ロメシュ・ヴァイティリンガム「ロシアのウクライナ侵略の経済的帰結:有力経済学者たちの見方」(2022年3月10日)

Romesh Vaitilingam “Economic consequences of Russia’s invasion of Ukraine: Views of leading economistsVOX.EU, 10 March 2022

ロシアのウクライナ侵略及びそれに対する国際社会の対応による経済帰結はどのようなものになるだろうか。シカゴ大学ブース校のIGMフォーラムは、ヨーロッパとアメリカの有力経済学者たちからなるパネルに意見を求めた。本稿で報告するとおり、圧倒的多数の専門家は、現在までに実施されている経済・金融制裁がロシアに深刻な景気後退を引き起こすと考えている。また、5分の4近くは、侵略による余波が世界全体において、この先1年間の経済成長を低下させるとともにインフレ率も高めるとみなしている。これよりやや少なくなるものの、多数はロシアからの石油・ガスの全面禁止はヨーロッパ各国に景気後退をもたらすリスクが高いという点で意見が一致しているが、そのうち一部はそうしたエネルギー禁輸による影響は支払うべき代償であるとも考えている。最後に、ドルを武器として使うことによってドルの世界の基軸通貨としての役割にどのような潜在的な影響があるかについては、意見が分かれた。


ロシアのウクライナ侵略及びそれに対する国際社会の対応による経済帰結はどのようなものになるだろうか。シカゴ大学ブース校は、10年以上にわたって公共政策に関する問題についてヨーロッパとアメリカのトップクラスの専門家の意見を定期的に調査してきており、今回も、ロシア経済(Cecchetti and Schoenholtz 2022, Garicano 2022)、ヨーロッパ経済、国際通貨としてのドルの役割、世界の経済成長とインフレへの潜在的な影響といった重要な論点について、彼ら専門家の意見を尋ねた。

IGM調査の標準フォーマットに基づき、専門家たちは以下の主張について賛成か反対か、また自身の回答についてどの程度自信があるかを回答した。

  • a) ロシアのウクライナ侵略の影響はスタグフレーションをもたらし、今後1年にわたって世界の経済成長を大きく引下げとインフレを顕著に高める。
  • b) これまでに実施された経済・金融制裁はロシアに深刻な景気後退をもたらす
  • c) ロシア経済を対象として石油・ガスの輸入を全面禁止することは、ヨーロッパ各国に景気後退をもたらすリスクが高い。
  • d) ドル金融を武器として用いることは、世界の基軸通貨としてのドルの地位を大きく弱める可能性が高い。

ヨーロッパの専門家のうち41人、アメリカの専門家43人のうち40人の合計81人から回答が得られた。

侵略の潜在的なスタグフレーション効果

侵略による影響が今後一年にわたって世界の経済成長を低下させインフレを高めるという最初の主張について、専門家たちの4分の3以上が同意し、残りは不明と回答した。

各専門家の回答の自信度で重み付けを行うと、アメリカの専門家の16%は強く同意、65%が同意、19%が不明と回答し、不同意ないし強く不同意は0%だった。ヨーロッパの専門家では、34%が強く同意、44%が同意、22%が不明と回答し、不同意ないし強く不同意は0%だった(これも同様に回答の自信度で重み付けを行っている)。

アメリカ・ヨーロッパを合わせた全体としては、26%が強く同意、53%が同意、21%が不明と回答し、不同意と回答したのは誰もいなかった。

回答にあたってつけられる短いコメントの中で、「強く同意」と回答したダブリン大学のカール・フェランは「これは典型的な負の供給ショック。1970年代から分かっていたとおり、こうしたショックはインフレを高め、産出を低下させる」と述べている。「不明」と回答したシカゴ大学のロバート・シマーは、そうした見立ては認めつつも、必ずしもその通りの結果にはならないとして、「これは負のサプライショック。これがインフレになるかは金融政策による対応次第」としている。イエール大学のラリー・サミュエルソンは「同意」と回答しつつ、「紛争が長引けば、元々生じていたサプライチェーンの問題に加えて、世界経済の打撃となるだろう」とコメントしている。

その他「同意」と回答した中には、成長率の低下とインフレの上昇の原因としてありうるものを挙げている。ロンドン・スクールオブエコノミクスのクリストファー・ピサリデスは「石油やその他の資源を通じて効果が現れるだろう。供給が減って価格と生産費用が上昇する」と説明する。インペリアルカレッジ・ロンドンのフランクリン・アレンは「ロシアの侵略は石油、ガスやその他多くの商品の価格が高水準になることで既にインフレを引き起こしている。産出も減少するかもしれない。」としている。プリンストン大学のマーカス・ブランナーマイヤーは「ロシア経済は大きくはないが、エネルギー価格の上昇は一部の新興市場やEUにとって逆風となるだろう」と付け加えている。また、シカゴ大学のアニル・カシュヤップは「エネルギー、ネオン、パラジウム(この二つは半導体にとって重要)、小麦でたくさんの混乱が起きる」としている。

「不明」と回答した中では、MITのアントワネット・ショアルは「経済的影響は間違いなく大きいと思う。でもそれがスタグフレーションになるかは確信がない」と述べている。ピーターソン国際経済研究所のオリヴィエ・ブランシャールは、「インフレについてはある程度自信をもって言えるが、産出についてはそれほどではない。何か別の理由で需要は底堅い可能性がある」と書いている。ハーバード大学のエリック・マスキンは「スタグフレーションが起こるというのが妥当に思えるが、それが起こるという一点予測はしたくない」としている。

その他「不明」と答えた中で、オスロ大学のケティル・シュトーレスレッテンは「ロシアのインフレは世界の成長率を低下させるだろうが、インフレにどう作用するかはわからない」と書いている。フランクフルト・ゲーテ大学のヤン=ピーテル・クラーネンは「戦争の影響は両方向ある。サプライチェーンとエネルギー価格は成長率を低下させるが、エネルギーの代替化と軍備増強はその逆に働く」とコメントしている。

制裁によるロシア経済への潜在的影響

2点目の主張である、現時点までに実施された制裁はロシアに深刻な景気後退をもたらすという点については、専門家の90%が同意し、これについても不同意はなかった。

各専門家の回答の自信度で重み付けを行うと、アメリカの専門家のうち16%が強く同意、77%が同意、8%が不明と回答し、不同意もしくは強く不同意は0%だった(小数点以下の処理の関係で合計は必ずしも100%にならない)。ヨーロッパの専門家のうち、45%が強く同意、49%が同意、6%が不明と回答し、不同意もしくは強く不同意は0%だった(これも同様に回答の自信度で重み付けを行っている)。

「同意」と回答した専門家のうち、ラリー・サミュエルソンは「既に崩壊の兆しは見えているが、それが深刻な景気後退となるかはそれほど明らかではない」と述べている。カール・フェランは「ロシアはエネルギーを除くと大きな経常収支赤字となっている。供給やサービスへのアクセスの喪失は経済を痛めつけるだろう」と書いている。ヤン=ピーテル・クラーネンは「ロシアから世界各国が撤退することで景気後退が起きると予想はしているが、エネルギー価格上昇によるロシアの収益増加は一定程度それを打ち消す方向に働くだろう」と示唆している。さらにフランクリン・アレンは「制裁がどれだけ効果的なものになるか、制裁の効果を回避するために中国がどれだけ手助けをするか分からない。しかし、産出が減少する可能性は高いように思える」としている。

「同意」と回答した専門家のうち、一部は制裁の範囲とそれが実施される期間の重要性を指摘している。スタンフォード大学のケネス・ジャドは「同意、制裁が維持されるのであればね。僕らは引き下がれない。僕らはプーチンに対する一致した締め上げを維持しなければならない」と述べている。MITのダロン・アセモグルは「同意、しかし制裁は完全に包括的なものとは(今のところ)なっていないことも念頭においておきたい。西側は全てのガス輸入を止めて、ロシアの全ての銀行をSWIFTから排除すべきだ」としている。ノースウェスタン大学のクリストファー・アドリーは「しかし制裁の強化はまだ可能であり、そうすべきだ」と付け加えている。

「不明」と回答した専門家のうち、マーカス・ブランナーマイヤーは「これ以前から既にロシアの成長率は低かった。制裁が効いてくるには時間が掛かるだろう」と指摘している。ダブリン・トリニティ大学のパトリック・ホノハンは「ガス・石油の輸出はそれでもロシアの輸入を賄える。景気後退は、ロシア国内における信頼の崩壊によって引き起こされる可能性のほうが高い」としている。クリストファー・ピサリデスは「石油を売ることができる限り、ロシアには収入がある。そしてロシアはアジアと貿易できる。しかし、市場の取引相手を切り替えるのは高くつくだろう」としている。そしてスタンフォード大学のロバート・フォードは「自給自足経済を強いることが、経済活動の低下につながるとは限らない」と見ている。

石油・ガスの輸入禁止によるヨーロッパ経済への潜在的影響

3点目の主張である、石油・ガスの全面禁止はヨーロッパ経済に景気後退をもたらすリスクが高いという主張については、70%が同意し、残りのほとんどは不明としている。アメリカの専門家と比べ、ヨーロッパの専門家のほうが景気後退を非常に強く予期していることは注目に値する。それと同時に、何人かの専門家はエネルギー禁輸がヨーロッパ経済にとって高くつくのだとしても、禁輸を行うほうが望ましいかもしれないとの意見を述べている。

各専門家の回答の自信度で重み付けを行うと、アメリカの専門家の19%が強く同意、42%が同意、40%が不明と回答し、不同意あるいは強く不同意は0%だった。ヨーロッパの専門家のうち、16%が強く同意、61%が同意、19%が不明、3%が不同意と回答した(これも同様に回答の自信度で重み付けを行っている)。

全体として、アメリカとヨーロッパの専門家を合わせると17%が強く同意、53%が同意、27%が不明、2%が不同意となった。

「同意」または「強く同意」と回答した専門家のうち、エイナウディ経済金融研究所のルイジ・グイソは「ヨーロッパはロシアのガスに強く依存しており、その切替えには相当な時間が掛かる」と指摘している。クリストファー・ピサリデスは「ドイツはロシアのガスに完全に依存している。ドイツやその他一部の国における景気後退はヨーロッパ全体に広がるだろう」と同意を示している。同様に、シカゴ大学のルボス・パストールも「イタリアやドイツといったいくつかのヨーロッパの大国はロシアのガスに強く依存している」と指摘している。そしてコロンビア大学のホセ・シャインクマンは「景気後退効果の大部分はガス輸入の禁止によるものになるだろう。石油による効果は供給元の切替えで部分的に軽減されるからだ」と説明している。

「同意」と回答した専門家の中には、禁輸措置による費用を認めつつも、それでも禁輸を行うのが妥当かもしれないと捉えている専門家もいる。ヤン=ピーテル・クラーネンは「残念ながら同意。それでも私は既存のガスパイプラインであるノルド・ストリーム1を閉めて、再生可能エネルギーに切り替えるべきだと考えている」と主張する。カリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーンは「ヨーロッパに景気後退をもたらすことが必ずしも禁輸措置に反対する根拠にはならない」と述べている。ロンドン・スクールオブエコノミクスのリカルド・レイスは「それでもやるべきだ」と結んでいる。

「不明」と回答した専門家の一部も同じようなことを述べている。シカゴ大学のクリスティアン・ルーズは「景気後退をもたらすかもしれないが確答はむずかしい。それに政治的及び人道的な理由も考慮に入れるべきだ。景気後退を被ってでもやる価値があるかもしれない」と述べている。そしてアニル・カシュヤップは「かもしれないね。でもだからやらないってことにはならないだろう。どれだけロシアからのガスを代替できるかを正確に見積もるかも困難だ。ロシアから買い続けることはロシアの外貨稼ぎを助けることになる」とコメントしている。

「不明」と回答した専門家の中には、下向きの圧力を認めつつもそれがヨーロッパに景気後退をもたらすかはわからないとしている。ダロン・アセモグルは「もちろん禁輸はヨーロッパにとってより高くつくものになるだろうが、それによって深刻な景気後退に陥るかはわからない」と述べている。パリ・スクールオブエコノミクスのジャン=ピエール・ダンティーヌは「成長が鈍化するのは間違いなく、依存度のより高い国では景気後退になるかもしれない」と示唆している。また、カール・フェランは「分からない。禁輸は負の要素ではあるがパンデミックからの力強い回復を見せていて、家計のバランスシートも良好だ」と回答している。

世界のエネルギー市場の変化の可能性を指摘するコメントもある。フランクリン・アレンは「現時点で回答するのは難しい。別の国がヨーロッパにエネルギーを供給することで全体としての供給量は変わらないかもしれないからだ」と述べている。そしてケネス・ジャドは「OPECに増産をさせるとともに、ヨーロッパへの石油供給を増やすようにアメリカの政策を一部変更させる必要がある」と主張している。

バルセロナ・ポンペウ・ファブラ大学のヤン・エークハウトは「不同意」と回答しつつ「構造変化は起こるだろうが、いずれにせよロシアの石油・ガスはヨーロッパが消費しなくてもどこか(中国、インド等)で消費されるだろう」と指摘している。

国際金融を武器とすることによるドルへの潜在的な影響

4つめの主張である、ドル金融を武器として用いることは世界の基軸通貨としてのドルの地位を大きく弱める可能性が高い、という点については、ほかの質問と比べて回答がばらけた。

各専門家の回答の自信度で重み付けを行うと、アメリカの専門家の24%が同意、40%が不明、32%が不同意、5%が強く不同意と回答した。ヨーロッパの専門家のうち、23%が同意、33%が不明、39%が不同意、4%が強く不同意と回答した(これも同様に回答の自信度で重み付けを行っている)。

全体として、アメリカとヨーロッパの専門家を合わせると24%が同意、36%が不明、36%が不同意、5%が強く不同意となった。

「同意」と回答した中では、ヤン=ピーテル・クラーネンは「ドル離れは既に進行中で、金融を武器として用いるのはもう何年にもわたって国際政治の一要素となっている」と主張している。ロバート・シマーは「ロシアや中国といった、将来の制裁を恐れるような国にとっては一層あてはまる」と述べている。クリストファー・アドリーは、エネルギー禁輸と同じように、高く付くとしてもやる価値があるとして、「「大きく」弱めるかは分からないが、いずれにせよ支払うに値する費用だ」とコメントしている。

ドルに代わりうるものを上げる専門家もいる。スタンフォード大学のダレル・ダフィは、「ドル決済を武器にすることで、代替策として暗号通貨やその他の支払手段へと徐々に向かうことだろう」とコメントしている。ルボス・パストールは「金、暗号通貨、人民元はドルをはじめとする西側の通貨の代わりに市場シェアを伸ばすだろう」としている。ホセ・シャインクマンは「しかしユーロ、円、英ポンド、スイスフランも制裁措置に加わっているため、民主主義を侵略しようと企む国は金、暗号通貨、人民元の使用を余儀なくされるだろう」と警告している。

「不明」と回答した専門家のうち、カリフォルニア大学バークレー校のモーリス・オブスフェルドは「今のロシアのような事例に限るのであれば、そうはならない」とコメントしている。フランクリン・アレンは「長期的にはドルの役割は減じるかもしれないが、短中期的にはネットワーク外部性が支配的な要素となる可能性がある」と説明する。ジャン=ピエール・ダンティーヌは「ドルは(多少陰りはしても)支配的な国際通貨であり続けるだろう」と述べている。また、MITのアビジット・バナジーは「ドル離れに向かう力はすべて以前からあったものだ。しかし今回のことでより一層加速するかもしれない」としている。

ドルの地位が弱まることに「不同意」と回答した専門家のうち何人かは、ロシア経済のサイズを指摘している。ケティル・シュトーレスレッテンは「ロシアはドルへの依存を減らそうとするかもしれないが、ドルの支配的役割は変わらないだろう。ロシアは小さすぎる」と述べている。ハーバード大学のポル・アントラスも「ロシア経済は小さい。とはいえ、中国の最終的な出方を見る必要がある」としている。また、スタンフォード大学のピート・クレナウは、直近のデータによる世界のGDPと貿易額に占めるロシアの割合を指摘している(1~2%)。

その他「不同意」と回答した専門家の中には、現実的にドルに代わるものがないこと、中でも特に中国と人民元に注目する専門家もいる。ジュネーブ大学院のシャルル・ウィプロスは、「ドルから離れて何を使うんだ?人民元じゃドルを完全に代替することはできない」と疑問を呈している。ダロン・アセモグルも「何が代替になるだろうか。人民元?中国はロシアを完全に支持したことで国際的な立場を失ったとみることもできるだろう」としている。パトリック・ホノハンは「ドルが武器として使われたのはこれが初めてではない。金融制裁をしているのはアメリカだけでもない。人民元が基軸通貨なるにはまだほど遠い」と書いている。ケネス・ジャドは「ドルの力を使うことは友好国すべてが支持している。中国がドルの使用をやめるのは難しいだろう」と主張している。

最後に、一部の専門家は何かがドルの代替となることを疑問視している。アニル・カシュヤップは「短期的にはほとんどありえないし、ドルは「汚れたシャツの中では一番きれいなやつ」であり続ける。何か代わりのものがあるだろうか。暗号通貨がそうなるかは疑問だね」とコメントしている。リカルド・レイスは、自身の研究を示しつつ、「代わりのものを使い始めて、さらにそれを育て上げるのは難しい」としている。ロンドン・ビジネススクールのリチャード・ポーテスは、「まともな代わりなんてない」と切り捨てている。

参考文献

●Bahaj, S, and R Reis (2020), “Jumpstarting an International Currency”, CEPR Discussion Paper No. 14793.
●Cecchetti, S, and K Schoenholtz (2022), “Central Bank Sanctions on Russia”, VideoVox, March.
●Chepeliev, M, T Hertel and D van der Mensbrugghe (2022), “Cutting Russia’s fossil fuel exports: Short-term pain for long-term gain”, VoxEU.org, 9 March.
●Garicano, L (2022), “Raising the pressure on Putin”, VoxEU.org, 9 March.

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2 comments
  1. 設問aは「世界の経済成長とインフレを顕著に高める」でなく「世界の経済成長を顕著に引き下げ、インフレを顕著に高める」ではないでしょうか。
    また、「資させいている」というのはおそらく「示唆している」の誤字でしょうか。

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