
AI がモノになるとしても,そして,すごく急速に採用がすすんだとしても,利益はうまないかもしれない
実は,AIバブルとその崩壊の可能性についてはすでにたくさん記事を書いてきた.8月には,データーセンターの資金調達をプライベートクレジットで行うと,いざバブルが崩壊したときに金融危機につながりかねないおそれがあるんじゃないかと論じた.続いて,収益性についての記事を書いて,AI 業界はみんなの予想よりもずっと競争が激しいかもしれないという考えを投げかけてみた.10月には,AI がアメリカ経済を下支えしている状況について書いた.
それでもさらに記事を書こうかなって思い立ったのは,ほぼすべての AI バブルに関する論議で,決定的に重要なシナリオが取り上げられずにいるのを目にしているからだ.
一連の記事を書いてから,「いまの AI はバブルだ,もうじき弾けるぞ」という世間の考えは強まる一方だ.業界の著名人の多くも,そういう考えを語っている:
「AI の一部は,おそらくバブルでしょう」――そう発言したのは,Google DeepMind CEO のデミス・ハサビスだ.Axios の AI+ サミットで,同社のマイク・アレンに語った.だが,ハサビスはこうも言い添えた.「1 か 0 かではありません(…).AI が市場もっとも大きな変革をもたらす技術だと,私は他の誰よりも信じています.やがて,この現状は十分以上に正当化されるはずです.(…)
一方,OpenAI 取締役会長で Sierra 共同創設者のブレット・テイラーは同サミットでこう述べた.「[AIを]ガマの油のようなインチキだと切って捨てるのは」あやまちでしょう.」(…)「おそらくはバブルだろう」と認めつつも,テイラーはこうも発言した――バブルが弾けたあとも,企業やアイディアや技術は存続する.「真に生成的な企業は一握りでしょう.」
さらに:
AI バブルが崩壊すれば,あらゆる企業が影響を受けるだろう――Google の親会社 Alphabet の CEO が BBC に語った(…).BBC News の独占インタビューに応じたサンダー・ピチャイが言うには,人工知能 (AI) 投資の成長は「並外れた勢い」があったものの,現在の AI ブームにはいくらか「非合理」があるという.
市場も,懐疑的になりはじめている.ブルームバーグからチャートを引用しよう:

ぼくが読んだかぎり,AI バブル崩壊について誰もがだいたい2つのシナリオを語っている.それぞれ,「仮想現実シナリオ」と「鉄道シナリオ」と呼ぼう.順にこれらを取り上げてから,第三のシナリオの話をする.
「仮想現実シナリオ」
ぼくがいう「仮想現実シナリオ」とは,こういうものだ――「いまのかたちの AI が実はあまり有用な技術ではなかった,つまり,少なくともあれほどたくさんの資本支出を正当化するほどには有用でなかった,と判明するシナリオ.」そうなる理由は,AI がハルシネーションを起こしすぎるせいかもしれないし,AI の進歩が頭打ちになるからかもしれない.Bloomberg の報道から引用しよう:
データセンターに湯水のごとく注がれる支出には,根強い懐疑論が影を落としている.「AI は本当に儲けになるのか?」 この8月に,さまざまな AI 関連計画に投資した組織の 95% がまったくリターンを得られていないのをMIT の研究者たちが発表すると,投資家たちはざわめいた.(…)もっと最近の例では,AI を使って従業員たちが「AI やっつけ仕事」(workslop) をつくりだしているのをハーバードとスタンフォードの研究者たちが見出している.彼らの定義によれば,「AI によって生成された,立派な仕事のように見えて実は当該のタスクに意味のある進捗をもたらす内実に欠けた成果物」だ.(…)
AI 開発者たちは,それと別の課題にも直面している.OpenAI や(…)Anthropic は,もう何年もいわゆるスケーリング則に賭けている.さらに多くの計算資源・さらに多くのデータ・より大きなモデルによって,AI の性能が飛躍的に向上する道が必ず確保されるという考えだ.(…)だが,この1年でこうした開発者たちは,さらに進歩した AI の構築に多大なコストをかけて取り組みながらも,その成果は収穫逓減を示している.
ようするに,VR 技術におきたのと同類の事態だ.Meta は仮想現実 “Metaverse” の開発に770億ドルを投じたけれど,ゲームは一部のニッチな娯楽での応用をのぞくと,誰も VR なんてほしがらなかった.どんなにヘッドセットがよくても,関係なかった.いま,Meta は降参して Metaverse から軸足を移しつつある [n.1].
ただ,これが AI に起こるかというと,ぼくはそう思わない.もてはやす言葉がさんざん飛び交い始めて10年にもなるというのに,VR 利用者はほんとにわずかしかいない.他方,AI は歴史上のどんな技術よりも急速に採用が進んでいる.もう1年も前の数字だけど,AI を仕事に使っている人は 40% にのぼっていた:

家庭での利用も,同じく急速に進んでいる.
技術が使い物になるときには,人間にはそうとわかるものだ.AI が有用でなかったら,人々はいっときちょっと試してみて,ポイと投げてただろう.ところが,そんなことにはなっていない.なるほど〔AI がもっともらしくデタラメをいう〕ハルシネーションなどの限界はあれこれある.それでも,たいていの人たちは,はじめにちょっと試してみたあとも,ずっと AI を使い続ける理由をなにかしら見出している.
AI ぎらいのみなさんには悪いけど,この技術はホンモノだよ.
進歩が壁にぶち当たる問題について言うと,それはもはや重要問題じゃないと思う.どうやら業界の共通意見 [n.2] は,こんなところらしい――「さらにデータを与えて AI モデルを訓練する面では,規模の拡大は壁に行き当たっている.でも,推論の規模拡大によって AI にできることを改良すること(ようするにユーザーに答える前に「もっとよく考え」させること)はいまも進行中だし,強化学習その他のアルゴリズム技法の改善はまだまだ続きそうだ.」
ただ,これがいま問うべき問いかというと,ちがうと思う.というのも,「よりよいチャットボット」は,AI が価値を生み出せるいろんな方法のひとつでしかないからだ.いろんな AI 応用の世界は,「エージェント」(自ら仕事をする AI)も含めて,まだまだ揺籃期にある.アンドレイ・カーパシーは,この件をうまく語っている.ドワーケシュ・パテルとのインタビューがおすすめだ.
ようするに,AI 構築はまだはじまってもいないんだ.Anthropic は多少やっている――もっぱら AI のビジネス活用に力を注いで,利益も上げている.ただ,AI でつくりだされる実際の技術は,大半がまだ未来の存在だ.それに,今後,その能力が継続して向上しなかったとしても,現状の AI が基盤となって,ものすごく有用な応用法があれやこれやとたくさんつくられてもおかしくない.技術の有用な応用というやつは,たいてい,新しい汎用技術が登場してから数十年たって現れるのが相場だ.
鉄道シナリオ
これが,2つ目のシナリオの話につながる:鉄道シナリオだ.鉄道がものの役に立って利益が上がることときたら,1860年代にとりわけ声高な鉄道推進者たちの想像すら超えていた.ただ,1873年に鉄道はバブル崩壊を迎えている.なぜって,その経済的な便益が現れるのを待たずに,あちこちの鉄道会社の債務が返済期限を迎えてしまったからだ.
この10月に書いた記事から引用しよう:
〔経済規模の〕比率で見ると,1800年代の鉄道網建設はアメリカ史上で断トツ最大の資本支出だった.これに比べれば,AI 産業がいまデータセンターに出している金額なんて小さく見える.1873年に,鉄道関連の融資が大量に破綻すると,金融危機が生じてアメリカ経済は10年にわたる大不況に陥ってしまった.
それでいて,鉄道産業でバタバタと破綻が起きたにもかかわらず,アメリカ国内の鉄道敷設マイル数は,まったく伸びるのをやめなかった――ただ短期間だけ減速しただけで,再び勢いをもどしていったんだよ.(…)つまり,鉄道産業の大破綻が起きてしまった理由は,アメリカが鉄道を建設しすぎたことにはなかった.そもそもつくりすぎていなかった.なにが起きたかと言えば,価値を生み出せるペースを超えてアメリカが鉄道に資金を注ぎすぎてしまったんだ.(…)
小切手なんてササッとかんたんに書けるのを考えてほしい.1860年代ですら,他愛もないことだった――たんに紙切れに銀行家の名前を書き付ければおしまいだった.そういう融資を短期間にどれだけ出せるかに,技術的な限度は基本的になかった.(…)だけど,どれだけ迅速に企業が現実の価値を生み出せるかには制限があった.ある鉄道が利益を出すためには,まず鉄道を建設してから,それで貨物を運ぶのにお金を払ってくれる人たちを見つける必要がある.それには時間がかかる.とくに,鉄道によって可能となる新しい都市・新しい産業・新しいサプライチェーンが生まれるまで,その鉄道の真の経済的な価値は完全に実現しないのだから,なおさら時間がかかる.
ひとつ例をあげよう.有名なシアーズ・カタログだ.これを利用することで,アメリカのどこに暮らしている人でも,鉄道で品物を輸送してもらえるようになった.やがて,シアーズ・カタログによってアメリカの小売業は革命的な変化を起こす.でも,その変化がようやく始まったのは1888年のことだ――1873年の鉄道大破綻から15年も経っている.
「なんでその件が AI にとって重要なの?」 なぜって,いまとりわけ声高に AI の価値を喧伝している人たちの言うとおりの価値をいずれ実際に AI が産み出したとしても――成長を爆上げするだの,ほとんどの生産を自動化できるようになるだのって話が実現したとしても――データセンター「超大手企業(ハイパースケーラー)」たちが借り入れたお金を一文残らず返済できるペースでは実現が進まないかもしれない.その場合,債券や融資の債務不履行の波が発生するだろう.
このシナリオの蓋然性がどれくらいか,ぼくらにはわからない.なぜって,AI の価値創出がどれくらい迅速に増えるかわからないからだ.ただ,金融の側面に着目すると,このシナリオのリスクのざっくりしたあらましくらいはつかめる.
データセンターの建設と運営(AI の主要コスト)を手がけている企業の出費が収入より少なければ,基本的に万事だいじょうぶだ.かりに,キミが所有している会社が毎年 500億ドルの利益をあげていて,データセンターに毎年 400億ドルを支出しているとしよう.もしも AI 相場が破滅的なまでの暴落を起こして投じたお金がぜんぶムダになったとしても,キミは安泰だ.その1年は利幅に打撃を受けるし,自社の株価は下がるけれど,それだけだ.会社はそのまま続けていけばいい.お金を借り入れてデータセンターを建設していた場合でも,そこは変わりない.物事が悪く転がったとはいえ,融資の返済はやっていける.
ところが,年に 700億ドルを支出しているとなると,あやうい.もし暴落が起きたら,融資の返済のために2年くらい赤字を覚悟しないといけないかもしれない.さらに,借り入れと支出がどこかの水準を超えると,倒産の危機がおとずれる.「じゃあ,どのくらいの支出だと危険なのか」というと,明確な決まりはない.あくまで,懸念の度合いが段階的に上がっていくだけだ.
目下,AI 構築の多くは,Google, Microsoft, Amazon, Meta といった巨大 IT 企業によって進められている.こうした企業は,どこも〔AI 以外で〕莫大な利益を上げている [n.3].最近まで,これら「超大手企業(ハイパースケーラー)」は自社の現金で AI への支出を十分にまかなえていた.ただ,支出は増え続けているので,それもあまり長くは続かないかもしれない.このまま支出が増加し続ければ,Amazon など一部の企業は将来のキャッシュフローを担保に借り入れを始めないといけなくなるかもしれない.また,自社でクラウド事業を手がけていない Meta は AI 事業のために他の企業にお金を払うしかないだけ,より大きな危険にさらされるかもしれない.
その一方で,巨額を AI に投資している企業のなかには,自社のポケットからその資金をポンと出せるほど十分な利益を上げていないところもたくさんある.そういう企業は,AI に投資するために大金を借り入れている.そうした企業には,モデル構築の大手も含まれる―― OpenAI, Anthropic, xAI などだ.それに,高収益の巨大事業がケツ持ちをしていない CoreWeave など一部のクラウド事業者も同様だ.これには,さまざまな建設会社やサービスプロバイダーも含まれる.
そうした債務をすべて返済しきるだけの価値を AI がうみだすのに10年以上かかったら,こういう企業の多くは倒産しておかしくない.どんな金融機関から借り入れていたのであれ――プライベートクレジット会社であれ銀行その他であれ――その融資が突如として不良債権になってしまったら大幅に融資を引き締めざるをえなくなるか破綻するかになるかもしれない.そうなったら,AI が引き続き発展していき企業がデータセンターをどんどん建設し続けたとしても,金融危機の引き金が引かれるおそれがある.ちょうど,1873年に鉄道で起きたのと同じことになるだろう.AI そのものは問題なくても,経済と金融システム,そして多くの特定企業が痛手を負うはずだ.
かつて鉄道や通信業界で実際に起きたことを踏まえると,このシナリオは,少なくともかなりありそうなものではある.目下,AI 企業が2030年までに債務を返済できるほど十分な収益を上げられるか,観測筋の多くはすごくあやしんでいる.楽観的な想定をおいたとしてもだ.さっき言ったように,新しい汎用技術の使い方を経済が探り当てるのには,たいてい長い時間がかかる.そして,金融システムは,それまで長く待っていられないかもしれない.
他方,これともちがう3つ目のシナリオがある.そちらはあまり注目されていない.AI がモノになってすごく迅速に価値を創出できたとしても,その価値を手に入れるのは当の AI 企業ではないかもしれない.AI そのものはごくありきたりの利幅の狭い事業になってしまうかもしれない.ちょうど太陽光発電とか……あるいは航空会社みたいになるかもしれない.
第三のシナリオ:航空会社シナリオ
AI バブル崩壊の3つ目のシナリオでは,AI という技術は成功を収めるものの,AI モデルをつくってる会社は,AI が生み出す価値の多くを我が物にできない.
「そんなバカな」と思われるかもしれない――「経済がまるごと依存しているモノがあるとしたら,それを販売する人たちは莫大なお金を手に入れそうなものじゃないか」ってところかな? でも,明らかに事実はそうなってない.経済のありとあらゆるものにとって食料は不可欠だ――食料がなければ,みんな死んでしまう――だけど,農業は競争が激しいので有名だし,利益の上がりにくいことときたら,政府による支援がなければそうそう利益を上げられないほどだ.太陽光発電は全世界に電力を供給する見込みが大きいけれど,それを手がけている企業はとりたてて利益を上げていない.
食料と太陽光発電の例を出したのは,AI が完全に必要不可欠でありながら完全にありきたりなものになってしまった世界を類推してもらうためだ.というか,小規模なオープンソース・モデルが大手研究機関のモデルに匹敵する出来になったら,それこそが類例になるだろうと思う.ただ,少数の企業が――OpenAI, Anthropic, Google, etc. が――今後もモデル構築の分野で圧倒的シェアを保持しつづけたとしても,だからといってそういう企業のどこがが自社モデル構築から大きな利益を上げるとはかぎらない.
低利益率の寡占市場のもっといい類例をあげるなら,航空業界だろう [n.4].航空会社はそんなにたくさんない.それに,航空業界は資本集約的で技術面が複雑だ.それでいて,航空会社のどれひとつとして,大して利益を上げていない.なぜかといえば,競争があるからだ――航空会社はどれも似たり寄ったりで,あっちの航空会社からこっちの航空会社に難なく乗り換えられる.このため,激しい価格競争が起こり,お互いにしのぎを削りあったあげく,利益率はゼロ近くになっている.もし航空会社が自前の空港を所有して特定の都市を経由する旅客便を独占できたら話は別だけれど,(ありがたいことに)そうなってはいない.そうなれないんだ.
というわけで,航空便は現代経済を大いに支えているけれど,どこも航空便を提供することで巨大な利益を上げてはいない.空の便を必要とする社会の需要でお金を儲けている人たちはたしかにいる.でも,それは当の航空会社ではないんだよ――利益を上げているのは,航空機の製造企業だったり,その部品メーカーだったり,空港の管理運営企業だったりする.こうした企業の利益率の方がずっと堅調だ.
AI ラボが航空会社のような存在になってもおかしくはない――誰もが利用するきわめて重要な製品をつくりだしてこそいるけれど,お互いにしのぎを削りあったあげくにどこも利益率がゼロに近づいてしまう可能性はある.そういう世界では,AI がもたらす巨大な価値をつかんで我が物にするのは,ツールをつくっている企業だったり(Nvidia, TSMC, etc.),安価な AI を利用して自分たちのビジネスモデルを改良するいろんな方法を見つけ出すふつうの企業だったり,ネットワーク効果を活用できる応用レイヤーの企業だったりになるだろう.
そういう状況になると誰も彼もが認識したとたんに,AI 業界でバブルがはじけるだろう.というのも,モデルを開発している企業が破綻へ向かって突き進んでいるのが明らかになるだろうからだ.
目下,OpenAI は驚異的な速度で資金をどんどん使っていっている――過去のテックブームでとびきりに浪費の激しかったスタートアップ企業をはるかにしのぐペースでお金を燃やしている:

そうした支出のなかには,OpenAI の株を売却して調達されたお金もある.多くは,お金を借り入れて調達されている.そういうお金を,OpenAI はどうやって返済するんだろう? 売り上げだけでは足りない.営業利益を生み出す必要がある.日々の事業運営が利益を十分に生み出さないかぎり,債務の返済はおぼつかないし,最終的には事業を続けられなくなる.いまのところ,OpenAI は営業赤字を計上している.Anthropic などの競合他社も同様だ.
最近の HSBC による報道では,OpenAI が購入を確約している計算資源すべての費用をはたしてまかなえるのか,疑問を呈している.HSBC の想定と結論を,X ユーザーの HedgieMarkets がこう要約している:
OpenAI が契約済みの計算資源すべての費用を支払えるのかどうかを検証するため,HSBC はモデルを構築した.答えは「支払えない」だ.クラウド計算資源のために,Microsoft に2500億ドルを,Amazon に 380億ドルを払うとOpenAI は確約している(…).HSBC の推計では,OpenAI はデータセンターのレンタル料が年間およそ 6200億ドルにのぼるという.だが,そうしたデータセンターのうち,2030年までに稼働するのは約3分の1にすぎない.(…)HSBC の試算では,OpenAI のレンタル料累積額は 7,920億ドルにのぼり,2033年までには 1兆4000億ドルに達する見込みだ.(…)
HSBC の推計では,累積のフリーキャッシュフローは 2,820億ドルになり,Nvidia からの資金注入と AMD 株の売却による 260億ドルが加わる.また,未引き出しの借入枠 240億ドル,そして現在の流動性 175億ドルがある.これらを合計しても 2,070億ドルの資金不足が生じる.さらに,100億ドルのバッファも安全確保に必要となるだろうと HSBC は考えている.(…)
OpenAI のユーザー数は2023年までに30億人(中国を除く世界の成人人口の 44%)に達すると HSBC は想定している.そのうち 10% が有料サービスを利用する顧客になると想定している.現時点は 5% が有料ユーザーだ.OpenAI はデジタル広告の 2% を獲得すると HSBC は想定している.企業 AI は年間に 3860億ドルの収益を産み出すとも HSBC は想定している.こうした想定どおりに進んだとしても,OpenAI はその費用をまかなえない.HSBC がモデルをたてうる最良のシナリオでも,2070億ドルの資金不足が生じる.[強調は引用者によるもの]
こうした想定には,「OpenAI は自社製品にもっと多くの料金を請求できないだろう」という考えが組み込まれている.もしも単純に OpenAI が価格を引き上げ〔て,それだけですんだとし〕たら,売上高を増やして営業利益を押し上げられて,問題なくやっていける.なので,この悲観的な HSBC の報告では,暗黙裏にこう想定しているわけだ――「AI 産業はひきつづき競争が激しいままでありつづける.」つまり,Google, Anthropic, xAI, DeepSeek などとの競争があるために,OpenAI は価格を大幅に引き上げられないと想定されているんだ.
そこで,OpenAI その他のモデル構築を手がけている各社が自社製品の価格を引き上げられないかもしれない理由について,ちょっと考えてみよう.
なんで AI は利益にならないの?(あるいは,どうしたら利益を生むの?)
「ソフトウェア企業は儲かる――すごく儲かる」という考えはアメリカ人に染みついている.2024年の Microsoft の純利益率は 36% で,その営業利益率は 45% だった.Google は,それぞれ約 30% と 32% だった.多くの人たちは,とにかくこう思い込んでる.「AI 業界で一社か二社が圧倒的シェアをとって,高い利益率を稼ぐようになるんだろう.」 ちょうど,検索で Goolge が勝ち,ソーシャルネットワークで Meta が勝ち,電子商取引で Amazon が買ったのと同じ構図になると見込んでいる.[n.5]
でも,それはいい想定じゃないかもしれない.伝統的に,大半の産業ではこういう高い利益率にはなってないし,大半の部門ではどこか一社が圧倒的シェアをとる状況になっていない.典型的に,複数企業どうしが競争することで利益は下がる.
「ソフトウェアだとこんなに高い利益率になりがちな理由はなんなの?」 それは,ネットワーク効果と大いに関係がある.みんなが Instagram や Facebook を使い続けてるのは,べつにこれらが最良の製品だからじゃなくて,自分の知り合いたちも Instagram や Facebook にいるからだ.いろんなストアが Amazon に商品を置くのも,そこに顧客が集まっているからだ.一方,顧客たちも,なんで Amazon で買い物をするかといえば,そこにいろんなストアが商品を置いてるからだ.旅行者が Airbnb で検索するのは,貸部屋がそこに並んでいるからだし,部屋を貸したい人たちが Airbnb に登録するのも旅行者がそこで検索するからだ――などなど.ネットワーク効果は,利用者が競合他社に「乗り換える」のを難しくする重要な「濠(モート)」になる.すると,その業界で競争が制限されて,ネットワーク効果を獲得したところが巨大な利益を上げる.
ソフトウェア産業には,ネットワーク効果がたくさんある [n.6].2010年代序盤にはじまった第二次テック系ブームでは,投資家や起業家はとにかくこう決めてかかってる場合がよくあった――「現代経済では,なんでもかんでも「勝者総取り」あるいは「勝者ほぼ総取り」になる.」
ソフトウェア企業は,強力なネットワーク効果をもつ産業を活用するのにすごく長けている.なぜなら,ソフトウェア企業は間接費がとても低いからだ.とくにクラウドコンピューティングの時代には,ソフトウェアをつくるのに本当に必要になる生産「資本」は人的資本だけだ――つまり,本当に必要なのはソフトウェアエンジニアたちだけだ.2010年代に,アメリカの投資家・起業家にはすっかりこういう考えが染みついていた.「ソフトウェア企業は大金を稼ぐために大金を費やさなくていい――とにかくどこかの分野を勝ち取りさえすれば,無限にお金を産み出すマシーンになれる.」
AI 産業も同様になると決めてかかってる人たちは多そうだ.でも,そうじゃないとしたら?
大規模言語モデルになんらかのネットワーク効果があるかというと,はっきりしない.ユーザーのフィードバックによって LLM がそんなによくなるわけでもないから,「自分は ChatGPT と Gemini のどちらを使うべきか」というとき,他の人たちが ChatGPT と Gemini のどちらを使っていようと関わりがない.それに,切り替えコストは低い.今日たまたま ChatGPT のウェブサイトが使い物にならなかったんだけど,ぼくはただ Gemini を開いて作業にとりかかるだけのことだった.いろんな LLM ごとに性格や能力はちょっとずつちがっているけれど,インターフェイスは基本的にどれでも同じだ.
実際,大手 LLM どうしの競争がすでにリアルタイムで起きてるのが見てとれる.この数ヶ月ほど,Google Gemini のダウンロード数はほぼ ChatGPT と互角なところまで急増している.Gemini の報告では,月間アクティブユーザーの増加数はすでに ChatGPT を追い抜いている:

もちろん,そうやって増えたユーザーの一部は,ヨソから切り替えた人たちじゃなくて新しく AI を使いはじめた人たちだろうけど,これを見ると,AI 業界での「リード」がいかに崩れやすいかよくわかる.
AI の応用が本格的に進んだとしても,具体的にどこの AI 企業が Microsoft や Apple みたいな圧倒的シェアをもつプラットフォームになるのかは定かじゃない.iPhone や Windows みたいにハードウェア一つあたりにただ一つだけのアプリ・エコシステムしか許されないデバイスが出てくるとも思えない.他でもない LLM によってコーディングはいっそう安上がりになるだろうから,きっと,同じソフトウェアを大手 LLM のどれでも使えるようにいろんなバージョンを揃えるのは,応用レイヤーのソフトウェア企業にとって大した問題ではないはずだ.
ネットワーク効果がないとしたら,いったい,人々が競合他社に乗り換えるのを防ぐ「濠(モート)」として AI 企業が利用できるのは何だろう? 8月の記事では,この点について思案をめぐらせてみた.
AI 業界アナリストの大半の共通見解では,AI が依拠する生産要素は基本的に3つある:人材・データ・計算資源だ.このうち,自然な制限を受けているのはどれだろう?
最優秀の人材は,定義によりかぎられている――「最優秀」AI 研究者・エンジニアはとにかく最良の人たちを探し当てれば「この人たちです」と特定される.ただ,競争力のある製品をつくるために本当に最優秀の AI 研究者・エンジニアが必要なのかというと,よくわからない.中国の DeepSeek はヘッジファンドから生まれた――世界屈指の最優秀 AI 研究者たちが結集してる場ではない.それでも DeepSeek は世界レベルで競える AI ラボになっている.このことから,報酬が十分に大きければ,高頻度取引その他の数学の比重がとても大きい業界ではたらく利発な人たちがそろって AI 分野に飛び込むらしいことがうかがえる.それに加えて,AI そのものが中堅エンジニア・研究者たちが最高クラスの研究所と同等の成果を出す助けになる可能性もある.
データはと言えば,たしかに一部の AI 応用法では非公開データが競争の優位をもたらしたり大量の重要データを実際に収集して囲い込める場合はある.ただ,最重要なタイプの AI,つまり大規模言語モデルは,大半が公開のインターネットから得られるデータに依拠している.それに,そういうデータすべてを利用できない場合にも,代替のモデル訓練手法を使えば少なくともしばらくは同程度の成果を得られることが,DeepSeek などによって証明済みだ.
すると,残るは計算資源だ.さて,計算資源とは一種の物理的な資本に他ならない――GPU を増産してデータセンターにもっとたくさん組み込んでやれば,計算資源は増える.人材もデータも最終的には潤沢だとなれば,AI は伝統的なソフトウェア産業とはひと味違ってくる.むしろ,昔ながらの製造業に近くなる.GPU とは,AI をつくる工作機械に他ならない.金属をプレスして自動車のカタチに成形する機械にひとしい.
伝統的に大きな利益の源泉になっている大きな要素が,もうひとつある.それは,固定費だ.資本が稀少で,新しい会社をおこすコストがすごく高くつくとき,これは参入障壁として機能しうる――新しいトップクラス自動車企業がそうそう登場しないのを見ればいい.
前に AI の利益について書いた記事では,この点を軽く見てすませていた.「こんなにたくさんの資本が AI に投入されているんだから資本の希少性については考えるにおよばないだろう」と想定していた.でも,AI 企業楽観論者の人たちとたくさん話してみると,OpenAI みたいな企業が将来利益を生むようになると予想する理由に彼らは固定費をよく挙げる.たとえば,OpenAI の財務状況を擁護する記事で,ティモシー・B・リーは,こう主張してる――そのコストの多くは一度きりの支出であって,やがては消えていく:
どうやら,2024年に OpenAI があげた収益は約40億ドル,その支出は約90億ドルで,純損失が50億ドルだったという報道からジトロンは外挿しているらしい(…).だが,この90億ドルの支出に含まれているのは推論コストだけではないんだよ! ここには,新モデルの訓練コストから従業員の給与,本社の家賃まで,ありとあらゆるものが含まれている.つまり,「90億ドル」の多くは間接費であって,OpenAI の収益が増えたときにそれに比例して増えるとはかぎらない.
つまり,「モデル訓練の支出はいずれ消えていく固定費で,モデル構築をてがける企業はコストを下げて営業利益をあげられるようになっていく」という明るい見通しを立てているわけだ.
だけど,実際にそうなるとぼくは思わない.この見通しでは,モデル訓練コストが一度きりのコストで,ちょうど自動車工場のように,いったんできあがれば競合他社に対する壕(モート)になると想定されているからだ.これの正しさをぼくはすごく疑っている.この数年で AI 技術がどう発展してきたかを考えると,世界の2つの状態を思い描ける:
- 状態 1: AI が安定して改良を続ける.
- 状態 2: AI の性能が頭打ちになる.
状態 1 では,OpenAI などの企業は次から次にひたすらモデルの訓練にお金を注ぎ込み続けるのをやめられない.この状態の世界では,モデル訓練費用はむしろ経常費用に近い――つまり,資本的費用よりも運営費用に近い.いま OpenAI が利益を上げていないんだったら,いま取り組んでるモデル訓練がいつか終わったら利益が上がるようになると考える理由なんてない.なぜって,いまの訓練が終わったら,また次のモデルの訓練に取りかからないといけないからだ.このコストはいつまでたってもなくならない.
状態 2 では,OpenAI などモデル構築を手がけている企業は,いずれモデル訓練にお金をかけなくてよくなる.だけど,もしも AI の進歩が頭打ちになったら,他の研究所もいずれ追いついてきて,当初どんな技術的な優位を OpenAI が有していようと,その差は消えてしまう.無数の企業が同じ製品を提供できる世界では,そうした企業のどれひとつとして,そうそう利益を上げられないはずだ.
というわけで,どこかの時点で OpenAI が訓練コストをかけなくてよくなって,そのあとは利益を上げるようになる世界は,ちょっと考えにくい.
だからって,OpenAI には破滅の道しかないと思ってるわけでもないよ――こういうシナリオは,どれもいろんな変数がある.なにかしら楽観的にそういう変数を設定すれば,いま借り入れているお金を返済できるようになるパターンも見つかるかもしれない.ただ,最先端 AI モデルづくりがいっこうに大した利益を上げないままになる可能性を誰も彼もが軽視しているようにぼくは思う.
もしこれが当たってたなら,金融業界がいっせいにこのことに気づいて,「自分が OpenAI などの企業に貸し付けているお金は回収されない」と悟る瞬間がやってくるだろう.もし資金提供の蛇口が閉められたら,OpenAI は倒産するか大幅な事業縮小を余儀なくされておかしくない.
そうなったら,AI 部門のバブル崩壊が起こると予想される.業界全体で期待がリセットされ,建設は一時的に減速するだろう.すると,不良債権の連鎖に見舞われてアメリカの金融システムは圧迫され,ひいてはアメリカ経済を減速させることにもなりかねない.
この第三の「航空会社シナリオ」が示す可能性を,大半の観測筋は無視しているとぼくは思っている.「仮想現実シナリオ」や「鉄道シナリオ」に注意を向けている人たちですら,この3つめのシナリオを見落としているように思う.もしも AI バブル崩壊が起きたとしたら,その理由は必ずしも AI 技術そのものの特徴にはなくて,業界の競争構造の方に理由があるかもしれない.ソフトウェア時代を過ごすうちに,ぼくらは競争について考える習慣をなくしてしまった.でも,ときに競争がすごく重要になる場合はまだまだあるんだよ.
原註
[n.1] 同じことは暗号通貨にも部分的に起きているという主張もできそうだ.暗号通貨は犯罪や汚職の世界でこそたくさんの用途を見いだしている――ランサムウェア,薬物購入,資本規制の回避,汚職政治家への不正送金には使える.でも,これらはすべて規制の隙間をついた規制裁定でしかない.まっとうな商取引では,暗号通貨はエクセル表計算で処理できない広い用途をまだ見いだしていない.
[n.2] こういうことを言うと本物のジャーナリズムをやるリスクを冒すことになるけれど,大勢の業界の人たちと話をしてみたかぎりだと,彼らはこの点に同意している.
[n.3] 人々がよく語っているのは利益ではなくてフリーキャッシュフローである点に留意.この2つはかなりの相関を示す傾向がある.
[n.4] この類例はマット・イグレシアスから得た.
[n.5] Microsoft や Amazon もクラウドコンピューティングから大きな利益を上げている点に留意.
[n.6] 理由をひとつあげると,インターネットはネットワークであり,その上に別のネットワークを簡単につくりだせる点がある(たとえば Facebook のソーシャルグラフ).ほかにもいろんな理由があるけれど,大半はソフトウェアどうしの統合に関連している.
[Noah Smith, “The AI bust scenario that no one is talking about,” Noahpinion, December 9, 2025; translation by optical_frog]