ジョセフ・ヒース「アメリカは政治制度のバグに真剣に向き合う必要がある:トランプを追い出すだけでは問題が解決しない理由」(2026年4月1日)

私は何十年もの間、アメリカ人が合衆国憲法について、建国者たちの知恵について、「抑制と均衡」というシステムの天才性について語るのを聞かされてきた。だが蓋を開けてみれば、合衆国憲法は行政府をほとんど制約できないということが明らかとなった。

〔プロジェクト2025とは、保守系シンクタンクのヘリテージ財団を中心に、トランプの大統領就任に先立って策定された政府改革プランを指す。〕

私は他人の事情にとやかく口を出すタイプではないのだが、昨年、ニューヨークタイムズが、トランプの大統領令、プロジェクト2025、DOGE、その他の騒ぎに関してコメントしてくれる人間を求めていたのに乗っかって、1本のオピニオン記事を書かせてもらった。それが「民主党にはプロジェクト2029が必要だ。まずはここから始めよう(Democrats Need a Project 2029: Here’s a Start)」である。それ以降、あまりにも多くのことが起こり、この記事を書いたことすら記憶から消えかけていたのだが、マット・イグレシアス(Matt Yglesias)が「民主党にプロジェクト2029は必要ない」という記事で再びこの件を掘り返した。

この件に関してはイグレシアスの方が私よりもずっと当事者であるため、この話題には言及せず済ませようとも思っていた。だが、最近アメリカ国内のいくつかの空港を訪れたことで、再びこの話題に言及せずにはいられなくなった。アメリカ運輸保安庁(TSA)を巡る騒動は、まさに私が指摘したかったポイントをよく反映しているからだ。TSAの職員たちは、賃金未払いの状態に置かれ、その後、行政府があからさまに立法権を簒奪して強引に給与を支払うこととなった。空港の保安管理は、(少数の例外を除き)基本的に政府が独占している。人々が民間セクターを愛し公共セクターを憎むようにさせたいなら、一番の手は、政府にある分野を独占させて、その分野でひどいサービスを提供することだ(カナダでおなじみの例を挙げると、民間医療保険を禁止しながら、公的医療機関で長蛇の列ができるのを放置したり、車を手放して公共交通機関を利用するよう説得しながら、公共交通機関がストライキで麻痺するのを放置したりといった具合だ)。福祉国家の支持者が公共サービスの質にしつこくこだわり続けなければならないのは、このためである(しばしばそうなっていないのだが)。

アメリカの民主党員は、「政府閉鎖の責任は誰にあるか」という短期のゲームにこだわっており、自らが完全に不利な状況に立たされている長期のゲームを無視している。資金危機によって政府サービスの提供が滞るたびに、「政府は信頼に足るサービス提供者ではない」という一般的な印象が強化されていく。こうして多くの人々は、政府に頼らず生きていこうと考えるようになる(TSAの騒動は案の定、民営化の議論を引き起こした)。だからこそ、民主党員は次の選挙で勝つための戦術だけでなく、統治改革のための戦略を持つ必要があるのだ。

[1] … Continue reading

詳細に入る前に1点、明確にしておきたいことがある。私は、「民主党はプロジェクト2029を選挙公約として掲げる必要がある」などとは一度も主張していない。イグレシアスの記事の大部分は、プロジェクト2029の選挙戦略としての価値に焦点を当てていた。ニューヨークタイムズでの記事に寄せられたコメントの多くも似たようなものだった。「公共サービス改革を掲げても選挙では勝てない」というコメントを私に寄越すというのは奇妙なことだ。私は選挙キャンペーンについて一言も述べていないのだから。この点は、共和党がプロジェクト2025をどう扱ったか考えれば明白だと私は思っていた。共和党はプロジェクト2025を公約として掲げていなかったし、トランプはプロジェクト2025について問われると「そんなものは聞いたこともないし、どんな奴らが推し進めているのかも知らない。完全なフェイクニュースだ」と答えていた。プロジェクト2025の目的は、共和党が政権をとる前の時点で計画を練っておき、ある程度一貫した戦略的方向性を提示することにあった。そして、トランプは当選するとすぐに、プロジェクト2025の主要な立案者の1人だったラッセル・ヴォート(Russell Vought)を行政管理予算局の局長に任命した。私は、民主党員に対してシニカルになれ〔共和党に倣い、国民の目を盗みながら行政府改革のプランを練ろ〕と勧めるつもりはない。私が言いたいのは要するに、選挙キャンペーンで何を掲げるかという問題と、政府改革の長期戦略はどうあるべきかという問題は、完全に別物であるということだ。

TSAに話を戻そう。この騒動は、民主党が短期的な戦術以上に、長期的な戦略を必要としている理由をよく示している。制度面で見れば、TSAとCATSA(カナダの空港で保安管理を担う機関)はよく似ている。どちらも資金面で政府から独立しており、航空券に利用者料金を課すことで運営されている。では、なぜTSAは政府閉鎖の巻き添えを食らってしまったのだろう? この問題に対する簡単な答えはない。というのも、アメリカではおなじみのパターンだが、どんな単純な問題も、きちんと辿っていくとより複雑な構造的問題に行き着くからだ(それゆえ、私が提示したアメリカにおける批判理論の根本原理は次のようなものとなっている。「アメリカで現れている問題のどれについても、明白な解決策が存在する。だがその明白な解決策には、やや見えにくい問題が潜んでおり、それが解決策の実行を妨げている。その見えにくい問題にも解決策はあるが、そこには大抵もっと見えにくい問題が潜んでいて、解決策の実行を妨げており……、以下省略」)。TSAもCATSAも、利用者から料金を徴収することで成り立っている。だがTSAの場合、その資金はいったん一般税収に組み込まれ、その後で政府から関連機関へ分配される。そのためTSAは、政府資金を巡る対立の中で人質を取られてしまうのだ。これは、議会による歳出承認制度が非合理で複雑なためである(アメリカでは、政府が業務を遂行するために、議会で2度も採決を取らねばならず、2つの採決結果が整合する保証もないのだ)。

問題は、政府資金を巡る個々の対立において誰が「勝つ」にせよ、歳出承認を巡る対立、そして政府閉鎖の長期的なパターンが、底辺への競争となっていることだ(政府閉鎖はますます頻繁に、かつ長期化するようになっている)。これは、共和党よりも民主党により大きなダメージを与える。なぜなら、それは政府への信頼を掘り崩すからだ。そのため、民主党員は、短期的な政治戦略だけでなく、不都合なダイナミクスを生み出している構造的問題を解決するための長期的戦略に取り組む必要がある(リー・ドラットマン(Lee Drutman)は長らくこの点について論じてきた。とりわけ選挙制度改革に関して、彼の議論には同意してもしきれない)。このような、アメリカの統治の根本病理に取り組む長期戦略こそ、私が「プロジェクト2029」と呼ぶものだ。

ニューヨークタイムズの記事で私が挙げた例は、公務員の中立性であった。プロジェクト2025は、多くの政府職員が享受していた雇用保障を劇的に削減する計画を含んでいた。そうすることで、公務員の政治任用枠を拡大しようとしたのだ(いわゆる「スケジュールF」プラン) [2] … Continue reading 。この点については多くの人が不満を述べていたが、公務員の政治任用枠の適切な水準に関しては、ほとんどなんの議論もなされていなかった。民主党員は現状維持を求めているだけのように見える。だが、なぜ現状維持を求めるのだろう? アメリカの行政がこれほどひどい有様なのは、トランプ以前の時点で既に政治任用の公務員が多すぎたからだ。公務員の中立性が非常に重要であるなら、民主党員はそれを拡張しようとすべきではないか? 少なくとも、脊髄反射的に現状を守ろうとするのではなく、一定の議論がなされて然るべきではないだろうか? だが、こうした問題を追っているアメリカ人たちと話してきた経験では、私が「もっと専門性の高い官僚制を構築すべきだ」と言うと、彼ら彼女らはペンドルトン法についてごちゃごちゃ述べた後、「その問題は19世紀に既に解決されている」というような顔をするのだ。

だが蓋を開けてみると、トランプは全てをぶち壊してしまった。彼は昨秋の政府閉鎖の際、複数の部門に圧力をかけて、官僚たちに露骨に党派的な行動をとらせたのである(例えば、政府閉鎖は「ラディカル左翼の民主党員」のせいだとする声明を、政府のウェブサイトに投稿させるなど)。これは、プロジェクト2025の構想をはるかに飛び越えるものだった。それは、官僚機構全体に党派的行動を命じても、誰もそれを止めるために動かない、ということの「概念実証(proof of concept)」となった。民主党員はこの事実を無視すべきでない。中間選挙が終われば全てが元通りになるなどと楽観視するわけにもいかない。(トランプはまた、アメリカ軍は明らかに違法な命令(例えば「船を爆破して、生き残りがいれば殺害せよ」)を下されてもそれに応じる、ということを示してしまった。次の選挙で勝ったとして、民主党はこれにどう対処するつもりなのだろうか。関係者全員を軍法会議にかける? そんなことをしたら、次の選挙自体が吹き飛ぶだろう。だがそうなると、他にどんなプランがあるというのか?)

これらは、トランプによって暴露された、アメリカの憲政秩序に存在するたくさんの穴のほんの一部だ。次の選挙が終わればトランプ以前の状態に戻る、などと信じることができるだろうか? あなたがソフトウェア会社で働いているとしよう。ハッカーは、あなたの会社の製品に潜んでいた重大なセキュリティ上の脆弱性を発見し、それを悪用するマルウェアをばら撒いた。会社はセキュリティチームを立てて、この事態に対処させた。数日後、セキュリティチームは以下のような報告を寄越してきた。「問題は解決した。我々はマルウェアの感染箇所を全て特定し、削除した」。これはどう考えても対応として不十分だ。個々の感染箇所からマルウェアを取り除くだけでは足りない。脆弱性を取り除くため、システムにパッチを当てる必要があるのだ。その欠陥が長らく放置され、誰からも悪用されてこなかったという事実は、なんの関係もない話である。その穴が見つかって、悪用の仕方が分かってしまえば、他の誰かが必ずや同じことをやり始めるからだ。

この点で、合衆国憲法は発売当初のWindows 95に似ている。すなわち、公開ネットワーク上に置かれ、ハッカーの大群に取り囲まれている状態なのだ。「民主党にはプロジェクト2029が必要だ」というのは、「ハッカーに手加減するよう求めるかわりに、誰かがセキュリティパッチをリリースすべきだ」と言っているに等しい。1つだけ適当に例を挙げると、合衆国憲法において大統領権限に恩赦権が含まれていることは、長らく時代錯誤と見なされてきた(これは18世紀の君主権の名残である)。多くの人が指摘してきたように、恩赦権は共和党・民主党双方の歴代大統領によって濫用されてきた。だが、トランプの行動は全てを滅茶苦茶にした。トランプは事実上、恩赦を売りに出したのだ。こんなことが起こった後で、元の世界がそのまま戻ってくるなどと考えるのはバカげている。大統領は恩赦を売りに出すことができ、そのことで責任を問われもしない、ということが示されてしまったのだ。選挙が終わればトランプ以前の状態に戻るなどとどうして思えるだろう? 憲法改正なしにアメリカの法の支配を再建できると考えるのは、単なる不合理か、願望思考である。

多くの論者が指摘しているように、TSAを巡る混乱に対するトランプの「解決策」(国土安全保障省の国境管理業務に割り当てられていた予算を、TSA職員の給与支払いに振り向けるよう命じる)は違憲であり、彼はまた1つ超えてはならない一線を超えてしまったと言える。トランプは今や、行政府の支出を立法府の統制から切り離してしまったのだ。使途の指定された資金の支出を拒否するということは前にもあったが、今度は、ある目的を果たすために、別の目的に割り当てられていた資金を使ったのだ。イギリスの歴史においてこれに類する事例を探そうとしたら、チャールズ1世まで遡らなければならない。繰り返すが、トランプが去れば元の世界が戻ってくるなどとどうして思えるだろう? 数カ月後に裁判所が違憲判決を出すとしても、それは起こった出来事を変えるわけではない。アメリカの大統領は、差し迫った危機を回避するために、明らかに違憲な支出命令を出すことができ、人々はその命令に従う、ということをトランプは示したのだ。これは、アメリカの憲政システムの重大な脆弱性を露呈させた。こうした手法が上手くいくことが分かってしまった以上、将来の大統領が同じ手口を使わないという可能性は、いったいどれほどあるだろうか?

この件については、ちょっと大騒ぎさせてほしい。というのも、これは私の生涯で起きた政治的出来事の中でも、最も衝撃的なものの1つだからだ。私は何十年もの間、アメリカ人が合衆国憲法について、建国者たちの知恵について、「抑制と均衡」というシステムの天才性について語るのを聞かされてきた。だが蓋を開けてみれば、合衆国憲法は行政府をほとんど制約できないということが明らかとなった。トランプは単に違憲な行動をとっているのではなく、合衆国憲法を嘲笑っているのだ。行政府は迅速に動けるが、裁判所はのろく、妨害や威圧を受けやすい。行政府が十分な数の行動を十分な速さで行えば、裁判所はそれに追いつけなくなり、やがて追いつこうともしなくなる。こうして、アメリカは事実上一夜にして、司法優位のシステムから、大統領特権(prerogative)によって支配された行政優位のシステムに転換してしまった。

私見では、今こそ、アメリカの政治制度をいかに再構築すべきかについて、「フェデラリスト・ペーパーズ」レベルの論争が求められている。繰り返すが、私はアメリカという国の内情について正確に把握できているわけではないから、私の知らないところでたくさんの高度な議論が行われているのかもしれない。だが、私の印象では、アメリカにおける左翼のご意見番たちは、大学において覇権的地位を獲得している一方、この状況に上手く対処できていないように見える。念のために言っておくと、民主党が次の選挙で勝ったとしても、こうした大問題をすぐさま解決できるわけではない、ということは私も承知している。だが、それゆえにこそ、民主党は長期的な視野で考えを巡らす必要があるのだ。つまり、こうした問題を解決するための条件をいかにして創出できるのかについて、真剣に考える必要がある。もちろん、民主党員は政治というゲームでこれまでよりも上手く立ち回る必要がある(この点についてはイグレシアスに完全に賛成だ)。だが、民主党員はメタゲームにももっと注意を払うべきだ。さもなくば、民主党は選挙で負け続け、アメリカ政府はますます衰退していくことになるだろう。

***

〔なお、本エントリに応答する形で書かれたダニエル・ムニョス(Daniel Muñoz)の記事“The problem is presidentialism”に対して、ヒースはsubstackのNotes上で以下のようにコメントしている。この記事も参照。〕

記事に反応してくれる方がいて嬉しく思います。もう1点、私が強く主張したいのは、アメリカは憲法改革を検討する上でフランスをもっと真剣に研究すべきだ、ということです。私見では、アメリカは大統領制の道を進み過ぎているため、今さら後戻りするのは不可能でしょう。また、議会も、議院内閣制における内閣のように、行政国家を適切に監督できるようにはなっていません(トランプ政権のもう1つの特徴は、議会による監督の崩壊です。行政府は議会に対して文書の提出を拒否し、質問への回答も拒んでいます)。そのため、基本的に、アメリカが現在の体制から立法優位のシステムへと至る道筋は存在しません。行政優位のシステムに留まらざるを得ないなら、それをよりよく機能させる方向で頑張ってみた方がよいでしょう。そして、多かれ少なかれそれに成功している豊かなリベラル・デモクラシー国家を探すなら、恐らく最良のモデルはフランスです。

現在、アメリカの新たな行政優位のモデルが抱えている最大の問題は、立法府が機能停止しており、議会の代わりに大統領令が立法の役割を担いつつあることです(例えば、トランプは関税を課すために議会で法律を通そうとしませんでした。全くイカれた話です)。多くの人が指摘するように、これは危険です。政権与党が、野党に権力を渡さないようにするための強いインセンティブを持ってしまうからです。この問題に対してフランスがとった解決策は、大統領が立法府に対してより大きな権限(とりわけ首相任命権)を行使できるようにすることでした。立法府を完全に行政府の下に置くことで、少なくとも〔大統領令ではなく〕制定法による統治を取り戻し、アメリカが現在直面しているような独裁状態(Caesarism)を回避できます。

フランスの体制にもいくつか問題含みな特徴が存在します(私が読んできた中では、ピエール・ロザンヴァロンの『良き統治』が、フランスの体制に対する最も説得的な擁護となっています)。しかし、現時点では、フランスはアメリカよりも政府がよく機能している国です。さらに重要なことに、アメリカは現在の体制から議院内閣制へ移るよりも、フランスのようなモデルに移る方が、道筋を見出しやすいと私は考えています。

[Joseph Heath, Actually, Democrats do need a Project 2029, In Due Course, 2026/4/1.]

References

References
1 ヒースはsubstackのNotes上で、「リーグ・オブ・レジェンド」のプレイ画像をサムネイルにした意図を以下のように説明してる。
「この場面は、中心地が今にも崩壊しようとしているのに、プレイヤーたちが互いに争い続けている状況を示している。つまり、アメリカの民主主義の比喩になっているのだ。それから、「リーグ・オブ・レジェンド」はレベルが高くなるとメタが支配的になるゲームで、この点も民主主義に似ている。」
2 公務員の任用方法には大きく分けて、党派によらず能力試験で採用を行う「資格任用」と、党派に基づいて採用を行う「政治任用」がある。アメリカは猟官制の伝統の下、政治任用の公務員が他国に比べて多いことで有名。以下の記事も参照。ドナルド・モイニハン「フランシス・フクヤマのディープ・ステート論:なぜ自律的な官僚機構は近代国家に不可欠なのか」(2023年9月25日)
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