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ブラッド・デロング 「カード、クルーガー、アッシェンフェルター」(2018年9月17日)

●Brad DeLong, “Equitable Growth in Conversation: An interview with David Card and Alan Krueger: Hoisted from the Archives”(DeLong’s Grasping Reality, September 17, 2018)


2016年にEquitable Growthブログに掲載されたインタビュー(Equitable Growth in Conversation: An Interview)の一部を再掲するとしよう。インタビューに応じているのはデイビッド・カード(David Card)とアラン・クルーガー(Alan Krueger)の二人。聞き手はベン・ジッペラー(Ben Zipperer)。

ジッペラー:インタビューのはじめのところでオーリー・アッシェンフェルター(Orley Ashenfelter)の名前が何度も話題に出てきたように記憶しています。あなた方の個人的な研究であったりあるいは労働経済学という分野全体に対するアッシェンフェルターの影響についてお話いただけないでしょうか?

カード:ええと、そうですね。オーリーには博論を書くにあたって指導教官を務めてもらいましたし、そもそもプリンストン大学の大学院に進学しようと決断した理由も彼がプリンストン大学で教えていたからでした。そういうわけで私個人に関してはオーリーからかなり強い影響を受けていますね。ついでながらですが、学部生の頃に講義を通じて特に影響を受けた教授が二人いるのですが、両名ともにオーリーの教え子だったんですよ。

そんなわけでオーリーとのつながりはかなり昔まで遡ることになります。オーリーとは長年にわたって(共同研究者として)一緒に論文もたくさん書いてきましたし、力を合わせて数多くの学生の指導にもあたってきました。話は私だけに限りません。ジョー・アルトンジ(Joe Altonji)だとかジョン・アボード(John Abowd)だとかといった私と同世代のその他の労働経済学者の面々もオーリーから強く影響を受けていると思います。

「可能なようなら実験を試みよ」、「可能なようなら自力で独自のデータを集めよ」、「可能なようなら自腹を切れ」。オーリーは出会った当初からずっと口を酸っぱくしてそう強く訴えていたものです。確かアラン(クルーガー)はある年の夏にオーリーと一緒に(オハイオ州の)ツインズバーグの「双子祭り」に出かけたんじゃなかったっけ? 双子に関するデータを集めるために。

クルーガー:ある年だって? 一回だけじゃないよ。ツインズバーグには4年連続で出かけたんだ。学生も連れてね。1ダースもの数の学生を引き連れていったんだよ(笑)。

あの時のオーリーは古風な面影が前面に出ちゃってましたね。夕食を食べるレストランを選んだりとか誰かとおしゃべりするのにはたっぷり時間を割くくせに、データ集めにはそこまで時間を割かなかったんですよ。

私は学部生の頃にオーリーの論文を読んでましたね。就職先としてプリンストン大学に惹かれるに至った大なる部分はオーリーがいたからというところにありました。そんなわけでいざプリンストンにやって来るとデイビッド(カード)というおまけが待ち構えていました。十年におよぶ濃密な共同研究に立ち向かうことになる仲間と遭遇したわけです。

プリンストン大学の労使関係局における研究環境の雰囲気を形作ったのはオーリー周辺の面々だったと思います。オーリーはボブ・スミス(コーネル大学)と一緒になって最低賃金に関する研究に取り組んでいましたが、その研究では最低賃金法が遵守されているかどうか、最低賃金法を遵守していない(法律に違反して最低賃金を下回る賃金を支払っている)企業はどのくらいの数に上るかといった話題がテーマとなっていました。最低賃金の(改定の)効果を探るつもりなら、現行の最低賃金と同額の賃金を得ている働き手なり雇い主が最低賃金法を遵守している事業所なりに着目せよ。オーリー&ボブの二人の研究はそのような考えを根付かせるきっかけになりました。

オーリーは全米最低賃金研究委員会(National Minimum Wage Study Commission)による研究を深く疑っていました。オーリーが「あそこは全米低級研究委員会(National Minimum Study Commission)だ」なんて口にしているのを時折耳にしたものです。

カード:低級研究賃金委員会(Minimum Study Wage Commission)ね。

クルーガー:低級研究賃金委員会か(笑)。

カード:この件については僕の名前を引用してくれてもいいよ。

クルーガー:オーリーひとりに押し付けることにしようよ(笑)。それはともかく、オーリーがよく好んで語る話があります。鮮明に覚えている話なんですが、確かオーリーが労働省で働いていた時に複数のレストラン経営者と話をする機会があったそうです。その時に「我々の業界が抱えている問題があります」と言われたそうです。最低賃金の水準があまりにも低すぎて人手が足りない(働き手が十分に集まらない)というのです。

「賃金の水準は市場で決まってくる。市場で決まる賃金を払えば働き手を必要なだけ集めることができる。もしも人手が足りない(働き手が十分に集まらない)ようなら賃金を上げればいい」。レストランの経営者たちが語った先の話はかような通説的な見解とは食い違っています。この問題との絡みでオーリーはアダム・スミスの『国富論』の中のかの有名な文章を気に入っている様子でした。雇い主の面々が一堂に会する機会を持つことは滅多にない。ただし、労働者の賃金を低く抑えることが主題となる場合は別。雇い主の面々は暗黙かつ不断の団結を通じて労働者の賃金を低く抑え込もうとしている・・・とかいうあの文章ですね1。研究の結果が通説に逆らうようなものであったとしても受け入れてもらえるような雰囲気が作られたのはオーリー周辺の面々のおかげだったと思いますね。

低賃金労働者に対する労働需要曲線は右下がりであり、それゆえ最低賃金の水準が引き上げられようものなら低賃金労働者の雇用量は減る。そこまで大幅に減りはしないが、通説から予想される如くともかく減る。・・・なんてことを(私が院生として学んだハーバード大学に籍を置いていた学者で)異端派の経済学者という面をいくらか持っていたリチャード・フリーマン(Richard Freeman)でさえも唱えていたものです。プリンストンにやって来る前の私はそのような論が幅を利かせている環境の中で学んでいたんです。

  1. 訳注;「職人の団結ということはよく耳にするけれども、親方の団結については滅多に聞かない、といわれている。だが、そうであるからといって、親方たちは滅多に団結しないなどと考える人があれば、その人はこの問題に無知なのはもちろん、世間知らずというものである。親方たちは、いつどこにあっても、一種暗黙の、しかし不断の、統一的な団結をむすんで、労働の賃銀を現在の率以上に高くしないようにしている。この団結をやぶることは、どこでも、最も不評な行動の一つであって、親方にとっては近隣や同輩のあいだで一種の不名誉となるのである。たしかにわれわれは、こういう団結については滅多に耳にしないが、そのわけは、だれも耳にすることがないほど、それがものごとの通常の状態、いうなれば自然の状態だからである。親方たちは、ときとして労働の賃銀をこの現在の率以下にさえ引き下げようとして特定の団結をむすぶことがある。こうした団結は、その実行の瞬間まで極度の沈黙と秘密のうちにことが運ばれるのが普通である。」(アダム・スミス 著/大河内一男 監訳『国富論 Ⅰ』, 中公文庫, pp. 114) []

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