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ダニ・ロドリック 「市場と国家は補完的」(2007年6月25日)

●Dani Rodrik, “Markets and states–and the survey says…”(Dani Rodrik’s weblog, June 25, 2007)


リスク回避的な(リスクを嫌う)人ほど、自由貿易よりも保護主義(貿易の制限)を好む傾向にある。その人がどこに住んでいようと、それは変わらない。しかし、リスク回避的な人が(政府支出の対GDP比で測って)政府規模の大きな国に住んでいると、保護主義に傾斜する(保護主義を好む)程度は弱まる。アンナ・マリア・メイダケヴィン・オルークリチャード・シノットの三人の共著論文1で、そのような目を見張る発見が報告されている(ちなみに、アンナ・マリア・メイダは、私の教え子であり、一緒に論文を書いた経験もある)。彼らの論文では、ヨーロッパおよびアジアの国々(計18カ国)で実施された聞き取り調査の結果が利用されている。リスク回避的な人が政府規模の大きな国に住んでいると、保護主義に傾斜する程度が弱まるのはなぜなのか? その理由は、政府規模が大きな国に住んでいる人は、(政府が提供する手厚いセーフティーネットのおかげで)グローバル化がもたらすリスクから守られていると感じるためではないか、と三人は推測している。そのことを裏付けるように、聞き取り調査の対象となっている国の中で、リスク回避的な態度が保護主義に結び付く程度が一番弱かったのは(政府規模が一番大きい)スウェーデンという結果になっている。

論文の結論を引用しておこう。

長らく語り継がれている説がある。「市場と国家は、その実、補完的なのだ」との説がそれだが、本論文では、そのような説と整合的なミクロ経済レベルの証拠が得られている。市場開放やグローバル化は、日々の暮らしに不確実性を持ち込む可能性がある。市場開放やグローバル化に伴ってリスクが高まると、自由貿易に反対する動きが出てくるかもしれない。しかし、政府支出には、市場開放やグローバル化に伴うリスクを和らげる力が備わっている。ということはつまり、政府支出には、自由貿易への支持を醸成する力が備わっていることにもなるのだ。〔ジョン・ラギー言うところの〕「埋め込まれた自由主義」の線に沿った「大いなる取引」は、政治的に見込みのある選択肢であるように思える。国境を越えたヒトの移動が活発になるのに伴って、福祉国家の基盤が揺らぐ可能性があるが、そのような緊張関係の高まりに堪えられるかどうかが、「大いなる取引」という名の〔対外的には自由主義(自由貿易)を志向する一方で、対内的には福祉国家を志向するという〕制度面での妥協がどこまで続くかを左右する要因の一つとなることだろう。

(追記)三人の論文はこちら(pdf)からでも読めるようだ(こっちはパスワードを入れなくても誰でも読める)。情報を寄せてくれたJustin Rietzに感謝。

  1. 訳注;この論文の概要については、本サイトで訳出されている次の記事を参照されたい。 ●アンナ・マリア・メイダ&ケヴィン・オルーク 「大きな政府とグローバリゼーション;政府と市場の補完的な関係」(2020年3月14日) []

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