
どうやら「アメリカを再び偉大に」するには,日本のビデオゲームが必要らしい
最近,日米それぞれの政府が打ち出した2つの取り組みについて考えてみよう.
8月に,日本の経済産業省が新たな計画を発表した.その名も「ものがたり大国5カ年計画」だ.映画・音楽・マンガ・アニメ・ゲームなど,日本の知的財産がもつ価値を活用するための一連の改革を提案し,コンテンツ産業の規模を現在の3倍に拡大することを目指している.
先週,アメリカ合衆国はホワイトハウスのウェブサイトにゲーム・アーケードを公開した.そこでは,肌の色の濃いキャラクターを捕まえてオレンジ色の囚人服を着せるゲームや,「迫り来る大群から国境を守る」ために壁を築くゲーム,「アメリカを再び健康にする」ために食べ物を選ぶゲームなどが遊べる.(ちなみに,メニューにはなぜかレタスがない.)

日米のこの2つの取り組みは,一見すると無関係に思えるかもしれない.だが,その後の展開で両者は思わぬかたちでつながった.アーケードをソーシャルメディアで発表した際,ホワイトハウスが使った「アメリカを再び偉大に」ことMAGAのロゴは,日本のゲーム企業セガのロゴを改変したものだった.しかも,別のセガ作品『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』から無断で拝借した音楽まで添えられ,Microsoft Xbox,任天堂ゲームキューブ,ソニーPlayStationの起動画面を模した画像も使われていた.
さらに,「壁を築け」ゲームはどうやら『テトリス』のコピーらしかった.『テトリス』はもともとソ連のコンピュータ研究所で開発され,任天堂ゲームボーイによって広く普及したゲームだ.(『テトリス』とアメリカ政府が交差したのは,これが初めてではない.1993年には,ヒラリー・クリントンがエアフォースワンの機内でゲームボーイを手に『テトリス』をプレイする姿が撮影されている.)
このニュースレターを多少なりとも読み続けてくれている人なら,日本にとってコンテンツの重要性がますます高まっていることは,きっとご存じだろう.日本政府は,知的財産の制作と輸出の支援を経済政策上の最優先事項のひとつに据えている.さらに具体的に言えば,コンテンツ産業を17の「戦略分野」のひとつに指定した.これによって日本は,マンガを防衛産業と同じくらい国家の存立に重要なものとして位置づけた史上初の国になった――というのは,さすがにぼくの誇張だ.とはいえ,誇張の幅は案外小さいのかもしれない.経産省が「ものがたり」に寄せる関心を見ても,コンテンツがこの国の指導者たちの心の中で特別な位置を占めているのは確かなようだ.
日本は20世紀,必需品からそうでないものまで,さまざまな製品を世界に供給することで豊かになった.そしてポスト工業化時代の21世紀,製造業の大半が海外へ移転し,人口が縮小していくなかで,日本の指導者たちは国の将来を確かなものにしようと,ぼくが「ファンタジー産業複合体」と呼ぶものを構築しようとしている.
簡単に言えば,これは政府と民間産業が連携し,コンテンツ制作を経済の健全性と成長を支えるエンジンにしようとする仕組みだ.
ただし,これを現実のものにするには数多くの課題がある.そのいくつかについては,以前の論稿で詳しく検討した.AI企業が日本のコンテンツを取り込んでいく問題もそのひとつだし,日本的なスタイルが流用される問題もある.
だが,おそらくもっとも大きな懸念は互いに密接に絡み合っていて,今回のホワイトハウス・アーケードにはそれが実に鮮やかに凝縮されている.つまり,政治利用と盗用だ.
これまでトランプとその政権の政府機関は,日本のキャラクターをソーシャルメディア投稿で盛んに利用してきた.その結果,日本政府が正式に抗議する事態にまで発展している.この6月には,「公的機関であっても知的財産を使用する際にはクリエイター側から許諾を得なくてはいけません」と,日本側が在日アメリカ大使館に伝えたと報じられている.
昨年だけでも,日本の権利者が海賊版によって失った金銭的価値は6500万ドル相当にのぼる.経産省は,外国政府に働きかけて海賊版サイトを削除させることでは,ある程度の成果をあげてきた.
でも,その海賊が外国政府そのものだったら,どうすればいい?
突拍子もない仮定に聞こえるかもしれない.だが,ロゴや音楽,さらにはゲームそのものまで流用したことで,トランプ政権はこの話をもはや単なる仮定ではなくしてしまった.日本側の外交的な抗議も,どうやら聞き流されているらしい.
ホワイトハウスのアーケードを見たとき,ぼくがまず思ったのは,うわ,ずいぶん古いネタを持ち出してきたな,ということだった.ゲームキューブのロゴは2001年のもの.ソニックの登場は1991年.『テトリス』にいたっては80年代半ばまでさかのぼる.
そして次に思ったのは,この10年間で驚くほど何も変わっていない,ということだった.
このニュースレターの題名にもなっている本〔『新ジャポニズム産業史』〕の最終章で書いたように,アニメやゲームをはじめとする日本のポップカルチャーは,2016年大統領選挙に向けてネット上のトランプ支持者を奮い立たせ,結集させるうえで,間接的ながらも大きな役割を果たした.今回の「ホワイトハウス・アーケード」は,「アメリカを再び偉大に」しようとする人々が支持層に訴えかけるため,いまも日本産のファンタジーに大きく依存していることを示す最新の事例にすぎない.
日本の娯楽作品からイメージを借りて政治目的に利用することは,べつに新しくもない.日本の急進派は70年代からやっていた.もっと最近だと,ネパール・インドネシア・タイ・香港の民主活動家たちが,日本のキャラクターを自分たちの運動に利用している.
トランプも――もっと正確に言えば,おそらく彼のメディア担当者たちも――支持者に訴えかけるため日本のイメージを投稿してきた実績があるし,トランプ政権下の政府機関も同様だ.
ただし,こうした事例はこれまでソーシャルメディアへの投稿に限られていた.そこが今回は違う.「ホワイトハウス・アーケード」を宣伝する今回の取り組みは,政府が公式に日本のポップカルチャーをプロパガンダ目的で利用した初の事例として記録に残ることになるかもしれない.
では,日本側には何ができるだろう?
あまりない.
いまのところ,セガも任天堂もソニーも沈黙を守っている.(おそらく任天堂は事を荒立てたくないのだろう.なにしろ現在,アメリカ政府から関税を取り戻すための訴訟の渦中にある.)
そんな会社があるなんて知らなかったんだけれど,ザ・テトリス・カンパニーはXで声明を出し,自社はこれらのゲームの制作には関与しておらず,「著作権侵害を非常に深刻に受け止めています」と表明した.少なくとも短期的には効果があったらしく,今朝,ホワイトハウスは「壁を築け」ゲームを取り下げた.
とはいえ,これで先例ができたと考えるのは早い.
法的請求というものは,被告が法制度全体を掌握してはいない,という前提のうえに成り立っているからだ.
こうして日本政府は板挟みになっている.コンテンツは日本の未来にとって決定的に重要だと考えている一方で,もっとも強力な同盟国に苦言を呈するわけにもいかない.なにしろ,その国の指導者はあまりにも予測がつかない――いや,ひょっとすると,あまりにも予測がつきすぎると言うべきかな.
日本側が沈黙しているもうひとつの理由は,単純な数字を見ればわかるのかもしれない.「ホワイトハウス・アーケード」は,四六時中ネットに張り付いている人たちの外では,そもそも大した注目も憤慨も呼んでいないようだ.40年前のゲームのパクリネタでは,届く範囲にも限界があるってことなんだろう.
いまのところ,この一連のコンテンツのプロパガンダ転用を仕掛けているのが,元のクリエイターたちではなくトランプ政権であることは明らかだ.だが,いつまでもそうだとはかぎらない.日本のコンテンツが政治目的のためにねじ曲げられることについて,政府が単に「懸念を表明する」以上の対応をとる必要に迫られる日が来るかもしれない.
もしそれが現政権のうちに起きたなら,誰にとってもひどい方向へ事態が転がっていくのは容易に想像できる.
アメリカとカナダの貿易戦争を考えてみてほしい.その原因をたどっていくと,一部はある種の「コンテンツ」に行き着く.トランプを激怒させた,カナダの政治広告だ.
ふつう,コンテンツはソフトパワーを構成する要素のひとつに数えられる.だが,二度にわたるトランプ政権を通じて,ありとあらゆる規範やルールが覆されつつある.ソフトパワーも例外ではない.
妙な話に聞こえるかもしれない.けれど,ゲームやアニメやマンガが外交問題,さらには外交危機の引き金を引いてもおかしくない瞬間へと,ぼくらはじりじり近づいている.ホワイトハウスがまざまざと示したように,これはもはや仮定の話じゃない.
これが,いま日本が生きている世界だ.いや,実のところ,間接的にではあれ,日本自身がつくった世界ですらある.日本の知的財産が,世界中の人々の生活を変えてきたのだから.
ここでの本当の話は,「ホワイトハウス・アーケード」そのものじゃない.ファンタジー産業複合体を築く仕事は,気の弱い人の手には余るってことだ.
[Matt Alt, “The President’s New Arcade”, Pure Invention, September 9, 2026]