企業が若い従業員の政治的感性に迎合するのは良い考えだと思われていた短い時期のことだ。企業が、各部門や各事業部が追求しているとされる高尚な目的を、「ミッション・ステートメント」という形で表明するのが大流行りとなった。これはかなりの嘲笑を招き寄せもした。例えば、マヨネーズのブランドであるヘルマンは、当ブランドの本来の目的はマヨネーズを作ることではなく、マヨネーズによって残り物を「美味しい食事」に変え、「食品ロスを減らす」ことだと言い出した。これに対して当然出てくる反論は、ウォールストリート・ジャーナルやその他の媒体でも述べられていたように、マヨネーズを作ることそれ自体は目的になり得ないという暗黙の前提に向けられたものだった。これは、ただマヨネーズを作って人々に売ることには価値がなく、薄汚いところがある、という本質的に反資本主義的な考え方を受け入れているように見えたのだ。だからこそ、事業全体を崇高なものに見せるために、お金とは関係のない「高尚」な目的を掲げる必要が生じたのである。
親会社であるユニリーバの大株主がヘルマンのミッション・ステートメントに不満を述べたことで、これは論争の的となった。その大株主が言うには、「ヘルマンのマヨネーズの目的を明確に規定しなければならないと感じるような会社は、我々の考えでは、明らかに道を見失っている」。これは少しばかり思いやりに欠ける解釈だと私には思われた。というのも、会社が件のミッション・ステートメントを、PR(広報)に役立つだけでなく、HR(人事)にも役立つと考えたであろう理由は想像に難くないからだ。多くの人は、毎日オフィスで「自分はユニリーバのためにお金を稼いでいるんだ」と考えるより、「食品ロスの削減が自分の使命だ」と考えた方が、仕事への内発的動機づけを与えられるものだ。
職場に向かう車の中で、私はこのエピソードについてときどき考える。私の仕事は、名目上は、哲学の講義をすることだ。学生は大学に授業料を支払い、大学は私に給料を支払い、誰もが満足して家に帰る。授業という商品こそが私の働く目的だ。誰も私に感謝などしない。そのためにお金を払っているのだから。だが、私はときどき、自分の仕事にはもっと崇高な目的があるかもしれないと考えたくなる。ミッション・ステートメントの形で述べろと言われたら、次のような感じになるだろう。私の目的は「一回一回の講義で一歩ずつ、西洋文明の基盤を再生産する」ことだ。ユニリーバの若い従業員たちと同じく、私もまた、自分の仕事にこのような高尚なステートメントが掲げられていた方が、ずっとやる気が出るのだ。
もちろん、ヘルマンの場合と同様、私のミッション・ステートメントはちょっと大袈裟すぎるのではないかと思う人もいるだろう。弁解のために言わせてほしいが、私は、自分が人類の文明のために何か特別な貢献をしているとか、目に見える仕方で文明を良くしているとかと思っているわけではない。そういったことはとっくの昔に諦めた。今はただ、物事が上手く回り続けるよう、そして上手く回っている物事を人々が投げ捨ててしまわないよう、自分の役割を果たそうとしているだけだ。残念ながら、これは自然と新たな問いを引き寄せる。いったいなぜ、文明を再生産するのに、私のような人間の助けが必要だと考えるのか? この問いもまた、私が職場に向かう車の中で考えていることだ。以下は、この問いに対する私なりの精一杯の回答である。
まず、ピエール・マナン(Pierre Manent)による次の考察から議論を始めさせてほしい。マナンは、リベラリズムの歴史を語った非常に興味深い著書の中で、次のように述べている。
現在の歴史状況の際立った特徴は、近代において、政治思想と政治生活が緊密に結びついていることだ。これは新しい事態である。ギリシャやローマの政治史は、「思想」や「教義」に言及せずとも語ることができる。トゥキュディデスはペロポネス戦争を扱った『戦史』において、当時の「知的」あるいは「文化的」生活と言えるようなものに関して、1ページも割いていない。……これは大変驚くべき事実だ。というのも、ギリシャは哲学、とりわけ政治哲学が誕生した地だからである。プラトンとアリストテレスは、ギリシャの都市国家における生活経験を基に、人間生活に関する自らの解釈を練り上げたのであり、これは後のあらゆる哲学の土台となった。だが、こうした解釈は、古代ギリシャ政治が一通りの盛衰を経験した後で生まれたものだ。近代の政治哲学は、これとは全く異なっている。近代政治哲学は、それが実行に移される前に、構想され選び取られたと言いたくなるのだ。
マナンの議論に2点ほど付け加えたいことがある。第1に、〔近代の政治〕思想は、それを具現化する制度に先行していた以上、制度を再生産するには、思想もまた再生産されなければならない。私たちが受け継いできた政治哲学の諸原理に対する確信が広く失われれば、それは私たちの制度にとって機能的な脅威となるだろう。第2に、こうした思想は自明なものではなく、素朴な直観とは合致しない。結果、こうした思想に一定の説得力を感じてもらうためには、新しい世代が出てくるたびに説明を繰り返す必要がある。ここから、2つの重大な帰結が生じる。社会学的に見ると、これが意味するのは、正規の教育制度が、私たちの社会の中核をなす制度構造の不可欠な構成要素となるということだ。文化的に見ると、これが意味するのは、認知的エリートが非常に重要な社会的アクターになるということだ。なぜなら、思想を説明するのは認知的エリートたちだからである(これには不幸な副産物もついてくる。中でも恐らく最も重要なのは、正規の教育制度においてあまり先へと進めなかった人々が、文明の再生産に関して、多かれ少なかれその輪の外に置かれてしまうということだ)。

こうした思想の再生産を難しくしているのは、私たちの社会における2つの統治原理(国家に関してはリベラリズム、経済に関しては資本主義)が、いずれもセカンドベストの編成であるという事実だ。言い換えれば、リベラリズムも資本主義も、大抵の人が思い描く理想的な社会とは一致しない(念のために言うと、ここでセカンドベストと言っているのは、「現実世界において」という意味ではない。現実世界においては、少なくとも当分の間、それらは私たちが望み得る最善の編成だ。問題は、それらが、多くの人が持つ個人的な価値観や道徳的理想に照らしたときに、セカンドベストであるということだ。リベラリズムと資本主義は、私たちの高い期待に応えてくれる(à la hauteur de nos espérances)ものではない。フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を宣言したとき、人々があれほど苛立っていたのはこのためだ。アンドルー・ポターが言うように、「人類の発展の終着点、古来から続く承認を巡る闘争の集大成が、権利章典とベストバイ〔アメリカの家電量販店〕の組合せ程度のものに過ぎないというのでは、誰もが喜びに満ち溢れるわけではない」)。
この最善の編成(大抵の人が生まれながらに望み、なぜそれが手に入らないのかと首を傾げるような制度編成)には、名前がついている。政治の領域では、この理想は普通、ある種のコミュニタリアニズムの形をとる。人々は、価値観が共有されており、高い信頼に基づく社会関係のネットワークで緊密に結びついた、文化的に豊かな共同体で暮らしたいと考えるものだ。経済領域において、私たちの日常的な道徳的直観に対応する理想は、社会主義である。私たちの経済生活を特徴づける分業は、根本的には協力のシステムだ。そのため、経済は協力行動を直接に命じるような規範によって統制されるべきだ、と考えるのはごく自然なことである。私たちは、皆で力を合わせ、自分の役割を果たし、より大きな社会的プロジェクトのために無私の心で身を捧げ、その利益を平等に分かち合うべきだ。
それでも、現実の世界を見渡して真っ先に目につくのは、この社会の制度編成が、そうした理想を促進できていないだけでなく、そうした理想の実現をある意味では妨げてもいる、ということだ。政治領域においては、個人の権利のシステムが存在する。これは、明らかに反社会的であったり自己破滅的であったりする行動に、国家権力によって法的保護を与えるものだ。その結果、私たちが暮らす社会には、4chanのミーム、Twitterのナチス主義者、ロシアのトロール、いいね狙いの過激なインスタ投稿などが蔓延っている。経済領域の制度は、協力を促進せず、かわりに競争を焚きつけようとする。本来は相互に利益をもたらすシステムであるはずなのに、わざわざ勝者と敗者を生み出しているのだ。そのため、この世界は、極度の不平等、環境破壊、ビリオネアの無法者、若者の生活苦などで台無しになっている。
こうした光景を目の当たりにして、反社会的な行動がこれほど蔓延っているのは、少なくともかなりの程度、私たちの社会制度がそれに法的保護を与えているせいではないか、と疑うのはごく自然なことである。ここから多くの人は、なぜこれまでの方針を守り続けるのか、国家権力を用いて共有された価値観を促進したり、協力のための共同的な取り組みを推進したりすればいいじゃないか、と疑問を抱くようになる。これもまた、全く自然な考えだ。だからこそ、歴史的に見て、政治哲学を生み出そうとした最初の試みは、プラトンであれ孔子であれ、同じ考えに帰着したのだ。その考えとは、法は道徳を実効化し、社会の調和を促進するために用いられるべきであり、そのために、法は有徳を報い悪徳を罰すべきだ、というものである。
さらに言えば、この基本的アプローチがかなり上手く行っている小規模な社会も数多く存在する。だが残念なことに、誰もが協力して互いを助け合うような関係について私たちが語るとき、決まって緊密な小規模共同体が持ち出されるのには理由がある。そうした規範が広く行き渡った大規模な社会は存在しないのだ。なぜなら、そのような高信頼の社会形態は、規模の拡張が不可能だからである。共同体があるサイズに達すれば、より多くの人を包摂するように協力のシステムを拡張する唯一の方法は、フォーマルな権威、ヒエラルキー、成文法、専門化された執行主体(つまりは国家)を導入することだけだ。これは即座に「善き王」問題を生じさせる。すなわち、新たに権威ある地位についた者が公共善を促進する意欲を持っていれば、システムは上手く機能するが、そうでなければ破滅的な事態になり得る、という問題だ。
結果、協力の範囲の拡張を可能にする新たな制度編成は、間違った人間の手に渡ると、信じられないほど危険であることが明らかとなった。これに対する対処策として最も成功したのは、権威構造に様々な仕方で足かせをはめることであった。そうすることで、権威構造の最も深刻な弊害を被らずに、その便益の少なくとも一部を得られるようにしたのである。これはリベラリズムの中核にある偉大な考えであり、ここから制限政府、すなわち、国家が社会生活の一定の領域に首を突っ込まないという制度編成が生まれた。これは明らかにセカンドベストの編成だ。なぜなら、悪い結果をもたらすであろう国家権力の濫用を避けるために、有益であろう国家権力の利用機会を一部放棄することになるからである。これは、長期的に、また一般的に見れば、そうした制約があった方が全員にとって良い結果になるだろう、という計算に基づいている。
資本主義についての話も、大筋では似たようなものだ。歴史的に見て、財の交換は常に、道徳が関わる領域と見なされてきた。誰かから何かを買うことは、ごく普通の協力的なやりとりと見なされ、「利益の分配は公正か?」というお決まりの問いを投げかけられるものだった。財が交換される価格は、利益の分配を決定するので、価格は伝統的に道徳と法の双方によって規制されていた(古代や中世の経済学は、経済学と呼べるほどたいそうなものではなかったが、主に「公正価格」の問題、すなわち「財にいくらの値段を科すことが許されるか」という問題に焦点を当てていた)。だがやがて、価格を自由に変動させ、なんであれ当事者たちが合意する水準に調整できるようにすれば、その市場価格はコーディネーションの機能を果たし、これによって協力のシステムが大きく拡張され、より高度な分業の利益がもたらされる、ということが発見された。しかしながら、これが上手くいくのは、市場が十分に競争的である場合だけだ。こうして、社会は奇妙な立場に置かれることになる。〔経済取引という〕重要なタイプの協力的なやりとりについて、正義の観点から評価することを拒まなければならないだけでなく、当事者たちに対し、互いに完全に戦略的で自己利益的な態度をとるよう求めることになってしまったのだ。多くの観察者はこれを見て、社会はわざとひねくれたことをしている〔もっと素直に協力させればよいのに〕、と考えてしまう。だから、この制度編成がどんな利益をもたらすのかを、(少し骨を折って)説明しなければならないのである。
人類の文明は、制度的クルージ [1]訳注:クルージとは、根本的な問題を解決せずに、その問題を避けることでシステムを円滑に作動させるような回避策のことを言う。 の上に成り立っている。実際、文明は、その成員が生まれながらに搭載済みの行動性向や気質のみで維持できる範囲を超えて、協力を拡張するような制度構造を備えた社会として定義できる。文明が常に、より小規模な、しかし心理的にはより直観に適った社会形態へと断片化してしまう危険に晒されているのは、このためだ。そして、だからこそ、文明は積極的に守られなければならない。それも、何よりまず、同じ文明に暮らしながら、そうした制度編成を心から受け入れたことがない大部分の人々から守らなければならないのだ。リベラル・デモクラシーが大衆から支持を受けているわけではないということは、容易に証明できる。リベラル・デモクラシー体制が、一般市民の間にリベラルな価値観や民主的な価値観が行き渡っていることによって支えられているわけではないことは、以前からよく知られている(民主的な制度は本質的にエリートによって人々に押し付けられたものであるという事実は、トマス・ダイとハーモン・ゼイグラーが「民主主義の皮肉」と呼んだことで有名だ)。このシステムが再生産に成功する限りで、それは、こうしたエリートからの支持を繋ぎとめることによってなのである。
エリートのサークルの中で、文明の再生産に挑戦を突きつけるグループは主に3つ存在する。1つ目は理想主義者(idealists)だ。理想主義者は、セカンドベストで妥協することの必要性を単純に理解できなかったり、受け入れられなかったりする人々だ。理想主義者の行う議論は、うんざりするほど似通っている。まず、小規模なインタラクションや協力事業(小さな町、地方の小教区、少年野球チーム、ボランティアの消防団、ファーマーズマーケット、キャンプ旅行など)を取り上げ、そこで生じる道徳的直観を引き出すところから議論を始める。次に、国家や市場といった大規模な制度にはそうした価値が欠けていると指摘し、そのような価値の欠如こそが、現代社会の大きな病理をもたらしていると主張する。そして、より確固とした価値を尊重し根付かせるために、制度を改革すべきだと提案する。このタイプの議論には左翼バージョンも右翼バージョンも存在するが、両者は実態以上に異なるものかのように見られることがある。というのも、左派は大抵、自らの奉じる価値が完全に実現された未来のユートピアを目指しているのだと考えるのに対し、右派は、自らの奉じる価値が完全に実現していた過去の状況を再建しようとしているのだと自己呈示しがちだからだ。だが、そこで言われる「過去」はほとんどが作り話なので、実際のところこの2つの立場は、味付けが異なるだけの似たようなユートピア主義である。
リベラリズムに対する定番の反論は次のようなものだ。リベラリズムが提供しているのは、両立不可能な価値コミットメントを持つ人々の集団の間で、協力を促進し対立を避けるための方式でしかない。リベラリズムそれ自体は強い価値コミットメントを生じさせず、社会学的に見ても、若者にそうした価値観を植え付けられるような共同体を生み出すことはない。結果、リベラリズムは(意味の危機やアノミーを引き起こすなどして)徐々に自らの文化的基盤を掘り崩していくだろう。この観点からすると、リベラリズムは、非リベラルな伝統に寄生している(この議論の最新バージョンを提示しているのがパトリック・デニーンである。デニーンの議論は、前世代のアラスデア・マッキンタイアがもっと人間味をもって提示した思想を、不機嫌そうに繰り返しているだけのように私には映る)。もちろん、これらは全て正しいかもしれない。だが、それがリベラリズムの基本的な応答を揺るがすことはないだろう。価値コミットメントが厚くなればなるほど、それはますます議論を呼ぶものになる。そのため、価値コミットメントを促進するために国家権力を利用すれば、暴力や対立、抑圧をもたらすのが落ちだ。
資本主義に関して言うと、理想主義者の見解は必ずと言っていいほど、次のような主張に依拠している。すなわち、私たちは、日常的な協力的・集団的努力の経験において馴染みの深い規範に従って、経済を編成すべきであるとの主張だ。こうした主張を行う者は大抵、市場によって現在制度化されている協力システムの規模がどれほど巨大であるか、直接的な協力システムによってそれを再現しようとすればどれほど複雑な計算が必要になるか、を認識できていない。こうした困難をよくよく考え、自らの見解が何を含意するのかを真剣に考え抜いた社会主義者のほとんどは、オスカー・ランゲの立場に倣うこととなった。つまり、自らの社会主義構想を提示する際に、経済的コーディネーションの主要な装置として市場を残しておくことにしたのだ。ランゲはこの立場を擁護する際、人を食ったような発言をしている。資本主義の最大の美点は「競争の圧力により、企業家たちが、社会主義システムにおける生産管理者であったなら取らねばならない行動をとらされる」ことだというのだ。この考察は1937年になされたもので、当初は皮肉交じりの賛辞を意図したものだった。しかし、その後の経験により、社会主義システムにおいて生産管理者に言うことを聞かせるのは信じられないほど難しいということがすぐ明らかとなった。結果、企業家を競争の規律の下に置く方が、よりよい結果がもたらされるということも分かった。しかし、道徳的観点からすると、これは明らかにセカンドベストの編成である。
文明を脅かす第2の主要なグループは、他に良い呼び名がないため、とりあえず「ノーミ―(normies)」 [2]訳注:ノーミーとは、オタクやマニアと対置されるところの、主流文化を受け入れる普通の人々を指す語。「パンピー」のニュアンスに近い。 と呼んでおこう。ノーミーは、単純に権利章典やベストバイが好きで、なぜ他の人がそれ以上のものを求めるのか理解できない人々だ。ノーミーの視点からすると、リベラリズムと資本主義は理想的な編成であり、私たちの最も高い志をじかに満たしてくれるものだ。こうしたシステムを擁護するために、人間がいかに曲がった材木であるか〔不完全な存在であるか〕を指摘する必要はない。ただ、それらの制度が実現している価値を示しさえすればよいのだ。ノーミーの問題は、表向きは正しい側についているのだが、議論の運び方がまずいので、理想主義者の格好の標的になってしまうことだ。実際、理想主義者たちはノーミーの議論を聞くと、自分たちに反対する人々は想像力が欠けているか道徳的に堕落しているかのどちらかに違いないという印象を強めて、いっそう自分の立場を支持するようになる。こんな味方がいるなら、敵なんかいらない〔つまり、こういうタイプの味方は敵よりも厄介である〕(アラン・ライアン(Alan Ryan)の『政治について』“On Politics”〔未邦訳〕は、ノーミーの語るリベラリズムの歴史の一例だ)。こうして、文明の擁護者は奇妙な立場に置かれる。最善の原理がどのようなものかに関しては理想主義者に同意しながら、既存の編成を擁護するために、もっとずっと込み入った議論を展開しなければならなくなるのだ。
こうして、ようやく第3のグループが登場する。社会学者の間では、文明は常に子どもという「野蛮人」からの侵略を受けている、という古い言い回しが存在する。制度が時を経ても存続していくためには、新たにやってくる若い人々を説得し、制度の再生産を担ってもらわなければならない。問題となっている制度が、歴史的な学習過程の産物である場合、これはとりわけ難しい仕事となる。若者は自然、誰もが常に理想主義的な見解に惹きつけられるのと同じ理由で、理想主義的な見解に惹きつけられるからだ(理想主義は、社会生活がどう組織化されるべきかに関する日常的な道徳的直観を、直観に沿って拡張した立場なのである)。一方、理想主義に反対する議論を理解するには、歴史の知識が必要であり、それは教育を通じてしか獲得できない。その上、歴史は偶然性で溢れているので、過去の世代がある理想を実現できなかったとしても、「もし〇〇がなければ(but for)」という物語を語って言い逃れることは常に可能だ。そのため、若者は、歴史の知識をある程度得るだけでなく、「自分たちはそうした理想を一生懸命実現しようとしたんだ」という年長世代の言葉を信頼しようとしなければならない。
現代の状況において、若者からそのような信頼を得ることはとりわけ難しくなっている。西洋で1960年代に成人した世代は、はっきりとした世代意識を獲得した最初の世代であるとよく指摘される。これはしばしば、コミュニケーション技術の発展が原因とされる。この時期に初めて、同世代の人々が、広範な水平的コミュニケーションをとれるようになったからだ。この傾向は時とともに激しくなる一方であり、ついには世代内のコミュニケーションの量が世代間のコミュニケーションの量を容易に凌駕してしまうほどになっている。技術変化のペースもまた、年長世代の権威を失墜させる要因となった。年長世代の人生経験の大部分は、若者にとってもはや有益な教訓を与えるようなものではなく、多くの事柄について大した知恵を提供できなくなってしまったからだ。その帰結は、1960年代に率直な仕方で表現された。「30歳以上は信じるな(ドント・トラスト・オーバー・サーティ)」。それ以来、この不信の感情は、年長世代に対するもっと漠然とした侮蔑的な態度へと変化してきた(年長世代はPDFも開けないといった理由で)。こうした態度はしばしば、前の世代がこの社会制度の中で理想的な結果を実現できなかったのは、何らかの道徳的欠陥のせいである(そして、若い世代はどういうわけか奇跡的にそうした欠陥を免れている)との見解と結びつく(1960年代以来、あらゆる世代が全く同じことを考え、そのどれもが誤りだと証明されてきたという事実は、若者にとってそうした見解の魅力を減じるものではないらしい)。これは、セカンドベストの制度編成の美点を伝える段になると、とりわけ厄介な問題をもたらす。セカンドベストの編成を支持する人間は、向こう側に「寝返った」のではないか、あるいは単に努力が足りなかったのではないかという(永遠の)疑いを向けられてしまうからだ。

こうした困難について頭を悩ませているうちに、父のかつての悪癖がよりよく理解できるようになった。私の父は中世史家で、13世紀ドイツの修道院における論理や文法の教育について論文を書いている人だった。父がその知識を活用することは多くなかった(とりわけ大学をやめた後は)。1つの重要な例外は、私がかなり長い期間学生運動にはまり(私の頭がバカげた考えでいっぱいだった頃である)、当時流行していた左翼思想に順繰りかぶれていった時期のことだ。私が、そのときどきにハマっていた最新のユートピア計画について話すと、父は反対することもなければ、批判すら一切してこなかった。かわりに、父はもっとずっと私を苛立たせることをした。何世紀も前に、ほとんど同じような理想にコミットしていた修道院の話をしてきたのだ(例えば、「それは面白い考えだ。フランシスコ会第三会は14世紀にそのようなことを試みていたんだよ」とか、「エンクラディス派は2世紀にそのようなアイデアを思いついていたな」とか)。私がどれほどラディカルな提案をしても、父は常に、ずっと昔に死んだ、ほとんど忘れ去られた修道士(や修道女)のグループを挙げて、同じような理想を実現しようと1世紀近くを費やした人々が存在することを指摘してきた。当時は、なぜ父がそんな話ばかりするのか分からなかった。だがもちろん、今から振り返れば、彼が何を指摘しようとしていたかはよく理解できる。
[Joseph Heath, Reproducing civilization, In Due Course, 2026/10/25.]