ピーター・ターチン「実質賃金の上昇が止まった理由Ⅱ:経済的影響要因の絡み合いを切り開く」(2013年8月7日)

Cutting through the Thicket of Economic Forces (Why Real Wages Stopped Growing II)

前回のブログのエントリ〔訳注:本サイトでの翻訳はここ〕で、私は、1970年代に実質賃金の上昇が止まった原因について問題提起を行った。経済学者や政治評論家によって、多くの解き明かしが論じられている(ただ、彼らは所得と所得不平等の関係性について焦点を絞る傾向がある)。例えばデビッド・レオンハルトはここ10年間の所得低迷の原因に、14の可能性をリストアップしている。ティモシー・モアも以前に一連の記事で1970年代以降の所得不平等の上昇の理由として似たたようなリストを挙げて論じている。

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前回のブログのエントリで言ったように、よくあるアプローチは可能性がある要因をそれぞれ個別に検討するものだ。しかしながら、このアプローチでは、要因の相対的重要性を計量することができない。その上、社会は複雑な動態システムとなっており、様々な要因が非線形フィードバックの網を経由して相互に関連している。これを平易な言葉に翻訳するなら、あらゆる事象は他の全ての事象に影響を与える可能性がある、との意味だ。これは考慮せなばならない。賃金と所得の動態を理解するには、我々は最終的に経済学の領域を超える必要がある。

実質賃金の上昇が1970年代に突如として止まったのはなぜなのか、との問題提起に答えるには、統一された理論的枠組が必要だ。この理論的枠組によって、データの突き合わせが可能になる。要するに、クリオダイナミクス(歴史動力学)が必要だ。このエントリでは、実質賃金の動態の説明を可能にしてるかもしれない絡み合った経済的影響要因のもつれを解きほぐす私の試みを紹介しよう。(もっと複雑な問題になっている世帯収入に関しては、後のエントリで論じるつもりだ。)

賃金について考える明白な出発点は、社会がどれだけ総所得を生み出しているのかについて考えることだ。まず最初に、この社会全体の総所得を社会の総員数で割る。この一般的な尺度は、一人当たりの国内総生産(GDP)だ。この数値は、しばしば「一人当たりの所得」として参照されるが、典型的な人(あるいは典型家庭)の所得は、一人当たりのGDPから非常に乖離しているので、誤解を招く用語になっている。

それでも、現在の一人当たりの実質GDPは、1928年から5.6倍になっている(1928年からこの一連のデータを始める理由は後ほど説明する)。国民総所得がこのように大幅に増えたことは、間違いなく労働者個人の収入の量に影響を与えているはずだ。

これはその通りだ。ただこのGDPの増加は、実質賃金の動態を極一部しか説明できていない。一人当たりのGDPは、1978年時点では50年前の3.2倍になっている。それでいて、この同時期には生産労働者の賃金は4倍に増えている(この場合も、GDPと賃金は共にインフレを調節してドル換算で表している)。未熟練労働者の賃金でさえも、一人当たりのGDPより急速に伸びている(1927年から1978年間だと3.5倍だ)。

一人当たりのGDPは1978年以降も堅調に伸び続けている(2012年は1978年より70%高い)、しかし生産労働者の賃金は停滞し、非熟練労働者の賃金は実質10%下落している。前述したように、実質賃金の動向は、一人当たりのGDPの動向から大幅に乖離することがあり得るのだ。

何が影響要因となってこのようなGDPと実質賃金の乖離を引き起こしているのだろう? 影響要因は大まかには2つの分野に分けることが可能だ:市場(経済的)影響要因と非市場的影響要因である。後者の非市場的影響要因の分野は、社会規範や諸制度の影響及び、様々なプレイヤーが行使を可能としている政治的(又は強制的)権力の均衡関係を含んでいる。この非市場的影響要因に関しては次回のエントリで扱う予定だ。

前者の分野は、市場的影響要因の作用が反映したものだ。人間の労働は商品と考えることができるが、そう考えた場合、コスト(いわゆる実質賃金)は、需要と供給の相互関係によって左右される。労働需要が供給を上回れば、実質賃金は上昇するはずだ。逆に、労働力が過剰供給されると、実質賃金は低下するはずである。

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この労働需要と供給の数量に、なんらかの数値を入力することは可能だろうか? 需要が長年にかけてどのように変化したのかを計測するために、ある特定の年のGDPを選んで、そのGDPをその年の労働生産性で割ってみよう。労働統計局は、1947年以来、労働者1人当たりの1時間単位の平均生産性を計測してきている。そして、1947年以前の期間に関しては、あまり正確でない推定値が入手可能だ。フルタイムの雇用(週40時間)は、年次でおおよそ2000時間に相当するため、1時間当たりの労働生産性を2000倍すると1年当たりの生産性が得られる。GDPをこの数値で割ると、その年の財とサービスを生産するのに、どのくらいの数の労働者が必要とされているのかの推定値を入手できる。

労働供給に関しては、私は労働統計による労働影響力のデータを使用する。労働統計局によるこれら一連の数値は、求職中の雇用者と失業者の両者を含んだものになっている。(私はこのエントリでは、統計の技術的な詳細の多くを省略している;数日中には、この件での詳細を記載した文章を提供する予定だ。)

測定した労働需要と供給の動向をグラフ内で並べると、以下のようになる。

当初、需要曲線は、供給曲線より非常に早く上昇している。つまり、この期間は、市場的影響要因は、賃金の上昇を選好している。しかしながら、1960年代後半には、供給曲線が急上昇し、1970年以降は需要の上昇を上回っている。このように供給が急上昇した理由の一つは、1965年の移民政策の転換によるものだ。この政策転換によって、外国からの労働者の受け入れが促進されている。2000年代初頭には、アメリカの労働者の6人に1人が外国生まれになっている。しかしながら、60年代後半から70年代にかけての最初の労働供給の上昇は、国内人口の増加という別の原因によるものだ。大恐慌や第2次世界大戦期に結婚適齢期になった世代は、戦後世代(ベビーブーマーの親達)に比べて出産が少ない。1965年以降、ベビーブーマー世代が大量に労働市場に参入を開始したたことは、労働供給曲線を需要以上に急速に跳ね上がらせた。

この労働供給と需要の2つの曲線間のギャップは、〔生産〕供給サイドの変化によっても影響を受けている。1975年は、アメリカが貿易黒字を享受した最後の年だ。1970年代以降、アメリカの貿易赤字は急増を続けており、2000年代初期にはGDPの5%を超えている。貿易赤字はGDPから差し引かれることになる;輸出より輸入が多い状態は、外国の労働者によって労働需要が埋め合わされていることを意味している。

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驚くべき変化の一つが、2000年に労働需要曲線が完全に上昇しなくなったことだ。これは異例の出来事で、経済成長の鈍化に同時して労働生産性の急速な上昇が相まったことで、労働需要の埋め合わせに労働者が多く必要とされなくなっている。着目すべきは、この停滞は〔リーマンショックに伴う〕大不況前に起こっていることだ。これは、最近の2つの景気後退〔ITバブルの崩壊とリーマンショック〕後の「職なき景気回復」について一つの有力な説明を提供している。

全体的に見れば、需要曲線と供給曲線の動向は、アメリカの実質賃金の動態を形成している影響要因について興味深い洞察をもたらしているように見える。しかしながら、賃金に関する需要/供給比率の影響を、相対的な重要性の見地から定量的に見積もるには、(このシリーズの次回以降の記事で扱う)経済以外の影響要因の動態の定量化が必要だ。

最後にひとこと:この労働需要/供給アプローチは実質賃金の動向に影響を与える様々な市場的影響要因を要約するのに、非常に簡易にして便利な方法となっている。以下のような手法となっている。(合法・違法共に)移民の流入は、供給側に入力される――移民は労働力が増やし、賃金価格を必然的に低下させる。外国貿易は、需要側に入力される――貿易黒字は労働需要を増加させ、必然的に実質賃金を上昇させる影響をもたらす。貿易赤字はこの逆だ。貿易赤字を(アメリカの労働者一人当たりの労働生産量を使用した)労働者単位で表すことで、大雑把になるとしても、移民と貿易の相対的影響も評価することが可能となっている。

以下続く…。

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