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ヴィラ et al.「財政緊縮とナチ台頭」(VoxEU, 2020年8月16日)

[Gregori Galofré Vilà, Christopher Meissner, Martin McKee, David Stuckler, “Fiscal austerity and the rise of the Nazis,” VoxEU, August 16, 2020]

2007-2008年の金融危機で発生した債務への対策として,多くの西洋諸国は強い緊縮策を追求した.COVID-19 の経済刺激策パッケージののちにも,またこれを繰り返すかも知れない.このコラムでは,1930年代前半に,いかにして緊縮策が社会の苦境を悪化させ,政治的不安定を増す一因となり,やがてドイツにおけるナチ党の台頭の布石となったかをまとめる.本稿の主張は次のとおり――ワイマール政府で生じた社会の苦境に対して一貫した対策がなされなかったことで,不況は悪化し,これがドイツ有権者の急進化と二極化を進める一因となった.


ヒトラーが権力を掌握するにいたらしめた要因については,これまで幾多の文章が書かれてきた.大恐慌から高い失業率までの各種の経済要因や,(ベルサイユ条約での抑圧的措置から生じた)社会-経済的条件が重要な役割を果たした点に異論の余地はない.他方で,ナチ党が急速に台頭した点については,1世紀を経た現在でも,大いに論議されている(Adena et al. 2015, Doerr et al. 2018, Eichengreen 2018, Ferguson & Voth 2008, Sathanath et al. 2017, Voigtländer and Voth 2012, Voth 2020).

我々の最近の研究では,1930年代序盤にナチ党が選挙で成功を収めるのに財政緊縮がどのように寄与したのかを示している (Galofré-Vilà et al. 2020).1930年から1933年までに実施されたドイツ連邦選挙のすべてにおいて,〔政府による〕支出の減少がより大きく増税率が高い地域ほど,ナチ党の得票率は高くなっていた.

当時の財政政策は,一連の緊急命令をとおして実施された.その大部分は議会を迂回しての実施であり,しかも,導入時に,こうした施策が巨大な苦しみをもたらすだろうと承知のうえでなされていた.ハインリヒ・ブリューニング首相としては,ドイツの苦しみが国際メディアで報道されることで,経済的に弱体化したドイツに化された債務や賠償義務を国際社会が緩和させるのが望みだった.だが,1931年6月にヒトラーが予見していたとおり,「緊急命令は我が党の勝利の一因となり,したがって,現体制の幻想に終止符を打つこととなった」[n.1]

緊縮が選挙結果に及ぼした影響

1930年から1932年までの期間,大恐慌のさなかに,ブリューニングは政府支出を削減し,増税を実施し,社会的セーフティネットを撤廃した.実質政府支出は 8% 削減され,中央政府の実質支出は 14% 削減された.手当や失業給付は制限され,間接的な社会支出も削減,行政の給与は減額となった.その影響は多くの面で多大なものとなった.1928年の時点で政府支出はすでに GDP のおよそ 30% を占めていたためだ.税率も引き上げられ,パーセンテージでみると低所得層の打撃がもっとも厳しかった.〔大恐慌のさなかという〕もっとも安定と安心が必要とされていた状況で,経済の不安定と周縁化〔失業などして世間で肩身の狭い思いをすること〕に直面するドイツ人は増加していった.不況対策に拡張的財政政策がとられるかわりに,ドイツ人は救済制度からますます排除されるようになり,その救済措置もますますささやかなものになっていくのを余儀なくされた.

こうした緊縮措置は,有権者の急進化に寄与しえたのだろうか? また,もしそうだとして,これは「圧迫された」中間階級から権利を剥奪することで起こったのだろうか? この2つの仮説を検証するため,我々はデータを収集した.1930年から1933年までに実施された4回の選挙を含む期間のデータを,100以上の都市と,1000以上のもっと小さい行政区の公式統計から得た.全体として見ると,緊縮に受けた影響がより深刻なほど,その地域でナチ党が獲得した票に割合は比較的に大きくなっているのがわかる.ナチの成功に関する他の説明要因をコントロールした各種モデルでは,都市や選挙の固定効果を含むものの,緊縮の深度が1標準偏差増えると,ナチの得票率が2ポイント~5ポイント上昇することが示されている(図1).また,増税はナチの選挙成功と正の相関を示すのが見出されている.こうした結果は,操作変数法や行政区をまたいだ政策の非連続性を含むさまざまな仕様で変わらず頑健だった.

我々は,代替の説明も検討した.各種の説明のなかでもっとも顕著なものは,もちろん,「ポケットブック投票(おサイフ投票)」だ:「ポケットブック投票」仮説では,ナチが台頭したのは,たんに経済が下降したためだと考える.ここで重要なのは,政党の票をデータで区分できるということだ.下記に示すように,緊縮に関連した政治的支持の変化は,その大半が中央党(ブリューニングの政党)からナチ党に支持が移ることで生じている.さらに,当時のドイツで政治的な左右のスペクトラムをなしていた他の主要政党は(ナチと同じく極右イデオロギーをもつ国家人民党も含めて)緊縮に関連づけうる票を獲得した.経済的に最悪の状況に置かれていた人々,失業者たちは,ナチではなく共産主義者の方になびいた.これは,「経済的な階層で彼らのすぐ上に位置していた人々は,増税と政府支出削減で失うものがより大きく,自分たちの支持政党が経済的な救済を提供し得なかったときにナチを支持した」という考えと整合する.

▼図1: 1930年・1932年・1933年の選挙でナチ党の得票率に市の支出が及ぼした影響

緊縮と,避けられない死者数の悪化

また,さまざまなタイプの政府支出ごとに,緊縮がナチの得票に及ぼした影響を検討している.選挙に及ぼした影響がもっとも大きかった緊縮は,医療・住宅への社会支出削減だった.この2つは,緊縮によって重大な影響を受けた予算項目だった.これらの社会支出削減は,おそらく,多くのドイツ人の苦しみをいっそう悪化させたと考えられる.実際,相対的に深刻な緊縮を経験した地域ほど,相対的に強い苦しみ(死亡率で計測)を経験したのが見出されている.また,死亡率がより高い地域の有権者たちは,,ナチ党により投票する傾向が見られる場合が多い.これは,当時の評論家たちの見解と一致している.たとえば,1930年10月に,ヒャルマル・シャハト(ドイツ帝国銀行の前総裁〔33年に再任〕)は,アメリカの報道機関のインタビューに答えて,こう語っている.「もしドイツ人がこれから飢えることになれば,さらに多くのヒトラーが登場することでしょう」(『ニューヨークタイムズ』1930年10月3日).

結び

ワイマール共和制の終焉とナチ・ファシズムの台頭からは,あまりに苛烈な緊縮が社会の不安定の引き金となり,意図せざる政治的帰結につながりうることが明らかになる.不況も含めて他のさまざまな説明要因を統制しても,緊縮が決定的な役割を果たしたのは明白だ.「緊縮によって人々が多大な苦しみを経験し格差と不公平がいっそう悪化することになった」という仮説と我々の研究結果は整合する.自分たちの政府の助けを人々がこのうえなく必要としていたまさにそのときに政府は人々を見放し,人々は急進的ポピュリスト政党のセイレーンの誘惑におびきよせられたのだ.

原註

  • n.1: 最後となる4つ目の緊急命令をブリューニングが発令した12日後,ヒトラーは「最終緊急命令の大いなる虚妄」と題された大衆向けパンフレットを発行した.これは,大衆の不満を利用して権力を掌握しようとの試みだった.全文は右を参照: Hitler, Hitler an Brüning – Broschürenreihe der Reichspropaganda-Leitung der NSDAP, Heft 5 (Munich: Franz Eher, 1931).

参照文献

  • Adena, M, R Enikolopov, M Petrova, V Santarosa, and E Zhuravskaya (2015), “Radio and the Rise of the Nazis in Prewar Germany.” The Quarterly Journal of Economics 130(4): 1885-1939.
  • Doerr, S, S Gissler, J L Peydró, and H-J Voth (2018), “From Finance to Extremism: The Real Effects of Germany’s 1931 Banking Crisis”, CEPR Discussion Paper 12806.
  • Eichengreen, B (2018), The Populist Temptation: Economic Grievance and Political Reaction in the Modern Era, Oxford University Press.
  • Ferguson, T, and H-J Voth (2008), “Betting on Hitler – The Value of Political Connections in Nazi Germany,” Quarterly Journal of Economics 123(1): 101-37.
  • Galofré-Vilà, G, C M Meissner, M McKee, and D Stuckler (2020), “Austerity and the rise of the Nazi party”, Journal of Economic History, forthcoming.
  • Satyanath, S, N Voigtländer, and H-J Voth (2017), “Bowling for Fascism: Social Capital and the Rise of the Nazi Party.” Journal of Political Economy 125(2): 478-526.
  • Voigtländer, N, and H-J Voth (2012), “Persecution Perpetuated: The Medieval Origins of Anti-Semitic Violence in Nazi Germany”, Quarterly Journal of Economics 127(2): 1339-92.
  • Voth, H-J (2020), “Roots of war: Hitler’s Rise to Power”, in S Broadberry and M Harrison (eds), The Economics of the Second World War: Seventy-Five Years On, CEPR Press.

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