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アレックス・タバロック「ソ連捕鯨:20世紀屈指の環境犯罪」(2019年5月22日)

[Alex Tabarrok, “One of the Greatest Environmental Crimes of the 20th Century,” Marginal Revolution, May 22, 2019]

これほど急激に乱獲がなされた例は歴史上にも数えるほどしかない――しかも,全てがほぼ秘密裏になされていた.ソビエト連邦は,1946年の国際捕鯨取締条約の加盟国だった.この条約では,各国が1年当たりに捕鯨できる数量が割り当てられていた.商業捕鯨が1986年に禁止されるまでに,ソ連は南半球でザトウクジラを累計2,710頭を捕獲したと報告していた.実際には,ソ連の船団はその18倍近くのクジラを捕らえていたうえに,ザトウクジラ以外のクジラも数千頭捕獲していた.これは,周到かつ大胆不敵な欺瞞だった:ソ連船団の船長たちは船を偽装し,科学データを改竄し,国際的な監視・取り締まり当局を数十年にもわたって欺いていた.海洋生物学者 Yulia Ivashchenko, Phillip Clapham, Robert Brownell による推計によれば,「20世紀でも最大級の環境犯罪と目される」という.


この一節はパシフィック・スタンダードの Charles Homans による秀逸な記事からの抜粋だ.ソ連は18万頭ほどのクジラを違法に捕らえ,そのうち数種を絶滅寸前にまで追いやった.でも,なんでだろう? すぐさま思い浮かぶ答えは,間違っている:

(…)ソビエト連邦には,クジラ関連製品の需要などほぼなかった.鯨油をしぼるために脂肪が切り取られると,残りは海にうち捨てられて腐るにまかされたり,炉に放り込まれて骨粉にされたりした.骨粉は,農業用の肥料に使われる価値の低い製品だ.食肉処理場や魚肉缶詰工場で,もっと利益の上がる用途に使えない副産物として作られる.(…)では,これほど鯨の用途が乏しい国が,どうしてあれほど多くの鯨を捕獲したのだろう?

本当の答えは,社会主義のもとで合理的な経済的計算が不可能なことについて多くを物語ってくれる(それに,そこまで重要ではないものの,資本主義のもとでも,個々人と社会のインセンティブを一致させるのが困難だったり外部性があったりする場合の重要問題についても物語ってくれる.) 答えが見出されたのは,2008年になってのことだった.この年に,ソ連時代の水産学者アルフレッド・ベルズィンの回顧録が翻訳出版されたんだ.Homans が要点をまとめている:

ベルズィンによれば,ソ連の捕鯨業者はもっぱら鯨を捕獲したと報告するために鯨を捕獲せざるをえなかったのだという.ソ連経済を動かしていた5カ年計画で決められた項目を達成する義務が,彼ら捕鯨業者の動機だった.5カ年計画は,実際に鯨製品にどういう需要があるかをほぼ考慮せずに決定されていた.「なにがなんでも計画を達成するしかないと捕鯨業者たちは承知していた」とベルズィンは記している.『ソビエト・ロシア』紙には,およそソ連体制のまちがいだとベルズィンが考えたものが小宇宙のごとく凝縮されているかに見えたという:非合理,暴虐,犯罪への誘因が,そこには詰まっていた.

ベルズィンの回顧録はここで見つけられる.一読して受ける印象は,苦く冷笑的で可笑しい.

なにがなんでも計画を達成するしかないと捕鯨業者たちは承知していた.鯨を求めて,彼らは沿岸の島々の向こうまではるばる繰り出し,腐ったヒゲクジラを水揚げした.食用にできないことなど,関係なかった.それでも,これを問題視する者はなかった.いかなる代償を払ってもとにかく計画達成あるのみだったのだ.こうして,捕鯨業者たちはひたすら捕鯨に血道を上げた.

なんで腐った鯨なんか持ち帰ったんだろう? 価格がないため,ソビエトは大雑把な項目で計算するしかなかった.とくに,総産出量だ.有名な漫画にこんなのがある.とある釘工場には,「Xトンの釘を生産すべし」と目標が決められた.目標を達成するいちばん簡単な方法は,1本の巨大な釘を生産することだった.この漫画は,ベルズィンも含めて多くの人が証言しているソ連経済の真の問題を例証している.

もうひとつの概念が「総産出量」だった――前記の概念に劣らず恐ろしく,醜悪で,馬鹿馬鹿しい概念だ.いかにも社会主義らしい産物で,他のどんな体制でもありえないだろう.総産出量:実際に生きている生身の存在に誰も関心を抱かないからこそこんなものを考えて,収穫の規模だけを顧慮する.キンタル[100キロ,AT]とメートルトンの単位で数値を報告する.現物が放り出された魚だろうと腐った鯨だろうと,関係ない.

捕鯨業者の実入りはよかったが,捕鯨に駆り立てるこういうインセンティブだけがはたらいていたわけではない.捕鯨産業の歴史は,けして頭から消え去らない:

目標数値を達成または超過した捕鯨船団にはかなりの報酬が与えられ,その業績をソビエトの報道機関で顕彰され,船員たちには巨額の賞与が与えられた.だが,目標未達となると,厳しい帰結が待っていた.船長たちは降格処分を受け,船員たちは解雇された.漁業庁への報告書では,誰の責任なのかが名指しで明記されることもあった.

ソ連船の職員たちは,きっとアレクサンドル・デュドニクの話に親しんでいたはずだ.デュドニクは,第二次世界大戦以前にソ連が唯一保有していた工場船アレウト号の船長をつとめた人物だ.ソ連の捕鯨産業の先駆者として称えられ,共産党で最高の栄誉であるレーニン勲章を1936年に授与されていたが,その翌年に彼の船団は産出目標を達成できなかった.1938年にアレウト船団がウラジオストクに入港するや,デュドニクは秘密警察に逮捕され収監されてしまう.日本の工作員だという嫌疑をかけられ,デュドニクは尋問を受けた.スターリン時代に特有の偏執病が産み出した事例だったとしても,デュドニクの転落はその後数十年にわたって船長たちの脳裏に残り続けた.

いち科学者でありながら,ベルズィンは,どういう人物がソ連体制の頂点に上り詰めたのかを書き記している:

(…)人民委員になる人間と言えば,他に仕事を見つけられない者と相場が決まっていた.べつにかしこくもない割にうぬぼれが強く尊大な人間ばかりで,ひとたび権力の味を知るとその傾向はいっそう強まり,とくに他人に権力をふるうときはますます尊大な態度をとった.党体制の内部でキャリアを築こうと考えていた連中,演台から居丈高に大声で話すことができ,ボスにごまをすり,党の出世階段をすばやく登っていける連中だった.

(…)ロシア人は,ユーモアの才能に長けていて,泣きそうなときにも笑ってみせる(…).[ロシア・ジョークの]一例を引こう:店の陳列棚にいくつか脳みそが並んでいる.そのひとつは,人民委員の脳みそだ.値札を見ると,家畜の脳みそより数倍もする.「なんで人民委員の脳みそはこんなに高いんだ?」と客がたずねる.店員が答えて,「この脳みそ1キロを手に入れるのに,いったい何人の人民委員を屠殺せにゃならんか,知らんのですか?」

体制まるごとが数々の嘘の上に成り立っていたし,嘘の上に成り立たせるしかなかった:

ソ連体制70年にわたって,嘘をうみだす一大産業が創出され,形成され,完成を遂げていった.嘘が奨励・洗練され,人々は嘘を強いられた.芸術でも,映画でも,テレビでも,ラジオでも,新聞でも,いたるところに嘘があった.同僚のひとりがこんなことを言っていた:「なんでワニ口クリップなんか必要なのか,ですって? 通勤途中で『プラウダ』を買うでしょう? そのあと研究所につくまでの道中,もう笑いがこらえきれないんですよ.」 中央統計局の数字も嘘だらけだった.チェルノブイリの事実と称するものも嘘ばかりで,そのおぞましく残酷なことときたら天罰が下ってもよさそうなほどだった.自国の歴史も嘘ばかりで,国の指導者たちの話は自分たちに都合よく改竄されていた.これには,みんな不適な笑いを浮かべて反応した:「実験歴史学の研究所が創設されたってわけだな」

(…)必要があろうとあるまいと,人々は嘘をついていた.もはや,病理的なまでに,あらゆる水準で嘘が横行していた.国際的な水準の見え見えな嘘から(…)こういう素朴ながら誇らしい嘘まで:「ソビエトとは最高って意味だよ.」 ときに,自信満々で馬鹿げたものもあったし,完全にあほらしいものもあった.前者の例を挙げるなら,この詩的な一文がそうだ:「周知の通り,地球の中心はクレムリンである.」 後者の例なら,これがそうだ:「ソ連の国土は歌と踊りで明け暮れる.」 この言葉の意味を考えてみるがいい.ラジオをつけてもコンサートに出かけても,こんな歌が聞こえたものだ:「地主のように,境界のない祖国の土地を人が歩き回る」だの,「ソ連に暮らせるなんて,なんてステキなのでしょう」だの(…).こうした歌が広められた1930年代は,各地に強制収容所がつくられ鉄条網で国土が囲まれていた時代だった(…).

Hat tip: The Browser.

追記: これと密接に関連した話なら,見事な映像と説得力ある物語展開で描かれている HBOのドラマシリーズ『チェルノブイリ』(2019年)を見るといい.


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