アレックス・タバロック 「貿易、経済発展、遺伝的距離」(2013年10月7日)

●Alex Tabarrok, “Trade, Development and Genetic Distance”(Marginal Revolution, October 7, 2013)


貿易は、経済発展を促す。・・・とは言っても、その主要な推進力となるのは、比較優位でもなければ、オーソドックスな「貿易の利益」でもないようだ。むしろ、アダム・スミスポール・ローマーが強調している要因、すなわち、「規模に関する収穫逓増」や「アイデアの伝播」が主要な推進力となっているらしい。貿易は、「規模に関する収穫逓増」を介してイノベーションや研究開発投資を刺激する一方で、海外のアイデア――国内では知られていない新しいアイデア――に触れる機会を提供して、新たなアイデアの伝播を促す可能性があるのだ。

しかしながら、アイデアのやり取り(交換)は、財のやり取り(交換)と比べると、ずっと難しい。例えば、小麦の価格は、19世紀までに世界中でかなりの収斂を見せているが、「手洗い」のようなシンプル極まりないアイデア(pdf)であっても、その伝播にはずっと長い時間がかかる。「女性の権利」、「法の支配」、「法人」といった複雑なアイデアの伝播に関しては、なおさらだ。アイデアの伝播を妨げている障害、それ即ち、経済発展に対する障害。そう言えるわけだ。

Enrico SpolaoreとRomain Wacziargの二人と言えば、経済発展を支える「根底的な」要因(the deep factors)を解明する草分け的な研究に取り組んでいる経済学者タッグだ。そんな二人が着目しているのが、異国人の間の「遺伝的距離」(genetic distance)。アイデアの伝播がどれだけスムーズにいくかを測る指標として、異国人の間の「遺伝的距離」に目が付けられているのだ。本人たちがVOXに研究の概要をまとめた記事を寄稿しているので、 その一部を以下に引用しておこう。

遺伝的距離という指標 [1]訳注;具体的には、対立遺伝子頻度に基づく遺伝的分化尺度(Fst)。詳細は、こちらの論文(pdf)のpp. 2~3、および、2.1節(pp. … Continue readingは、分子時計と似ている。というのも、異国の人々が離れ離れに暮らすようになってから、どれくらいの時間が経過しているかが測られているからである。異国の人々が過去の世代から受け継いだ――途中で突然変異を挟みながらも、旧い世代から新しい世代へと脈々と受け継がれた――(文化的な特徴も含んだ)あらゆる特徴の違いが測られている要約統計量と見なせるわけだ。

我々が立てた仮説は、以下の通り。異国の人々が接触する機会を持とうとすると、離れ離れに暮らしていた間に生まれた特徴の違いが交換の妨げとなる。コミュニケーションの妨げとなる。模倣の妨げとなる。

・・・(省略)・・・我々のモデルによると、任意に選ばれた二国の間の経済発展の程度の違い [2] 訳注;具体的には、1人当たりの国民所得の差。  は、その二国の民が遺伝的距離で測ってどのくらい隔たっているか――絶対的な遺伝的距離――よりも、それぞれの国の民が技術面でフロンティアにある国の民と遺伝的距離で測ってどのくらい隔たっているか――相対的な遺伝的距離――に強く依存することが示唆される。19世紀のヨーロッパにおける産業革命の伝播を例にとると、ギリシャとイタリアの経済発展の程度の違いに関しては、ギリシャ人とイタリア人が遺伝的距離で測ってどのくらい隔たっているかよりも、イタリア人とギリシャ人が遺伝的距離で測って(技術面でフロンティアにある)イギリス人とそれぞれどのくらい隔たっているかがより問題になってくるわけである [3] … Continue reading 。そのことは計量経済学的な検証によっても裏付けられている。任意に選ばれた二国の間の経済発展の程度の違いを説明する上で、技術面でフロンティアにある国の民との相対的な遺伝的距離の効果は、絶対的な遺伝的距離の効果のおよそ3倍の大きさとなっている。どちらの指標もともに説明変数に含めて回帰分析を行うと、相対的な遺伝的距離は統計的に有意なままな一方で、絶対的な遺伝的距離は統計的に有意ではなくなる。相対的な遺伝的距離の効果は、量的に見てかなり大きい。具体的には、技術面でフロンティアにある国(20世紀だと、アメリカ)との相対的な遺伝的距離が1標準偏差だけ隔たっている二国の間の1人当たりの国民所得(対数値)を比べると、1標準偏差のおよそ29%の開きがあるとの結果が得られている。

我々のモデルによると、遺伝的距離の効果は、産業革命のような大規模なイノベーションが発生すると高まる一方で、イノベーションが技術のフロンティア(19世紀においては、イギリス)から周囲の国々に広まるにつれて徐々に小さくなっていくことが予測されるが、歴史的な証拠もその通りになっている。以下に掲げた図は、相対的な遺伝的距離の効果――1820年~2005年のすべての年で所得のデータが利用できる41カ国が対象――の推移を跡付けたものだ。遺伝的距離の効果は、1820年の段階ではほどほどの大きさにとどまっているが、1913年にピークに達すると、その後は徐々に低下している。我々のモデルが予測する通りのパターンを辿っている。

図1.  相対的な遺伝的距離の(標準化された)効果(1820年-2005年)

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References

References
1 訳注;具体的には、対立遺伝子頻度に基づく遺伝的分化尺度(Fst)。詳細は、こちらの論文(pdf)のpp. 2~3、および、2.1節(pp. 6~8)を参照のこと。
2 訳注;具体的には、1人当たりの国民所得の差。
3 訳注;ギリシャとイタリアの1人当たりの国民所得の差は、【イタリア人とイギリス人との遺伝的距離】と【ギリシャ人とイギリス人との遺伝的距離】との差の絶対値――|【イタリア人とイギリス人との遺伝的距離】-【ギリシャ人とイギリス人との遺伝的距離】|――に大きく依存する、ということ。
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