グローバライゼーションと合衆国の労働市場 From VoxEU
Mine Senses、ジョンズ・ホプキンズ大学国際経済学准教授
2017年8月6日
概要: グローバライゼーションによってもっとも被害を被ったコミュニティは近年の合衆国の選挙において中道の候補からよりイデオロギー的に過激な候補へと支持をシフトさせたという証拠などが出てきている。Vox eBookから抜粋されたこのコラムでは、グローバライゼーションの波を反転させる事を約束して当選した政治家の政策がどういうものになるかと、そういった政策の成功の見通しについて考えてみる。
編集者注: このコラムは最初、Vox eBook、Economics and policy in the Age of Trump、の中の1章として書かれた。この本はここからダウンロード可能である。
ほとんどのアメリカ人は貿易もある程度までは良いものだということには同意しています。もしアラスカ人が寒すぎて育てられない場所に住んでいるからといってマンゴーを食べることが出来ない、なんて事になったりしたなら、それはバカバカしい話です。ですが貿易の利益についての公共の議論は、それがもはや合衆国ではつくられなくなった、あるいはだんだんとそうなりつつある製品、たとえば繊維、玩具、家具、そして自動車などについてになるともっと厄介になってきます。
ほとんどの経済学者は貿易がそれに参加するすべての国々にとってウィン-ウィンである事を強調します。それによると、貿易は厚生を改善し、価格を下げることと提供される製品のバラエティを増やすことで消費者に利益をもたらします。全体としての生産性はそれぞれの国が、相対的に競争力のない製品の生産から撤退して、競争力のある製品の生産へ向かうことで向上します。貿易のお陰で、消費者は燃費のいいトヨタや、スポーティーなBMWや大きなフォードのSUVを買えるわけです。そして”Made in America”の玩具や家具、そして繊維に払うよりもずっと安い額でメキシコや中国、それからヴェトナムバージョンのそれらの製品を買えるわけです。貿易は経済のなかの労働者や資本、そして土地を開放して、それらがより得意なことに集中できるようにします。合衆国の場合は、ロボットや飛行機といった先進的な工業製品、それから銀行業、保険そしてソフトウェアというサービスです。
しかしながら、経済学者は貿易の利益が人口の異なるセグメントの中で不均衡に分配されること、そして貿易にともなっての産業の破壊と拡大はそれ自体にリスクとコストがあることも長く知っていました。けれどつい最近まで、こういった移行のコストは小さいだろうし、利益は誰かの被る損失を補うのに充分なほど大きいというのが経済学会のコンセンサスでした。
そして中国がきたわけです。その大きな人口、しっかりしたインフラ、並外れた経済成長とともに。中国は1980年の世界GDP1%から2010年の20%へと急速に変化してきました。2001年の中国のWTOへの加盟によって、合衆国の市場への低関税率でのアクセスが確保されました。とりわけ、低スキルな労働集約的産業においてです。重要なのは、この加盟は中国からの輸入品へ保護関税が将来かけられる危険性を減らすことで、企業がその生産の一部なり全部を中国へ移すのをより容易にしたことです。
世界のシーンへの大規模な輸出志向の国の急速な参加は、かつてのグローバライゼーションのエピソードよりも大きな影響をアメリカの労働者とそのコミュニティにもたらしました。この結果が、経済学者の関心を貿易の全体としての利益から、調整プロセスのスピードの数値化と分配の結果へとシフトさせました。これまでのところの発見は、一部の労働者とそのコミュニティへの大きくかつ集中した損失を伴う緩慢な移行プロセスを示唆しています。
1990年代と2000年代、中国と競争したアメリカの産業は、その競争にあまり晒されなかった産業とくらべて、より多くの工場閉鎖と、生き延びた工場でのより低い雇用成長を経験することになりました(Bernard et al. 2006)。こういった産業で雇用されていた労働者たちは、直接的な競争にあまり直面しなかった産業で雇用されていた労働者たちと比べて所得の低下(Autor et al. 2014)と、そしてその所得についての不確実性の上昇(Krishna and Senses 2014)を目撃しました。こういったセクターでも高スキル労働者、つまり弁護士、人事のスペシャリスト、そして経営スタッフは所得の低下もほとんど無しに他の産業へ移ることができましたが、低学歴の低賃金労働者はそのインパクトの猛威にもろに晒されました。こういった労働者の一部は、失業保険、メディケイド、メディケア、Supplemental Nutrition Assistance Program、Temporary Assistance for Needy FamiliesあるいはTrade Adjustment Assistanceといった連邦政府の公的扶助を受けましたが、こういった扶助は彼らが経験した深刻な損失を補うのには足りませんでした。
製造業の職を失ったコミュニティでは、そのインパクトは低スキルの工場労働者の賃金と職の安定性だけに限られたわけではなく、その地域の非製造業の雇用にまで及びました(Autor et al.2013)。顧客たちの使えるお金が少なくなってしまえば、それが失業の為だろうが彼らにとっての経済的不安定の上昇のせいだろうが、地元の商店も、レストランも、散髪屋もそしてそのほかの商売もみな苦しむことになるわけです。
製造業の工場の運命は、サプライチェーンを通じてそのほかの産業ともつながっています。もし家具をつくる工場が閉鎖されれば、その負の効果は木材や、プラスティックのラミネート、ベニヤ板、金属、鉄や機械の供給業者、そして家具を倉庫に収納したり、輸送したり、そして販売したりする会社にも及びます。
地元政府は、レベルの高い教育やインフラといった公共サービスに投資をすることにより、そのコミュニティの労働者や企業の競争力を確保する上で重要な役割をはたせます。問題は、合衆国においてはこういった公共サービスの財源が非常にローカライズされていて、不動産の資産税と売上税からの収入に大きく依存していることです。なので、地元の経済活動の低下は税収を低下させ、地元政府が公共サービスを賄う能力を制限してしまいます。そのサポートがもっとも必要なその時にです。その結果は、負の所得ショックを悪化させる公共サービスの劣化につながり、公共住宅、生活保護、公共交通機関への支出削減、(資産への)犯罪率の上昇、そして学校教育の悪化などがおこります(Feler and Senses 2017)。
既に教育と賃金分布の底辺にいる労働者が直面する労働市場での負の結果と、そして彼らのコミュニティでの経済的機会の減少は、しばしば個人レベルでの大きな変化を引き起こします。製造業の衰退は、女性と比較した男性の賃金を低下させ、これが次に彼らの結婚相手としての魅力を低下させる―その結果は、最も深刻な被害を受けたコミュニティでの結婚と出生率の低下です(Autor et al.2017)。健康の悪化と死亡率の上昇の証拠(Pierce and Schott 2016)や、婚外子や10代妊娠の上昇もあります。
二つの重要な但し書きがこの気分の暗くなる話には欠けています。
- まず第一に、これらの発見は、より自由な貿易が益よりも害をなすとは言っていません。上で上げた研究はどれも貿易の利益について語っていません。価格の低下やバラエティの増加による消費者への利益も、サービスや先端製造業の企業がその製品を輸出したり、機械や原材料などの安いインプットを輸入することからのものも。貿易財の価格の低下や、輸入競争に晒された地域の住宅価格の低下は、少なくとも部分的には、購買力へのインパクトを小さくするものです。
- 第二に、貿易はこういう負のトレンドの一因ではありましたが、とくに2000年代においてはそうだったのですが、第一の要因というわけでは全くありませんでした。コンピュータとロボットによる仕事の自動化は、中国やメキシコとの貿易より政治家にとって派手な見出しを作り出しにくいでしょうが、大学教育を受けていない工場労働者が経験してきた負の経済的結果についてより大きなインパクトを持ってきました。中国のWTO加盟によって直接的に失われた職も、中国の労働者によってでなくても機械によって結局は置き換えられていたというのもありそうなことです。ファストフードチェーンのCEOであり、かつて労働長官候補だったAndy Puzderは最近のBusiness Insider誌とのインタビューで、「[機械は]つねに礼儀正しいし、つねに追加の商品を客に勧めるし、休暇は絶対とらないし、遅刻も絶対しないし、滑って転ぶなんてことはないし、年齢なり性別なり人種なりの差別で訴えてくるということもない」(Business Insider 2016)と語っています。人力の労働が、安くて、速くて、より効率的なロボットによって置き換えられるトレンドを反転させるような政策がワシントンで大きな支持を得るというのはありそうにないことです。
残念ながら、こういった暗い経済的背景があっては、貿易の利益と損失についての微妙な議論は人の心に届きません。とくに選挙の年には。グローバライゼーションによってもっともダメージを受けたコミュニティでは、一番最近の合衆国の全国レベルの選挙において、中道の候補からイデオロギー的に過激な候補へのシフトがあったという証拠がいくつかあります。このシフトは政治的スペクトラムの両端で起こりました:より穏健な共和党候補からより保守的な候補へ、そしてより穏健な民主党候補からよりリベラルな候補へ(Autor et al.2016)。さて問題は、こういう政治家たち、グローバリゼーションの津波を追い返す事を約束して当選した政治家たちはどういう政策を実行するだろうか、です。
最初の兆候は心配させられるものです。トランプ大統領は、選挙戦で一貫して貿易を制限すると約束していました。これはアメリカの消費者に害を与えるものです。特に、貿易によって価格がもっとも低下していそうなタイプの製品への所得からの支出のシェアが高所得層よりも大きい低所得の消費者にとってそうでしょう(Fajgelbaum and Khandelwal 2016)。彼らは、以前は他の国から輸入されていた製品の「メイド・イン・アメリカ」バージョンへより多く支払う事になってしまいます。この政策はほぼ確実に貿易相手からの報復を引き起こしてしまうでしょうし、それはアメリカの輸出品への需要を減らす事になるでしょうし、そして世界的な景気停滞へもつながりかねません。更に、合衆国と中国の相互の結びつきからすると、中国との貿易を制限する政策は中国からの安い中間財や原材料に大きく依存している多くのアメリカの企業のサプライチェーンを害することになります。
これまでのところ、この方面での唯一の実現した政策はオバマ大統領によって交渉されていた12ヶ国の貿易協定であるTrans-Pacific Partnership (TPP)を破棄したことですが、これには中国は参加していません。そしてこれは中国によって強く支持された行動でした。アジアにおける貿易関係のルールをアメリカのポジションに中国を置いて書き換えるポテンシャルを持つものだからです。
重要な事ですが、たとえもしトランプの保護主義的政策が実行され、製造業企業が合衆国に戻ってくるように成功裏に誘因付けされたとしても、彼らの新しい工場は1970年代のミシガン州デトロイトのフォードの工場よりも、サウスカロライナ州スパルタンブルグのBMWの工場のようになっているでしょう。つまり、規制が大してない南部の労働権州に位置する、そのフロアがブルーカラーの労働者によってではなく、ロボットと少数の比較的高スキルで高賃金のロボットオペレーターなり、テクニシャンや技術者である労働者によって占められたものになるでしょう。これは貿易によって影響を受けたどこかのコミュニティに住む労働者の悲哀を癒やしてくれはしないでしょう。
グローバリゼーションと技術的発展の趨勢を、それらから恩恵を受けているコミュニティ、企業、労働者そして消費者の犠牲のもとに反転させようとするのではなくて、より生産的なアプローチはこのプロセスの中でその生計の手段を失った人達の被害を減らすことからなるでしょう。
- まず第一に、適切にはたらき充分に予算のある社会的セーフティーネットプログラムは、そういった労働者が直面する損失の一部に対するバッファーとなり、彼らの産業の外での新しい雇用への移行を容易にするでしょう。
失業保険、Supplemental Nutrition Assistance ProgramそしてTemporary Assistanve for Needy Familiesといった一時的扶助の受取資格の拡大と支給額の増額が失業による初期の衝撃を和らげる助けになるでしょう。
- 第二に、貿易のショックがより頻繁になり、より予想が難しくなり、そして保険をかけるのがより難しくなる環境で、短期的な損失の補償は重要ですが、人々を出来るだけはやく仕事に戻す政策が望ましい。
これは失業による効率性の低下の為だけではありません。仕事は多くの労働者にとってただの給料以上のなのです。仕事は目的意識を生み出し、しばしば必要となる枠組みを与え、自分のコミュニティの中で確固たる位置を占めているという感覚を与え、そして自身のアイデンティティの一部となります。
職を失うことのコストは、職からの金融的利益を失う事以上のものなのです。最近の研究は男性の、とくに学士号のない白人男性の労働力人口からの脱落を、自殺、ドラッグ、そしてアルコール中毒による「絶望からの死」の増加と関連付けています(Case and Deaton 2017)。再教育への補助、連邦政府による雇用の保障、賃金保険プログラム、そして失業した労働者が大学へ戻る為の助成されたローンなどはみな、若い労働者が以前の職とは非常に異なるスキルを要求する新しいセクターへ移ることを、そして高齢の労働者が引退することを助ける政策です。
- 第三に、移動への障害としてはたらくような地元政府の政策の撤廃と、より繁栄しているコミュニティへの移動の誘因を労働者に与えることは有益です。
こういった障害の一つは、住宅価格を高めるようなゾーニングの法律や建築制限などの住宅供給への人為的な制限です。これらの政策は住居費に所得の中のより大きなシェアを充てる低所得家計にとってより大きな負担を課すものとなります。
移動へのまた別の障害は、職業へのライセンス関係の法律です。現在、合衆国の労働者の三分の一ほどが州の発行する働くためのライセンスを必要としています。新しい州でライセンスを取得する時間と金銭的コストは大きく違っており、移動への障害としてはたらきます。とりわけ、少なくとも1人がヘアドレッサー、メイクアップアーティスト、あるいはチャイルドケアプロバイダといったライセンスを必要とする職業で働いて収入を得ている低所得家計にとってはそうです。
政府による扶助プログラムの受給資格の標準化、補助や健康保険を州境を越えて移すことの大変さを少しは減らすことや、お金の必要な家計の引っ越しの為のバウチャーの提供もまた、移動にともなうリスクと金銭的コストを減らすことで機会の少ないコミュニティから労働者が出て行く動機づけとなります。
現在の政権はこれまでのところ、政府の社会的セーフティネットを拡大したり失業した労働者の移動コストを下げようとする意欲をほとんど見せていません。トランプ政権の最初の政策面での行動は、Affordable Care Act (オバマケア)の廃止を目指すものでしたが、オバマケアは低所得の家族に保険を提供し、失業にともなって雇用者提供の保険を失う事に対する重要なバッファーを提供することを目指したシステムなのにです。
同様に、トランプの最初の予算案は政府の各部署の予算の大きなカットをともなうものでしたし、貧困層を支援する多くの連邦政府のプログラム(いくつか上げると、Low-Income Home Energy Assistance、Community Development Block Grant Program、Section 4 Capacity Building for Community Development、そしてAffordable Housing Program)や、教育や訓練をサポートするプログラム(21st Century Community Learning Centers Program、Federal Supplement Educational Opportunity Grant Program、Striving Readers Comprehensive Literary Program、そしてthe Senior Community Service Employment Program)を廃止しようとするものでした。そしてまた、すでにある政策の実行をより難しくしてしまいそうな政府全体での新規雇用停止もあります。
One area where there is some possibility of reform is the reduction of existing regulations. If some of these reforms serve to reduce barriers to mobility across localities, they have the potential to speed up the adjustment process. However, it is unlikely that this will be enough to end the ‘American carnage’ that President Trump described in his inaugural speech.
改革の可能性がいくらかある領域の一つが、既存の規制の削減です。もしこういった改革が地域間の移動への障害を減らすならば、調整プロセスを促進するポテンシャルがあります。しかし、これが「アメリカの殺戮」とトランプ大統領がその就任演説で呼んだものを終わらせるのに充分ということはありそうにないことです。
参照文献
Autor, D., D. Dorn, and G. Hanson (2013), “The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States”, American Economic Review 103(6): 2121–2168.
Autor, D., D. Dorn, and G. Hanson (2017), “When Work Disappears: Manufacturing Decline and the Falling Marriage-Market Value of Men”, NBER Working Paper #23173.
Autor, D., D. Dorn, G. Hanson and J. Song (2014), “Trade Adjustment: Worker Level Evidence”, Quarterly Journal of Economics 129(4): 1799–1860.
Autor, D., D. Dorn, G. Hanson and K. Majlesi (2016), “Importing Political Polarization? The Electoral Consequences of Rising Trade Exposure”, MIT Working Paper, December, 2016.
Bernard, A., J. Bradford Jensen and P. K. Schott (2006), “Survival of the best fit: Exposure to low-wage countries and the (uneven) growth of US manufacturing plants”, Journal of International Economics 68 (1): 219-237.
Business Insider (2016), “Fast-food CEO says he’s investing in machines because the government is making it difficult to afford employees”, March 16, 2016.
Case, A. and A. Deaton (2017), “Mortality and Morbidity in the 21st Century”, Brookings Papers on Economic Activity, Spring 2017.
Fajgelbaum, P.D. and A.K. Khandelwal (2016), “Measuring the Unequal Gains from Trade”, Quarterly Journal of Economics 131 (3): 1113-1180.
Feler, L. and M. Zeynep Senses (2017), “Trade Shocks and the Provision of Local Public Goods”, American Economic Journal: Economic Policy, forthcoming.
Krishna, P. and M. Zeynep Senses (2014), “International Trade and Labor Income Risk in the United States”, Review of Economic Studies 81(1): 186-218.
Pierce, J. and P.K. Schott (2016), “Trade Liberalization and Mortality: Evidence from
U.S. Counties”, NBER Working Paper, 22849.