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ロバート・バロー他「過去のインフルエンザ・パンデミックに照らした新型コロナウイルス危機」

Robert Barro, Jose Ursua, Joanna Weng ”Coronavirus meets the Great Influenza Pandemic”, VOXEU, 20 March 2020

新型コロナウイルスによる被害の最悪のシナリオとして妥当なものはどんなものだろうか。本稿では,1918年から1920年にかけてのインフルエンザ・パンデミックからの教訓を示す。43か国のデータから分かるのは,インフルエンザに関連する当時の死者数は3,900万人,世界人口の2%に及び,これを現在の人口に当てはめると1億5,000万人になる。第一次世界大戦による影響を取り除いた場合でも,GDP及び消費は平均的な国でそれぞれ6%と8%減少し,株式と短期国債による実質収益も有意に下落した。大規模な潜在的損失が人命と経済活動に見込まれることは,被害を抑えるための現在の政策を正当化するものであるが,そこには死者と失われる産出との間の困難なトレードオフが存在する。このトレードオフについて議論することが必要だが,これまでのところそうした議論がなされていないのだ。


感染とそれによる死だけでなく,新型コロナウイルス (COVID-19)は株式市場の暴落,金融の変動幅の急上昇,名目金利の下落,実体経済活動の収縮を招いている。現時点では,ありうべきパンデミックの大きさとその経済的含意には大きな不確実性があり,とりわけ最悪のシナリオがどのようなものとなりうるかについてはそれが顕著だ。私たちは,インフルエンザ・パンデミック1 が死者数と経済への影響についての妥当な上限とになると考えており,Barro, et al. (2020)において各国の経験について分析を行った。

このインフルエンザ・パンデミックは,主に3つの波から生じた。まず1918年春の第1の波,次に一番多くの死者を出した1918年9月から1919年1月にかけての第2の波,最後に1919年2月から同年末まで続いた第3の波だ(一部の国では1920年に第4の波が生じた)。最初の2つの波は第一次世界大戦の最後の年(1918)年と重なっており,それによってさらに各国への感染が広がった。このパンデミックが普通と違ったのは,既往症のない若い成人層の死亡率が高かったことだ。さらに多くの有名人もこれによって命を落としており,その中には社会学者マックス・ウェーバー,芸術家ギュスターヴ・クリムト,そしてフレデリック・トランプ,つまり今の合衆国大統領の祖父も含まれる。生き残った中には,経済学者フリードリヒ・ハイエク,実業家ウォルト・ディズニー,合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソンがいる2

本稿では,インフルエンザ・パンデミックからの教訓として,3つの分野について議論する。すなわち,(1)死亡率と罹患率,(2)GDPと消費の落ち込みで測定されたマクロ経済的な影響,(3)金融による収益とインフレへの影響である。

死亡率と罹患率

図1は,43か国おいて1918年から1920年にかけて生じたインフルエンザ・パンデミックによる追加的な死亡率の推定値を示している。このデータは様々な出典によるものであり,詳細はUrsúa (2009) and Weng (2016)で示している。中でもJohnson and Mueller (2002), Murray, et al. (2006),,Mitchell (2007)及び人類死亡率データベース(www.mortality.org)が重要な参照先となっている。私たちのサンプル中のこれらの国々は,1918年における推定世界人口の89%を擁し,当時の世界GDPにおける割合はそれよりも更に大きい。インフルエンザによる死亡率は国によって大きく異なり,一部の国では非常に低かった。他を圧倒して高い死亡率を示したのはインドで,パンデミック期間中の累計で5.2%となっている。中国の死亡率はそこまで高くないが,人口が多いために世界の死者数を大きく押し上げた。アメリカの累計死亡率は0.5%で,インフルエンザに関連した死者数は55万人だった。

各国の推定値を合計してそれを(対象外の地域でのインフルエンザ死亡率もそれと等しいものとして)世界人口にまで膨らませた場合,インフルエンザによる死者数の合計は1918年で2640万人,1919年で940万人,1920年で310万人となり,1918年から1920年の間の世界全体の合計で3,900万人となる。人口に対する割合で見ると,1918年は1.38%,1919年は0.46%,1920年は0.16%となり,これらを合計した死亡率は2.0%だ。

この死亡率を現在の世界人口(約75億人)に当てはめると腰が抜けそうな死者数が出てくる。世界全体で1億5,000万人,アメリカでは650万人だ。しかし,これらの数字は今日における最悪のシナリオであると見込まれる。まずもって現在の医療技術は1918年~1920年よりも進んでいる。とはいえ,国際的な往来が増えているなどこれとは逆向きに働く要因もある。さらに,この最悪のシナリオは,インフルエンザ・パンデミックの時と現在の新型コロナでは人口動態が異なることも考慮していない。

図1 インフルエンザ・パンデミックにおけるインフルエンザ死亡率(1918年~1920年の合計)
出典:Barro, et al. (2020) の表1及びそこで引用されている参照先

死亡率は感染した人数に対する割合で示されることもあるが,これはずっと信頼性が低い。というのも,これらは不正確に計測された感染者数に左右されるからだ。インフルエンザ・パンデミックについて一般に使われる数字は,大まかに言って世界の人口の3分の1がH1N1ウイルスに感染したというものだ。この数字が正確なら,私たちの推定による総人口の2.0%という死亡率は感染人口の6%という死亡率になる。しかしこの数字はほとんど当てにならないものとすべきだ。なぜなら,これはアメリカのいくつかの場所(Frost 1920で示されている)で行われた調査に基づいているのだ。そのため,マクロ経済的な影響の分析において私たちは総人口に対する死亡率を用いている。

GDPと消費に対するマクロ経済的な影響

Barro and Ursúa (2008)は,インフルエンザ・パンデミックによるマクロ経済的な影響が非常に大きなものだった可能性を見出した。この研究は,マクロ経済的な大惨事として実質1人あたりGDPないし消費(実質個人消費者支出のデータに基づく)の10%以上の下落と定義し,そこに焦点をあてたものだ。その結果は,インフルエンザ・パンデミックが1870年以降で第二次世界大戦,1930年代前半の大恐慌,第一次世界大戦に次ぐ4番目に大きな負のマクロ経済ショックだったことを示唆している。具体的には,1919年から1921年にかけてを底として,12か国がGDPに基づくマクロ経済的大惨事を経験し,8か国が消費に基づく大惨事を経験したことが明らかになった。より幅広いデータセットを用いると,1918年から1920年にかけてのインフルエンザ死亡率と1914年から1918年にかけての戦争による死亡率について各国間の差を見ることで,死亡率のパンデミックの影響とそれと部分的に重なった戦争の影響とを区別することが可能となる。

私たちの分析は,図2に示すとおり,インフルエンザと戦争による死亡率が経済成長に対して統計的に有意な負の影響をもたらしたことを明らかにしている。インフルエンザ・パンデミックは,平均的な国の1人当たり実質GDPと消費をそれぞれ6.0%と8.1%減少させた。第一次世界大戦では,GDPと消費はそれぞれ8.4%と9.9%下落している。これらの数字は私たちの以前の研究,すなわちインフルエンザ・パンデミックが数少ないマクロ経済的大惨事のうちの相当数を引き起こした可能性があるというものと整合的である。さらに,計量経済的な手法で見てみると,戦争による負の影響は少なくとも部分的には永続的なものであるが,インフルエンザの影響は永続的,一次的もしくは両者の中間だった可能性が示された3

図2 平均的な国におけるGDPと消費に対するインフルエンザと戦争の死亡率の影響のベースライン推定
出典:Barro, et al. (2020).の表1~3

金融による収益とインフレへの影響

金融分野の変数に対するインフルエンザと戦争の死亡率の影響を評価するため,私たちはマクロ経済上の変数に対するものと同様の計量経済学的な戦略を用い,株式(広範な市場指数に基づく)及びと短期国債の実質収益に焦点をあてた。名目の資産収益を消費者物価指数で調整して実質収益をはじき出した。平均的な国で,株式の収益はインフルエンザによって26%ポイント,戦争によって19%ポイントの負の影響を受けたと推定される。国債の利回りは,負の影響はそれぞれ14%ポイントと13%ポイントだった。これらの結果は,おそらく部分的にはインフルエンザ・パンデミックと第一次世界大戦によるインフレ率への強い正の効果によって引き起こされた。

新型コロナパンデミックへの含意

1918年から1920年にかけてのインフルエンザ・パンデミックは,新型コロナのような世界規模での病気の蔓延における妥当な最悪のシナリオを示している。総人口の2%というインフルエンザ・パンデミックの死亡率は,今日に直せば1億5,000万人の死者になる。さらに,この死亡率は平均的な国におけるGDPと消費のそれぞれ6%と8%という推定の下落率と対応している。これに加え,パンデミックは株式や短期国債の実質収益率の相当程度の下落にも関係している。

疫学上の違い,公的医療の発展,そして今行われている被害緩和策を踏まえれば,現時点においては新型コロナがいかなる面でもインフルエンザ・パンデミックに匹敵する見込みはないように思える。いずれにせよ,大規模な潜在的損失が人命と経済活動に見込まれることは,被害を抑えるための大規模なリソースの支出を正当化するものである。実際上,各国は病気の広がりを抑えこむために実質GDPを引き下げる政策を追求してきている。そこには人命と物質的な財に関わる困難なトレードオフが存在することは明らかだが,このトレードオフをどのように評価して行動すべきかについての議論はほとんどなされていないのである。

参考文献

●Barro, R J and J F Ursúa (2008), “Macroeconomic Crises since 1870”, Brookings Papers on Economic Activity 39: 255-350.

●Barro, R J, J F Ursúa and J Weng (2020), “The Coronavirus and the Great Influenza Pandemic. Lessons from the “Spanish Flu” for the Coronavirus’s Potential Effects on Mortality and Economic Activity”, NBER working paper 26866.

●Frost, W H (1920), “Statistics of Influenza Morbidity:  with Special Reference to Certain Factors in Case Incidence and Case Fatality”, Public Health Reports 35(11): 584-597.

●Johnson, N P A S and J Mueller (2002), “Updating the Accounts: Global Mortality of the 1918-1920 ‘Spanish’ Influenza Pandemic”, Bulletin of the History of Medicine 76(1): 105 115.

●Mitchell, B R (2007), International Historical Statistics, Palgrave.

●Murray, C, A D Lopez, B Chin, D Feehan, and K H Hill (2006), “Estimation of Potential Global Pandemic Influenza Mortality on the Basis of Vital Registry Data from the 1918–20 Pandemic: A Quantitative Analysis”, The Lancet 368(9554): 2211–2218.

●Ursúa, J F (2009), “Flu, War, and Economic Recessions”, unpublished, Harvard University, November.

●Weng, J (2016), “Blue from the Flu? A Cross-Country Panel Analysis of the 1918-1920 Great Influenza on Macroeconomic Growth”, unpublished senior thesis, Harvard University, March.

  1. 訳注;いわゆるスペイン風邪 []
  2. 原注1;ウィルソン大統領が職務遂行できなかったことが1919年のヴェルサイユ条約の交渉に負の影響を与えた可能性は高い。したがって,この条約によってドイツに課された過酷な条件がしまいには第二次大戦へとつながったのであれば,インフルエンザ・パンデミックが間接的に第二次世界大戦を引き起こした可能性がある。 []
  3. 私たちの分析はインフルエンザ死亡率による経済的な数字への影響に焦点をあてており,経済状況から死亡率へのありうべき逆向きの影響は考慮していない。しかし,1918年から1920年にかけてのインフルエンザ死亡率は1910年時点での各国の実質GDPに全体で-0.25の相関となっていることは注目に値する。この負の関係は,より優れた医療サービス,さらに広く言えばより優れた制度を反映している可能性が高い。 []

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