リア・ブスタン&イリヤナ・クジエムコ「クラウディア・ゴールディンのノーベル賞受賞について」(2023年10月24日)

ノーベル委員会は彼女のこうした研究に正当な評価を与えたと信じている。しかし、我々の見解では、受賞理由では彼女の業績の一部しか挙げられていない。ゴールディンのジェンダーギャップについての研究は、労働市場における不平等の解明という、より大きな問題の一部なのだ。

ハーバード大学のクラウディア・ゴールディンが、2023年のノーベル経済学章を受賞した。この記事は、彼女の元教え子で、今は研究者となった2人によって書かれたものである。本記事では、公式に評価された彼女の雇用と賃金のジェンダーギャップに関する研究と、労働市場での不平等を理解するための広範な課題への貢献の両方を概説する。ゴールディンの研究は、需要、供給、制度、規範における不平等の要因を明らかにするために、教育、技術、産業化の歴史を深く掘り下げたものだ。彼女の知的影響は、ジェンダーギャップの研究にとどまらず、無数の女性に経済学の研究を志すように誘ってきている。

著者:
リア・ブスタン:プリンストン大学経済学部教授
イリヤナ・クジエムコ:プリンストン大学経済学部教授

ノーベル委員会は、今年度のアルフレッド・ノーベル記念経済学賞を「女性の労働市場の帰結についての理解を深めた」としてクラウディア・ゴールディンに授与した。実際、この分野への彼女の貢献は膨大である。1990年に刊行された『ジェンダー・ギャップを理解する』(Understanding the Gender Gap)が代表的著作だろう。

『ジェンダー・ギャップを理解する』は、シカゴ大学で博士号を取得する際のゴールディンの困難な経験と、同期の(主に)男性研究者らが見落としていたトピックを経済学をツールとして理解しようとする彼女の決意が現れている。彼女は、この本の執筆について、片耳からゲイリー・ベッカーに価格理論からジェンダー・ギャップを据えよと囁かれ、もう片方の耳からディック・イースターリンにデータ収集と分析に細心の注意を払うようにと囁かれた、との冗談をかつて話してくれた。

ノーベル委員会は彼女のこうした研究に正当な評価を与えたと信じている。しかし、我々の見解では、受賞理由では彼女の業績の一部しか挙げられていない。ゴールディンのジェンダーギャップについての研究は、労働市場における不平等の解明という、より大きな問題の一部なのだ。むろん、女性は人口の半分を占めており、ゴールディンの画期的な研究以前は、この「残り半分」についてほとんど知られていなかったため、彼女はジェンダーについての研究だけでも受賞に相応しい。

しかし、ジェンダーについてのゴールディンの研究は、より大きな文脈――労働市場についての彼女の研究の中に位置づけることで、より良く理解され、評価されると信じている。我々二人は、博士号取得時にゴールディンを指導教官に仰いだが、そこで主な研究対象としてるのはジェンダーではない。それでも、経済学的直感や、未解決の重要な研究課題への彼女の鋭い洞察から多大な恩恵を受けた。

ゲイリー・ベッカーの教え子だったゴールディンは、雇用と賃金における男女格差を、均衡労働市場の結果とみなした。市場労働に潜在的に関心を持つ女性の供給は、その労働に対する企業の需要と相互作用し、均衡賃金と雇用水準がもたらされる。これは男性でも同様のメカニズムが働く。1910年のアメリカでは、既婚女性で賃金労働に従事していたのは10%未満だったが、現在では60%近くに達している。これは、賃金労働に関心を持つ既婚女性が増加したか、女性労働力への需要か増加したか、あるいはその両方であると解釈できる。

しかし、この基本的な論理は、ジェンダーに関するものだけではなく、他のどのようなタイプの労働市場の帰結にも当てはめることができる。特にゴールディンは、(ラリー・カッツとともに)熟練労働者の需要と供給の変化を、高学歴労働者と低学歴労働者の間の所得格差の推移や、より一般的な経済格差に結びつけた第一人者だった。

むろん、ゴールディンは経済史家としての経験から、現実世界は経済モデルが想定するほどスムーズには機能していないことを悟った。そこで彼女が強調したのは、需要と供給と並んで、最終的に観察される賃金と雇用の水準を形成する上での制度(法律、慣習など)の重要性だった。

ゴールディンが、女性の労働への需要の変遷を説明するのに用いた簡潔な方法の一つが、「女性は『頭脳』労働において比較優位にあり、男性は『肉体』労働において比較優位にある」というものだ。経済が農業や製造業から、サービス業に移行するにつれ、女性労働への相対的な需要が増加することになった。

製造業においても、第一次産業革命(主に非電化工場で行われた)から、第二次産業革命(鉄鋼、最終的には航空機や自動車、食品加工、石油、化学といった資本集約的な部門で行われた)への移行によって、非熟練労働者よりも、熟練労働者が選好され、これは男性を上回って女性への相対的需要シフトの一因となった。女性は工場現場で働くことにならなかったかもしれないが、これらの新しいテクノロジーは、複雑な機械の設置や修理を行うエンジニアや、注文を処理し帳簿を付ける大量のホワイトカラー労働者を必要とした(Goldin and Katz 1998)。女性は、秘書、速記者、タイピスト、電話交換手として、こうした事務職の多くを担うようになった。

ゴールディンは同じフレームワークを使用して、「スキル・プレミアム」(高学歴労働者が得る追加的な所得)についての分析研究を行った。この研究は、ジェンダーギャップについての彼女の研究と同じくらい影響力があり、重要であると我々は考えている。ゴールディンが、2008年にラリー・カッツとの共著で出版した『教育と技術の競争』(The Race Between Education and Technology)は、20世紀における所得格差と拡大と縮小、そして再度の拡大を理解するための統一的なフレームワークを提供した。

1910年年代から1920年代にかけての第二次産業革命では、高熟練労働者への需要が高まり、所得分配の上位に位置する高熟練労働者の所得を上昇させた。技術的進歩(重要な例では、組み立てライン等のフォード的工業化の進歩)は、(労働組合の台頭等の、法的・制度的な改革と並んで)低熟練労働者に有利となり、所得配分の下位階層での加速度的な〔所得〕上昇の時代の先導を担った。実際、ゴールディンの1992年の論文(ロバート・マーゴとの共著)は、現代アメリカの経済格差の研究において最も重要な実証的貢献の一つであり、そこでなされた多くの分析で、彼女は男性だけに焦点を当てている。

むろん、〔所得上昇の要因において〕労働需要は、多くても半分にしかならない。ゴールディンは、労働供給の理解において多く貢献してきている。他の条件が同じであれば、十分な〔労働〕供給の投入は、リターンの低下をもたらす。よってゴールディンは、20世紀中盤からの数十年かけて技能プレミアムを低下させた大きな力は、教育を受けた労働者の大幅な増加であったと主張している。

この技能供給の大きな変化は、高校運動が原因だった。高校運動は、1910年から1940年にかけて行われ、公立学校を拡大させる資金の調達のために、固定資産税の引き上げがアメリカ全土の小さな町や市で決定された(Goldin 1998)。これらの高校で、最初の一校はいつ開校したのか? カリキュラムは何をカバーしていたのか? どのように資金が調達されたのか? を知ることができるのは、ゴールディンの詳細なデータ研究のおかげである。

これらの高校が、男女両方に開かれていたのを当然と考えるべきではないが、実際には開かれていたのである。そして、ここで着目に値するのが、教育からのリターンがアメリカと同様に上昇していたヨーロッパ諸国では、第二次世界大戦後まで公立高校の大量提供が行われなかったことだ。ゴールディンが指摘しているように、ヨーロッパでは、資金調達メカニズムが中央集権化されていたことで提供が遅れたのである。

ゴールディンによって特定されたのは、高校運動と並行し、復員軍人援護法によって教育を受けた男性が急増し、第二次世界大戦後の高技能労働者の供給をさらに増加させ、技能プレミアムが低下したことだ。これによって、戦後の大規模な経済成長期の恩恵は、トップだけに集中しなかった。

ゴールディンの研究と、教育と技術の間にある競争というフレームワークによって提起された興味深い疑問の一つが、1980年代、コンピュータ化と新しい通信技術による技能に偏った新しい技術変化の時代に直面した時、アメリカでは(地方レベルであれ、より高いレベルであれ)政府による大学への公的資金の提供という〔高校運動と〕同じような対応が見られなかったことだ。

技術と技能の需要についてのゴールディンの研究から浮かび上がるテーマの一つが、「破壊的な」技術発展によって労働市場が再編されたのは、コンピューターの台頭が初めてではないことだ。第一次、第二次産業革命、電力化の台頭、農作業への需要を激減させた農業生産性の大幅な向上、これらの発展もまた、旧来の労働組織化のあり方を破壊した。過去のこうした変化が生じた際には、労働者が変化に適応できるように、政府は大規模な教育の拡充を促進している(高校運動や、その後の復員軍人援護法)。しかし、最近の数十年ではそうした政策は観察されていない。

ゴールディンの研究は、熟練労働者の供給が20世紀を通じて全体的な所得格差をどのようにもたらしたかを示しているが、同じように、〔労働〕供給問題がどのように労働市場の帰結におけるジェンダーギャップをもたらしたかを説得的に立証している。女性は、当初「社会的スティグマ、法律、その他制度的障壁」によって労働市場から排除されていたが、こうした規範が変化するにつれて、労働力に大量参入するようになった。

こうした変化の大部分は、特に教育水準の高い女性では、避妊革命による教育とキャリアで長期計画を立てられるようになったことでもたらされた。ゴールディンのノーベル賞を伝えるプレスリリースには、彼女の功績が以下のように要約されている。「ピルによって女性は自身の将来をよりよく計画できるようになった。(…)女性に、教育やキャリアに投資する新しいインセンティブを与えたのである」。ゴールディンは、ラリー・カッツとの2002年の論文で示したのが、未婚女性にピルを入手できるようにした法律は、女性の平均初産年齢を上昇させ、長期の専門教育を受ける割合を増加させたことである(Goldin and Katz 2002)。

ゴールディンのジェンダーギャップと、一般的格差についての研究の多くでは、教育の役割に焦点が当てられており、おそらくこのことが彼女を当然のように、完璧な教師にして、助言者にして、指導者にしたのである。

若い大学院生だった頃に、クラウディア・ゴールディンのように並外れ、洞察力に富み、好奇心旺盛な学者と日常的に交流できたことを、どれほどの幸運だったかを我々は噛み締めている。パーティションで区切られた我々の研究スペースは、全米経済研究所(NBER)にあったゴールディンのオフィスの近くにあった。我々は、喫茶室で語り合うのが大好きだった。そこでは、彼女はベーグルをかじりながら、ニューヨーク・タイムズ紙に目を通し、世界で何が起こっているのか、なぜ物事はこうして組織化されるのか、世界はいかに滑稽で奇妙なものとなりうるのかについて、非常に鋭い質問を問うてきたものだった。

ゴールディングが『ジェンダー・ギャップを理解する』を書いている時、ゲイリー・ベッカーとディック・イースターリンを肩にのせていたのなら、我々は、自身の学術的著述や学生にアドバイスする際に、彼女を常に肩にのせているのだ。学生に助言する際には、いつでもゴールディングを肩にのせることになるだろう。そして、今ではよくアドバイシー・ミーティングを一緒にするが、そこで彼女は、学術的な厳格さ、対人関係への配慮と好奇心、狂気じみユーモアを組み合わせていることを思い起こす(我々にとって最高の日々だ!)

ゴールディンが、論文の余白に赤でマークしてくれたコメントを、我々はいつ何時でも心に留めている。その中には、忘れがたい文法のヒント(「sinceは常に時間と対応する!」、「whileをalthoughの意味で使ってはならない!」等)が多く含まれていた。そして、ゴールディンが、我々を、学生としてだけではなく、家族や悩みや責任を抱えた一人の人間として気遣ってくれたことに永遠の感謝を捧げたい。

ゴールディンの指導は、博士号取得のアドバイスに留まらなかった。彼女は、25年以上にわたって、NBERでDevelopment of the American Economy(DAE)のプログラムを主導した。この期間、NBERのワーキングペーパーは全般的に驚くほど堅調に伸びた。それでも、このグループでの親密さは失われなかった。

我々は、ゴールディンによる指導の経験を、彼女が指導した多くの学生や名誉学生、そして彼女の指導によって花開いた経済史の全分野と共有できることを光栄に思う。そして、ゴールディンの知的影響が、ジェンダー・ギャップについての研究をはるかに超えていることを証明できたと願っているが、同時に彼女が無数の女性に経済学の研究をするよう促したことは否定できない。我々は、その女性の一人であることを非常に幸運に思う。

参考文献

Goldin, C (1990), Understanding the Gender Gap: An Economic History of American Women, NBER/Oxford University Press.

Goldin, C (1998), “America’s Graduation from High School: The Evolution and Spread of Secondary Schooling in the Twentieth Century”, Journal of Economic History 58(2): 345-74.

Goldin, C, and LF Katz (1998), “The Origins of Technology-Skill Complementarity”, Quarterly Journal of Economics 113(3): 693-732.

Goldin, C, and LF Katz (2002), “The Power of the Pill: Oral Contraceptives and Women’s Career and Marriage Decisions”, Journal of Political Economy 110(4): 730-70.

Goldin, C, and LF Katz (2008), The Race Between Education and Technology, Harvard University Press.

Goldin, C, and RA Margo (1992) “The Great Compression: The Wage Structure in the United States at Mid-century”, Quarterly Journal of Economics 107(1): 1-34.

〔Leah Boustan&Ilyana Kuziemko, “Claudia Goldin, Nobel laureate: Gender gaps and the broader agenda on inequality” VOXEU, 24 Oct 2023〕

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2 comments
  1. 「whileをthoughtの意味で使ってはならない!」の部分は、「whileをalthoughの意味で使ってはならない!」だと思います

    1. ありがとうございます。反映させました。また何かあればご指摘いただけると幸いです。

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