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ビル・ミッチェル 「日本の依存人口比率、その何が問題か? パート1」(2019年10月28日)

Bill Mitchell, “What is the problem with rising dependency ratios in Japan – Part 1?“, –Bill Mitchell – Modern Monetary Theory, October 28, 2019.


 
今週の後半からは日本を訪問し、幅広い立場の人々を対象にいくつか会議があったりプレゼンテーションをしたりすることになっている。 各イベントのホストについては水曜日の投稿で告知する予定だが、いずれの組織も日本においてMMTの理解を促進しようとしており、公共政策での「健全財政」という議論を終わらせることにコミットしている皆さんだ。この健全財政という考えこそは、財政赤字の削減を目的としたおかしな政策(最近の消費税の引き上げなど)を導いているものだ。この度自分はプレゼンテーションの準備のため日本の状況をさまざまな観点から調査したので、しっかりした証拠に基づいた議論ができるだろう。健全財政のロビイスト(ここには日本内外の経済専門家の多くが入る)が繰り返し主張するテーマの一つに、「やっかいな」人口動態というものがある。全人口にが就業者に依存する率の上昇するにつれて財政状態は悪化していくから、政府は 「貯蓄」をするため財政黒字が要請されるのだと主張される。もちろん、この問題は日本だけのものではない。日本は他の国よりも少し早く高齢化の道を進んでいるということだ。もちろん依存率の上昇は重要であり注意を要する問題だが、「健全金融」 ロビイストたちの問題設定は完全に的外れで、彼らの「解決策」 によって「問題なし」となるという、まさにそのことによって本当の問題が悪化する。この記事で述べたいのはそのようなことだ。次のパート2では、生産性という課題の本質と、これについてどのような選択肢が提案できるか詳しく説明する予定だ。

日本の人口は縮小中

次のグラフは、1920年から2018年までの日本の総人口だ。第二次大戦(1941〜43)の期間のデータは存在しない。
2010年以降は出生率の低下と死亡率上昇の結果、総人口が減少している。なお国際基準上の純移民は非常に少ない。
出生率の低下にはさまざまな社会的ないし経済的な理由がある(不安定さなど)。
安倍政権は出生率(若い家族への補助金、無料の就学前教育など)を増やす政策を実施しているが、変化の規模が政策介入の効果を上回っている。

上昇する依存人口比率

依存率にもいろいろある。
  • 標準依存率は、通常、(0〜15歳の人口)+(65歳以上の人口)を(15〜64歳の人口)で割った値として定義されている。 従来は64年で退職するのが通常だったのでこれが合理的と考えられてきた。 労働年齢人口(15〜64歳)が、子どもと老人を支えていると見られていたわけだ。
  • 高齢者依存率は、次のように求められる:65歳以上の人の数を労働年齢人口(15-65歳)で割ったもの。
  • 児童依存率は、15歳未満の人数を労働年齢人口(15-65歳)の人数で割ったもの。
  • 総依存率は、高齢者と子供の合計の比率だ。 「退職年齢」を変えて、65歳以上の労働者を分母に追加し、分子から減算してもよい。
次のグラフは、15歳から64歳までの労働年齢人口に基づく1920年から2018年までの日本の標準依存率だ(多くの日本人労働者は60歳で退職していた)。
次のグラフは、同期間の高齢者依存率だ。 1970年代初頭から上昇している。
次のグラフは、同じ期間の児童依存率。
最後に、次のグラフは逆依存率。これは、非生産者人口あたりの生産者人口(労働者)を示している。
日本では、1990年代初頭に2.31でピークに達し、現在は1.48になっている。 次に示すように、2050年までに1.03に低下すると予測されている。
次のグラフは、定年が70歳に引き上げられた場合の標準依存率がどう変わるかを示している。
退職年齢を引き上げようとする理由もわかる。 団塊世代が65歳以上の年齢層に入ることで、2つの線の間隔が広がる。
この種類の救済策の問題は、一般的に職業構造全体として非常に不均等になることだ。 肉体労働者は年を取るほどに仕事をするのが困難になっていくことだ。

依存人口比率は今後も上昇

国連経済社会局の人口部門は、定期的に- 世界人口の見通し -(2019年最新)を公表している。ここは様々な仮定(出生率、移住率など)に基づき2100年までの予測を提供している。
以下のグラフは、そのデータから作成したもので、1950年から2100年までの日本、オーストラリア、米国の標準依存比率(上のグラフ)と、逆依存比率(下のグラフ)を示している。
2015年、扶養者一人当たりの労働者数は日本が1.56人、オーストラリアが1.96人、米国が1.95人だった。
国連の予測では、2050年までにこの比率は日本で1.03、オーストラリアで1.53、米国で1.57に低下するとなっている。

実効依存比率

標準依存率には問題がないわけではない。労働年齢(15〜64歳など)のすべての人が実際に商品やサービスを生産しているわけではない、という最大の問題に対応するために 実効依存率の概念が導入されている。
労働年齢層の中にも、退職者や子供と同様に商品やサービスに「依存している」人々が多く存在する。
たとえば、フルタイムの学生、主婦や主夫、病人や障害者、隠れ失業者、早期退職者がそれに当てはまる。
そこで実効依存率は、経済的な活動をしている労働者と活動していない人の比率として計算するべく、有給の仕事を活動と見做して定義しようというものだ。
これは現在の被雇用者の負担をより正確に示す指標と言えるだろう。
しかし、この概念をもっと押し進めることもできる。
統計は、失業者が経済活動を行っているとみなしているが、失業者はそうでないカテゴリーに含めるべきだ。
失業者も雇用者の生産に「依存」していることは明らかだ。 また、完全失業者ほどではないにせよ、能力を十分に発揮できる仕事についている人々(the underemployed。訳者注:ワープアがここ)についても同じ主張ができる。
そして、今の大規模失業の新自由主義時代においては、依存率の問題に関しまったく異なる状況が起こっている。
国連のデータを使用した場合、2015年の日本の標準依存率の推定値は63.5%だ。
実際の労働力データ(参加率と失業率)を考慮すると、2015年の日本の実効依存率は約184%だ。
2015年の労働参加率は59.6%だが、1970-1990年代に達成された率(約63%)に引き上げ、失業率を以前に達成された低水準(1970年に1.1%)に引き下げると、2015年の実効依存率は163%になる。
2050年を予測すると(国連の人口予測を使用し、参加率と失業率を2018年の水準で一定に保つ)、日本の実効依存率は228%、オーストラリアは164%、米国は169%という大まかなの推定値が得られる。
こうしてまったく異なる姿が見えてきた。政策立案者は、低失業率の維持と不完全雇用の解消の重要性に焦点を当てるべきなのだ。
日本の場合は失業率が比較的低いことを考えると、失業を減らすよりも労働参加を増やすことに余地がある。 
オーストラリアのような国の場合、依存率を減らすためにできる最優先事項は、真の完全雇用を取り戻すことだ。
日本とオーストラリアを比較すると、日本は標準依存率が高く、失業率がはるかに低い。このことを考慮に入れた実効依存率(2018年=日本の2.4%、オーストラリアの5.2%)の差は標準依存率の差に比べて小さくなる。

問題は何なのか?

影響力が大きい米雑誌、Foreign Affairsの1999年1月/ 2月号のOp Ed – Grey Dawn:The Global Aging Crisis –で、Peter G. Peterson氏が、保守陣営の財政出動批判を正当化するべく依存率上昇の問題を声高に叫んでいる。
この人物はウォール街の銀行家(リーマン、ブラックストーン)であり、ニクソン政権に仕えた後、自らの財団に大金をつぎ込んでいるのだが、この財団こそは財政赤字や社会保障や医療といったあらゆる種類の削減を主張して公的債務に反対する声の発信源になっている。
だから氏が高齢化問題に傾倒することは驚くことではない。
氏は1999年の記事では「地球温暖化」については疑問を呈しつつ、「世界の高齢化問題がどのように現れるか、またはいつ現れるかについての議論がほとんどなされていない」と述べていた。
こう言っている:

そして、不安定な新しい民主主義を維持し強化するための闘争であるとしても、世界の高齢化のコストは他の課題とは異なり、退職給付制度が根本的に改革されない限り、世界の最も裕福な国ですら手に負えないものになる。早期かつ十分で大胆に準備を怠ると、経済危機を引き起こし、それは直近のアジアやロシアのメルトダウンをしのぐ規模に発展するだろう。

世界の高齢化にどのように対処するか次第で、次世紀に何千兆ドルもの経済的影響が出ることだろう。この問題が、将来直面する別の主要な課題を管理できるかどうかに大きな影響を与えよう。

氏は依存率の上昇は次のようなものを生み出すとも書いている

…化学兵器、核拡散、民族紛争によってもたらされる脅威よりも深刻で確実な脅威…

主流派経済学者やその他の人々、つまり社会保障費など自分たちの直接的な利益にならないような政府支出を削減することによって利益を得ようとする人々に共通する主張は「いつか政府は破産状態に陥るだろう」というものだ。依存率が上昇すると高齢者の介護(年金・健康等)のために支出が大幅に増加し、政府の税基盤が縮小するのだと言う。
つまり、経済活動をする人口に比べた経済活動をしない人口の比率が高くなれば、財政支出の増加を支えるために経済活動をする人々はもっと多くの税金を払わなければならなくなるという。
だから依存度が上昇すれば、財政赤字に歯止めがかからなくなり、債務が増大し、長期的には持続不可能になるという。
高齢化社会のこの種の問題は結局のところ、「通貨の発行者である政府も支出を制約されており、支出需要が増加するときには財政の持続可能性(支払能力)の問題にさらされる」という主流の通念の一変種と見なすことができる。
こうした主張はは直ちに退けられなければならない。
依存率の上昇はある問題を示唆するものであるが、それは政府の財政的な支払い能力とは全く関係がない。
主流のアプローチが、政府に勧めてくるのは以下のようなことだ。
  1. 人々をもっと長く働かせることを強制する政策を導入する。壮年期以降にハードワークが困難なる肉体労働者、低技能労働者に対して偏ったしわ寄せが行くにも関わらずだ。
  2. 人口の年齢構成を低下させつつ課税ベースを拡大するために、移民を増やす。
  3. 市民社会のバックボーンとなる福祉サービスと年金の資格の質と量を削減。国民が「不相応な暮らしをしている」とされるからだ。
しかし、これらの「救済策」は的を外している。
高齢化問題とは金銭の危機ではなく、リアルの問題である。
本当の問題は生産性、そして実物資源を確保できるかどうかだ。
たとえば、長期にわたって高齢化ケアを提供するのに十分な実物資源が無いと、本当に我々は考えているだろうか?
もちろん、政策の場でそれが語られることは決してない。
彼らが心配されるのはいつもいつも、より多くの実物資源が「公共部門で」必要になるから公的支出が増加するということだけだ。
しかし、実物資源が利用可能であるならば、この問題は、資源がどこで使用されるかという政治問題でしかない。
金銭の問題ではないのだ。
通貨の発行者である政府(日本など)は、ただ政治的な意思さえあれば、利用可能な資源を常に望ましい用途に充てることが可能なのだ。
小学校への投資が減り、高齢者介護の投資が増えるだろう。
人口動態の変化に伴って、就学前のインフラや教育費への投資が減り、年金が増えるだろう。
そして、ここにおいて気候変動問題と高齢化問題がクロスする。
我々がこの世を去る時には子供たちが世界を継承し、彼らも高齢者になっていく。
いま我々が、実物資源の基盤を破壊してしまったら次世代の彼らは、我々より以上に暗い未来に直面することになるだろう。
そして、これは実物資源の利用可能性以上に生産性が課題となる。
生産性という文脈において、財政制約という神話を背景に推進される政策戦略は、たいていの場合、将来の生産性成長と商品やサービスの提供そのものを弱らせてしまう。
目標とすべきなのは明らかに、例えば効率的で効果的な医療システムの維持といったことだ。
実物としての健康管理システムが重要であることは間違いない。私が強調したいのは、健康管理サービスを提供するために充てられる資源の問題と、大学等における、将来の健康を改善するための研究だ。
つまり、効果的な医療システムのための設備と、システムを維持するノウハウを国が保証しなければならない。
さらに言えば生産性の伸びとは、大学その他の研究機関における投資と研究開発から生み出されるものだ。
ところが正反対なことに、現時点の「金銭的問題」(財政の持続可能性、破産の恐れなど)という観点から遠い未来の問題に取り組んでしまうこと自体が、財政緊縮バイアスと重要インフラへの過少投資につながってきた状況だ。
そして、「問題でないもの」を解決しようとすることは、時間の経過とともに本当の問題をさらに悪化させることになる。

結論

パート2では、この観点から、日本政府に提案したい生産性の課題といくつかの政策オプションについてより具体的に記述しよう。
一部のデータは非常に示唆的だ。
今日はこれまで!

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