バスカー&シムコ―「バーコードの普及と経済効果」

Emek Basker, Timothy S. Simcoe “Upstream, downstream: Diffusion and economic impacts of the universal product codeVOX.EU, January 18, 2018

1990年代と2000年代におけるアメリカの小売業の急速な成長は,ICTによって加速させられた。本稿では,ユニバーサル・プロダクトコード [1]訳注;アメリカで用いられている製品コードの規格。UPC とスキャナーの採用を地理的に見ることで,バーコードがそうした成長の主要な原動力の一つであったことを示す。バーコードを採用した企業は10%多く従業員を雇用し,より幅の広い製品を提供し,国外から調達する可能性が高かった。


アメリカの労働生産性成長は,2004年以降の平均でたった1.3%となっており,その意味するところについて楽観主義者と悲観主義者の間で議論が行われている。Robert Gordon(2012)のような悲観主義者は,この鈍い成長が新たな通常(ニューノーマル)であると見ている。McAfee and Brynjolfsson (2016)のような楽観主義者は,ロボットや人工知能といった技術による生産性強化の可能性を指摘している。

将来の傾向に関する彼らの不一致はあるものの,両者ともに1990年代末と2000年代の急速な成長は情報コミュニケーション技術(ICT)の採用によって加速されたものであるということについては一致している。小売業界はそういた主張における「看板商品」としてしばしば用いられる(たとえばMcKinsey 2001)。

この小売り革命に関する報告のほとんどは,スキャンと自動在庫管理のような技術の重要性を強調している。しかし,こうした技術が果たした役割に関する大規模サンプルによる実証的な証拠はいまだほぼ無いに等しい。私たちの新たな研究(Basker and Simcoe 2017)は,そうした落差を埋めるものだ。この研究ではユニバーサル・プロダクトコード(UPC)の登録に関する歴史データを用いて,バーコードシステムの普及と経済効果について研究している。

UPCの普及
最初のバーコードスキャナーはオハイオ州トロイのマーシュ・スーパーマーケットで1974年に使用された。このシステムはもともとは食品小売業で使用するために開発されたが,製造者によって包装に印刷されたバーコードと小売業者が商店で使用するスキャナーの組み合わせは,小売業界全体において自動精算と在庫追跡を可能とした。

バーコードの最初の6桁は各企業固有の識別子だ。私たちはUPCに登録された各企業の名前と住所をアメリカ国勢調査局の非公開のビジネス登録情報に付け加えた。これを行うことにより,バーコードシステムの普及と効果に関してアメリカ経済全体にわたる見通しが得られる。

バーコードはそれを読みとれるスキャナーを商店が配備しなければ使えず,スキャナーは読み取るべきバーコードが製品包装に印刷されていなければ使えない。これは典型的な「両面性ネットワーク」問題だ。というのも,産業全体としては新たな標準の採用により利益を受けるものの,小売業者と生産者は両者とも相手が先に動くのを待つことを選好する。食品産業では,新たな標準を採用するために大規模小売業者,卸売業者,製造業者が協力した。製薬業者も,食品製造業者と同じ流通経路を通じて製品を販売していたため,すぐさまそこに加わった。図1上段左側のパネルは,アメリカの食品・製薬業では1970年代末までに,UPS採用企業が業界内の従業員雇用数で見て60%を占めていたことを示している。

ほかの小売業も,ウォルマートやKマートといった大規模総合小売業者の影響を受けてUPC標準を採用した。こうした大規模総合小売業者は,1980年代にスキャンや関連技術に大きく投資を始め,1983年にKマートが,1987年にはウォルマートが納品業者にバーコード付きの包装を要求するようになった。図1は,こうした時期に繊維業,家具,アパレル,家電といったカテゴリの製造業者によるUPCの採用が増加したことも示している。

図1 雇用数で加重した各製造業のUPC採用率
出典: Basker and Simcoe (2017)

アメリカ国勢調査局の企業別のデータを用いることで,私たちはネットワーク効果についての直接及び間接的な証拠を見出した。

直接的な証拠はスキャナーの採用パターンから得られたものだ。私たちは,早期にUPCを採用した産業が製造した商品から得られる売り上げが大きいほど,その食料品店がスキャナーを配備する可能性が高かったことを見出した。

間接的な証拠はUPCの採用パターンから得られたものだ。UPC採用率の産業率の上昇により,企業がUPCを採用する確率が顕著に高まることを見出した。これは,補完的な技術であるスキャナーを採用した下流の小売業者の割合が高まるにつれ,UPCを採用している競合他社の割合が高まるためと推測される。

上流では何が起こったか
私たちはUPCを採用した製造業者と卸売業者に何が起こったかについて検討し,次の2つの結果を得た。すなわち,雇用数を代理尺度とした企業サイズと,登録商標によって計測した製品イノベーションだ。UPCを採用するという決定はランダムではないため,採用による効果の研究にあたっては適合するサンプルの差分の差分法を用いた。私たちの推定では,UPC採用後における結果の変化と,同じ期間におけるUPC非採用企業のサンプルの変化を比較した。この非採用企業の規模と採用前の成長率は,UPC採用企業と同等である。

私たちは,製造業者がUPCに登録した直後の年に雇用を10%増やし,その後この新たな水準で安定化したことを見出した。UPC登録後の雇用の増加は,同様にUPCに登録を行った競合他社の割合も増加させていた。これはネットワーク効果の存在と整合的である。

サンプル期間中の製造業全体の雇用は比較的安定しており,これは明らかに部分均衡効果である。この効果の大きさとタイミングを考慮し,私たちが最も妥当な解釈と思うところは,小売業者が納入業者にバーコードの使用を要求し始めたことによって,UPCを採用した製造業者は新たな小売注文を確保することができた。そのため製造業者は注文に対応するために新たな従業員を雇用したのだ。

スキャンと自動在庫管理によって商店がより幅広い取り揃えの商品を扱うことができるようになったことにより,製造業者もより多様な供給によって対応した。食料品業界では,1980年代から在庫される製品,新たに導入される製品,食品製造業者による新たな商標登録が急速に増加したことを図2は示している。これはUPCが小売流通経路に普及し始めた時と軌を一にしている。

図2 食品業界における新たな製品の導入,アメリカ商標登録,商店毎の平均在庫単位,1968年-1992年
出典: Basker and Simcoe (2017)

私たちは食品業界以外にも目を向けるため,再び国勢調査局のミクロデータを用い,今度はアメリカ特許商標庁の事例集データセット(Dinlersoz et al. 2017)と繋げた。差分の差の分析結果により,製造業企業が新たな商標を登録する年間傾向がUPCの取得後に顕著に増加することを私たちは見出した。

国際サプライチェーン
1975年から1992年にかけての産業別貿易データを用いることにより,UPCの採用率と国際貿易フローの相関を示すことが可能となった。国内のUPC採用率の伸びが大きかった製造産業の製品ほど,アメリカの輸入は急速な伸びを示した。国内のUPC採用率と輸出の間にはそのような相関は見つからなかった。

こうした発見は,小売業者が規模と範囲を拡大し,より優れた在庫管理を可能とするスキャンとその補完的な情報技術を採用することにより,こうした業者が国外からの調達を増やしたことを示唆している。これにより,国内の納入業者に対する競争圧力が高まった可能性が高い。またこの結果は,国内の商標登録結果が示す以上に消費者にとっての商品の多様性が広がったことも示唆している。私たちの結果は,1972年から2001年にかけて輸入製品の種類が4倍になったことを示したBroda and Weinstein (2006)を補完するものである。

長期の革命
2017年1月,ティム・ハーフォードは「現代経済を形作った50のもの」の一つとして,バーコードを挙げた。日常生活のいたるところにあるいかにもささいなモノが効率性と産業組織に劇的な帰結をもたらすことがあるということが,バーコードによってまざまざと描き出される。

しかしながら,こうした劇的な変化は一夜にして起こったものではない。最初にスキャンが行われたのは1970年代半ばだった。製造業者が大々的にバーコードを採用し始めたのは1980年代,大規模小売チェーンの急速な成長とそれに関連した生産性の増大が起きたのは1990年代と2000年代初頭にかけてだった(Basker et al. 2012, Foster et al. 2006)。この30年間を通じて,サプライチェーンの両端は補完的な技術,組織,プロセスの変化に投資を行った。

アメリカ国勢調査局は2017年第3四半期において電子商取引が全小売販売の9.1%を占めると推定しており,この割合は今も拡大を続けている。小売業者は,輸送や倉庫の自動化をはじめとする,消費者への直接配達を行うのに必要な流通インフラに大きな投資を行っている(Lopez 2017, Bashin and Clark 2016)。これがICTによる小売業の生産性成長の新たな波を生み出すものであるかを断じるのは時期尚早であるものの,例えそうなったにせよそれが前代未聞ではないことを私たちの研究は示している。

筆者注:ここに示されたいかなる意見や結論は筆者たち限りのものであり,アメリカ国勢調査局の見解を必ずしも反映するものではない。一切の秘密情報の開示がないよう,すべての結果を確認済みである。

参考文献
●Bashin, K, and P Clark (2016), “How Amazon Triggered a Robot Arms Race” Bloomberg Technology, 29 June.
●Basker, E, S Klimek, and P H Van (2012), “Supersize It: The Growth of Retail Chains and the Rise of the ‘Big Box’ Store”, Journal of Economics and Management Strategy, 21(3): 541-582.
●Basker, E, and T Simcoe (2017). “Upstream, Downstream: Diffusion and Impacts of the Universal Product Code”, NBER Working Paper 24040.
●Broda, C, and D E Weinstein (2006), “Globalization and the Gains from Variety,” Quarterly Journal of Economics 121(2): 541-585.
●Brynjolfsson, E and A McAfee (2016), The Second Machine Age: Work, Progress, and Prosperity in a Time of Brilliant Technologies, W W Norton, Inc.
●Dinlersoz, E M, N Goldschlag, A Myers, and N Zolas (2017), “An Anatomy of Trademarking by Firms in the United States”, unpublished paper, US Census Bureau.
●Foster, L, J Haltiwanger, and C J Krizan (2006), “Market Selection, Reallocation and Restructuring in the U.S. Retail Trade Sector in the 1990s”, Review of Economics and Statistics 88(4): 748-758.
●Gordon, R G (2012), “Is U.S. Economic Growth Over? Faltering Innovation Confronts the Six Headwinds”, NBER Working Paper 18315.
●Lopez, E (2017), “UPS, Amazon Invest Heavily in Logistics Networks to Keep up with E-Commerce” Supply Chain Dive, 28 April.
●McKinsey (2001), U.S. Productivity Growth: 1995-2000, McKinsey Global Institute.
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1 訳注;アメリカで用いられている製品コードの規格。UPC
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