パンデミック後の先進国全般でのインフレの高進について、量的緩和(QE)が重要な役割を果たしたと多くの論者が主張している。もし中央銀行が伝統的金融政策を採用していたなら、インフレの結果は異なっていたのだろうか? 本記事では、8つの計量手法を用いて、ユーロ圏、イギリス、アメリカについて、量的緩和と伝統的金融政策〔短期金利の操作〕を比較し、インフレへの影響を検証する。検証から、量的緩和は、伝統的金融政策よりもインフレへの強い影響をもっていることが示された。このことから、パンデミック時代に取られた量的緩和政策によって生じたインフレを目標値に戻すためには、伝統的金融政策での引き締め〔短期金利金利の引き上げ〕がどの程度まで必要なのかについての議論に重要な示唆を与えてくれる。
トマシュ・ウィラデク:ティー・ロウ・プライス チーフ・ヨーロッパ・エコノミスト
パンデミック後の先進国全般でのインフレの高進について、量的緩和(QE)が重要な役割を果たしたと多くの論者が主張している。一方で、パンデミックの渦中での需要の低迷に対して中央銀行は金融緩和政策を選択せざるをえない立場にあった。もしこの時に中央銀行が、伝統的金融政策を採用していれば、インフレの結果は異なっていたのだろうか?
今後も中央銀行は量的緩和(QE)と短期金利を相互補完的な政策手段として使い続けるだろう。この2つの政策手段によるそれぞれのインフレへ影響については、アメリカを対象とするわずかな研究でしか検証されていない。それら研究では、研究内容や研究手法によって異なった結果が得られている。こうした研究のいくつかでは、伝統的金融政策と量的緩和(QE)は、インフレに対してほぼ同じ影響を与えることが明らかにされている。WuとXia (2016) は、シャドーレート・アプローチを用いて、伝統的金融政策と非伝統的金融政策は、インフレに対してほぼ同じ影響を与えることを結論付けている。Buら (2022) は、非伝統的金融政策によるショックと、伝統的金融政策のショックの双方を補足する代替指標を開発し、アメリカについて同じ結論に達している。Swanson(2003)は、イールドカーブから抽出した要因を用いて、伝統的金融政策によるインフレへの影響が、量的緩和(QE)よりも大きいことを発見した。Aruobaら(2022))は、時折り限界制約を持つ3変数SVARモデルに基づいて、非伝統的金融政策は伝統的金融政策よりもインフレに強い反応を示すが、その影響は限定なものであることを発見している。全体的に、こうした研究では、量的緩和(QE)が伝統的金融政策よりもインフレに大きな影響を与えるかどうかについて、結論は異なっている。
伝統的金融政策と異なる非伝統的金融政策を測定するにあたって、ベクトル自己回帰(VAR)が理想的な方法であることが、過去の研究で議論され続けている。これまでの研究では、VARモデルで量的緩和(QE)を測定する方法として、少なくとも8つの異なる方法が提案されている。長期金利(Baumeister and Benati 2013)、中央銀行のバランスシート(Gambacorta, Hofmann and Peersman, 2014)、〔中央銀行による〕累積資産の購入発表(Weale and Wieladek, 2016)、異なるシャドー・レート系列(Gertler and Karadi, 2015)、2年物国債利回り(Swanson and Williams 2014)、高頻度ショック系列(Gertler and Karadi, 2015)、国債利回り全体をファーマ-マクベス回帰(1973)アプローチによって抽出した金融政策ショック(Bu et al. 2021)等である。量的緩和(QE)についてのこうした計測方法はいずれも完璧なものではないが、総合的に見れば有益である可能性が高い。
私は最近の論文で、これら8つの量的緩和(QE)の計測方法全てを用いて、ユーロ圏、イギリス、アメリカについて、量的緩和(QE)のインフレへの影響を、伝統的金融政策と比較した研究を行った。また、両政策〔伝統的金融政策と非伝統的金融政策〕のトランスミッション・メカニズム〔インフレへの波及効果の仕組み〕の違いについても研究している。この総合的アプローチによって、量的緩和(QE)のインフレへの影響は、伝統的金融政策よりも大きいかどうかについて、政策の測定方法や調査対象国に限定されず、さらなる理解を深めることができる。ある程度までは、〔本研究の〕結論は先行研究よりも一般化されており、特定の方法論への依存は少ないはずである。
先行研究と相違点として、伝統的金融政策と非伝統的金融政策にはトランスミッション・メカニズムに違いがあるかもしれないことを探求している。伝統的金融政策と量的緩和(QE)は共に、マクロ経済ショックに対応して金融条件を緩和または引き締めするための仕組みにおいて(ポートフォリオ・バランス・チャンネル以外で)同じチャンネルを通じて経済に影響を与えるとされている。ネオ・ケインジアン・モデルでは、金融政策の効果において、インフレ期待への影響に重点を置いている。マネタリストのアプローチでは、金融政策は広義マネーサプライへの波及からインフレに影響を与えるとされている。最後に、為替レート理論では、短期金利と広義マネーサプライの両方を主要な決定要因としている。
パンデミック前のユーロ圏、イギリス、イギリスの量的緩和(QE)のサンプルについて、上述した8つの異なるQEの計測法を用いたVARモデルによる推計を行った。つまり、このサンプルでは、パンデミック中に行われた一番最近のQE期間は補足していない。これは意図的にそうしている。パンデミック期のデータを含めると、パンデミック期のGDPデータの大きな変動によって、計量経済学的な歪みが生じるリスクがあるためである。また、パンデミック後のサンプルによってQEのインフレへの効果を推計すれば、〔最近の〕インフレ率の急上昇によって大きな影響を受けるだろう。これはQE政策そのものによる効果ではなく、経済環境の影響である可能性がある。
この8つのVARモデルによるQE推計値を、世界金融危機以前の10年間で推計して伝統的金融政策についてのVARモデルの推計値と比較する。同じ規模の金融政策のショックに応じた効果として信頼性をもって比較することは、他のケースよりも簡単な場合もある。量的緩和期間中のシャドーレートの100bpの低下は、伝統的金融策での政策金利の100bpの低下と直接比較することができる。高頻度ショックとBuらの計測法(2021)は、量的緩和期間と伝統的金融政策期間の両方の期間で利用可能である。よって、量的緩和と伝統的金融政策のサンプルを、別々にモデルで推計することで、量的緩和を伝統的金融政策を同期規の政策ショックとしてインフレへの影響を比較することができる。資産買い入れ、バランスシート、長期金利といった量的緩和だけのアプローチの結果を、長期金利の同規模での反応の影響と比較して、伝統的金融政策と比較している。
この演習の結果、量的緩和(QE)によるインフレへの影響は、イギリスとアメリカにおいて伝統的金融政策の2~4倍であることを示された。これは、8つの説得力ある仕様のうち、少なくとも5つで統計的に有意である。しかし、ユーロ圏では、統計的に有意な〔伝統的金融政策の量的緩和の間での〕インフレへの影響の差は観察されない。
これらVARモデルに1回につき1つずつ異なる変数を追加することで、結果の違いの原因となっているトランスミッション・メカニズムの違いを検証することができる。ここでは、これまでの研究で金融政策のトランスミッション・メカニズムを解明するために用いられた様々な変数を調べている。産出量、失業、金融変数、賃金、生産者物価指数等の変数の多くで、伝統的金融政策と量的緩和(QE)の影響に違いがあるとするエビデンスは得られなかった。しかし、量的緩和(QE)は、為替レート、広義の通貨供給量、家計のインフレ期待での強い反応と関係しているとことが判明した。家計は、量的緩和(QE)にマネタリスト的な見解を持っており、政策から「お金の印刷」を想起して強いインフレをもたらすと考えることは妥当である。こうした金融政策における期待のチャンネルが、私の論文で示した結果の背景にあるかもしれない。
量的緩和(QE)が、伝統的金融政策よりもインフレに強い影響を与えるという結果は、本研究だけが特異となっている可能性がある。一連の研究結果がより一般的であるかどうかを調べるため、ユーロ圏、イギリス、アメリカでの伝統的金融政策と量的緩和(QE)に関する過去の82のVAR研究でメタアナリシスを行った。伝統的金融政策によるインフレへの影響はRusnakら(2013)のデータベースを、量的緩和(QE)の影響はFaboら(2021)のデータベースから入手している。最も困難な点は、同じ規模の金融政策ショックに対応する、量的緩和(QE)と伝統的金融政策のインフレへの影響を確実に比較することである。アメリカについては、GertlerとKaradi(2011, 2013)と、SimsとWu(2020)は、パンデミック前のアメリカで行われた量的緩和(QE)は、伝統的金融緩和での200bpの金融緩和と同等であると主張している。イングランド銀行総裁だったマーク・カーニーは、総裁としての最後の公演で、3600億ポンドの量的緩和(QE)は、伝統的金融政策の300bpと同等であると指摘している。こうして推計から、量的緩和(QE)のインフレへの影響を、伝統的金融政策の余地として換算することができる。総体として、量的緩和(QE)と伝統的金融政策についての過去の82の研究の推計を検証する。t検定による平均値の違いの検証では、量的緩和(QE)のインフレへの影響は、イギリスやアメリカでは伝統的金融政策の2~4倍高いが、ユーロ圏ではそうでなことが示された。よって、私が論文で主に発見したものは、この問題についての過去の全ての先行研究でも見出すことができる。
結論として、量的緩和(QE)は伝統的金融政策よりも強いインフレへの影響を持つという体系的なエビデンスを、諸国家と量的緩和(QE)の様々に異なる計量基準によって私は提示している。このことで、パンデミック時代のQEによって生み出されたインフレ率を目標値にまで戻すために、伝統的金融政策での引き締めがどれだけ必要なかという最新の政策論争に重要な示唆を与えることになる。公共政策は決しての一つの学術研究だけに依存すべきではない。しかし、〔量的緩和(QE)についての〕メタアナリシスから、本研究の結論が過去の伝統的金融政策と量的緩和についての82件のVAR研究からも得られることを示している。このため、今後の研究では、別の計量経済学なフレームワークを用いて、ここで示した結果の再検討が望まれる。本研究は別の興味深い疑問を生んでいる。それは、ユーロ圏での〔量的緩和(QE)の影響〕結果が、イギリスやアメリカの結果と大きく異なる理由である。もっともらしい仮説の一つは、イギリスとアメリカでの量的緩和(QE)が実際された際の金融危機が、政策の効果を増幅させたというものである。一方、パンデミック前のユーロ圏での量的緩和(QE)は、金融システムが比較的安定している時期に実施されている。この違いが、本研究で示した結果の違いの原因となっているかどうかを探ることは、今後の研究における興味深い課題である。
References
参考文献
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