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タイラー・コーエン 「ケインズとフリードマンの違いとは?」(2006年12月1日)

●Tyler Cowen, “How did Friedman differ from Keynes?”(Marginal Revolution, December 1, 2006)


ブラッド・デロング(Brad DeLong)グレゴリー・マンキュー(Greg Mankiw)が、フリードマンとケインズの違いについて洞察力のあるコメントをそれぞれ加えている。マクロ経済学の分野に話を限定すると、フリードマンとケインズの違いはどこにあるんだろうか? 私なりにその違いを列挙すると、以下のようになるだろう。

1. LM曲線が水平になり得る――言い換えると、経済が「流動性の罠」に嵌(はま)る可能性がある――と考えたのがケインズ。そうなる可能性を否定したのがフリードマン。これはフリードマン自身による解釈だが――少なくとも『Milton Friedman’s Monetary Framework(邦訳『フリードマンの貨幣理論-その展開と論争-』)では、ケインズとの違いをこの点に求めている――、LM曲線が水平にならないようであれば、金融政策を通じていつでも不景気から脱することができることになる。

2. 変動の激しい「フロー」変数の役割を強調したのがケインズ。「ストック」変数――富など――の役割を強調したのがフリードマン。フロー変数よりもストック変数を重視する立場においての方が、マクロ経済はより安定的と見なされることだろう。

3. ケインズは、粗代替性(gross substitutability)の仮定に疑問を投げ掛け1、名目価格や名目賃金が伸縮的に変動するようだと、名目価格や名目所得の下方スパイラル2が生じる恐れがあると考えた。すなわち、ケインズにとっては、名目価格や名目賃金の硬直性は、理論を構築する上での仮定というよりも、政策提言の一種だったわけである 3。一方で、名目価格(や名目賃金)の硬直性は、現実の世界が不完全であるがゆえに生じるやむを得ない必要悪の一種と見なしていたのがフリードマン。

4. フリードマンは、貨幣の流動性プレミアムが原因で金利が「高すぎる」水準にとどまる可能性を否定した。金利の水準は、貸付資金に対する需給――時間選好率によって左右される貸付資金の供給と、実物投資の生産性によって左右される貸付資金に対する需要――のバランスによって決まるというのがフリードマンの考えだったのである。アーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)に倣ったわけだ。

5. 金融市場に備わる「美人投票」的な性質もあって、投資需要は不安定にならざるを得ないと考えたのがケインズ。一方で、世の人々は、「美人投票」におけるように、他人の予想を予想する(他人がどう予想しているかを予想する)というのではなく、「適応的」なかたちで――現実の歩みに若干の遅れを伴うかたちで――将来の予想を形成すると考えたのがフリードマン。

6. フリードマンは、市場の自己調整機能に対してケインズよりも高い信頼を置いていた。上記の1~5で触れた(あるいは、それ以外の面も含めた)両者の違いは、市場の自己調整機能に対する両者の(哲学的とも言える)見解の違いに付随して生じる違いに過ぎないのだ。

  1. 訳注;言い換えると、相対価格が変化しても、貨幣をはじめとした金融資産(特に、流動性の高い金融資産)に対する需要が解消されない場合があると考えた、ということ。例えば、財(商品)の価格が下落しても、貨幣に対する需要が一向に和らがずに(世の人々が手元にある貨幣を手放そうとせずに)、そのために財に対する需要が増えない場合があると考えた、ということ。 []
  2. 訳注;名目価格や名目所得の下方スパイラル=名目価格や名目所得のとめどない下落 []
  3. 訳注;言い換えると、ケインズは、名目価格や名目賃金は硬直的「である」と同時に、(名目価格や名目所得の下方スパイラルを防ぐためにも)硬直的「であるべき」とも見なしていた、ということ。 []

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