アダム・トゥーズ「戦場での成功と、ウクライナ国内経済の逼迫」(2022年9月10日)

ウクライナの同盟国が財政支援を強化しない限り、ウクライナ国内では、社会的・政治的危機が発生し、戦場での進展に関係なく、ウクライナ政府による戦争の継続が困難となる恐れが大きい。

Chartbook #149: Success on the battlefield whilst the pressure mounts on Ukraine’s home front.
Posted by Adam Tooze on Sep 10, 2022

前線での出来事は、ウクライナにとって吉報かもれない。しかし、夏の終わりが近づく今、ウクライナ経済への懸念度合いは強まっている。ロシアの侵攻は、ウクライナ経済に壊滅的な打撃を与えた。財政状況は急悪化し、インフレは高進し、何百万人もの市民を苦難と困窮に追いやっている。ウクライナの同盟国が財政支援を強化しない限り、ウクライナ国内では、社会的・政治的危機が発生し、戦場での進展に関係なく、ウクライナ政府による戦争の継続が困難となる恐れが大きい。

ウクライナ政府、世界銀行、欧州委員会がまとめた共同報告書には、こうした暗い見通しが示されている。

この報告書は、ウクライナの長期的な復興に必要な資金を取りまとめることを主な目的としたものだ。よって、住宅やインフラの被害状況や、汚染除去の必要性などを示す図表が印象的にまとめられている。

総被害額

ウクライナの復旧・復興に必要な費用は、緊急・短期で1,040億ドル、長期で2,430億ドルとされている。

復旧・復興に必要な費用

7月のスイス、ルガーノでの復興会議で発表されたように、ウクライナ政府は2032年までの復興計画を見込んでおり、復興と近代化のために総額7,500億ドルの支出を予定している。

ウクライナの復旧プラン

しかし、ウクライナが、これからの数週間・数ヶ月にかけて直面するであろう絶望的な経済・社会的状況を考えると、この2032年や2025年の想定した長期計画は、絵に描いた餅に終わる可能性がある。

春にウクライナ経済が受けた打撃は、壊滅的なものだった。3月、ロシアによる攻撃は、10つの州とキーウを巻き込んでいる。この地域のGDPを合計すると、戦前の総GDPの55%となる。今も戦前の総GDPの30%近くに当たる地域で戦闘が続けられている。

2020年のウクライナの地域別GDP

目下のウクライナのGDPは、ロシアの攻撃によって2022年第1四半期で、前年同期比で15.1%減少し、3月には45%もの大幅な減少となった。第2四半期には、年率換算で37%の縮小が計測されている。このGDPの縮小は、2014年から2015年の〔ロシアによるクリミア侵攻で〕ウクライナが被ったショックよりはるかに酷い。8月になり若干の回復の兆候が見られたため、ウクライナ政府は現在、今年度全体の景気後退を33%台と推測している。

〔ロシアの侵攻によるGDP悪化〕

一連のGDPの数値は劇的だ。しかし、抽象的な数値でもある。経済活動をより具体的に把握する方法として、夜間照明の観察記録がある。2022年の春には、ウクライナ全土で照明が消えている。

〔都市ごとの照明水準の推移〕

夜間照明は、経済活動の全体水準を示す優れた指標だ。しかし、〔世界銀行の〕RDNA(Rapid Damage and Needs Assessment:即時被害と必要支援評価)の報告書が指摘しているように、戦時中の照明を観察記録をして扱うには注意が必要である。

(市民の多くが夜間には地下室に隠れるため)戦時のような場合には、夜間照明の明るさは、電力サービスへのアクセスの直接的な指標とならない。しかし、一部の都市に限れば、電力へのアクセス喪失を示す指標として有効である。図22で示すように、ブチャとイルピンでは、3月から4月にかけてほとどの街頭が完全に消灯している。キーウは、減少が穏やかで、4月以降になると安定している。

数値としてのGDPの重要性を理解する別の方法に、その国の貧しさの水準が分かることがある。

戦前のウクライナは中進国であり、成長の実績に乏しい国だった。しかし、ソ連邦から独立した国家としては、異常なまでに大規模な福祉ネットワークを持っていた国家でもあった。ウクライナでは、1/4が老齢年金を受給しており、主要なセーフティネットとなっている。

この充実した福祉ネットワークによって、一人当たりの所得が一日で5.5ドル以下となるような深刻な貧困層は、ウクライナではほぼ存在していなかった。しかし戦争の影響によって、この貧困ライン以下のウクライナ人の割合は十倍に増加し、2022年には少なくとも総人口の21%に達すると予想されている。戦争の影響を受けた地域では、貧困率がさらに高くなる可能性が高い。現在、戦争の中心となっているケルソンスカ州では、食料価格が62%高騰し、貧困率が急上昇している。

ウクライナの総人口4.400万人の大半は、戦争によって普通の生活を一変させられた。

ウクライナ市民の1/3が、戦争で住居を失っている。680万人以上のウクライナ市民が国外に逃れ、そのほとんどは女性と子供だ。※4 推定で660万人に達した国内避難民は、先月から減少傾向にある。※5 多くの人が、出身地から離れての一次避難を余儀なくされている。※6 国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、清潔な水、食料、公衆衛生、電気などの主要なサービスへのアクセスは低下しており、1,770万人が人道的支援を必要としているため、人道的状況は急速に悪化している。

国内避難民の大半は自活できておらず、非常に深刻な社会的危機が生じている。

この危機に対処するため、政府組織が適切に機能しなければならない。たしかにウクライナは、社会的対策のための緻密なネットワークを持っている。しかし、そうした機関やネットワークや制度は予算を必要としており、予算提供は危うい状況にある。

戦争が始まって以来、ウクライナの税収は大幅に悪化しているが、公共支出は急増している。

実質での歳入と政府支出の推移

開戦後、軍事費は4.5倍に急増しており、ウクライナ政府は軍事費以外の予算を削減しようと苦慮している。

政府支出の内容

不必要な経常的支出は前年比で78%削減されている。しかし、大規模な見直しには程遠い。設備投資は前年同期比で61%削減されている。しかし、戦時下での緊縮財政には限界がある。3月から5月にかけて、ウクライナの公的セクターへの賃金・給与の支出は、緊急医療の従事者や、ファースト・レスポンダー(救急車の隊員等、災害・事故・戦争での負傷者に最初に対応する人)を含め、急増している。また、基礎的な復旧作業のために必要な物資やサービスの調達や、移転や社会的保護の支出も増加した。最終的に、不必要分野の削減を行ったにもかからず、支出の急増と税収の減少によって、2022年後半には、150億ドルを超える非軍事部門での財政需要が生じている。これは、国内債務をロールオーバーし、対外債務の償却を2年延期して、債務返済額の減額に務めたウクライナ政府の処置を考慮した上での数値だ。軍事費と当面の復興需要を想定すると、ウクライナが必要としている財政資金の総額は、2022年下半期には、288億ドル(月額で48億ドル)に達する可能性がある。

この資金不足の一部を補うため、ウクライナ国立銀行は、財政赤字のマネタイズに踏み切っている。6月末の時点で、国立銀行は、77億ドル以上の財政需要をマネタイズした。

結果、財政赤字は解消されたが、同時にインフレは加速している。8月のウクライナのインフレ率は前年同月比で23%上昇した。この比率は2月のインフレ率の2倍以上の数値だ。年末までには、インフレ率は30%に達するかもしれないと、国立銀行は警告している。

現状が続けば、最悪事に至るだろう。

財政赤字のマネタイゼーションが続くと、インフレは上昇し、低・中所得世帯の購買力は低下し、2022年末には貧困率が34%に上昇する可能性がある。これは2000年初頭以来の水準だ。以降、非常に高いインフレを避けるためにマネタイゼーションの水準を削減するとすれば、大幅な歳出削減が必要となり、ウクライナ社会の最も脆弱な層に影響を与えてしまうだろう。こうした緊縮財政のシナリオに従えば、貧困率はさらに上昇し、2022年には40%以上、2023年には58%になると予測される。この最悪のシナリオでは、追加で1800万人のウクライナ市民が貧困ライン以下となるだろう。

ウクライナ国立銀行は、インフレの抑制に苦闘しており、政策金利を25%にまで引き上げている。理想的には、戦時国債の安定的に消化するには、潤沢な購買力でできる限り吸収することが望ましい〔訳注:戦時国債の利回りを高くし、魅力的な金融商品とすることで、投資家に安定的に購入できるようにする処置のこと〕。しかし、ゼレンスキー政権は、財政負担の増大を恐れ、国債金利の引き上げに抵抗している。しかし、戦時国債の金利が低すぎると買い手がつかなくなり、中央銀行が戦費をファイナンスせざるをえなくなる。

こうした、財的の圧迫を考慮すると、ウクライナ政府が、外国に助けを求めるは当然だろう。先週、ウクライナ政府は、総額170億ドルの緊急の財政支援パッケージを要請した

これまでのところ、国際社会は、ウクライナの予算要求に対して毎月約15億ドルの提供で応えてきている。これは、かなりの額だが、ウクライナの政府の要求額にはほど遠い。国際社会は2022年末まで約束をしているが、2023年はまだ確定していない。EUは5月に総額90億ヨーロの予算支援に署名したが、まだ10億ユーロしか支払われていない。ウクライナ政府は、毎月50億ドルの赤字を計上しており、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、金曜日にEUによる50億ユーロは「準備中である」と語った。

このウクライナの資金需要の緊急性は、季節の展望によってさらに強まっている。夏が終わりに近づき、ウクライナは今、気温の低下に直面している。ファイナンシャル・タイムズは「イースト・アングリア大の気候研究チームによると、ウクライナの平均気温は通常、夏の20℃から冬にはマイナス3℃にまで下がる。一部の地域では、平均気温はマイナス7℃にまで達する」と報じている。世界銀行の東欧地域ディレクターのアルプ・バネルジは以下のように述べている。

世界銀行は、冬の到来を「非常に懸念」している。「ウクライナが受けた被害は、本当に衝撃的なものでした」とバネルジは言う。「ウクライナの冬は10月15日から始まり、本当に厳しいものになる可能性があります。窓やドアがなくなっている家屋も多く、大量の国内難民を考慮すれば、相当に壊滅的な被害となるかもしれません。」

何百万もの人々が、窓やドアが破損したまま凍てつく冬を迎えるというのは、本当に厳しい見通しだ。国際的な財政支援の劇的な拡大がなければ、ウクライナは全面的な戦争を継続しつつ、国内状況を不安定化させる社会・経済的危機のリスクを冒すという、悲劇的な選択に直面するだろう。もし、ウクライナ政府が〔経済的に〕行き詰まり状態にあるのなら、今の金融政策をめぐる中央銀行と中央政府との間にある高度に専門的な緊張関係が、戦争遂行の管理をめぐる深刻な政治的対立へと拡大する危険性がある。そうなってしまえば、今の悲惨な試練の渦中にウクライナで成し遂げてきた最も顕著な成果の一つである政治的統合が危機にさらされるだろう。

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