ここ数日、金融市場での目を見張るような動きが世界中で(アメリカ、日本、新興国市場の間で跳ね回って)波及している。
一連の劇的な動きはすでに先週から始まっている。これは、広大な世界金融の強固な基盤とされているアメリカの国債市場が動いたことだ。アメリカの恐怖指数(VIX)は、コロナショックの2020年と〔リーマンショックの〕2008年の水準まで急上昇した!
これは大げさに見えるかもしれないが、潜んでいる不確実性の水準を如実に示している。そして、月曜の日本市場の衝撃的な反応は、事態をさらに悪化させた。
8月5日月曜、日本の株式市場の株価指数TOPIXは12%下落し、1987年以来最悪のパフォーマンスで取引を終えた。日本市場の規模、世界システムとの連動性、動きの規模は、ショックを波及させた。日本の投資家は、ネットで世界経済最大の貸し手だ。昨年末だと、日本の投資家は106億ドルの海外資産を保有している。日本の投資家は、アメリカとオーストラリアの証券化債権の巨大な買い手だ。日本で何が起これば、世界経済全体での重要問題となる。
エコノミスト誌が説明しているように、我々がここ数日間に日本について目撃しているのは、根底にあった齟齬(ディスクレパンスィー)の巻き戻しだ。これは、コロナショックからの不均衡で偏向した回復に直接の関係があるが、2008年の余波、2012~2013年前後の日米の金融政策の相違、そしてテーパリング(金融政策の縮小)爆弾まで遡ることができるだろう。
この1年半、アメリカ連邦準備制度理事会は金利を引き上げ、日本銀行は金利を据え置いたため、円は下落した。投資家の間では、ドルやユーロで高利回りの投資を行うため、円で安く借りる「キャリートレード」が盛んになり、日本円は下落を続けた(投資家は日本円を借り入れると即座に売ってしまうからだ)。円安は、日本企業の海外収益を高め、外国人投資家を日本の株式市場に引き寄せた。2023年と2024年前半に、外国人投資家は9兆円(600億ドル)の日本株を買い占めている。
東証株価指数TOPIXの熱狂的上昇(1968年四半期=100)
最近、日本銀行は、円安の進行を止めようと介入していた。介入は成功しすぎ、今や逆効果の危機に瀕している。
円高は突如として強く進行した。
為替介入以外でも、日本銀行は引き締め政策へとわずかに踏み出した。7月31日には政策金利を0.1%前後から、0.25%前後に引き上げている。対照的に、アメリカでは悲観的な報道が増え、ハイテク株が売られる中で、FRBは近い内に利下げを開始すると予想されている。アメリカの8月2日の芳しくなかった雇用統計は、この基本的な一連の想定を強化した。こうした期待の相対的な変化(日本の金利上昇と、アメリカの金利低下)が、円キャリートレードの巻き戻しの引き金となった可能性がある。期待が変化すると、かつては利益を上げていた(低金利と為替レートの下落によって借り入れを行う)円キャリートレードは大きな損失を生むようになる。
キャリートレードが巻き戻されると、一連の増幅効果が起こる。トレードの損切りのために円が買われ、円高を促進させる。結果、ポジションをまだ保持している人への圧力が高まる。これは、キャリートレードで投資ポジションを取っていた人、円安の進行に賭けていた人の双方に当てはまる。
円が急騰すると、〔製品を〕ドル建てで売り、利益を円建てで日本国内に送金している日本の輸出企業の収益性が脅かされる。東京市場での暴落は、この抑制の効かないスパイラルによるものだ。エコノミスト誌は以下のように評している。
急騰した円は、株式市場の崩壊に拍車をかけた。日本株の上昇を主導したのは日本の輸出企業だが、こうした企業はほとんどの利益を海外で得ているが、利益を円建てで報告しているため、通貨安の恩恵を濡れ手で粟のように受けている。しかし今、輸出企業は苦境にある。日本株の信用取引(借り入れた資金によって行われる取引)は、今回の売りモード前には2006年以来の高水準に達していた。こうしたレバレッジ投資は現在、急速に巻き戻されているようだ。市場が時流に乗っていたことこそが、急落に苦しんでいる理由の説明となっている。半導体キットの重要なサプライヤーである東京エレクトロンの株価は、8月15日に18%下落した。日本の民間銀行の株価は、2営業日の間に27%下落した。
こうした巻き戻しは各段階で、レバレッジによって突き動かされている。トレードで損失を被るのは小事だ。借りた資金を失うのはまったく別の話だ。そして、このリスクがさらに深刻になると、あらゆるトレーダーにとっての悪夢であるマージンコール(つまり、取引の損失をカバーするためのさらなる証拠金の請求)が発生する。
今回の事態はいつまで続くのだろう? アメリカのサービス部門の数値は比較的堅調なため、若干の後押しが行われているアメリカ経済が堅調になれば、全体的にムードが高まり、FRBの利下げ根拠は少し弱くなる。今、FRBが利下げすることは諸刃の剣だ。FRBが利下げすれば(FRBプット)、FRBは懸念をシグナルしたことになるが、日米金利差は縮小するため、円キャリートレードをさらに圧迫させるだろう。
ジョン・オーサーズがコラムで指摘しているように、円キャリートレードは悪化した取引の一つにすぎない。
今回の事態はどこまで推移し、どこまで拡散するのか。キャリートレードの規模を監視している単純な統計は存在しない。しかし、様々な代理指標がある。
指標1
今も多くが円のショートポジションを取っており、円高が進むと痛手はかさむだろう。アメリカのハイテク株のロングポジションを取っている人も多く、この市場で売り行われると、痛手はかさむだろう。「顎」が閉じるにはまだ時間がかかる。
指標2
銀行以外にも目を向けないといけない。ダニエラ・ガボールがINGのデータで示しているように、2008年以前だと円キャリートレードは大手銀行の独壇場だったが、現在ではこのポジションにはさまざまなシャドーバンク、資産運用家・会社(アセットマネージャー)、ヘッジファンドが加わっている。
指標3
これまでのところ、売りはおもに株式取引に限定されている。信用取引(貸付金、債権等)には広がっていない。国債市場はヘッジとして機能し続けている。このいずれかが変化すれば、状況はより深刻になる。
指標4
経済大国以外にも目を向けるべきだ。
円キャリートレードは、メキシコ等の新興国も関与している。
ロビン・ブルックスが指摘しているように、波及効果はより「周縁」なユーロ経済圏でも見られる。
指標5
ビットコインは金融不安へのヘッジとならない。
指標6
追加して、地政学的問題が湧き上がっている(少なくともブランコ・ミラノヴィッチによるなら)
すべてが吹き飛ぶのだろうか? そうかもしれないが、判断するには時期尚早だ。しかし、アメリカのハイテク株とその大幅な上昇についてはかなり大きなリセットの余地がある。そして、その巻き戻しのメカニズムは、現在の金融市場が生み出しているボラティリティの大きさを改めて示している。「株式市場の金融化」とは示唆を多く含んだフレーズだ。これは、Tallbacken Capital AdvisorsのCEO兼創設者のマイケル・パーブスと、Passaic Partnersのマネージング・パートナー兼CIOであるジョシュ・シルバが出演したOdd Lotsのエピソードで初めて耳にした言葉だ。この数日のニュースに触れて、私はもう一度この言葉について考えてみたくなった。
〔Adam Tooze, Chartbook 305: Chartbook 305 Yen carry trades and the turmoil in global fx and equity markets, Aug 05, 2024.〕
References
↑1 | 訳注:オプション取引での将来ボラティリティの予測値 |
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