Noah Smith: Goodhartの法則の2つのバージョン

Two versions of Goodhart’s Law” by Noah Smith from Noaphinion (Wednesday, April 10, 2013)


Goodhartの法則は,ルーカス批判の一般化だという人がいるが,実際は違う.この「法則」は,いくつかの言い方で表現されていて,明らかに間違ってるのもあれば,明らかに正しいのもある.これは間違ったやつ:

統計的な規則性を観測して,それを制御に使おうとして圧力を加えると,規則性はすべて崩壊する.

これは明らかに誤りだ.簡単な反例に,手洗いと伝染病の逆相関がある.食品を作る労働者に手洗いをさせる法律を政府が作る前(そして,手洗いを学校で教えるようになる以前),ある集団の手洗いの回数と,同じ集団での伝染病の発生には明らかな逆相関があった.現在,政府はこの規則性を制御目的に使って圧力を加えているが,手洗いと伝染病の逆相関は未だに成り立っている.

ついでに,よく聞く主張「社会科学は,どんな法則も発見できない.なぜなら,人間はその発見された『法則』に対応してしまうから.」というのも誤りだ.たとえば,ガソリンの価格が上がると,みんな自動車に乗る距離が減るよね.さて,この規則性を制御目的に使うために圧力を加える.ガソリン税を法制化して,ガソリンの消費者価格を上げてみよう.なんとびっくり,人々が自動車に乗る距離は減りました!動かしたい方向に人を動かせることだってあるのさ.

まあともかく,Goodhartの法則の,明らかに正しいバージョンはこちら:

政府が特定の金融資産を規制しようとした途端,その資産は経済動向の指標として信頼できなくなる.

「経済動向(economic trends)」という言葉を「政府の行動を除く経済的な要因」と定義するなら,これは,明らかに正しいと思う.実際,これが成り立つためには,フォワードルッキングな期待なんて全く必要ない.ただ有効な政策さえあればいい.言い換えると,この法則はルーカス批判で説明できるだけでなく,「ミルトン・フリードマンのサーモスタット」でもたやすく説明できる.

こっちの正しい形式のGoodhartの法則を適用できる例が,Fedの政策決定の目安として金融市場の観測結果を使おうという提案だ.ミシガンでの(それと,よそでの)昨年の講演で,Narana Kocherlakotaは,Fed自身の組織内でのインフレ予測を使う代わりに,Fedは市場でのインフレ予測にしたがって政策を決めるべきだと提案した.くわしく言えば, KocherlakotaはTIPSなどのインフレ連動金融資産を用いて,リスク中立な将来のインフレ率の確率を計算し,それにしたがってFedの政策を決めるべきだと提案した.彼がその理由としてあげたのは,Fed自身の予測と異なり,リスク中立な確率は,さまざまな状況において人々が価格の安定性にどのくらいの価値を置くかを考慮に入れているから,というものだった.

私は挙手して,このアプローチの問題点を挙げた.金融市場から得られるリスク中立な確率は,条件なしの確率だ.言い換えると,Fedの行動に対する市場の予測は織り込んでいるかもしれないが,Fedが実際に決めた行動はまだ織り込んでいない.Fedの最終的な政策決定は,Fedだけが知っていて,市場は知らない.だから,Fedは内部で,可能な政策の選択肢のすべてについて,条件付き予測を行い,決定を下す時にそのうちの一つだけを使うということができる.もし,Fedの政策決定が市場に依存したら,無条件の予測を使わねばならず,条件付きの観測結果(Fedが本当に検討すべきもの)より情報量が減ることになる.

これは,私からすると,2つめのバージョンのGoodhartの法則が適用できる例に見える.金利を機械的に(すなわち,なんらかのルールに従って)現在の市場での期待インフレ率から決めると,期待が変化し,市場は変動し,政策ルールに従ってまた金利を変えなければならなくなる.市場と政策は,ある安定な均衡に収束するかもしれないし,市場価格自体から政策が決まっていると知れ渡れば,市場の変動がさらに大きくなるかもしれない.

ここで Goodhartの法則と結びつく.Fedがインフレ連動資産の価格を目標にすると,その価格は,(資産市場なんかに聞かなくてもFedの方がよく知っている)Fedの政策決定に対する予測でほとんど決まってしまうだろう.インフレ率や,価格安定に対する人々の効用(すなわち,Fedが資産価格を使って本当に知りたかったこと)に影響する,Fed以外の経済的な要素はほとんど関係なくなってしまうだろう.

だから,Goodhartの法則の,明らかに正しい方の形式は,政策決定に対して極めて重要だと思われる.

 

コメント欄より(ごく一部の抜粋):

Carola Binder: 正しいバージョンの Goodhartの法則が,NGDPターゲティングにとって何を意味するか考えているんだけど…NGDP先物市場を作ってFedが目標価格を達成するために公開市場操作を行うというアイディアのことね.このアイディアは,Goodhartの法則のおかげでうまくいく? それとも,Goodhartの法則があるのにうまくいく?

Noah Smith: 基本的にその答は,Fedが「全知全能」かどうか(つまり,Fedが望みどおりのNGDP経路を達成できるか)にかかっていると思う.SumnerやBeckworthは,Fedが全知全能だと主張しているけど.もしそのとおりで,人々がそれを信じたならば,NGDP先物市場はFedが決めた経路から決してはずれない.目標価格に含まれる情報は,将来のFedの行動に関する信念についての情報だけになる.それでもかまわないだろうね.将来のFedの行動イコール将来に起きることだから.

もしFedが全知全能でなかったら,NGDP先物価格はターゲットとしてはお粗末なものってことになる.価格に含まれる情報はほとんど,Fedの行動に関する人々の信念だけで,しかもFedはそうした信念を反映して行動を変えねばならず,Fedの将来の行動に関する不確実性は大きくなり,負のフィードバック・ループが大きくなるだろう(NGDP先物が,Bitcoinみたいなもんだと思えばいい).そして,現実の(全知全能でない)Fedの政策の影響で,実体経済も変動するだろう.

基本的に,私の直感では,前者のケースはまず絶対にあり得ないから,NGDP先物市場ターゲットについては「Goodhartの安定性」じゃなく「Goodhartの不安定性」が観測されることになり,Fedはその目標を捨て去ることになるだろう.

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