タイラー・コーエン「ダイアモンド=ディビッグ・モデル/ベン・バーナンキの経済学的功績」(2022年10月10日)

タイラー・コーエン「ダイアモンド=ディビッグ・モデル」
Tyler Cowen “The Diamond and Dybvig modelMarginal Revolution, October 10, 2022

ダイアモンド=ディビッグ・モデルの概略が最初に示されたのは、1983年にJournal of Political Economyに掲載されたダグラス・W・ダイアモンドとフィリップ・H・ディビッグによる有名かつ独創的な論文「銀行取り付け、預金保険及び流動性」においてだ。このモデルは、金融仲介機能に関する僕らの一番基本的なところの理解をモデルの形にしたものだと思ってもらっていい。これは預金保険とFEDの最後の貸し手機能について、経済学者がどのように考えるかの基礎となっている。

ダイアモンドが2007年に出したこのモデルの解説はこちら。まずは基本的な認識からはじめよう。銀行の資産はしばしば非流動的だけれど、その一方で預金者は流動性を持っていたいと考えている。預金者が地元の中華料理店への貸出債権の1/2000を保有しているとして、その預金者はその貸し出しに基づいて小切手を振り出したりクレジットカード払いをするのは難しい。貸出債権は売るのに費用がかかるし、売値と買値の差も大きい。

ここで銀行のほうを見てみよう。銀行は貸出を行って債権を保有し、こうした資産の価値の変動リスクを負う。それと同時に銀行は顧客に流動性のある要求払い預金を発行する。顧客は流動性を手に入れ、銀行は資産を保有する。これがうまくいくためには、当然ながら銀行は(平均して)預金に支払うよりも多くの額を貸出しから稼ぐ必要がある。それでも顧客がこの方式を選好するのは、リスクと流動性問題を銀行に移転することができるからだ。

この方式はすべての顧客が(通常時は)一度にお金を銀行から引き出そうとはしないからうまくいく。例外的にすべての人が一度にお金を引き出そうとすることが銀行取り付けと呼ばれていることはご承知のとおり。

銀行取り付けが起きると、銀行は貸出債権の大部分、おそらくはそのすべてを売却して顧客の引き出しに応じるほかなくなる。でも上で見たとおり貸出債権は非流動的で良い価格で売るのは難しい。とりわけすべての銀行が一度に全債権を売却しようとする場合には。

このモデルには複数の均衡があることに注目してほしい。ひとつの均衡は、ほかの顧客は銀行を信用していて全預金を引き出すような大規模取り付けは起きないと顧客たちが予想することだ。もうひとつの均衡は、みんなが銀行取り付けを予想してこれが自己実現的な予言となってしまうことだ。結局のところ、銀行が約束を果たせなくなることがわかった場合、みんなが一刻も早く自分のお金を取り戻そうとしてしまうのだ。

このモデルの一番単純なものでは、銀行は顧客によって所有される相互組合となっている。そのため、悪い結末を迎える可能性を抑えるために資本を積み上げるという独立した株主の決定が含まれない。一部の経済学者はこの点をもってダイアモンド=ディビッグ・モデルの有用性は限定的だとしているけれど、ダイアモンド自身(とラジャンとの共著)によるものを含む、より多様な仮定で時とともにモデルが充実化してきている。これによって金融仲介機能に関するミクロ経済学研究全体が盛り上がり、類似の理論的手法を使った数千もの論文が生まれた。

このモデルには、「順次サービス制約(sequential service constraint)」として知られているものも組み込まれている。すなわち、初期状態の銀行は先着順で顧客に対応しなければならない制約を負っている。この順次サービス制約を緩めると、より幅広い契約ができることで銀行取り付けを止めることが可能になる。たとえば、銀行が引き出しを制限、停止、遅らせる権利を留保するというのがありえる。その場合、銀行はその後顧客に追加的な支払いを行うことになるだろう。こうしたインセンティブや、あるいは同じような考えに基づく契約によって銀行取り付けを止められる可能性がある。

このモデルでは銀行取り付けは銀行に支払い能力がないから起こるわけじゃない。それよりも銀行取り付けは「黒点 [1] … Continue reading 」のせいで起きる、つまりは銀行取り付けは銀行取り付けが起きると予想されるから起きるんだ。

この基本的な結論を銀行預金や最後の貸し手であるFEDがどのように改善するかを見るのは簡単だ。もし顧客が銀行取り付けに走り始めたら、連邦預金保険公社やFEDは預金を単に保証すればいい。それで取り付け騒ぎを続ける理由はなくなって、経済は再びパレート改善的な方へと向かう。もちろん預金保険やFEDが銀行のモラルハザード問題を生み出し、保証をいいことに銀行が過剰なリスクをとりだすこともありえるけれど、こうした問題はその後の研究でさらに掘り下げが行われている。

これに関連した(けれどとても違った!)研究で、ダイアモンド(単著)は1984年にReview of Economic Studiesで「金融仲介と委託監視」という論文を発表している。この論文は金融仲介機能の便益を全く変わった方法でモデル化している。貸出債権の質は監視されなければならず、その点において銀行は預金者に比べて比較優位がある。さらに、銀行はポートフォリオ内に多くの貸出債権を持っているので債権を多様な方法で監視できる。銀行による監視は預金者による監視よりもリスクが低く、かかる費用も低い。この論文もその後の研究に大きな影響を及ぼした。

Googleスカラーでのダイアモンドの検索結果はこちら。非常に多くの注目を集めている経済学者だということが分かるだろう。ディビッグのはこちら。彼の論文の大部分はより狭義の金融分野におけるものだけれど、彼のノーベル賞受賞理由は銀行制度と仲介機能に関する業績だった。資産価格決定と金利の期間構造に関する彼の論文はよく知られている。

ノーベル賞委員会による彼らとその業績に関する情報はこちら。今年のはまだ読んでないんだけれど、基本的に毎年とてもよくできている。

総じて言えば今回の選考は全く驚きではなくて、彼らが受賞するだろうことは何年も前から言われていた。


タイラー・コーエン「ベン・バーナンキの経済学的功績」
Tyler Cowen “The economic contributions of Ben BernankeMarginal Revolution, October 10, 2022

ベン・バーナンキはFED議長として一番知られているけど、彼は長く研究者としても名高い業績を誇り、大きな影響を与えている。彼の功績の一部を以下に紹介しよう。

  1. バーナンキは、しばしばアラン・ブラインダーと共著で、一連の論文において「信用と貨幣」が貨幣単体よりも優れた先行指標であると主張してきた。そしてより一般的には、ミルトン・フリードマンが提唱したように貨幣と所得の相関について僕らに再考を促した。この研究は正しかったのだけれど、貨幣が先行指標として用いられることが少なくなってしまった(特にバーナンキ自身のその後の行動によって!)ため、15年くらい前と比べると重要度は下がったとみられている。金融政策の指標としてのフェデラルファンド・レートの(今よりも前の)重要性に関する論文も見てみてほしい。貨幣と信用に関するベンの一連の業績は、彼に最初の名声をもたらした。
  2. バーナンキは、金融仲介機能の崩壊が大恐慌においてどのようにして重要な役割を果たしたかという有名な論文を1983年に発表している。それよりも前、ミルトン・フリードマンがマネーサプライの収縮の重要性を強調していたけど、崩壊がどのようにして起きたかについて、バーナンキの研究はフリードマンよりもずっと豊かな描写をもたらした。貯蓄者が銀行の破綻によって借り手から切り離されたことで、経済は資本を効果的に用いることができなくなってしまった。この論文はバーナンキの研究とダイアモンド=ディビッグの研究を統合体となっている。この論文は今もって十分有効なものになっている。
  3. バーナンキはこれに関連して、ガートラーやグリクリストらとの共同で金融上の問題がどのように景気を悪化させるかについての研究も行っている。当然ながらこの研究はその後の彼のFED議長としての決定の肥やしにもなっている。さらに別の研究で、バーナンキは経済の下降がどのように担保の価値を引き下げ、ひいては貸出プロセスを締め上げて景気の沈下を悪化させるかも示している。
  4. バーナンキの博士論文はオプション価値と不可逆的な投資の概念に関するものだ。事業の不確実性が少し上昇すると投資は大きく落ちてしまう。これは少し待つという「オプション価値」を行使することでより多くの情報を集めたいという欲求が生まれるからだ。この研究は1983年にThe Quarterly Journal of Economicsに掲載された。後にピンダイクとルビンフェルドによって拡張されることになるこのアイデアについて、バーナンキに十分な賞賛が与えられていないと僕は昔から感じていた [2]訳注;アレックス・タバロックもこのもうひとつの1983年論文を特にお気に入りとしている。
  5. バーナンキはたくさんの論文を書いている。これはミシュキンとの共著で、金融政策の実施のための新たな手段としてのインフレ目標に関するものだ。この頃は良い時代だったね。多くのOECD加盟国が数十年にわたってインフレ目標レジームを採用していた。
  6. これはベンが他の共著者と書いた論文なんだけど「過去三十年におけるアメリカの景気後退は基本的にすべて、石油価格の上昇と金融政策の引き締めの後に起こっていることをまず記述する」だって。あーあ [3]訳注;まさに現在この二つが起きていることはご承知の通り。
  7. 経済がゼロ金利制約に達してしまったら何をすべきかについてのベンの2004年の論文はこちら。彼がゼロ金利制約下における「自己機能不全」と呼んだ、以前の日本の金融政策に関するベンの論文はこちら。
  8. ベンは、金本位制と国際的なデフレ圧力がどのようにして大恐慌を引き起こし、他国に伝播させ、さらに悪化させたかに関する僕たちの理解に多大な貢献をしている。この研究は今も十分有効だし、主流派の考えに組み込まれている。さらに詳細はこちら。
  9. バーナンキは「世界的貯蓄過剰(global savings glut)」という言葉の生みの親だ。

ノーベル賞委員会によるバーナンキとその業績に関する情報はこちら。今年のはまだ読んでないんだけれど、基本的に毎年とてもよくできている。ベンのGoogleスカラーの検索結果はこちら

総じて言えば、ベンは幅広い分野において卓越した業績のある思想家兼研究者だ。今回の授賞は間違いなく彼にふさわしい。僕の意見が異端であることを承知の上で言えば、彼の一番重要な業績は経済史と大恐慌に関するものだ。

References

References
1 訳注;文字通り太陽黒点の意だが、経済学においてはなんらかの外生的なショックを意味する。ジェボンズが景気変動は太陽黒点によって引き起こされると主張したのが元ネタらしい。
2 訳注;アレックス・タバロックもこのもうひとつの1983年論文を特にお気に入りとしている。
3 訳注;まさに現在この二つが起きていることはご承知の通り。
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