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ポール・クルーグマン「機会が失われたら起こること」

Paul Krugman, “What happens when opportunities are lost,” Krugman & Co., January 23, 2014. [“A Hammock In Kentucky?“]


機会が失われたら起こること

by ポール・クルーグマン

Keith Meyer­s/The New York Times Syndicate

Keith Meyer­s/The New York Times Syndicate

『ナショナル・レビュー』が実に面白い記事を掲載してる.ケヴィン・ウィリアムソンがアパラチアの現状について書いた文章で,アパラチア地域の苦境を伝える有益な描写になっている――あと,フードスタンプを交換可能にする方法も述べている.フードスタンプをいったんケースいっぱいの炭酸飲料に交換して,それをさらに現金その他と交換するんだって(記事はここで読める).

ただ,そればかりじゃなくて,この記事には教訓も1つある:ウィリアムソンによれば,大問題なのは政府が依存をつくりだしている方法なんだそうだ.この言い分は,ポール・ライアン的な「セーフティネットは『ハンモック』で貧困者の人生をあまりに安易なものにしてしまう」という考え方だ.

でも,アパラチアに関するもろもろの事実は,ほんとにこの見解を支持してるんだろうか? いいや.それどころか,まさにこの記事で紹介されている事実からして,この見解を支持しちゃいない.

ウィリアムソン氏が知らんぷりしているのは,この地域では経済要因が社会の崩壊を突き進めているかもしれないっていう徴候だ:「この地域を低迷させている破局はなにかと探し求めていくと,やがて,おそるべきストーリーが明らかになる:なにもおきてはいなかったのだ.」

でも,そう言ったそばから彼は矛盾したことを言い始める.炭坑や同地域にかつてあった小規模な製造業の落ち込みにともなってケンタッキー東部の雇用が減少したと言うんだからね.たしかに,あるとき突如としてこの街の主な雇用主が店じまいするようなことはなかった.このプロセスは徐々に進行してきたんだ.

でも,だからどうだっての? アパラチアの現状の土台にあるのは,機会の減少というストーリーだ.ケンタッキーのオウスリーで失業率がどうなっているか,グラフをみてみよう:

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これで人々がフードスタンプをたよるのって意外ですかね?

それに,もしフードスタンプがなかったら彼らはどうするだろう? ウィリアムソン氏は記者として有能なので,さすがにケンタッキー東部では働く意欲さえあればみんな雇用を見つけられてますよ,とは言えずにいる.そのかわりに,彼は言外に「施し」のせいで人々は外にでずに郷里の郡にとどまって依存するようになってしまっていると主張してる.でも,彼が書いているように,郷里から出て行ってる人は多い.それどころか,人々は大挙して出て行っている.(住民人口に関するグラフをみてほしい)

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だから,この地域のモラルハザードはそんなやばそうには見えない.この件は,主に,「地域が経済的な機会を劇的に失ってしまったときどんなことにぶちあたってしまうのか」という話に見える.

そうそう,あと炭酸飲料の話ですがね:すごく貧しい人たちに現物支給で援助しようとすればああいうことは起こるものなんだ.やや貧しいだけの人にフードスタンプをあげれば,その人はその分をぜんぶ食べ物に使おうとするだろう.すごく貧しくて他のほとんど所得がない人にフードスタンプをあげると,その人はその一部をどうにかして現金にして他のことに使おうとする.だからって,別にこの人が助けをもらいすぎているってことにはならない.たんに,食費にかぎらず,なにからなにまでギリギリの状態になっているってだけのことだ.

もっと広い論点に話をもどそう:ウィリアムソン氏の記事をぼくなりに読み解くと,この文章が言ってるのは,ようするに社会学者のウィリアム・ジュリアス・ウィルソンは正しかったってことだ.広く知られているように,ウィルソン氏はこう論じた――都市に暮らす黒人の社会的な困難が生じたのは,彼らの文化になにかその性質からしてわるいものがあったからじゃあなく,都市中心部〔貧しいスラム街〕で雇用機会が干上がってしまったためだ.当然ながら,神を恐れる(そして確実に白人の)アパラチアの人々が雇用機会の喪失に直面したとき,同地域はウィリアムソンが言う「大白人ゲットー」に転じてしまったんだ.

そして,そこからさらにわかるのはこれだ――問題点は,アメリカがいま「たかり屋」の国になりつつあるってことじゃあなくって,同胞の下半分に十分な経済機会を提供しない国になりつつあるってことだ.いや,「下半分」どころか,もしかすると下8割かもしれない.

© The New York Times News Service


Comments

  1. 意図的(あるいは、また原文の編集?)かもしれませんが、”aid in kind” というのは、「現物支給による援助」という意味で、この文脈では「現物支給」のニュアンスは割と重要だと思うので、省略しない方がいいかも、と思いました。

    フードスタンプというのは、食べ物としか交換できない一種の現物支給ですよね。

  2. あと、” inner city” というのは、単なる都市中心部というだけじゃなくて、「貧しいスラム街」というニュアンスを持つことが多いようです。

    ・LDCE

    the part near the middle of a city, especially where the buildings are in a bad condition and the people are poor:

    ・COBUILD

    You use inner city to refer to the areas in or near the centre of a large city where people live and where there are often social and economic problems.

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