バンダリ&フランケル「途上国でこそ名目GDP目標を」

Pranjul Bhandari, Jeffrey Frankel ”Central banks in developing countries should consider targeting nominal GDP” (VOX, 21 August 2014)

中央銀行、とりわけても発展途上国のそれは、依然として透明性と信頼性のあるコミュニケーションを探求している。しかしフォーワード・ガイダンスあるいはコミットメントによる意図の伝達は、好ましくない制約を生み出してしまうことがある。本稿では、名目GDPの形で表現された中央銀行の発表は、インフレ率の形で表現された発表と比較して、発展途上国において非常に一般的である供給・貿易ショックとぶつかり合う可能性がより低いのだ。


中央銀行は依然として依然として透明性と信頼性のあるコミュニケーションを探求している。しかし中間目標についてのフォーワード・ガイダンスやある程度のコミットメントを通じた意図の伝達は、困難なトレードオフをもたらす。すなわち、透明性と信頼性による利点と、予期せぬ進展によって過去の発表が現在の金融政策に対する望まぬ制約と化してしまうことをある日発見するという欠点だ。

たくさんの中間目標候補が試行され、その多くが失敗に終わった。マネタリズムの絶頂期であった1980年代初頭、多くの中央銀行がマネーサプライ成長率の目標を発表した。そうした目標は貨幣速度の変化、より具体的に言えば貨幣需要の予期せぬ上昇によって遵守不可能と化し、放棄されざるを得なくなった。多くの新興市場は為替レート目標へと立ち戻ったものの、1990年代後半の国際収支ショックによってこの名目アンカーの放棄に追い込まれただけだった。

次に出てきたのはインフレ目標だ。この新顔は先進国、途上国双方においてすぐさま人気となった。しかしそうした国の多く、とりわけても発展途上国はインフレ目標を達成し損なってきている(Fraga et al. 2003)。例えば石油の世界価格が予期しない形で上昇すると、インフレ目標を採用している石油輸出国はインフレ目標の否定、あるいは国内石油価格の上昇を防ぐに足るほどに強力な金融引締めによる為替上昇かのいずれかの選択を迫られることとなる。前者は目標を設定する目的(透明性とコミュニケーション)を無意味にしてしまう一方で、後者は為替上昇による貿易条件悪化のショックに逆行した対応を意味する。インフレ目標は特に2008年の世界金融危機においてその輝きを失うこととなったが(Reichlin and Baldwin 2013)、これは1990年代の通貨崩壊において為替レート目標、そして1980年代前半に貨幣目標に対して起きた幻想の崩壊と類似しているように思える。

自ら宣言したガイダンスや目標を中央銀行が繰り返し失敗すると、はじめから何も言わなかった場合以上に信頼性を失う結果となってしまう。

おそらく先進国の金融政策当局は、単に一個の経済変数の形で自らの意図を表現しようとすることをしばらく諦めることとなるのだろう。しかし新興市場国や発展途上国の中央銀行にはそのような贅沢がない場合もある。これらの国々は、しばしば高インフレという過去の歴史、定評のある機関、あるいは予算赤字を引き受けさせようとする政治的圧力のために、信頼性を勝ち得ることについて先進国以上に切羽詰まった必要性を抱えている傾向にある。

名目GDP目標の提案者たちが一つの解決策を示した。金融政策当局が彼らの毎年の意図を名目GDPの形で表現すれば、将来の展開に関係なく、彼らは自分たちが言ったこととうまくやっていくことができる可能性が高くなる。特に、マイナスの供給ショックあるいは貿易条件の変化に際して、名目GDP目標では総需要を一定に保つようにすることになるが、これは金融政策にできると期待されていることのまさに全てだ。供給ショックはインフレと産出の消失が釣り合うことで吸収される。これはおそらくどのような場合においても、たとえ過去の発表による制約がないという場合においても、ほとんどの政策決定者がとるであろう対応に近い。インフレ目標では対照的に、金融政策の引締めとより深刻な不況という形で対応することとなってしまう。

名目GDPを目標とすることは、主要な工業化国の文脈において提案されてきた(Frankel 2012 ではこの分野に関するその他の文献をあげている)。しかしこのアイデアは実際にはそれよりもさらに所得水準の低い国に対してよりうまく適用できると主張するに足る理由がある。というのも、新興市場国や発展途上国は先進国よりも大きな貿易条件ショックと供給ショックを経験する傾向にあるからだ。名目GDP目標はまさにこうした類のショックに対して強い。

このところの名目GDP目標の復活は、期待インフレの上昇をはじめとした、信頼性のある金融緩和を達成しようとする国々の事例に焦点を当てている(Woodford 2012)。その意図は、2008年に襲った深刻なマイナスの需要ショックの結果による、アメリカ、イギリス、ユーロ圏、日本の経済的弱さを解決するというものだった。ほとんどの発展途上国は、現在のところとりたてて金融緩和ないしインフレの上昇を必要としてはいない。しかし名目GDP目標はより広い目で見れば、単に緩和だけでなくどのような金融状態をも達成する手段だ。当初これがMeade (1978)とTobin (1980)によって主張され、1980年代に多くの経済学者に支持された際、その意図は信頼性のある金融規律、つまりインフレ率の減少にあったのであり、信頼性のある金融緩和とインフレの上昇ではなかった。インド、インドネシア、南アフリカ、トルコといった一部の発展途上国では今でもディスインフレが必要とされている。それでも名目GDP目標の魅力的な特長である、将来における未知のショックへの堅牢性は、中期目標になっている金融状態が緩和の時、引締めの時、あるいは一定の時であれ、いずれにしても変わることはないのだ。

新興市場国と発展途上国はより貿易ショックに晒される傾向が高いが、それは彼らが世界市場においてプライステイカーとなる可能性が高く、また多くの場合には農産・鉱物商品の輸出者であるからだ。彼らは供給ショックに晒される傾向が強いが、それは地震や暴風のような自然災害による物理的な被害、ストライキのような社会不安、経済における農業の重要性、生産性の変化のためだ。生産性ショックは発展途上国においてより大きなものとなることが多い。好景気の最中において、そうした国は急速な成長が果たして生産性成長の永続的な上昇によるもの(つまり「次のアジアの虎」)なのか、あるいは一時的なもの(商品市場や国内需要のつかの間の変動の結果)なのかリアルタイムにはわからない。新興市場国の成長率トレンドは非常に不確実なのだ。

天候の変動、自然災害、貿易条件ショックは計量経済学的見地からは非常に有用だ。というのも、こうした供給ショックは外生的であるとともに計測可能であるために、供給と需要の二方程式システムを推定するのに用いることができる。外生的な生産性ショックは理論モデルの中心的な話題であるが、実証的にそれを突き止めるのは遙かに難しい。

この主張は、最終的な目的は産出とインフレの二次損失関数を最小化するというものであるものの、裁量の下でインフレバイアスが増大するのを防ぐために信頼できるルールが必要とされるという、Rogoff (1985)にあるようなモデルで説明することができる。こうしたモデルによると、総供給曲線が特に急であったり、物価安定の重要性が特に高いというのでない限り、名目GDP目標がインフレ目標より優位となることがわかる。特定の仮定の下では、名目GDP目標が優位となるための必要条件は単に供給曲線の傾きが1+√2未満であるということだけだ(Frankel 2014)。

最近の研究において、私たちは外生的な供給・貿易価格ショックが特に大きく、外生的で、計測可能ないくつかの中規模かつ中程度所得水準である国における総需要曲線と総供給曲線のパラメータを推定することにより、この供給曲線の傾きの基準が有効であるかの見極めを行った。世界の原油価格は、カザフスタンのような石油輸出国にとってもインドのような石油輸入国にとっても、貿易条件変動の外生的ショック源だ。モンスーンによる雨もまた、インドにとってもう一つ別の重要な外生的な供給要因だ。外生的な需要要因には、貿易相手の所得やいくつかの特定の種類の国内政府支出が含まれる。インドとカザフスタンの事例において推定されたパラメータは、名目GDP目標が二次損失曲線を最小化するのに必要な条件を満たすのに十分なほど総供給曲線の傾きが緩やかであることを示唆している(1996年から2013年にまでののインドについてはBhandari and Frankel, 2014を、 1993年から2012年までのカザフスタンについてはFrankel, 2013を参照)。直観的に見て、インフレ目標がマイナスの供給ショックに対して価格水準の上昇を防ぐことによって対処するのであれば、必要となる産出の落ち込みは望ましくない程に大きなものとなる。

統計的な推定にはたくさんの留保条件が付く。しかし他の研究者たちも短期供給曲線の傾きをこの範囲として推定している。理論も多くのことを切り落としている。しかし基本的な点は、名目GDPの形で表現された中央銀行の発表は、インフレ率の形で表現された発表と比較して、発展途上国において非常に一般的である供給・貿易ショックとぶつかり合う可能性がより低いということなのだ。この基本論理は目標がディスインフレであるかリフレであるかに関わらず有効だ。私たちが念頭に置いているのが水準であるか変化率であるか、目標が事前見通しの形で表現されるか事後的な目標範囲で表現されるかも関係がない。なんらかのプランを伝達するということが行うに値することであるならば、妥協できるプランは選ぶに値する。

参考文献
●Aguiar, Mark, and Gita Gopinath (2007), “Emerging Market Business Cycles: The Cycle Is the Trend“, Journal of Political Economy, 115, pp 69-102.
●Bhandari, Pranjul, and Jeffrey Frankel (2014), “The Best of Rules and Discretion: A Case for Nominal GDP Targeting in India”, CID WP No. 284, Center for International Development, Harvard University, July.
●Fraga, Arminio, Ilan Goldfajn and André Minella (2003), “Inflation Targeting in Emerging Market Economies”, Ken Rogoff and Mark Gertler, eds., NBER Macro Annual 2003 (Cambridge, MA: MIT Press).
●Frankel, Jeffrey (1995), “The Stabilizing Properties of a Nominal GNP Rule“, Journal of Money, Credit and Banking, 27, no.2, May.
●— (2011), “Monetary Policy in Emerging Markets: A Survey”, published in Handbook of Monetary Economics, edited by Benjamin Friedman and Michael Woodford (Elsevier: Amsterdam).
●— (2012), “Central Banks Can Phase in Nominal GDP Targets Without Damaging the Inflation Anchor”, VoxEU.org, December.
●— (2013), “Exchange Rate and Monetary Policy for Kazakhstan in Light of Resource Exports“, Harvard Kennedy School, December.
●— (2014), “Nominal GDP Targeting for Middle-Income Countries”, forthcoming, Central Bank Review, vol. 14, no.3, September (Central Bank of the Republic of Turkey). HKS RWP 14-033, July.
●Frankel, Jeffrey, Ben Smit and Federico Sturzenegger (2008), “Fiscal and Monetary Policy in a Commodity Based Economy”, Economics of Transition 16, issue 4, Oct. pp. 679-713.
●Meade, James (1978), “The Meaning of Internal Balance”, The Economic Journal, 88, 423-435.
●Reichlin, Lucrezia and Richard Baldwin (2013), Is inflation targeting dead? Central banking after the Crisis, VoxEU.org, 14 April.
●Rogoff, Kenneth (1985), “The Optimal Degree of Commitment to an Intermediate Monetary Target”, Quarterly Journal of Economics, 1169-1189, November.
●Tobin, James (1980), “Stabilization Policy Ten Years After”, Brookings Papers on Economic Activity 1: 19-72.
●Woodford, Michael (2012), “Methods of Policy Accommodation at the Interest-Rate Lower Bound”, Jackson Hole symposium, August (Federal Reserve Bank of Kansas City).

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  1. 8段落目(このところの名目GDP目標の復活は…)の途中で「1980年代に多くの経済学者された際…」となっており、「1980年代に多くの経済学者に支持された際…」のはずが脱字が起こってしまったものと思われます。

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