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ノア・スミス「新しいマクロ経済学:「みんなにお金あげろ」」(2020年12月6日)

[Noah Smith, “The new macro: ‘Give people money‘”, Noahpinion, December 6, 2020]

今回の苦境では経済理論は主役をおりている

この前 Twitter でジョークをつぶやいた.この10年でマクロ経済学がどう変わったかってネタだ:

・2010年のマクロ経済学: 「確率的均衡を定義する要因は右のとおりである―――消費経路(…),物価(…),賃金(…),政策の各種変数(…).政策変数には次のようなものがある(以下略)」
・2020年のマクロ経済学: 「みーんなにお金あげろー.みーんなにお金あげろー.みーんなにお金あげろー.みーんなにお」


もちろん,学術的なマクロ経済学をやっている人の誰一人として,ただひたすら文字通り「みーんなにお金あげろー」と叫ぶばかりの理論系論文を公表してなんかいない.でも,政策の水準では,〔2008年金融危機からの〕大不況と COVID-19 景気後退のあいだに論調の変化があったのはまちがいない.

いまとなっては思い出しにくいけれど,大不況が直撃したときには,経済理論をめぐって議論が繰り広げられた.ロバート・ルーカスジョン・コクランといった大物マクロ経済学者たちは「リカード等価性」をもちだして財政刺激はその性質ゆえに効果がでないと論じたりした.彼らは間違っていたし,彼らの論証は反駁された.でも,当時は彼らの言い分がまじめに受け取られた.一方,世界各地の中央銀行では,政策立案にあたって動学的確率的一般均衡モデルをまじめに考えるべきかどうかをめぐって激しい議論が内輪で戦わされた.ぼくはといえば,そういうモデルをずいぶん批判したものだから,イングランド銀行に招かれて,あの手のモデルの限界について話をした.スウェーデン銀行からやってきていた代表たちは,テーブルをバンバン叩いて,いったい DSGE のどこが気に食わないんだと迫ったりなんかした―――動学的なところか,確率的なところか,それとも一般均衡か,どれなんだって.

あれから10年経って,こういう話はずいぶん風変わりに思える.なんだか,時代がちがうような気がする.COVID-19 景気後退は大不況よりもいっそう深刻だ.政府が打っている各種の対応策も,いっそう大きく,大胆だ.それでいて,いまのところ,世間ではマクロ経済理論をめぐってほんのわずかしか議論されていない.いつもの面子が例によって例のごとく「パンデミック対策で週600ドルの基礎所得給付プログラムで失業率が上がった」なんて主張を試みてはいる(あれで失業率は上がってないよ).でも,そういう人たちにしても,自説を正当化するために理論を用いてはいない.

実のところ,理論を議論にもちだしている経済学者はほんの一握りしかいない.しかも,それだって,大まかな一般論の理論でしかない.その一例は,財政・金融政策に関する PIIE/ブルッキングス・シンポジウムでのオリビエ・ブランシャールの講演だ(動画の1:14:30から始まっている):

パンデミック下での救援と経済刺激をもたらすために前例がない規模の債務を政府が引き受けても安全かもしれない理論上の理由をあれやこれやとブランシャールは述べている.たとえば,長期停滞理論だとか,貸付資金説だとか.でも,形式的なモデルをもちだそうと本格的に試みてはいない――「そういう対策は,支出しようという欲求をそぐはたらきをしてしまう」といった直観に反した話はなんにもない.思い出してほしい.ブランシャールといえば,財政政策にまったく出番がない一群のモデルに〔マクロ経済学の〕研究分野が収束してきているのを指して「マクロ経済学の状況は良好だ」と2008年8月に発言していた経済学者だからね.

さっきのシンポジウムの続きも似たようなものだ.財政刺激が効果的なのかどうかについて理論的な議論はなされていない.誰も彼もが,その点については意見が一致しているように見える.かつての大不況では財政赤字反対のタカ派で有名だった,あのケン・ロゴフですらもだ(1:19:50).それに,債務の持続可能性をめぐる理論的な議論も大してなされていない―――圧倒的多数の共通見解は,「金利は低いし,しばらくの間ずっと下落傾向が続いているから,いまのところはもっと借り入れても安全だ」というところにおさまっている.将来になって金利が上がるかもしれない可能性については少しばかり懸念が言われているけれど,いつ・どんな理由で金利上昇が起こりうるのかって問いに関して理論がもちだされてはいない.

(註記: だからと言って,この動画に登場してるようなマクロ経済学者たちが財政の持続可能性について考えを整理するのにモデルを使ってないってわけではないよ.ブランシャールが2019年のアメリカ経済学会でやった講演や,もっと最近だと財政政策ルールに関する Leandro & Zettelmeyer との共著論文では,そういうモデルの好例が見られる.他にもそういう例はある.でも,そういうモデルは,2008年以前に人気だった細かいところまで詰めた DSGE タイプのモデルではない.それに,政策思想で進行中だとブランシャールがいう「パラダイム転換」を抑えるはたらきを,そういうモデルから導出される財政制約はこれまでのところ果たしてない.パラダイム転換に関わっている形式的モデルがあるとすれば,それは長期停滞理論だ.でも,長期停滞理論は舞台裏で蠢いてこそいても,まだ十全に発展を遂げた理論にはなっていない.各種の政策提言も,おそらく長期停滞理論の具体的な各論に左右されるものではないだろう.)

「みんなにお金あげろ」共通見解は,バイデン政権で共感とともに受け止められるだろう.かつてジャネット・イェレンは国の債務が持続不可能なのではないかと繰り返し懸念を表明したが,いまは大規模刺激を提唱している.

つまり,少なくとも政策論議に関するかぎり,形式的なマクロ経済学モデルにもとづく最適財政政策は退場して,「(少なくとも予見できる将来にかぎっては)みんなにお金をあげるのが必要かつよいことだ」という共通見解にとってかわられているらしい.

どうしてこんな風に変化したんだろう?

単純な答えは,これだ:「経済政策を考える人たちが,過去の危機から重要な教訓を学んだから.」 2008-2009年危機のさなかに,DSGE モデルはいらだたしいほどに適用しにくいのが判明した.そのため,中央銀行の人々は単純なヒューリスティック・モデルと直観の組み合わせに後退した.実質金利の上昇および/あるいは手に負えないインフレを予測したモデルは,一貫して間違っているのが証明された.先進国では実質金利もインフレ率もずっと低くとどまったからだ.

ツールがこわれているのに使い続けることはない.ツールを捨てれば出直して素手で取り組むしかないとしてもしかたない.

これに関連した要因として,緊縮そのものが信用を失った点もある.形式的なマクロ経済学モデルがいつでも緊縮策を推奨するわけではない――ときには刺激策も推奨するし,もっと近年のモデルは財政政策の役割をかつてより大きくしている傾向がある.だが,その性質からして,経済学モデルは多過ぎと少なすぎのあいだをとった最適ポイントを見つけ出すことを目的にしている(ケーザイガク星人の業界用語で言うと,モデラーは中間解を見つけるのを好む).そうやって〔多過ぎと少なすぎの〕トレードオフを重視するため,ほぼどんなマクロ・モデルも,どれくらいの刺激策だと多過ぎなのかについての警告をもたらす.すると,そのモデルを使うなら,いつ刺激策をやめるかについて心配するはめになる.

ところが,2008年以後,そういう心配は実際には悲惨な事態につながるのが判明してしまった.ブランシャール本人も,ユーロ圏危機で緊縮を支持したのを大々的に撤回している.いまやブランシャールは,「財政パラダイムの転換を迎えつつある」と語っている.かつては赤字タカ派の城塞だった IMF は,この問題に関して大きく立場を変えている.2008年以降に緊縮が繰り返し失敗したことで,政策担当者に「多すぎるものは多すぎるんだ」と告げるばかりのモデルは好まれなくなっているのかもしれない.

考えうる答えの3つ目は,「マクロ経済について考える人々は,かつてよりも政治に注意を向けるようになってきている」というものだ.パンデミックより前から,2019年に全世界で動揺が急速に広まっていた.アメリカ社会はいっそう分断を深めて,左派は激しく動揺し,右派にはますます権威主義と暴力の脅しが広まった.経済学者や政策アドバイザーたちはこう結論を下すかもしれない――「政治的緊張をやわらげる必要があるため,政府はかりに間違いだとあとでわかるとしても人々に現金を手渡す方を選ぶべきだ.」 片方に世間の怒り,もう片方に将来の金利上昇リスクをおいて天秤に掛けて釣り合いをとる方法を教えてくれる DSGE モデルなんて,ありはしない.

というわけで,少なくともいまのところは,学術的なマクロ・モデルは財政政策論議で政策との関連を減らしている.これには,前回の危機であれほど間違ってしまったかどでの処罰という部分もある――初心に返ってイチからやりなおせという,厳しい裁きだ.また,「経済学者が研究するトレードオフよりも政治の事情が優先することもときにある」ということが認識されたという部分もあるだろう.いつか,よりよいマクロ・モデルを手にしたなら,そして,政府支出の経済的コストが顕著になってきたなら,そのときにはこの状況も変わるかもしれない.でも,いまのところ,現実世界でのマクロはこれだ:「みーんなにお金あげろー」


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