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ビル・ミッチェル「日本式Q&A – Part 5b」(2019年12月5日)

Bill Mitchell, “Q&A Japan style – Part 5b“,  Bill Mitchell – Modern Monetary Theory, December 5, 2019

Part 1 Part 2 Part 3 Part 4 Part 5a

これは通貨発行権のある政府による様々な債券発行オプションの帰結に関しての、2部構成の議論の最終パートである。基本的な現代金融理論(現代貨幣理論、MMT)の立場は、通貨発行権のある政府における不必要な債務発行の慣行(これは固定為替レート、金本位制の日々からの残滓[hangover]である)の放棄だ。通貨発行権のある政府は、その能力を利用して全般的な幸福を促進するべきであり、金融市場における投機的行為のリスクを下支えして軽減することで企業の福祉に寄与することには何の正当な理由もない。ただし、現実世界の層(政治など)を導入すると、一部の純粋なMMTタイプのオプションが使用できないことが分かる。以下の質問はまさに日本におけるそうしたケースを紹介したものである。政治的制約を考えると、政府が債務を発行する場合、中央銀行の行動には次の2つのオプションのいずれかを選択する必要がある。(A)流通市場(既発債券市場)ですべて購入する。 (B)債務を非政府部門に残す。この最終パートでは、その選択に影響し得る考慮事項をいくつか論ずる。

要約

最初のパート ー Q&A Japan style – Part 5a (December 3, 2019) ー にて、日本における政治の両側 − プログレッシブ(進歩派)的な左派政党等と右派の保守政党等 − は以下の考えを取らないようにしていることを提起した:

(a)日本政府は赤字を抱えているが、当該赤字と一致する債務発行を行うという不必要な慣行を免れている。これが純粋な現代金融理論(MMT)の立ち位置だ。

あるいは:

(b)日本政府が債務を発行し、それを日本銀行が流通市場(既発債券市場)で購入する。

こうした立場をプログレッシブが取るのに非常に不思議だと私は思う。

確かに、MMTを理解している人は、最初のオプションが望ましく、2番目のオプションは基本的にはネガティブな結果をもたらさないが、中央銀行による債券利回り(および価格)の制御を可能とすることも理解しているだろう。

政治的に受け入れられる唯一のオプションは、政府が非政府部門に対して債券を発行すること(現行では、オークション形式を通じて)であるというのが、熟慮の上での見解となっていることを我々は学んだ。このとき、選ばれた金融機関は「市場を形成する」という許認可を得て、量と価格(利回り)の入札を通じて、各債券の全体的な利回りを決定する。

この「政治的に受け入れられる」オプションの下で、中央銀行が何をすべきかについてかなりの不一致があることも学んだ。

日本の友人から、MMTの観点に基づく2つのオプションについて議論するよう頼まれた: 

(A)中央銀行はこれらの債券を流通市場(既発債券市場)で購入し(これは利回りを統合政府部門に移転する効果がある)、中央銀行がすべての利回りを制御し、中央銀行自らが望めば金利をゼロに保てるようにすべきだろうか?

あるいは:

(B)中央銀行は、流通市場でこれらの債券を購入することを控え、非政府部門の債券保有者を残存させ、利息返済と満期時の元金支払いを行うべきだろうか?

日本の大多数のプログレッシブがオプションAに反対しているのは、準備預金創造によって、政策アプローチがいわゆるニューケインジア型「リフレ派」(ポール・クルーグマンなど、1990年代後半から2000年代初頭にかけての「大停滞」論争において注目を集めていた人々)の手に渡ってしまうと信じられているためである。 

しかし、対抗者の見方では、オプション(B)の下では、中央銀行は金利のコントロールを失い、最終的に利回りは市場によって決定され、金利の上昇につながる可能性があるということになっている。

この意味で、現状で存続している限界企業(marginal firm)の多くは、金利の変動による悪影響を受け、投資と全体的な総需要が減少する結果となるだろう。

さて、問題は実際のところ、MMTの見方がこの議論にどう資するかということである。

Part 1(2019年12月3日)(※邦訳)では、いわゆるニューケインジアン型「リフレ派」について論じた。

彼らは、最初の消費税増税(1997年5月)以降の期間に、日本経済が6四半期(1997年12月から1999年3月まで)続く不況に陥り、その後の1999年の残りの成長回復に苦戦したことを正しく理解していた。 

これは「大停滞」として知られるようになった時期であり、国内外の「リフレ派」の注目を集めた。

次のグラフは、1995年から2019年9月までの四半期ごとの実質GDP成長を示しており(内閣府のデータを使用)、消費税率引き上げの影響を赤いバーで示している。

これは明らかに杜撰な財政政策構築によって引き起こされた不況であった。消費税を引き上げる必要は全くなかった。日本政府は、「日本政府は過剰な赤字を抱え、借金を積み上げ過ぎているため、最終的に制御不能なインフレや金利・債券利回りの高騰、そして究極的には政府の破産に至ってしまう」という物語を作り出した保守派の経済学者からの圧力に屈した。

それらは全て、通貨発行権を持つ政府についてのいつもの嘘話だ。

1997年5月の消費税増税に対し、実質個人消費支出はほぼ即座に反応した。1997年6月四半期には0.66%減少した – 実に迅速な反応だ。

消費支出の伸びの低下は数四半期に渡って響いた。

次のグラフは、1995年3月四半期から2005年3月四半期までの実質個人消費支出の四半期ごとの成長率を示している。

同様に、予想された通り、消費支出の崩壊により生産キャパシティ余剰が生み出されたため、悲観主義の広まりと共に事業投資も大幅に減少した。

次のグラフは、1995年3月四半期から2005年3月四半期までの実際の民間非住宅投資支出の四半期ごとの成長を示している。

投資のネガティブな反応は不況に対して遅れて生じた。1998年後半の新たな成長は既存の生産能力で賄われたため、投資支出はそれほど早く回復しなかった。

したがって、ゼロ近傍の金利に比してインフレ率が低すぎることを受けて、そうした長期不況が「神話としての」実質金利が高すぎるためであると示そうとした営為(「リフレ派」の「流動性の罠」ファンタジー)は、完全にポイントを見誤っていた。

そして、日本銀行の大規模な債券購入による準備預金供給によって、(間違いの)貨幣乗数理論・貨幣数量理論を介してインフレ率を大幅に引き上げようとする試みは、常に失敗へと向かっていた。

現代金融理論(現代貨幣理論、MMT)の経済学者は、当時もその後も、幾度となくその点を指摘した。

「リフレ派」はまだこうしたばかげた考えをGFC(世界金融危機)の間も引きずっていたのである。

ポール・クルーグマンが1998年5月に日本の状況について行った分析の1つ – Japan’s Trap – について、その読者には思い出して欲しい。これは彼がGFC中およびそれ以降にも言っていたことを反映したものだ。

彼は1998年に日本の問題の本質を理解することに丸っ切り失敗し、金融政策への依存を勧奨した。

彼の処方箋に関して彼は、彼のモデルが「リカード等価性に従っているため、減税には効果がない」と主張した。

さらに、政府の支出刺激策は当座の効果をもたらすが、「個人消費支出の削減により一部相殺される」と彼は主張している。

リカード等価性がいかに馬鹿げた概念であるかを理解するには、以下のエントリー(及びその他)をお読みいただきたい。

1. Ricardian agents (if there are any) steer clear of Australia (June 9, 2014).

2. Ricardians in UK have a wonderful Xmas (January 24, 2011).

3. Mainstream macroeconomics credibility went out the window years ago (October 2, 2017).

クルーグマンはまた1997年に、財政政策の刺激が若干の短期的な成長をもたらすとしても、これまでの政府支出は:

  • 生産性が悪かったことで悪名高い。どうでもよいところに掛かる橋、ほとんど使われない空港など……しかし、政府の財政的制約がある…

と論じた。

彼はさらに「リフレ派」戦略を提唱し、それまでの金融政策は次の理由で効果がなかったと主張した:

  • …民間の主体はその…[日本銀行の]…行動を一時的なものとして見ている。なぜなら中央銀行は長期的な目標として価格の安定に取り組んでいると信じているからだ。そして、それが金融政策が無効となる理由である!日本は、市場が中央銀行に責任感があると見なしており、物価が上昇し始めた場合にマネーサプライを抑制すると予想しているため、経済を動かすことができなかったのだ。
  • 金融政策を効果的にする方法は、中央銀行が無責任であることを確実に約束することだ。つまり、インフレの発生を許容し、それによって経済が必要とするマイナスの実質金利を生み出すという説得力のあるケースを作ることである。これはおかしいだけでなく、ひねくれているように聞こえるだろう…[しかし]…経済を拡大する唯一の方法は、実質金利を下げることである。それを行う唯一の方法は、インフレ期待を生み出すことなのだ。

歴史は、すべての「リフレ派」と同様、当時の彼の診断が完全に間違っていたことを示している。

日本を再び動かした唯一のものは、成長を支えるために財政政策を使用するという新たなコミットメントだけだった。

したがって、インフレ率を引き上げる手段として日本銀行に働きかけるよう要請していた量的緩和が失敗するのは当然のことだったのである。

リチャード・クーは、彼の2003年の本 – Balance Sheet Recession: Japan’s Struggle with Uncharted Economics and its Global Implications – [訳注:日本語版 デフレとバランスシート不況の経済学]の中で次のように書いている:

  • 日本で量的緩和が機能しなかった理由は非常に単純であり、日本銀行の当局者や地元の市場観測筋から頻繁に指摘され続けていた: 日本の民間部門に資金需要がなかったからだ。
  • 中央銀行から供給された資金がインフレを生み出すためには、それらが借入され、支出される必要がある。それが貨幣が経済を循環して需要を増やす唯一の方法だ。しかし、日本の長い不況の間、バブル崩壊後に借金を抱えたバランスシートを背負った企業は、財政状態の回復に焦点を当てた。過剰な負債を抱える企業は、ゼロ金利でも借りることを拒否した。そのため、ゼロ金利も量的緩和も、次の15年間経済を刺激することができなかった。

私は他の問題についてはリチャード・クーとは異なる見解だが、彼の「大停滞」の分析は正しく、それはクルーグマンとその仲間の「リフレ派」を馬鹿さ加減を明らかにした。

オプションの分析

要するにこれは、日本政府が引き続き債務を発行するという「政治的に受け入れられる」唯一のオプションの下で、中央銀行の運用についてどのように考えるべきかということだ。

この状況における中央銀行の2つのオプションは次のとおりだ:

(A)中央銀行はこれらの債券を流通市場で購入し(これは利回りを統合政府部門に移転する効果がある)、中央銀行がすべての利回りを制御し、中央銀行自らが望めば金利をゼロに保てるようにすべきだろうか?

あるいは:

(B)中央銀行は、流通市場でこれらの債券を購入することを控え、非政府部門の債券保有者を残存させ、利息返済と満期時の元金支払いを行うべきだろうか?

この中には、「MMTが取るポジション」というものはない。

MMT的理解によって齎されるのは、各選択の結果を評価するためのフレームワークであり、そうした結果についての社会的および政治的判断を反映するものとなる。

オプション(A)は、以下のグラフからわかるように、現在の日本の正統派的慣行である。

最初の図は、1998年4月から2019年11月までの日本銀行のバランスシート資産を示している。水色の領域は、日本銀行の日本国債残高を示している。

したがって、日銀が保有する総資産のかなり劇的な増加は、過去20年間に日銀が追求してきたさまざまなQE(債券購入)プログラムによるものである。

次のグラフは、日本銀行が1985年から2019年9月までに保有した国債残高の割合を示したものだ。

日銀は現在、全体の42.37%を保有している。

これらのグラフ(および基礎となるデータ)が示すように、日本銀行の(彼らの言葉でいうところの)インフレ率を高めるための国債大量購入という戦略は失敗に終わった。

このことは、中央銀行の資産が大幅に増加したにもかかわらず、金融政策がインフレ率の経路に与える影響が如何に無力かを示している。

マネタリーベースの上昇(日銀が大量に日本国債を購入したことによる)とインフレ率の上昇との間には関係がない。

インフレ期待に関する最新のデータは、量的緩和政策が望まれた効果を持っていないことも示している。

ニューケインジアンの主流派マクロ経済学はさらに、物価がインフレ予想と一致するように調整されることを主張している。合理的期待により、主流派モデルは、インフレが期待インフレの変化に1対1で対応すると予言する。

日本銀行は、その「理論的主張」をQE実験を通じて実空間で操作しようと試みてきたが、明らかに失敗している。

この点の詳細については、私のブログエントリ ー Japan still to slip in the sea under its central bank debt burden (November 22, 2018) ー をお読みいただきたい。

MMT的理解は、この戦略(財政政策とは無関係)が無効である理由を説明してくれる。

所得への影響

我々が分かっていることは以下の通り:

  1. 量的緩和戦略によって長期金利をほぼゼロに維持している。なぜか?投資支出を刺激することを期待してである。しかし、収益獲得の見通しが悲観的である場合、借り手は低金利であっても信用を求めることはない。これが、「リフレ派」が理解できていなかった点である。
  2. QE戦略は、債券保有に対する利払いという形で通常非政府部門にもたらされるはずの所得フローを減少させた。
  3. その影響を相殺するために、中央銀行は、件の金融機関の収益性維持支援を目的として、超過準備に利息を支払う。

日本には、補完当座預金制度(訳注:日本語リンク)と呼ばれる複雑なシステムがある。これは、日本銀行が日銀当座預金を持つ金融機関に、(所要準備を超える)超過準備残高に利息を支払うことができる機能を持つ。

ただし、QQEプログラムによって金利がマイナスになった2016年1月以降、「超過準備額…は3つの層に分けられ、それぞれにプラスの金利、ゼロの金利、マイナスの金利が適用される。」

その目的は、超過準備を積んでいる銀行に、準備預金を必要とする他の金融機関へと融資するインセンティブを提供することである — 「そのレートが政策金利残高(マイナス金利が掛かる)に適用されるレートを超える限りにおいて」。

日銀は、「単に日銀当座預金口座に余剰資金を保持しておくよりも、そうした取引を行う方が金融機関の利益を改善する」と述べている。

「政策金利残高が全体として増加すると…これは資金市場金利に下方圧力をかける」。政策金利残高は、「銀行の日本国債購入業務」の結果としてある程度増加している。

「金融機関の利益」を保護するため、日銀は「政策金利残高の急激な変化を回避するように」、マイナス金利(「税」)の削減時期を決定する基準の調整を行う。

2019年9月19日の最新の見直しでは、Review of the Benchmark Ratio Used to Calculate the Macro Add-on Balance in Current Account Balances at the Bank of Japan (訳注:日本語版:日本銀行当座預金のマクロ加算残高にかかる基準比率の見直しについて) によると、基準比は(36%から)37%に引き上げられた。

ただし、当然ながら、超過準備への利払いは、日本銀行に口座を開設している金融機関にのみ行われる。

しかし、それはさておき、超過準備に対する利息の支払いは、オプション(A)とオプション(B)の違いを曖昧にすることになる。

残る相違点は、保有資産のキャピタルゲインの可能性である。

日本銀行やその他の政府機関が保有していない未払いの国債は、主にさまざまな都市銀行や長期信用銀行、信託銀行、地方銀行などの金融機関に保有されている。

財務省が発行した2019 Debt Management Report (訳注:日本語版:債務管理レポート)で掲載された以下のグラフ(日本銀行から入手可能な資金循環統計のデータから作成)は、2018年12月現在の国債保有者の内訳を示している。

では、なぜこれらの国債保有者が日本銀行に売却を行うのだろう?

その答えは:QEプログラムからの需要が流通市場で債券の価格を押し上げ、売り手にキャピタルゲインを生み出すためである。

キャピタルゲインは、債券の満期(元本)価値に加えて、保有者が受け取るインフレリスク調整後の利息支払の予想割引フローを反映する。

現金化によるキャピタルゲインが、保有から満期までの元本/利息の支払いに比して、深刻に不足していた場合に、(緊急の決済を必要とする短期の流動性の問題がないにも関わらず)保有者が売却を選択するのはなぜだろうか?

重要なのは、オプション(A)とオプション(B)は、実際には全体的な結果にそれほど違いがないということである。

  1. オプション(A)は、中央銀行の非政府機関に対する負債を「国債残高」というラベルの付いた口座から「準備預金」にシフトし、「未払い債務の利息支払い」による所得フローから「超過準備の利息支払い」による所得フローへとシフトすることになる 。
  2. これにより、国債を満期まで保有し利子を得た場合の予想利益(オプション(B))を反映した価格で日銀に国債を売却することに関しては、流通市場の意に介しないということも保証される。

付け加えると、オプション(A)に対するプログレッシブ的な立場からの異議申し立ては、「リフレ派」が当該戦略を提案したという事実によって動機付けられるべきではなく、むしろ、それが実際に主張された目的を達成しないということに動機付けられるべきである。

流動性管理への影響

オプション(B)の下で、政府は定期国債入札における利回り決定の制御を民間債券市場に譲渡する。

オプション(A)においては、中央銀行が債券価格と既発債券市場の利回りに影響を与えることにより、間接的にすべてのプライマリー発行利回りを制御できることになる。

究極的には、中央銀行がQEタイプの債券購入を通じてそのように選択するならば、(すべての満期において)イールドカーブ全体の金利を設定可能である。

そうしたコントロールはオプション(B)の下では無効となる。

プライベートオークション市場で利回りが設定され、その後、流通市場(既発債券市場)で投機的な取引が行われる場合、明らかなことだが、時間の経過とともに金利が上昇する可能性がある。

元の質問(Part 5aを参照)で表明された懸念は、これが投資決定を検討している限界企業に損害を与える可能性があるということだ。

このエントリ –Q&A Japan style – Part 1 (November 4, 2019) (*邦訳)- では、投資支出の感応度の問題について検討し、感応度が低いことを示唆し得る堅実な議論があると結論付けたが、そうしたマイナスの影響が発生する可能性は残っている。

オプション(A)においては、イールドカーブは常に中央銀行の管理下にあるため、この懸念は適用されない。

また、中央銀行によるQE型の政策と、これまで中央銀行の流動性管理機能の基礎を形成してきた比較的標準的な公開市場操作(OMO: Open Market Operations)とを区別する必要もある。

OMOは、中央銀行が国債を公開市場で売買して特定の国債の価格と利回りに影響を与えることで準備預金を管理する政策を意味する。

公開市場操作は、中央銀行が短期の銀行間市場金利(およびそれに次いでより長い満期の金利)を、選択した政策金利と一致させるために使用する戦略の一部である。

公開市場操作は、中央銀行による準備預金管理(日本でいう日銀当座預金を保有する金融機関における政府証券と準備預金の双方向の交換による)を意味する。

政府の2つの部門(財務省と中央銀行)は、非政府部門の累積金融資産ストックと当該資産の構成に対して影響力を持つ。

政府の財政赤字(財務省のオペレーション)は、民間部門の金融資産の累積ストックを決定する。一方、中央銀行の政策決定は、紙幣と硬貨(現金)、準備預金(決済口座)、国債の中から当該ストックの構成を定めるものである。

短資市場は、法定準備を満たすため、または商業目的で資金を獲得するために、商業銀行(およびその他の仲介者)が短期金融商品を取引する場である。

これらの取引はすべて差し引きゼロである。各日の最後、商業銀行は準備預金口座の状態を評価しなければならない。

準備預金講座が赤字の商業銀行は、(通常はペナルティレートで)中央銀行から必要資金を借りることができる。

一方、超過準備を抱えた銀行は、何もしなければ、これらの超過準備から何も得られないか、いくらかのサポート金利を得るだけとなる。

明らかなことだが、過剰な資金を抱える銀行にとっては、市場のレートで赤字の銀行へ融資し、超過準備を押し付けるのが有益である。銀行間市場での取引は必然的に相殺されるため、システム全体の余剰を解消することはできない。

超過準備を抱える銀行同士の慣例通りの競争は、短期金利(オーバーナイト資金の金利)を引き下げる圧力となり、全体的な流動性の状況によっては、銀行間金利が運用目標金利を下回る可能性がある。

オーバーナイト資金市場における競争圧力により、銀行間金利が望ましい目標金利を下回ると、中央銀行は政府債務を売却することにより、過剰な流動性を除去する。

これは、QEを正当化するために用いられたものとは異なる動機である。QEは、標準的な公開市場操作の範囲を拡大して、利回りと債券価格をより包括的に制御するものだ。

政府が財政赤字を生み、それに合致するだけの債券発行を行うと、非政府部門は準備預金を当該債券へと入れ替える。

その後、赤字支出がさらなる超過準備をもたらす場合、中央銀行が金融政策目標のコントロールを維持しようとするならば、超過準備を除去するか、サポート金利を支払う必要がある。

日本の場合、日本銀行は超過準備の全てを除去しないことを通じて、政策金利と一致するゼロの短期金利を事実上維持している。

オプション(A)はこれの極端なバージョンである。オプション(B)は、日本銀行が準備預金を管理するために必要なツールを保持していることと矛盾しない。

オプション(A)の下で、日本銀行が巨額の国債を保有している間に利回りが上昇すると、キャピタル・ロスが発生してしまうという懸念を提起する者もいる。

通貨発行者という概念を理解していない人は、通貨利用者のビジネスにおける債務超過がなぜ問題となるか、そしてそれがなぜ中央銀行には適応不能(ないし無関係)であるのかという理由を理解することも出来ない。

この点の詳細については、私のエントリ – The ECB cannot go broke – get over it (May 11, 2012) – をお読みいただきたい。

結語

私が好むのは当然、政府が赤字支出と同額の債務を発行するのを止めることである。それは不必要であり、企業に対する福祉に相当する。

しかし、現実世界の層(政治など)を導入すると、純粋なMMTタイプのオプションの一部は不可能であることがわかる。

この質問は、まさに日本のケースを示すものだ。

政治的制約を考慮して、政府が債務を発行する場合、中央銀行の行動について2つのオプションのいずれかを選択する必要がある。

(A)債券の流通市場ですべて買う。

(B)非政府部門に残存させる。

私はオプション(A)を好む。なぜなら私は短期金利もゼロにすることを好んでおり、オプション(B)はその望みを維持するのを難しくするためだ。

また同様に、キャピタルゲインを債券保有者に譲渡し(これは企業の福祉にとって一層好都合となる)、債券保有リスクを政府部門内に吸収する措置にも憤慨している。

今日はここまで!


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