ピーター・ターチン「ウクライナ戦争についての予測 その3:中間評価」(2023年7月19日)

紛争の現状について、現在(2023年7月段階)、何が言えるだろうか?

〔訳注:〔訳注:シリーズ記事の「その1」、「その2」、「その4」〕

戦争が始まって16ヶ月、紛争の最終的な結末はまだ不透明である。双方の公式声明は、最終的な勝利への揺るぎない自信を表明し続けている(例えば、「ロシアの戦略的失敗と、ウクライナの確固たる未来」を参照)。しかし、どちらに優位性があるのかについては、データは軍事作戦に従事している専門家によって独占されている。第二回で考察したOLモデルによる予測が適切かどうかについては、終戦後のデータの一般公開まで待たねばならない。もっとも、終戦を迎えても、データは全て公開されないだろう。

紛争の現状について、現在(2023年7月段階)、何が言えるだろうか?

公式の情報源は(プロパガンダの向かう先以外については)信用できない。一例として、2023年6月4日に始まった現在進行中のウクライナの反転攻勢についての2つの評価を紹介しよう。

ウクライナ陸軍司令官オレクサンドル・シルスキー
反攻は計画通りに進んでいる。司令部はバフムトの解放を確信しており、ロシア軍の損失はウクライナ軍の損失の8~10倍である。

死者数の相対的推定値は、評価者によって(そしてどちらを支持するかによって)大きく異なっている。アメリカ当局は、2023年5月の時点で、ロシア側の死者を5万人、負傷者を18万人とし、ウクライナ側の死者を2万人、負傷者を13万人だと推定している。死傷者数の比率は2.5対1となり、OLモデルからの予測と正反対となる。一般的なアメリカの公式見解では、プーチンはウクライナ侵攻という恐ろしい過ちを犯し、ロシアは戦争に負けるだろう、というものだ。こうした意見は、アメリカの主要な新聞のコラムニストや記者だけでなく、現役の政府高官やほとんどの退役将校らに表明されている。例えば、2023年2月、ニューヨーク・タイムズ紙は「急増する死者数は、ロシアの戦術について厳しい洞察を与える」という記事を掲載した。

ウクライナでのロシア側の死傷者数は、20万に達しつつあり、アメリカや西側諸国の当局者によるなら、これはウラジーミル・プーチンの侵攻がいかに無惨なものになったのかを如実に示している。(…)ロシア軍には、必要な物資や補給が不足していると、コリン・H・カール国防次官(政策担当)は述べた。「ロシア側は、迫撃砲が不足している。スタンドオフ型の軍事物資は不足しており、それに代わって、バフムトやソレダルのような場所には、囚人を人海戦術で送り込んで対応している。

しかし、軍歴経験者や元諜報関係者の中には、反対意見もある。こうした立場を取る人には、ダグラス・マクレガー、レイ・マクガバン、ラリー・ジョンソンのような、アメリカの「タカ派的」な外交政策を批判する人らを含んでいる。彼らは〔西側の〕繰り返される公式見解――ロシアは何もかもを使い果たそうとしている――に対して、「ロシアは開戦から16ヶ月間、兵器や軍需品において数的優位を維持してきおり、この先もこの優位性を享受し続けるだろう」と一貫して主張してきた。この優位性の反映として、死傷者の比率はロシアに大きく有利になっているとも、彼らは主張している。むろん、こうした主張は、OLモデルの基礎となっているのと同じロジックである。さらに、こうした元CIAや元軍将校は、現役関係者と同じ情報源にアクセスできるとしている。これらは、一般向けメディアで報道されているものより、正確な情報である可能性が高い。例えば、マクレガーは、5月に、ウクライナの総戦死者数を20万~25万人と推定した。

このように、アメリカ国内では2つの異なる見解がある。政府関係者や主流メディアのような体制側の見解では、ロシアは負けているというものだ。一方で、一握りの反体制派が独自見解を発信している。こうした反主流(「異端」とまでは言わないまでも)の立場では、「ロシアは勝っている」ということになる。この論争に決定的に決着が付くのは、終戦後になるだろう。しかし、反対意見派の見解のほうが現実を捉えているのではないかという指摘もある。

信頼できる直接的なデータがなければ、間接的に損失を推定するための統計的な有効なアプローチがある。私が博士号を取得した生態学では、このアプローチを「標識再捕獲法」と呼んでいる。このアプローチのエッセンスになっているのは、ある量(生態学では通常は個体数)についての、独立した2つの推定値を得ることだ。どちらの推定値も部分的で不完全(個体群の一部しか補足できていない)であっても、一種の三角測量を用いることで、全体的な個体数を推定することができる。

まず、〔ロシアの反プーチンメディアである〕メデューサとメディアゾナと〔イギリスの〕BBCによる共同調査を取り上げる。この共同調査で情報源の一つしているのは、ロシアのローカルニュースやソーシャルメディアで言及された戦死を追跡した死亡記事のデータベースである。もう一つの情報源は、遺言検認登録(Probate Registry)のデータである。どちらも不完全であるが、それぞれ異なる手法であり、これによって死亡記事データベースから漏れている戦死者数を推定することができる(判明したのは1/2)。このアプローチにより、ロシア兵の死者数を47,000人と推定できる(40,000~55,000人の可能性がある)。この計測には、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の犠牲者は含まれておらず、両国を含めると22,000人増える可能性がある。メデューサとメディアゾナは、熱烈な反プーチン・メディアであることに注意(バイアスの可能性がある)。

ウクライナ側の犠牲者の推定は、ロシアのデータ情報源であるWarTearsから入手した。WarTearsは、何らかの理由で連絡が取れなくなったウクライナ軍兵士の親族を支援するためのプロジェクトだ。このデータベースに寄せられた8,500件と、そこからの各兵士の最終的な運命(死亡、負傷、捕虜など)も、データ情報源の一つ目となるだろう。二つ目は、オープンソースを通じて入手した、戦死者、捕虜などのリストである。WarTearsから集められたデータは、メデューサとメディアゾナの時と同じやり方で分析してモデルを構築し、初期の問題を修正するために2回の改良を加えている(現在のモデルはバージョン3だ)。このモデルから推定されるウクライナ側の戦死者数は24万人となる。WarTearsは、親ロシアの匿名情報源であるため、バイアスの可能性がある。

最後に、三つ目の推定としてノア・カールのブログを用いる。彼は、一つ目、二つ目とは別のアプローチを採用している。カールは、ウクライナに拠点を置く世論調査機関であるキーウ国際社会学研究所の世論調査――ウクライナ市民に最近になって友人や近親者が戦死しかどうかを訪ねてたもの――を使用している。「戦争で亡くなった友人や近親者が一人以上いる」と回答した人は63%となっている。カールは次に、16カ国で、「親しい友人や親戚でコロナで亡くなった人がいるかどうか」を訪ねたYouGovの世論調査のデータと、Our World in Dataによるコロナの死亡率データを参照している。これによって、彼は戦死者とコロナ・ウィルス死亡者の関係性を構築している。〔両者を比較分析した〕曲線から、2022年2月24日以降のウクライナ側の死亡者を188,000人であるとカールは推定している(この数値には、軍人と民間人の死者の合算となる)。(カールが自身のブログで考察しているように)この推定には懸念事項が多くあり、この結果には明らかに大きな不確実性がある(仮定によって推定値は、169,000人まで減ったり、209,000人まで増える)。

以上の三つの推定値はいずれも大きな誤差を伴っているが、公式の数値より「異端的な立場を取る元公職従事者」の推定に非常に近い。繰り返しになるが、この評価は予備的・暫定的なものであり、良質のデータが得られれば大幅に変更される可能性がある。しかし、私の見解では、これら現代の利用可能な証拠から、OLモデルの予測が大枠で正しいことを示唆している。

中立の科学的立場から離れると、常人なら〔今回の戦争での〕殺戮の規模に怯えるのも当然だ。双方の死者は数十万人に達し、同様かそれ以上の負傷者が生まれている。この戦争は、人類に計り知れない不幸をもたらしている。

次回の記事では、ここまでのアイデア、モデル、データ(現状で判明している限り)を使用し、戦争の将来の展開を予測できるか検討しよう。

〔訳注:シリーズ記事の「その1」、「その2」、「その4」、「その5」、「その6」〕

〔Peter Turchin, “War in Ukraine III: an Interim Assessment” Cliodynamica, JULY 19, 2023〕

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2 comments
    1. ありがとうございます。反映させました。また何かあればご指摘いただけると幸いです。

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