ブライアン・カプラン「ライドシェア革命」(2026年10月2日)

子どもの頃、タクシーに乗った記憶はせいぜい4回ほどしかない。両親が倹約家だったという事情もあるが、そもそも当時のタクシーはものすごく高かった。1990年、サンフランシスコ国際空港から30分ほど乗車したときには、メーターが60ドル近くまで上がっていくのを見て冷や汗をかいたものだ。現在の価値に換算すると約155ドル。私のアルバイト代にして6週間分である。

一方、私の子どもたちはライドシェアを何百回も利用している。それを見ていて、ふと思った。自分の体験はどれほど特殊だったのだろうか。そこでChatGPTに、2000年以降の米国における従来型タクシーとライドシェアの旅客輸送距離を推計してもらった。

結果は十分もっともらしく見える。それでも私は驚愕した。個人的にはグラフよりも表のほうが好きだ。数字が徐々に積み上がっていき、最後に大きなインパクトが来るからである。

お好みなら、図の形で見ることもできる。

これは私が知る限り、「プラスサムの変化」を示す最も分かりやすい例の一つだ。確かにUberはタクシー業界に大打撃を与えた。しかし彼らは既存市場のパイを奪っただけではない。市場そのものを大きく広げたのである。言ってみれば、タクシー業界のミルクシェイクを横取りしただけでなく、その過程で新たなミルクシェイクを6杯も作り出したようなものだ。料金の大幅な低下と利便性の劇的な向上が組み合わさった結果、輸送需要はおよそ7倍に膨れ上がった。需要がこれほどまでに価格や利便性に敏感だったとは、いったい誰が想像しただろうか。

[訳注]「ミルクシェイクを飲み干す」は、映画『There Will Be Blood』で知られる比喩を踏まえた表現である。ここでは既存タクシーの需要を単に奪うことと、市場そのものを拡大することを対比している。

先週、Alex Tabarrokに初めて自動運転車へ乗せてもらった。本来なら、この技術はもっと早く普及していてもおかしくなかった。だが政府規制や訴訟、そして過剰な不安論のおかげで、実用化までずいぶん時間がかかってしまった。それでもようやく現実のものとなり、その出来栄えは素晴らしい。点数をつけるなら10点満点中9点だ。これから10年の間に交通分野ではUberに匹敵する規模の革命が再び起きるだろう。

考えてみてほしい。最も安価な自動運転対応のTeslaは4万ドルを少し下回る。一日100ドルの純利益を生み出せるだけでも、約1年で購入費用を回収できる計算だ。充電のための停止時間を差し引いても、1日20時間程度は稼働できるだろうし、車両の寿命も10年程度は期待できる。仮に稼働時間の半分が空車だったとしても、さらに電気代や整備費を含めて総コストが車両価格の2倍になったとしても、均衡価格は1時間あたり2ドル程度に落ち着く。そう考えると、有償輸送距離がさらに7倍に増えたとしてもさほど驚くことではない。

最大のリスクは連邦政府が過度な規制によってこの技術の発展を潰してしまうことだ。しかし自動運転車はすでに実際の道路を走り始めている。おそらく我々はその危険な局面を乗り越えたのだろう。今こそ現状維持を望む人たちに向かって映画やコミックの悪役マグニートーさながらに勝ち誇ってこう言う絶好のタイミングだ。

「チャンスがあったときに、俺を止めておくべきだったな!」

[訳注]原文の本文では should killed と非標準的な形になっているが、挿入画像の字幕は通常形の should’ve killed であるため、その意図に沿って訳した。

[Bryan Caplan, “The Rideshare Revolution”, Bet On It, October 1, 2026]

Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts