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ラジブ・カーン「日本人の主なルーツは縄文人や弥生人ではないかもしれない:日本人は西暦以降に登場した」(2021年9月18日)

The Japanese As A Creation Of The Christian Era
POSTED ON SEPTEMBER 18, 2021 BY RAZIB KHAN

日本は、弥生人と縄文人の統合体であり、弥生人が優位になって列島に稲作をもたらした、というのがこのブログでも以前に言及した伝統的な解釈である。しかしサイエンス誌に掲載された新しい論文によるなら、もっと複雑かもしれない。

古代のゲノム解析は、日本人個体群に3つの起源があることを明らかにする。

先史時代の日本は、3000年かけて、狩猟採集から始まり、水田での稲作、そして国家の形成へと急速な変化を遂げた。列島の日本人個体群は、狩猟採集を行っていた縄文人と、農耕民の弥生人の二重の先祖を持つ、との仮説が長年受け入れられてきている。しかし、農耕民族の移動とそれに伴う、社会文化の変化がどのようにゲノム的影響を与えたのかは依然不明となっている。本研究は、農耕前と農耕後の12人の日本人をゲノム解析した報告である。我々の分析によると、縄文人は数千年にわたって約1000人の小さな有効個体群を維持していたが、海面上昇によって2万年~1万5千年前に日本は島国化し、大陸の個体群と深い途絶に至ったことが分かった。稲作は、北東アジアを祖先とする個体群の流入によって導入されている。意外なことに、古墳時代になってから東アジアにルーツを持つ祖先の流入を我々は明らかにした。ゲノム的な起源によると、日本人はこの3つのルーツを持つと裏付けることが可能であり、これは現代日本人の個体群の特徴付けに引き継がれている。

古墳時代は、西暦300年頃に始まっているが、この論文によるなら、西暦以降にアジア大陸から日本列島への大規模な移住があったことが示唆されている。これは朝鮮半島からの移住だっただろう。最初の農耕民である弥生人は、土着の縄文人と中国北東部からの個体群との強い類縁を持つ混血体であったと考えられる。

以下のグラフは、各年代の構成要素を表したものだ。縄文人を興味深くしているのが、上記での諸研究結果において、有効個体群の少なさと、古代北部ユーラシア人との深い繋がりを示していることにある。また、縄文人は、更新世まで遡ることができる北東アジア人からの分岐群であるとも推察できる。

いずれにせよ、論文の著者達は、弥生人の標本採集が脆弱であることを認めているので、追加研究が必要となっている。もし現在日本人のほとんどが、古墳時代にルーツを持つことが明らかになれば、我々の歴史認識は大きく見直されることになるだろう。日本は7世紀になって歴史に登場するが、非常に若い国家だったことになる。

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