれば、人類が過去に比べて健康上の極端なショックに耐える能力を向上させているのを示しているのです

ここで、重要なことを付け加える必要があります。パンデミックのコスト(人的・経済的共に)は、疾病の特徴、〔感染〕地域住民の特徴、制度的環境の関数なのです。1つ目(すなわち疾病の特徴)は、感染力や致死率など、誰にでもわかりやすいものです。2つ目(地域住民の特徴)もかなり明白であり、これも即座に理解することができます。3つ目が、最も重要な要素です。健康と発展は密接に関係しており、豊かな社会は、より健康的な社会である可能性が高いのです。制度の質(すなわち、法の支配、財産権の保証、開かれた社会による自由民主義)と発展との間にも関係性があります。つまり、制度と健康には関係性があるのです。質が高い制度を備えた社会は、COVIDのようなショックにも耐えることができます。なぜなら、質が高い制度は、社会を豊かにするからです。つまり、先ほど述べた〔発生率の低下という〕改善は、経済発展と結びついています。

しかし、この〔経済発展と健康の〕関連性は少し曖昧です。個人の自由(財産権を念頭に置いています)を守ることにコミットした自由民主義国家は、疾病によっては適切な対処に失敗します。 [3]ヴェルナー・トレスケン(2015), 『自由の国と感染症』, University of Chicago Press. 疾病の中には、根絶させるのに、強権的な方法が非常に有効なものがあります(特に伝染性が強いものがそうでしょう)。つまり、疾病によっては、強制力を行使すれば、十全に戦えるものがあるわけです。問題は、そのような強制力を行使できる〔公的〕機関は、自由民主主義と非常に相性が悪いのです。自由民主主義では、個人の権利への侵害は強く制限されています。反自由主義的な社会では、危機的な伝染病による死亡率は低くなりますが、そのような社会はおそらく困窮化に向かうでしょう。長期的には、経済成長には〔疾病〕を和らげる効果があるので、以上観点は非常に重要となっています。所得の増加は、非伝染性疾患(結核、腎炎、下痢、心血管疾患、肺疾患、肝硬変など)や、伝染性が低く対策に多額の投資が必要となっている疾病(腸チフス、マラリアなど)に罹患する確率を減少させます。

以上を考慮すれば、これまで多くの人が認知していなかった奇妙なパラドックスが生み出されます。自由主義的な社会は、COVID-19のような危機的なパンデミックへの対処において、どの時点・どの瞬間でも、パフォーマンスが低くなるのです。しかし、経済発展や、広範に定義される健康転帰の長期的な改善といった観点では、自由主義的な社会のほうが優れているでしょう。これは、制度の役割を考えることができない人が見過ごしてきた、奇妙なパラドックスです。

私の懸念事項に、多くの人がCOVID-19の「適切な」対処について講じる際に、自身を善意・全能の為政者の立場に立って提言を行っていることがあります。彼らは、〔問題・社会の〕背景にある豊かな制度的タペストリーを考慮していません。もっと重要なのが、このタペストリーには多くの糸が編み込まれており、糸を切り離せば、タペストリーがバラバラになってしまうことを考慮できていなのです。制度とはタペストリーであり、経済学用語でいうところの「バンドル(束)」のようなものです。制度を維持する以上、任意の特徴だけを抽出したり選択することはできないです。経済成長を確保するため、財産権を保護する強力な自由民主主義を望むなら、パンデミックに対処するために必要とされている強権的な手段を行使する国家を得ることはできません。逆に、パンデミックに対処するために強権的な国家を欲すれば、経済発展を犠牲する必要があります。ちなみに、この理由から、歴史的に、感染症の流行と、政府の権威主義化には、強い相関関係があります。 [4]Murray, D. R., Schaller, M., Suedfeld, P. (2013), “Pathogens and politics: Further evidence that parasite pre­valence predicts … Continue reading 私は、イリア・ムルタザシビリと共同で、COVID-19に直面した政府の政策の強権性が、政治形態指数(政治的自由の尺度)と世界経済的自由指数(経済的自由の尺度)の双方に反比例していることを示し、この関係性を実証しました。 [5]Geloso, V., Murtazashvili, I. (2020), “Can Governments Deal with Pandemics?(行政はパンデミックに対処できるのだろうか?)” Available at SSRN 3671634.

2.1918年のインフルエンザパンデミックに関するあなたの最近の論文に基づくなら、このパンデミックはCOVID-19との比較において良い事例となっているのでしょうか? 2002年から2004年にかけて発生したSARSや、香港のインフルエンザパンデミックのようなもっと最近のパンデミックとの比較はどうなっていますか?

考慮すべき比較要素はたくさんあります。人命の喪失という点では、COVID-19は、1968年の香港インフルエンザや、1957年のアジア・インフルエンザに似ています。しかし、経済的なコストという点では、類似点はあまりありません。1957年と1968年の公衆衛生対策は、今日のCOVID-19で観察されているものからほど遠く、学校の閉鎖や外出禁止令(ロックダウン)はほとんど実施されませんでした。 [6]Honigsbaum, M. (2020), “Revisiting the 1957 and 1968 influenza pandemics(1957年と1968年のインフルエンザ・パンデミックを再検討する)”, The Lancet, 395(10240), P1824-1826. そのため、公共政策は、経済的な縮小には限定的な影響しか与えていません。しかし、1918~1919年のスペイン風邪パンデミックは、今と非常に似た経済的影響をもたらしました。スペイン風邪は、壮年期の労働者を死亡させる傾向があったため、労働者の相当割当を死亡させ、経済の縮小を招きました。今日では、ロックダウンや、消費者(例えばフェイスマスク)と事業者(例えばアクリル板の設置)といった行動規制の必要性から、COVID-19は1918~19年と同様の経済的収縮を引き起こしています。よって、経済的には、COVID-19は、過去の他のパンデミックの中でも、1918~1919年のスペイン風邪に近いと言えるでしょう。

しかし、ここで重要な余談をさせてもらうと、私は、これ〔COVID-19で経済的ダメージの大きいこと〕を大勝利と見ています。一見したところ、これを経済的発展による勝利と見做す人はほとんどいないかもしれませんが、それは間違えています。高度な経済発展のおかげて、技術的にロックダウンや人命救助のための政策を行う余裕ができたのです。結局のところ、過去と比較して大きな資産を保有している人がいる豊かな経済圏では、3ヶ月間事業を停止する(それ自体は経済的ダメージがあるかもしれませんが)方が、経済的には理にかなっています。貧しい社会だとこのような余裕はありません。言い方を変えてみれば、(世界規模において)豊かさが現在の半分の時代に、COVID-19に遭遇していれば、死亡者数は計り知れない規模になっていたでしょう。豊かになったことで、今回のショックをうまく乗り切ることができるようになったのです。

3.あなたが主張するように、自由民主主義国家は、権威主義的な国家よりもパンデミックに対応する能力が低いのなら、なぜ一部の自由民主主義国家は、同じ政体の他の国家よりもパンデミックにうまく対処できているのでしょう? 別のメカニズムが働いているのでしょうか?

私はさきほど「地域住民の特徴が重要だ」と述べました。その中には、社会的信頼度や、住民の同質性といったものを含んでいます。信頼性が高く、同質性が高い集団は、特定の行動の保証において、政府の代わりの役割を果たすことができます。例えば、マスクは着用することで命を救うことができますが、フリーライダーが多いとマスクの効果が薄れてしまいます。すると、どうやってフリーライドを防げばよいのでしょうか? 方法は2つあります。1つ目は、政府がマスクの着用を義務付けることです。2つ目は、非国家的な組織による、社会的軌範の強制です。私見となりますが、後者において特に効果的になっているのが、オストラシズム(村八分・排斥)です。これはおそらくですが、人間の進化的本性の一部に実際になっているからなのでしょう。 [7]Kurzban, R., Leary, M. R. (2001), “Evolutionary origins of stigmatization: The functions of social exclusion(スティグマ化の進化的起源:社会的排除の機能)”, Psychological … Continue reading フリーライダーを村八分にして汚名を着せれば(例えば、フリーライダーへのサービスを拒否したり、フリーライダーを無視すれば)、フリーライダーはフリーライドを止めるでしょう。 [8]Nakamaru, M., Yokoyama, A. (2014), “The effect of ostracism and optional participation on the evolution of cooperation in the voluntary public goods … Continue reading COVID-19に適切に対処できている民主主義国家は、このように行政的な秩序の代わりとなるものを使用しやすい国家となっています。こうした国家は、同質性が高いか、信頼性が高い社会を備えている傾向にあります。

以下のように考えてみてださい。COVID-19の被害を最小限に抑えるために、社会的な距離の水準をXに定める必要があるとします。Xを100%達成するにはどうすればよいでしょう? 社会的信頼度の高い自由民主主義国家(フィンランド、スウェーデン、ドイツなど)では、行政的な秩序を用いずにXを80%達成できるでしょう(これは仮定の数値です)。社会的信頼の低い社会(例えばフランス)では、達成できる可能性は低く、行政による強引な手法に頼らざるを得なくなります。

4.制度の柔軟性/硬直性は、結果の確定においてどのような役割を果たしているのでしょうか?

先述したパラドックスをさらに複雑にしているのが、経済が解放されている自由主義的な社会では、パンデミックの発生時の経済的被害が、閉鎖的な経済圏よりも少ないという事実です。私は友人のジェイミー・パブリックと一緒にContemporary Economic Policy誌に掲載した論文で、経済的自由度の高さが、1918年から19年にかけてのパンデミックで、超過死亡率という経済的影響を部分的に緩和したことを示しています。これは、経済が自由であればあるほど、〔パンデミックによる〕経済的被害が軽減されたとことを意味しています。 [9]Geloso, V., Bologna Pavlik, J. (2020), “Economic freedom and the economic consequences of the 1918 pan­demic(経済的自由と1918年の経済的帰結)”, Contemporary Economic Policy.

なぜこうなるのか? 答えるにあたっての一つの方法が、パンデミックは特定一部の活動におけるコストとベネフィットを変化させると想定してみることです。こうしたコストとベネフィットが変化することで、〔一部の〕経済資源を構成配置する際の価値を以前より低下させ、再構成が必要になります。現実例を挙げると、レストラン等のサービス産業に向けられていた資本や労働力が、個人向け保護用具の製造に再配分されると考えることができるでしょう。ただ、このような再配分にはコストがかかります。労働者に新しい仕事を教えたり、資本を新しい産業に移行させるのは簡単ではありません。こうした再配分にかかるコストの一部は、危機の性質に起因しています。また、企業による再配分行動の中には、規制によって負担となっているものもあるでしょう。ジェイミー・パブリックと私が用いた経済的自由度の指標は、〔企業の〕再編成コストの一部を明らかにしています。経済的自由度の高い地域は、こうした行動の調整において高い柔軟性を保持しています。なぜなら、こうした追加的な調整コストは、パンデミックが生じた場合に通常必要となるコストに加算されないからです。そのため、経済的自由度の高い地域では、パンデミックのショックは、浅く、短いものとなります。

これ〔パンデミックのショック〕が、経済的危機と経済的自由に関する先行研究と一致していることは注目に値します。例えば、クリスティアン・ボンヤスコフは、1993年以降の様々な国家で生じた経済危機212件を分析し、経済的自由――彼は制度的柔軟性を尺度として使用しています――が危機の影響を緩和した可能性を考察しています。考察は、経済的自由は危機のリスクを減少させはしなかったが、回復期間を短くし、GDPの天井と底の比率の低減(つまり経済的収縮の浅さ)と強く関連していたことを明らかにしています。 [10]Bjørnskov, C. (2016), “Economic freedom and economic crises(経済的自由と経済危機)”, European Journal of Political Economy, 45, 11-23. 現代のパンデミックは、ボンヤスコフの分析や1918-19年のパンデミックに関する私の分析とよく一致しています。危機に対処するには、制度の柔軟性が決定的に重要となっているのです。

5.長期的にですが、社会がパンデミックの影響を受けにくくするには、どのような準備が必要とされているのでしょう?

その質問は、正直なところ誤った前提に立っています。あなたのその質問は、将来のパンデミックのリスクとその対処において「決定的な対処方法」が存在することを暗黙の前提としています。私はいくつかの理由から、それが間違えていると考えています。

さきほど、個人間の結びつきがグローバルに強まっていることで、パンデミックの発生率は高まっているはずなのに、パンデミックの被害と発生頻度は時間とともに減少していることを指摘しました。つまり、どこかに緩和する力が存在しているはずです。この疑問への解答として、旅行の頻度と交差免疫の関係について論じた重要な論文があります。 [11]Thompson, R. N., Thompson, C. P., Pelerman, O., Gupta, S., Obolski, U. (2019), “Increased frequency of travel in the presence of cross-immunity may act to decrease the chance of a global … Continue reading 私たちは旅行を重ねるごとに、病原性の低い病原菌に頻繁に暴露します。こうした暴露によって、病原性の高い病原菌が容易に広まらなくなる、つまり交差免疫が獲得されます。該当の論文では、こうしたメカニズムによって、海外旅行の増加は、パンデミックの可能性を減少させたと指摘されています。ここで注意しなければいけないのが、こうした〔減少〕メカニズムは、行政によるなんらかの対応策によってもたらされたわけではないことです。計画従事者は何かことをなしたわけではありません。人間の行動がもたらした、偶然の(そして幸運な)副産物なのです。

そして、さらに重要なのが、これ〔海外旅行の増大と交差免疫の獲得〕こそが、「なぜ自由民主主義国家は、権威主義的国家よりも。任意の時点においてパンデミックに直面したときに不全に陥るのか」、そして「なぜ自由民主主義国家は、権威主義的国家とともに、〔最終的には〕パンデミックによる人口統計的な意味での犠牲を最小限に抑えることに成功するのか(先に述べたように死亡者数からこれは明らかです)」についての理由を部分的に教えてくれます。経済的にも政治的にも自由な国は、人の移動を自由にすることで、自由度の低い国に住む人々に正の外部性を生み出しているのです。実際に、自由な国は、不自由な国のリスクを低減させています。つまり、自由な国は、〔そうでない国も含めて〕あらゆる人々に下駄を履かせているわけですね。自由な国は、あらゆる人々に恩恵を与える全般的な改善を推進しているにもかかわらず、任意の時点における不具合によって、自由でない国家に比べてパフォーマンスが酷いと批判されてしまうのです。

この最後の観点は、パンデミックの衝撃に対する我々の堅牢性(脆弱性への対抗能力 antifragilityとも呼ばれる)のほとんどが、為政者やテクノクラートによる意図的な計画に起因していない事実を示しています(公衆衛生において為政者が役割を果たしていないと言いたいわけではありません)。それより、我々の堅牢性のほとんどは、目に見えない影響力に起因しているのです。

6.最後の質問です。経済的な懸念事項と、医学・道徳的な懸念事項(つまり、雇用保全と救命の相克)をどう両立させればよいのでしょうか?

またもや、あなたは誤った前提に立っています。単一の一元的なトレードオフを想定してしまっているのです。私はこのインタビューにおいて、複数のトレードオフが同時に発生していることを繰り返し指摘してきました。第1のトレードオフとして「将来の時点での経済繁栄と、今のパンデミックによる死亡率の減少のどちらかを取るか」が想定されます。このトレードオフによって、第2のトレードオフ「将来の経済的繁栄の低下と、経済成長によって対処可能な疾病の死亡率の上昇」が発生します。第3のトレードオフ「繁栄をもたらしパンデミックへの対処を困難としている制度が、パンデミックの犠牲を低減させる」も発生します。第4のトレードオフは「繁栄をもたらす制度によって社会はパンデミックへの対処を困難とする。一方で極端なパンデミックそのものへのリスクを知らないうちに減少させる」というものです。こうしたトレードオフは、個別のものとなっておらず、同時進行します。なんらかの行動指針を選択すると、4つの選択肢が否応なく決まります。

規範的には、パンデミックに対して控えめな対処を選択するケースもありえると思います。控えめといっても、「何もしない」という意味ではありません。つまり、(さきほど挙げた社会的信頼性)のように伝染の緩和するために民間のメカニズムをまず最大限活用し、それがうまくいかない場合に政府が介入するのです。しかし、政府が介入するなら、政府の対処策ができるかぎり分散化されるような連邦主義〔地方分権〕の原則に従う方針を取るべきでしょう。そのことで、疾病に対処するための情報が生かされ、他の地方自治体による複数の情報源を活用できる適切な調整が可能となります。これは、連邦主義〔地方分権〕は、市場を維持しつつ、公共財をより適切に提供できるという点で重要となっているからなのです。 [12]Weingast, B. R. (1995), “The Economic Role of Political Institutions: Market-Preserving Federalism and Economic Development(政治制度の経済的役割: … Continue reading

三番目に、最も重要なのは、政府の権限行使には、サンセット条項〔有効期限が定められた条項〕が必須となっていることです。緊急時に政府に与えられた権限は、規定の日時になれば完全に放棄される必要があります。このようにアプローチを組み合わせることで、長期的に最大の幸福健康度を生み出すトレードオフを選択できると私は考えています。

Configurações [Online], 26 | 2020, posto online no dia 16 dezembro 2020, consultado o 06 novembro 2021. URL: http://journals.openedition.org/configuracoes/10457; DOI: https://doi.org/10.4000/configuracoes.10457

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Coordenação Editorial|Editorial Coordination
Revista Configurações nº26

cics@ics.uminho.pt

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〔訳注:ヴィンセント・ゲローソ教授は、ジョージ・メイソン大学で主に経済史を研究している(本インタビュー時では、カナダのキングス・ユニバーシティ・カレッジで教鞭を取られていた)。本論考でも言及しているように、彼はヴェルナー・トレスケン教授の研究を引き継いだ研究を多く行っている。このエントリは、ヴィンセント・ゲローソ教授、及びConfigurações誌の許可に基づいて翻訳・公開している〕

References

References
1 For a summary, see Candela, Rosolino, Geloso, Vincent (2020), “Robust Political Economy and Pandemics(政治経済の堅牢性とパンデミック)”, Working Paper.
2 Beveridge, W. I. (1991), “The chronicle of influenza epidemics(インフルエンザパンデミックの年代記)”, History and philosophy of the life scien­ces, 13(2), 223.
3 ヴェルナー・トレスケン(2015), 『自由の国と感染症』, University of Chicago Press.
4 Murray, D. R., Schaller, M., Suedfeld, P. (2013), “Pathogens and politics: Further evidence that parasite pre­valence predicts authoritarianism(病原菌と政治:寄生虫の蔓延が権威主義の予測となっているさらなる証拠)”, PloS One, 8(5), e62275; Pericàs, J. M. (2020), “Authoritarianism and the threat of infectious diseases(権威主義と感染症の脅威)”, The Lancet, 395(10230), 1111-1112.
5 Geloso, V., Murtazashvili, I. (2020), “Can Governments Deal with Pandemics?(行政はパンデミックに対処できるのだろうか?)” Available at SSRN 3671634.
6 Honigsbaum, M. (2020), “Revisiting the 1957 and 1968 influenza pandemics(1957年と1968年のインフルエンザ・パンデミックを再検討する)”, The Lancet, 395(10240), P1824-1826.
7 Kurzban, R., Leary, M. R. (2001), “Evolutionary origins of stigmatization: The functions of social exclusion(スティグマ化の進化的起源:社会的排除の機能)”, Psychological Bulletin, 127(2), 187.
8 Nakamaru, M., Yokoyama, A. (2014), “The effect of ostracism and optional participation on the evolution of cooperation in the voluntary public goods game(公共財ゲームによる排斥と選択的参加が進化に及ぼす影響)”, PloS one, 9(9), e108423; Maier-Rigaud, F. P., Martinsson, P., Staffiero, G. (2010), “Ostracism and the provision of a public good: experimental evidence(排斥と公共財の提供:実験的証拠)”, Journal of Economic Behavior & Organization, 73(3), 387-395.
9 Geloso, V., Bologna Pavlik, J. (2020), “Economic freedom and the economic consequences of the 1918 pan­demic(経済的自由と1918年の経済的帰結)”, Contemporary Economic Policy.
10 Bjørnskov, C. (2016), “Economic freedom and economic crises(経済的自由と経済危機)”, European Journal of Political Economy, 45, 11-23.
11 Thompson, R. N., Thompson, C. P., Pelerman, O., Gupta, S., Obolski, U. (2019), “Increased frequency of travel in the presence of cross-immunity may act to decrease the chance of a global pandemic(交差免疫の存在下での旅行頻度の増加が、世界的なパンデミックの発生可能性を減少させるように作用する可能性。)”, Philosophical Transactions of the Royal Society B, 374(1775), 20180274.
12 Weingast, B. R. (1995), “The Economic Role of Political Institutions: Market-Preserving Federalism and Economic Development(政治制度の経済的役割: 市場保存型連邦制と経済発展)”, Journal of Law, Economics, and Organization, 11(1), 1-31; Breton, A. (1970), “Public goods and the stability of federalism(公共財と連邦制の安定性)”, Kyklos, 23(4), 882-902.
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