今週、経済学者のロバート・ソローが99歳で亡くなった。彼はこの分野における巨人であり、彼によってマクロ経済学は無数の方法で再構築され、それを今の僕たちは当たり前のように受け入れている。ソローは多くの重要な分野に携わったんだけど、一番有名な貢献(ノーベル賞の受賞)は、経済成長についてのソロー・モデルだ。なので今回のエントリでは彼を追悼して、ソロー・モデルは、この数十年間――特に中国経済で起こったことを説明するのにどう役立つかについて少し話してみようと思う。
経済はなぜ成長し、成長はなぜ止まるか? この問題は、経済学で一番重要な問題なんじゃないかな。そして、ものすごく難しい問題でもある。成長というのはすごく複雑で、国によって経験は異なっている。比較は本当に難しい。ソロー・モデルは、ものすごくシンプルで、頭の良い中学生なら学ぶことができる。少しだけの変数・パラメーターしかない。こうした単純なモデルは、経済がどのように成長し、なぜ成長するかについての知りたいことを全て教えてくれるわけではないよ。
でも、ソロ―・モデルの驚くべき点は、成長について信じられないほど重要なことをいくつか教えてくれることにあるんだ。私見では、2つの重要な教訓がある。
1.究極的には、物的資本を増やし続ける経済成長は天井に突き当たる
2.物的資本を増やしすぎれば国民を貧しくしてしまう可能性がある。
この2つは非常に重要な教訓だ。なので、ソローのモデルからどうしてこの帰結を導けるかについて基本的なことを確認してみようと思う。このモデルについてもっと詳しく知りたい人は、以下のアレックス・タバロックとMarginal Revolution Universityのスタッフの手による素晴らしい動画解説シリーズを見て欲しい。
まず、基本的なことから説明しよう。ソロー・モデルでは、経済産出量(「生産」もしくは「GDP」と呼ばれる)は、以下の3つからなっていると仮定している。
1.労働(人的労働成果)
2.物的資本(機械、建物、乗り物など)
3.「全要素生産性」(TFP)と呼ばれる謎の量。通常は「A」と略されるが、人によっては技術と紐づけている。
ソロー・モデルで主に扱われている問題は、物的資本が成長にどう影響を与えるかについてだ。物的資本とは、何かを作ったり、経済的な価値を生み出したりするのに役立つものだ。工作機械、工場、オフィスビル、配送バン、高速道路、港湾インフラ、列車なんかが含まれる。個人的に、物的資本で最もイメージしやすいものは工作機械だ。ミシン、ボール盤、旋盤、ナノリソグラフィー装置などだ。なので、僕は普通、物的資本の例に工作機械を挙げている。ソローがモデルを作ったのは1950年代で、当時を振り返ってみると、先進国経済も共産主義経済も、工場やインフラなどに大きな投資をしていたので、物的資本について考えるのは理にかなっていたわけ。
ソローのモデルでは、物的資本がどのように機能するかについて、3つの非常に合理的な仮定を置いている。以下のような仮定だ。
1.貯蓄と投資によって、より多くの物的資本を投入できる。
2.物的資本は時間とともに(一定の割合で)減価償却(価値が低下)する。
3.物的資本は、それだけを増やしていけば収穫逓減(リターンが減少)する。
このうち、最初の仮定が実は一番怪しいんだ。ここで基本的な洞察となっているのは、毎年のGDPから一定額を確保して、それを物的資本として投入できるとしているものだ。例えば、農家が来年の作物を植えるために、トウモロコシの年間収穫量の一定割合を作付け用トウモロコシとして蓄えるようなケースだ。でも、現実の物的資本のほとんどは、作付け用トウモロコシのように機能しない。ミシンを使って、新しいミシンを作ることはできない。なので、ソローが実際に想定しているのは、金融収入の一定割合を確保し、それを資本を増やすために人々への支払いに当てる、といったケースだ。ここでは、ミシンなんかのあらゆる種類の資本が価格によって市場化されていることが基本的に仮定されている。
2番目と、3番目の仮定は非常に単純だ。車や家を所有したことがある人なら、定期的なメンテナンス、維持費、リフォームが必要なことを知っているだろう。経済に資本が多くあれば、その資本の一部は毎年消耗するし、交換しなければならない(ソロー・モデルでは、毎年消耗する分は5%とか7%みたいな、一定のパーセンテージになっている)。老朽化した資本の交換や維持にも費用がかかる。
最後に、資本はそれだけを増やしていけば収益逓減(リターンが減少)していく。つまり、従業員数を一定に保ったまま、機械や建物なんかを増やしても生産量は増えないということ。1人の人間が100台のミシンを同時に操作することを想像してみてほしい。1人で1台のミシンを操作するのと比べると、生産量が100倍には絶対にならない。
ともあれ、物的資本がどのように機能するのかについてこの3つの仮定を置けば、それが経済成長にどのような影響を与えるかについて多くの結論を導くことができる。労働者数を一定に保つとしよう。その場合、物的資本と経済産出量との関係は以下のようになる。
赤い線は、資本が毎年どれだけ減価償却されるかを表している。減価償却は、資本の額によって〔単純比例して〕決まるので、直線となる。10倍の資本があれば、10倍の資本が毎年減価償却されることになる
青い線は、経済が生み出す総生産量だ。上でも述べたように、人の数が一定であれば、物的資本を投入していけば収穫逓減となる(リターンは減少していく)。これが、曲線がお椀のようになっている理由だ。資本を追加投入するごとに、前の追加投入よりも少しずつ追加的な産出量は減少していく。
緑の線は、新しい資本を投入するのにどれだけの生産が必要かを示している。ソロー・モデルでは、国は産出量の一定割合が貯蓄/投資に振り分けられると仮定している。つまり、緑の線は、算出の内から投資された割合(新しい資本として投入するとか、古い資本を維持するために振り分けられた割合)を示している。投資も産出量から回してこなければならないので、これも収穫逓減となる。緑の線が、青い線のようにお椀型に曲がっているのはそのためだ。
では、これらの線は何を物語っているのだろう? 緑の線が、赤い線と交わっている箇所(星印を付けた箇所)は、ある種の均衡を意味している。投資によって経済に入ってくる新しい資本の量と、減価償却によって経済から出ていく古い資本の量が同じになる箇所だ。これは、生物学におけるホメオスタシス(恒常性)に似ている。この箇所が、こうしたモデル化された経済の最終的に落ち着く資本の水準だ。そして、そのすぐ上の青い線の箇所(ここにも星印を付けている)は、この資本水準で実際にどれだけの経済産出量が生み出されるかを示している。
(余談だが、ここでは労働量は固定されたものと仮定して無視している。しかし、ある程度の割合で労働量が増えると仮定し、一人当たりで上のグラフを計算しても、同じ結果が得られる。つまり、労働者一人当たりの資本量は最終的に均衡に達する。)
で、これは経済がどのように成長するかについて何を教えてくれるのだろう? 信じられないくらい重要なことを教えてくれる。それは、減価償却と収穫逓減によって、国は無限に高い生活水準への道を築くことはできないってことだ。もしどんどん〔資本を〕投入し続ければ、ある時点になれば減価償却に圧倒されて、もう投入できなくなってしまう!
これで、中国について考えてみよう。過去40年間、中国は信じられないくらいの物的資本を投入してきた。歴史上、どの国でも見られなかったくらいの圧倒的な量だ。ロボットや機械で埋め尽くされた広大な工場、林立された高層ビルやマンション、張り巡らされた高速道路や高速鉄道、艦隊のような自動車・トラック・バス・船・飛行機を想像してみてほしい。
ソロー・モデルは、中国がなぜこれだけ多くのものを、これだけ速く投入できたかを簡単に簡単に説明してくてれる。他のアジア諸国より、貯蓄率と投資率がはるかに高かったからだ。
中国は大量の物的資本の投入に全力を注いで、経済産出量から国民の消費へはほとんど回さなかった。その結果、非常に急速に成長したわけね。
でも、ソロー・モデルによるなら、こうした成長には限界がある。モデルが予測するように、中国は収穫逓減に直面し始めた。「ゴースト・シティ」の出現、あらゆる産業分野での大規模な生産能力過剰が見られるようになった。中国の資本算出比率(GDPを1ドル増やすために必要なドル換算での資本)は、2007年頃から容赦なく上昇した。
これこそまさに、ソロー・モデルが言うところの収穫逓減だ。
さらに、減価償却も存在している。タワーマンションや高速道路やオフィスビルを大量に建設すれば、いつかはそれを維持しなければならなくなる。特に中国では、長持ちしない安価な材料を使って物を作る傾向にある。工作機械や自動車をここまで大量に作れば、老朽化したものを買い替えるだけでも大変な労力が必要になる。
中国はもう資本償却に苦しんでいるんじゃないかと思う。しかし、減価償却率が一定であるとするソロー・モデルの仮定は、長期的に場合においてのみ正しいという蓋然性がある。なので、国が矢継ぎ早に資本投入している初期には、減価償却はそれほど問題とならない。20年とか30年とか経てば、ピカピカだった物もボロボロになり始める。なので、中国が1900年以降に投入し続けた巨額の資本ストックの減価償却は、多分だけど今後の成長に大きな足かせになるんじゃないかと思う。
ソロー・モデルが予言したように、中国の成長は減速している。
物的資本を蓄積すれば成長が減速することは、ソロー・モデルから得られる大きな洞察の一つだ。もう一つの洞察は、国家が国民所得の多くを貯蓄・投資に回せば、多くの物的資本を実際に投入できるけど、これは国民の窮余化となって現れることだ。
こうなる理由も減価償却なんだ。中国みたいに、国民所得の大部分を貯蓄に回して、そこから投資すれば、膨大な物的資本を投入できる。でも、物的資本を投入すれば投入するほど、将来の維持費がかさむことになる。「黄金律」と呼ばれるポイントがあって、国民所得からの貯蓄・投資が黄金律を超えると、国民は資本の減価償却を見越して、消費をどんどん手控えるようになる。
中国は、ソローの「黄金律」が示す以上の貯蓄と投資を行っているのだろうか? これを判断するのは難しい。でも、正常限界を超えてる国があるとすれば、それは中国だ。ソロー・モデルでは、人口増加率が低いと最適貯蓄率が低くなることに注意してほしい。現在、中国の人口が縮小し、生産年齢人口は急速に減少している。この事実から、ソロー・モデルは、中国の指導者に向けて、国民に消費拡大を促すことを検討すべきことを注意喚起している。
ということで、ソロー・モデルは単純な理論で、ほとんどおもちゃみたいなモデルなんなんだけど、現代史において最も巨大で重要な経済成長の物語についてたくさんのことを教えてくれる。その基礎的な教訓は、中国みたいな矢継ぎ早の〔物的資本の〕投入の有効性には、賞味期限があるってことだ。最終的には、物的資本の蓄積は経済成長にブレーキをかけ、生活水準を低下させる逆効果になることさえある。中国の指導者たちや、中国への投資を検討している企業は、この教訓に耳を傾けるべきなんじゃないかと思う。
もちろん、ソロー・モデルが経済成長について教えてくれないことは山ほどある。その答えをだせない問題のほとんどは、無機質な文字「A」に含まれている。ソローと同世代の人が言っていたように、「A」つまり全要素生産性(TFP)とは、僕たちがいかにわかっていないのかを示す尺度だ。そして、中国の成長鈍化に拍車をかけている要因の一つが、この30年間でTFPが無慈悲なまでに低下していることにある。
今もって中国の所得はアメリカの1/3にも満たない。中国の成長率が先進国水準にまで減速すれば、それは豊かな国々の1/3にしか到達できなかったことになって、中国の経済システムの大失敗を意味するんだ。
まあもっとも、その話は別の機会にゆずろう。地味なソロー・モデルの枠をはるかに超えた話だからだ。ロバート・ソローは天才で、経済的奇跡についてたくさんのことを教えてくれた。それでも国富についてはまだまだ解明されていないことが多い。
[Noah Smith, “What the Solow Model can teach us about China” Noahpinion, December 23, 2023]